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腫瘍・病理

涙腺腫瘍

涙腺腫瘍は、眼窩内の涙腺から発生する新生物の総称である。 年間発症率は100万人に1人程度とされ、眼窩占拠性病変全体の約10%を占める。

涙腺は発生学的に唾液腺と起源を共有するため、腫瘍分類には唾液腺腫瘍の分類体系が使用される。

涙腺腫瘍は大きく上皮性腫瘍非上皮性腫瘍に分類される。 以下の表に主要な分類と特徴を示す。

分類頻度代表疾患
非上皮性70〜80%涙腺炎・悪性リンパ腫
上皮性(良性)上皮性の約55%多形腺腫
上皮性(悪性)上皮性の約45%腺様嚢胞癌

ただしアジア人では良性上皮性腫瘍が72〜76%を占める傾向がある。

  • 多形腺腫:涙腺上皮性腫瘍の約70%を占める最多良性腫瘍。組織学的には上皮成分と間質様組織成分が混在した多彩な像を呈する。30〜40歳代の女性に多い。
  • 腺様嚢胞癌:上皮性悪性腫瘍の最多(約60%)。男性に多く、青年期から老年期に発症する。
  • 多形腺癌:多形腺腫内に悪性変化を来したもの。
  • 粘表皮癌:低悪性度と高悪性度に分かれる。
  • 原発性腺癌:予後がきわめて不良(3年死亡率70%)。

涙腺悪性腫瘍全体の約37%をリンパ腫が占める。60歳代以降に多い。

  • 粘膜関連リンパ組織(MALT)リンパ腫(mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma):眼付属器リンパ腫の70〜80%を占める。
  • びまん性大細胞型B細胞リンパ腫:10〜20%。急速進行・予後不良。
  • 濾胞性リンパ腫:比較的稀。

眼付属器リンパ腫の年間発生率は4.5%の割合で増加傾向にある。1)

Q 涙腺腫瘍にはどのような種類がありますか?
A

大きく上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍に分類される。上皮性では良性の多形腺腫と悪性の腺様嚢胞癌が代表的で、非上皮性では悪性リンパ腫(特に粘膜関連リンパ組織リンパ腫)が多数を占める。詳細は本セクションの分類表を参照のこと。

涙腺腫瘍による両側性の涙腺腫脹と治療後の経過
Khanna D, et al. Suppurative dacroadenitis causing ocular sicca syndrome in classic Wegener’s granulomatosis. Indian J Ophthalmol. 2011. Figure 1. PMCID: PMC3116546. License: CC BY.
(a)鼻部の痂皮を伴う両側性涙腺炎と、(b)免疫抑制療法1ヶ月後に左眼瞼下垂は見られるが涙腺腫瘍が消失した様子を示す。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱う涙腺腫脹に対応する。

腫瘍の種類・発育速度・悪性度により症状の性質が異なる。

  • 上眼瞼腫脹:腫瘤を伴う腫れが典型的な初発症状。
  • 眼球突出:腫瘤による眼球の前方偏位。
  • 眼瞼下垂:上眼瞼の下垂。多形腺腫では約半数で初発症状となる。
  • 複視:外上方視時に生じやすい。緩徐発育の腫瘍では自覚しないこともある。
  • 疼痛:急速増大する腫瘍・炎症性病変・腺様嚢胞癌で認められる。多形腺腫は通常無痛性である。

腫瘍の種類によって臨床所見に特徴がある。

多形腺腫

眼球偏位:前方・下方・鼻側下方への偏位が典型的。

緩徐発育:平均症状持続期間は約2年。無痛性が特徴。

皮下腫瘤触知:上眼瞼耳側に弾性硬の腫瘤を触れる。

初発症状:約半数で無痛性片側性眼球偏倚、残り半数で眼瞼下垂

腺様嚢胞癌

急速発育:多形腺腫より発育が速い。症状持続6か月以下が多い。

疼痛:神経浸潤による疼痛が高頻度に出現する。

神経周囲浸潤:最大85%に及ぶ。三叉神経第1枝・第2枝領域の知覚低下を認めることがある。

突然の疼痛増強:悪性転化を疑う重要なサイン。

涙腺リンパ腫

好発年齢:60歳以降に多い。

両側性:約25%で両側性発症。

全身合併:約34%で全身性リンパ腫を合併。

粘膜関連リンパ組織型:緩徐・無痛性の経過。大細胞型は急速進行と炎症所見を呈する。

S字状変形(上眼瞼の変形)や眼球下方・下内方偏位は涙腺部腫瘍に共通した所見である。 下眼瞼内反症を伴うこともある。

Zhongらが報告した涙腺粘膜関連リンパ組織リンパ腫の60歳男性症例では、眼球突出量は右17mm・左12mmで下鼻側偏位を呈した。CTでは右涙腺部に3.3×2.3×2.4cmの腫瘤を認めた。1)

Q 多形腺腫と腺様嚢胞癌の症状の違いは何ですか?
A

多形腺腫は緩徐・無痛性の発育が特徴で、症状持続期間が平均約2年に及ぶ。一方、腺様嚢胞癌は多形腺腫より発育が速く疼痛を伴いやすい。神経周囲浸潤が最大85%に及ぶため、顔面の知覚異常も手がかりとなる。ただし確定的な良悪性の鑑別は病理組織検査によってのみ可能である。

  • 年齢:多形腺腫は30〜40歳代、腺様嚢胞癌は青年期〜老年期、リンパ腫は60歳代以降に多い。
  • リンパ腫既往:全身性リンパ腫からの涙腺浸潤。
  • 不完全切除の既往:多形腺腫再発・悪性転化リスクを高める。
  • 45歳以上での多形腺腫再発:繰り返す再発により悪性転化リスクが上昇する。
  • 腺様嚢胞癌:MYB-NFIB融合遺伝子が特徴的。6q22-23および9pq23-24の転座が関与する。
  • 多形腺腫の悪性転化:摘出後5〜20年で多形腺癌へ転化する例が報告されている。

粘膜関連リンパ組織リンパ腫の発症機序

Section titled “粘膜関連リンパ組織リンパ腫の発症機序”

粘膜関連リンパ組織リンパ腫は慢性的な抗原刺激がNF-κB経路を構成的に活性化させ、B細胞の腫瘍性増殖を来すことで発症する。1)

胃粘膜関連リンパ組織リンパ腫におけるHelicobacter pylori感染が炎症から腫瘍化に至る古典的なモデルとして知られる。1)

涙腺粘膜関連リンパ組織リンパ腫では、Chlamydia psittaciとの関連がイタリア・韓国で50%以上の症例で報告されている。1)

自己免疫疾患(関節リウマチ・橋本甲状腺炎・シェーグレン症候群)も粘膜関連リンパ組織リンパ腫のリスクを高めるとされる。1)

二次性転移は稀であるが、乳癌・肺癌由来の転移が多い。

診断は病歴・自覚症状・他覚所見・画像所見を総合して行う。

  • 問診:発症時期、悪化の経過、疼痛の有無、手術歴、他科疾患(自己免疫疾患・悪性腫瘍など)を確認する。
  • 触診:腫瘤の大きさ・硬さ・癒着・圧痛を評価する。所属リンパ節の腫脹も確認する。

以下の表に主要な画像検査の特徴を示す。

検査評価対象多形腺腫の画像特徴
CT骨変化・石灰化境界鮮明・球形〜卵円形
MRI軟部組織T1低〜等信号/T2高信号・中等度造影
PET/CT全身転移評価
  • CT:骨変化・石灰化の評価に有用。多形腺腫では涙腺窩の圧迫拡大・骨硬化・骨菲薄化が認められる。悪性腫瘍は境界不明瞭となることが多い。腫瘍の大きさ・位置・骨欠損の有無は手術計画立案に不可欠である。
  • MRI:軟部組織の評価に優れる。多形腺腫はT1強調像で外眼筋と同程度かそれより低い信号強度、T2強調像で外眼筋より高い信号強度を呈し、中等度の造影効果を示す。大きく発育した腫瘍では内部に囊胞様変性や石灰化を生じることがある。MRIは眼付属器リンパ腫診断のゴールドスタンダードとされる。1)
  • PET/CT・ガリウムシンチ:全身性リンパ腫や遠隔転移の評価に使用する。

なお、多形腺腫と悪性上皮性腫瘍を画像所見のみで鑑別することはしばしば困難であり、臨床情報と組み合わせた総合判断が必要である。

生検方針は疑われる疾患によって異なる。

  • リンパ腫・悪性腫瘍疑い:経皮的試験切除を行う。眉毛下外側切開で行い、腫瘍を少なくとも約5mm³以上切除する。
  • 多形腺腫疑い:針生検・試験切除は原則として回避する。被膜破綻による腫瘍播種と再発リスクがあるためである。
  • フローサイトメトリー・遺伝子再構成検査:リンパ腫疑い例で単クローン性を確認するために施行する。
  • 涙腺嚢胞:透照性で識別できる。
  • 涙腺炎:ウイルス性・自己免疫性がある。涙腺生検の約30%は特発性涙腺炎と診断される。
  • IgG4関連眼疾患(Mikulicz病):両側性腺腫大が特徴。IgG4値の測定が有用。
  • 反応性リンパ過形成:悪性リンパ腫との鑑別に病理が必須。
  • 腺様囊胞癌:疼痛あり・発育が速い・骨破壊像あり。
Q 多形腺腫疑いでも生検は必要ですか?
A

多形腺腫疑いでは生検を積極的に回避するのが原則である。生検時に被膜が破綻すると腫瘍細胞が周囲組織に播種し、再発率が著しく上昇するためである。画像所見で多形腺腫を強く疑う場合は、直接一塊全摘出術を施行する方針をとる。一方、リンパ腫や炎症性疾患が疑われる場合は試験切除が適応となる。

治療方針は腫瘍の組織型により大きく異なる。

多形腺腫は発見されたら早めに手術を行うことが望ましい。腫瘍が大きくなり過ぎると手術が困難になるためである。

  • 一塊全摘出が原則:初回手術で被膜を破らずに一塊として全切除しなければならない。切除が不完全であった場合、再発を繰り返すことになる。
  • 針生検・試験切除は禁忌:腫瘍播種・再発の原因となる。
  • 眼瞼部多形腺腫:局所麻酔下、重瞼線延長切開で摘出可能。
  • 眼窩部多形腺腫:骨切り術(骨形成的骨切除術)の併用が必要となる。涙腺窩に存在する多形腺腫は眼窩縁の骨が摘出の際に邪魔になることが多く、骨切りなしに全摘出を達成することは困難である。手術手順は眼窩上切痕から頬骨弓上縁までの骨切りを行い、腫瘍を摘出したのち骨を戻して骨膜縫合で固定する。
  • 不完全切除の問題:切除不完全例では再発リスクが著しく増大し、再発を繰り返すと悪性転化リスクが上昇する。
  • 完全摘出可能例:腫瘍の完全切除を目指す。
  • 完全摘出不能例:試験切除後に広範切除(眼窩内容除去術)+放射線療法を行う。腫瘍減量術後の外照射も選択肢となる。
  • 術前補助化学療法:外頸動脈経由による術前補助化学療法が一部施行されている。
  • 重粒子線治療:臨床試験段階であり、眼窩温存の可能性を持つ選択肢として研究が進んでいる(「最新の研究」の項参照)。
  • CD20陽性リンパ腫リツキシマブ単独投与、CHOP療法、またはR-CHOP療法(リツキシマブ+CHOP)を選択する。
  • リツキシマブ投与量:375mg/m²を1週間隔で4クール投与する。
  • プレドニゾロン:5mg錠6〜8錠/日分2から漸減する。
  • 粘膜関連リンパ組織型限局性病変:経過観察または放射線療法30Gyが適応となる。
  • 全身転移例:化学療法を選択する。
  • びまん性大細胞型:化学療法+放射線療法。血液腫瘍科への依頼が必要。
  • 多形腺癌:局所切除+放射線療法。
  • 原発性腺癌:完全切除+放射線療法+リンパ節郭清。
  • 粘表皮癌低悪性度:局所切除。高悪性度では眼窩内容除去術+放射線療法。
  • ステロイド全身投与:プレドニゾロン60〜100mg/日から漸減する。
  • 無効例:シクロホスファミドまたはメトトレキサートとの併用を検討する。
  • 低線量放射線療法:15〜30Gyを施行する場合がある。

組織型によって予後は大きく異なる。

  • 多形腺腫:良性腫瘍であるため予後は良好だが、長期フォローが必要である。摘出後5〜20年で多形腺癌へ悪性転化することがある。不完全切除例は再発リスクが高い。
  • 腺様嚢胞癌:平均生存期間36か月、10年生存率20〜30%と予後不良。約50%で遠隔転移(肺・骨転移が多い)を来す。神経・リンパ管浸潤が強く、脳幹部への浸潤も起こりうる。骨破壊を伴う高悪性度の経過をたどる。
  • 原発性腺癌:3年死亡率70%ときわめて予後不良。
  • 粘膜関連リンパ組織型リンパ腫:転移が少なく放射線治療への反応が良好で、予後は比較的良好。
  • びまん性大細胞型リンパ腫:転移しやすく予後不良。
Q 悪性リンパ腫(粘膜関連リンパ組織型)はどのように治療しますか?
A

限局性の粘膜関連リンパ組織型リンパ腫では、経過観察または放射線療法(30Gy)が第一選択となる。CD20陽性の場合はリツキシマブ(375mg/m²を1週間隔4クール)が有効である。全身転移を認める場合はR-CHOP療法などの化学療法が適応となる。粘膜関連リンパ組織型は放射線治療への反応が良好で予後は比較的良好である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

各腫瘍の組織学的特徴を以下に示す。

偽包膜(pseudocapsule)に包まれた境界明瞭な腫瘤である。 上皮・筋上皮細胞と間葉系成分が混在する二相性パターンが特徴的であり、この組織学的多彩さが「多形」の名の由来となっている。

腫瘍細胞は管腔を形成しながら増殖する。管腔壁は2層構造で、外層を構成する腫瘍細胞は小型立方形ないし紡錘形で筋上皮細胞の性格を持つ。これら筋上皮様細胞は間質へ連なり、化生して粘液(グルコサミノグリカンを含む)や軟骨など中胚葉由来の物質を産生する。

  • 外層(筋上皮様細胞):粘液・軟骨様基質を産生する。
  • 内層(上皮細胞):糖蛋白質を分泌する腺管様構造を形成する。

偽包膜は薄く不完全なため、被膜破綻による腫瘍播種が生じやすい。

充実性・索状の増殖パターンと著明な神経周囲浸潤が特徴である。 腫瘍細胞は小型で、クロマチン豊富な核を持つ。 ニューロフィラメント染色で神経周囲浸潤を確認できる。

組織亜型は5種類に分類される。

  • 篩状型(cribriform):最も多い亜型。篩(ふるい)状の空洞形成が特徴。
  • 充実性型(solid)
  • 硬化型(sclerosing)
  • comedocarcinomatous型
  • 管状型(tubular)
  • 多形腺癌:多形腺腫内の悪性変化。腺構造が少なく分化度が低い。
  • 粘表皮癌:粘液細胞・表皮様細胞・中間細胞・円柱細胞・明細胞が混在し、嚢胞成分を伴う。

リンパ球様細胞のびまん性増殖を示し、単一クローン性(単クローン性B細胞増殖)が免疫染色とサザンブロット法で確認できる。

Zhongらの報告した症例では、免疫組織化学染色でCD20陽性、CD79a陽性、PAX5陽性、CD10陽性、BCL2陰性、BCL6陽性を示した。Ki67増殖指数は胚中心で約60%、形質細胞様領域で約15%であった。1)

  • MYB-NFIB融合遺伝子:転写因子MYBとNFIBの融合によりMYBの標的遺伝子が過剰発現し、細胞増殖・生存・分化異常を来す。
  • 染色体転座:6q22-23および9pq23-24の転座が関与する。

粘膜関連リンパ組織リンパ腫の分子機序

Section titled “粘膜関連リンパ組織リンパ腫の分子機序”

慢性的な抗原刺激(Chlamydia psittaciなどの感染、自己免疫反応)がB細胞受容体シグナルを持続的に活性化させる。1) これによりNF-κB経路が構成的に活性化し、腫瘍性B細胞の増殖・生存が促進される。1) Helicobacter pylori胃粘膜関連リンパ組織リンパ腫は、感染除菌による腫瘍消退が確認された古典的なモデルである。1)

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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重粒子線(炭素イオン線)治療は、腺様嚢胞癌を主な対象とした臨床試験が進行中である。 従来の外照射に比べてブラッグピークによる線量集中性が高く、眼窩を温存しながら高線量照射が可能である。 現時点では臨床試験段階であり、標準治療として確立されていない。

蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法は、粘膜関連リンパ組織リンパ腫の診断において分子遺伝学的確定に重要な手段として位置付けられている。1)

免疫グロブリン重鎖(IGH)および免疫グロブリンκ鎖(IGK)遺伝子再構成のモニタリングにより、治療効果判定や微小残存病変の検出が可能になることが期待されている。1)

調節性T細胞(regulatory T cell, Treg)とヘルパーT17細胞の比率が腫瘍の転帰と関連する可能性が示唆されており、免疫微小環境の解明が新たな治療標的の探索につながると期待されている。1)

  1. Zhong Q, Yan Y, Li S.. Mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma of the lacrimal gland: A case report and literature review. Medicine (Baltimore). 2024;103(21):e38303. doi:10.1097/md.0000000000038303. PMID:38787969; PMCID:PMC11124633.
  2. Proia AD, Ranjit-Reeves R, Woodward JA. Lacrimal Gland Tumors. Int Ophthalmol Clin. 2018;58(2):197-235. PMID: 29517651.
  3. Mueller AJ, Czyz CN. Benign Lacrimal Gland Tumors. . 2026. PMID: 35201723.

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