この疾患の要点
涙腺腺様嚢胞癌(LGACC)は涙腺に発生する稀な悪性上皮性腫瘍で、全眼窩腫瘍 の約1.6%を占める。
神経周囲浸潤 (45〜85%)が高頻度に認められ、疼痛が良性腫瘍との重要な鑑別点である。
病初期から涙腺神経を通じて脳幹部へ浸潤する可能性があり、広範切除術でも阻止が困難な場合がある。
組織亜型は篩状(39.8%)が最多で、基底細胞様型(31.8%)が最悪の予後を示す。
手術(眼球温存または眼窩 内容除去)と術後放射線療法の併用が標準治療である。
5年生存率は約19〜55%、10年生存率は20〜30%と報告されており、約50%で肺・骨などへの遠隔転移を来す。
MYB-NF IB融合遺伝子やNotchシグナル経路を標的とした分子標的治療が研究段階にある。
腺様嚢胞癌 (adenoid cystic carcinoma, ACC)は分泌腺に発生する稀な悪性腫瘍で、世界的発生率は人口100万人あたり3〜4例とされる1) 。全頭頸部癌の約1%を占め、涙腺に発生したものを涙腺腺様嚢胞癌と呼ぶ1) 。
涙腺腺様嚢胞癌は全眼窩腫瘍 の約1.6%を占め3) 5) 、涙腺悪性上皮性腫瘍のうち最も頻度が高く、涙腺癌の約13〜40%を構成する5) 。涙腺腫瘍 は眼窩 内占拠性病変の約10%を占め、固形涙腺腫瘍 の約20%が上皮由来で、そのうち約45%が悪性であり、悪性上皮性涙腺腫瘍 の約60%が腺様嚢胞癌 である。
涙腺腺様嚢胞癌はThedor Billrothが最初に記載し、組織学的特徴から当初「cylindroma」と命名された5) 。
疫学的特徴 は以下の通りである。
平均診断年齢 :42.7±12.5歳(範囲9〜76歳)。小児例5.9%、40歳未満41.9%5)
性差 :女性にやや多い(女性53.8%、男性46.2%)との大規模集積データがある5) 。一方、男性に多いとする報告もあり、文献によって差異がある
左右差 :ほぼなし(右49.3%、左50.5%)。両側性は極めて稀5)
予後 :5年生存率19.4〜55.3%(806例の大規模レビュー)5) 、10年生存率は20〜30%と予後不良である
遠隔転移 :約50%で肺・骨などへの遠隔転移を来す
Q
涙腺腺様嚢胞癌はどのくらい稀な疾患か?
A
全眼窩腫瘍 の約1.6%を占め、腺様嚢胞癌 の世界的発生率は人口100万人あたり3〜4例と極めて稀である1) 5) 。涙腺悪性上皮性腫瘍の中では最も頻度が高い組織型である。
806例の大規模レビューによると、初発症状の頻度は以下の通りである5) 。
症状 頻度 眼球突出 27.4% 疼痛 21.7% 眼瞼腫脹 10.9% 眼球偏位 10.2% 眼球運動制限 10.1% 視力 低下9.3% 複視 6.7% 眼瞼下垂 4.1%
疼痛は腺様嚢胞癌 に特有の症状で、神経周囲浸潤 (PNI)によって生じる。良性腫瘍との重要な鑑別点である。眼球は涙腺が眼窩 外側上方に位置するため、内下方に偏倚することが多い。前頭側頭部の知覚低下やS字状の眼瞼下垂 を呈することもある。症状出現から診断まで平均11.1±18.3か月(範囲0.5〜120か月)を要する5) 。
腫瘍の発育速度は多形腺腫よりも速く、疼痛を伴いやすい点が鑑別の重要なポイントである。腫瘍増大に伴う眼球突出 や外眼筋 ・神経浸潤による眼球運動制限、視神経 圧迫による視力 低下も比較的急速に進行する。
Q
涙腺腺様嚢胞癌と良性涙腺腫瘍はどのように見分けるか?
A
疼痛の有無が最重要の鑑別点である。腺様嚢胞癌 は神経周囲浸潤 により疼痛を伴うが、良性腫瘍(多形腺腫など)は無痛性で緩徐に進行する。CTで骨破壊が確認できれば悪性と判断できるが、骨破壊のない腺様嚢胞癌 も存在するため、疼痛がある場合は積極的に生検を検討する。
Liang M, Yu Z, Wang F. A case report: An unusual presentation of adenoid cystic carcinoma of the lacrimal gland. Medicine (Baltimore). 2023;102(13):e33446. Figure 1. PM
CI D: PMC10063268. License: CC BY 4.0.
T2強調軸位像(A)および冠状断像(B)で、左眼窩 外側上部の涙腺領域に境界不鮮明な高信号腫瘤を認め、眼窩 骨壁への浸潤を伴うが骨膜は温存されている。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱うMRI所見(涙腺窩腫瘤・骨浸潤)に対応する。
CT所見 :眼窩 外側上方に境界不鮮明な卵円形の軟部組織塊。骨侵食は35.3%に認められ、局所的石灰化は2.2%に見られる5) 。CTで骨破壊が確認できれば悪性と判断できるが、骨破壊のない症例も存在する
MRI所見 :T1強調像でiso〜高信号、T2強調像で高信号が最多。造影で拡散性増強を示す5)
拡散強調MRI :低ADC値(高細胞密度を反映)は良性病変との鑑別に有用5)
Williams らの報告では、組織学的に82%の患者で涙腺窩浸潤が確認されている1) 。CTで腫瘍が眼窩 骨を破壊していれば悪性と判断できるが、骨破壊のない腺様嚢胞癌 も存在するため注意を要する。
腺様嚢胞癌 の原因は不明で、特定のリスク因子は確立されていない。腫瘍は涙腺の眼窩 葉(orbital lobe)から発生することが最も多く、被膜を持たない(unencapsulated)腫瘍である。
以下の病理学的・臨床的特徴が予後不良因子として知られている。
神経周囲浸潤 :大規模レビューでは45.3%5) に認められ、最も重要な予後不良因子の一つである。涙腺神経を通じて脳幹部へ浸潤する可能性があり、病初期から起こりうる。広範切除術と放射線治療を行っても脳幹部浸潤を阻止できないことがある
基底細胞様(basaloid)変異型 :予後不良の組織型5)
高Tステージ :T3以上は再発・転移リスクが有意に高い5)
遠隔転移 :血行性で、肺(40.8%)、脳(25%)、骨(22.9%)、肝臓(17.4%)の順に多い5) 。全体の約50%で遠隔転移を来す
p53・Bcl-2異常 :p53ダウンレギュレーションとBcl-2アップレギュレーションによるアポトーシス 障害が予後悪化に関連する
確定診断は病理組織学的評価による。悪性が疑われる場合、腫瘍細胞の眼窩 内播種を防ぐために切除生検が推奨される。細針吸引生検は切除不能腫瘍に適する場合があるが、経験豊富な細胞病理医のいる施設に限られる。
眼球突出 などの症状で涙腺腫瘍 を疑えば視力 ・視野・眼球運動などの眼科的検査を行い、単純CTおよび単純・造影MRIによる画像診断を実施する。全身検索が必要であればPET-CTや造影CTも行う。確定診断は生検もしくは全摘出後の病理組織学的検索による。
Tステージ 定義 T1 最大径2cm以下 T2 最大径2cm超〜4cm以下 T3 最大径4cm超または眼窩 軟部組織進展 T4 副鼻腔・側頭窩・翼状窩・上眼窩 裂・海綿静脈洞 ・脳への浸潤
Wu J, Cui H, Liang M, Wang F. Histological-pathological and clinical T stage of primary adenoid cystic carcinoma of the lacrimal gland in a Chinese population. BMC Cancer. 2025;26:110. Figure 1. PM
CI D: PMC12831414. License: CC BY 4.0.
HE染色による6パネル病理組織像:A=充実基底細胞様型、B=管状型、C=篩状型、D=管状+篩状混合、E=腫瘍細胞による眼窩 骨浸潤、F=眼窩 神経鞘への神経周囲浸潤 (スケールバー50〜100 µm)。本文「4. 診断と検査方法」の項で扱う組織亜型の分類と神経周囲浸潤 に対応する。
515例の解析による組織亜型の頻度は以下の通りである5) 。
篩状型
頻度 :最多(39.8%)
特徴 :ムチンの円形プールを伴う小葉構造。「スイスチーズ様」外観。中程度の予後。
基底細胞様型
頻度 :31.8%
特徴 :低分化。大きな好塩基性核と乏しい細胞質。最悪の予後を示す。
管状型
頻度 :7.4%
特徴 :2〜3層の細胞で裏打ちされた上皮管。最も分化度が高く、最良の予後。
その他に混合型(13.9%)、未分化(6.1%)、硬化型(0.9%)が存在する。固形パターンが30%を超える場合は予後不良とされる1) 。組織学的に腫瘍細胞は小型で細胞質は少量で青みがかり、核はクロマチンに富む。腫瘍胞巣と間質の境界は明瞭であり、多形腺腫とは明らかに異なる。
多形腺腫 :最も一般的な涙腺腫瘍 (良性)。無痛性で緩徐進行。悪性転化の可能性あり
リンパ腫・慢性涙腺炎 :炎症性疾患との鑑別が必要
反応性リンパ組織増殖症・サルコイドーシス ・シェーグレン症候群 :双方向性の涙腺腫大を呈しうる
他の悪性上皮性涙腺腫瘍 :多形腺癌(20%)、原発性腺癌(10%)、粘表皮癌(5%)
手術が治療の基本であり、術式は腫瘍ステージと画像所見により決定する3) 5) 。
眼球温存手術(切除生検) :708例中447例(63.1%)に施行。T1〜T2腫瘍に推奨5)
眼窩内容除去術 (exenteration) :708例中245例(34.6%)。T3〜T4腫瘍または眼窩 尖端・眼窩 外進展例が適応5)
Kaplan-Meier解析では、眼球温存手術+放射線療法が眼窩内容除去術 ±放射線療法より生存率が良好であった(P<0.05)5) 。
画像所見で腫瘍が小さく完全摘出可能であれば完全摘出を目指す。完全切除不能と判断した場合は試験切除で病理を確定したのち、広範切除術や放射線照射を検討する。涙腺腺様嚢胞癌であり腫瘍が眼窩 内にとどまっていれば眼窩 内容除去を考えるが、整容的問題や患者の年齢・希望を考慮して保存的治療を選択する場合もある。リンパ節転移は稀(4〜9%)であり、リンパ節郭清は通常不要である6) 。
広範切除術と放射線治療を施行しても、涙腺神経を通じた脳幹部への浸潤を阻止できないことがある。遠隔転移を防ぐことができるとも限らず、長期の経過観察が必要である。
術後補助放射線療法 :519例に施行。外照射が最多(76.3%)5)
標準線量 :通常分割照射で2Gy/日、総線量60〜66Gy(30〜33分割)5) 6)
局所制御率 :放射線療法単独で5年局所制御率50〜80%を達成するが、生存率改善のエビデンスは限定的6)
R1切除後 :術後放射線療法として66Gyが推奨6)
神経周囲浸潤 がある場合 :放射線療法の適応とされることが多い
手術不可能な腺様嚢胞癌 に対しては、重粒子線治療が行われており、眼瞼・眼球・眼窩 を温存しながら腫瘍を制圧できる有望な治療法として位置づけられる。
NIAC は1998年にMeldrumらが初めて報告した治療法で、シスプラチン(100mg/m²)動注とドキソルビシン静注の組み合わせを用いる3) 2) 。
Tseら(2013)の19例研究では、涙腺動脈が温存されプロトコールを遵守した8例で10年無病生存率100%が報告されている2) 3) 。
NIAC +切除/眼窩 内容除去+放射線療法の組み合わせは、他の治療法と比較して再発率10.8%、転移率14.9%、死亡率18.9%と良好な成績を示している5) 。NIAC の主なリスクとして、一過性顔面神経麻痺、視力 喪失、前部虚血、好中球減少、血小板減少などがある3) 。
補助化学療法 :806例中135例(16.7%)に施行。シスプラチン(39.2%)、ドキソルビシン(24.6%)、5-FU(10.7%)が頻用5)
術前補助化学療法 :806例中74例(9.2%)に施行5)
補助化学療法の追加は放射線療法との組み合わせでも統計的有意差は得られていない(P=0.40)5)
治療における注意点
涙腺腺様嚢胞癌は再発・遠隔転移のリスクが高く、長期の経過観察が必要である。
眼窩内容除去術 は根治性は高いが、整容的損失が大きい。患者の年齢・全身状態・希望を十分に考慮して術式を決定する。
NIAC は専門施設での施行が必要であり、重篤な合併症(視力 喪失・顔面神経麻痺)のリスクがある3) 。
Q
眼窩内容除去術と眼球温存手術のどちらが優れているか?
A
Kaplan-Meier解析では眼球温存手術+放射線療法の生存率が眼窩内容除去術 ±放射線療法より良好であった(P<0.05)5) 。T1〜T2腫瘍には眼球温存が推奨され、T3〜T4腫瘍または眼窩 外進展例には眼窩内容除去術 が考慮される。ただし整容的問題や患者の希望により保存的治療を選択する場合もある。
腫瘍細胞は小型で細胞質が少量かつ青みがかり、核はクロマチンに富む。組織学的に腫瘍胞巣と間質の境界は明瞭であり、多形腺腫とは明らかに異なる。
篩状型では真腔(導管細胞由来)と偽腔(筋上皮細胞の形成するムチン貯留腔)が混在し、「スイスチーズ様」外観を呈する。硬化型は緻密な硝子化間質を伴う上皮細胞索として観察される。固形(solid)パターンが30%を超えると予後不良とされる1) 。
腫瘍の増殖パターンは5種類(篩状・充実性・硬化型・comedocarcinomatous・管状)に分類される。同一標本内でも複数の増殖パターンを観察できる。
分子異常 内容 MYB-NF IB融合 t(6;9)(q23;p23)転座。腺様嚢胞癌 全体の70%以上に存在1) MYBの過剰発現 細胞増殖・分化・血管新生・成長因子上方制御を促進1) NOTCH1活性化変異 転移腺様嚢胞癌 の主要な増殖・浸潤ドライバー1) 2) KRAS/NRAS/MET変異 それぞれ46%・8%・13%に報告。EGFR-RAS-RAFカスケードが治療標的の可能性1) 5)
涙腺腺様嚢胞癌では58%にMYB再構成が検出され(Mayo Clinic 12例/25年)、MYB-NF IB融合は腺様嚢胞癌 に高度に特異的な診断マーカーである1) 。MYB-NF IB融合はAKT依存性IGF1Rシグナルにより制御されており、IGF1R阻害が治療標的として有望とされる1) 3) 。
神経周囲浸潤 は45.3%に認められ、血管浸潤やリンパ管浸潤がなくても腫瘍細胞が伝播する1) 。神経やリンパ管に浸潤する傾向が強く、病初期から涙腺神経を通じて脳幹部への浸潤が起こりうる。神経周囲浸潤 はBcl-2アップレギュレーションによるアポトーシス 抵抗性と関連するとされる。
現時点で涙腺腺様嚢胞癌に承認された分子標的治療薬はない。以下が研究段階の標的として検討されている1) 3) 。
EGFR-TKI(エルロチニブ) :転移性涙腺腺様嚢胞癌1例で14か月間の有効性が報告されている3)
IGF1R阻害 :Figitumumab(IGF1Rモノクローナル抗体)+dacomitinib(pan-EGFR阻害薬)の1例で1.5年間病勢安定が報告された3)
FGFR1阻害薬AZD4547+シスプラチン :NIAC 後にFGFR1シグナルが上昇し、併用で殺腫瘍効果の増強が示された3)
サバイビン阻害 :腺様嚢胞癌 でサバイビンが高発現。三酸化ヒ素(As₂O₃)がサバイビンmRNA発現を抑制しアポトーシス を誘導3)
第II相臨床試験の結果では、dovitinib(ORR 6%、mPFS 8.2か月)、lenvatinib(ORR 16%、mPFS 17.5か月)、axitinib(ORR 9%、mPFS 5.7か月)が報告されている3) 。
TetMYBワクチン+抗PD1抗体 :第I相臨床試験が進行中1)
Notch1阻害薬(AL101) :γセクレターゼ阻害薬の第II相ACCURACY試験が進行中1)
Yu et al.(2022)は治療前後のゲノムシーケンシングとアポトーシス マーカー(cCas3、PARP )解析を組み合わせた評価を報告した2) 。NIAC 後のNOTCH1変異の変異アレル頻度(VAF)が治療前18.07%から治療後11.34%(37%減少)へ低下し、シスプラチン感受性の予測マーカーとなる可能性が示された。
陽子線治療 (PRT) :7例で眼球温存手術後に施行。中央値27.1か月のフォローアップで局所再発なし3)
重粒子線治療(CI RT) :24例の検討で2年局所制御率93%、全生存率96%、無病生存率87%が報告されている3)
VMAT(体積変調回転照射) :66Gy/33分割での施行例で急性毒性は軽微(Grade 1皮膚炎)。24か月以上無再発が確認されている6)
Q
涙腺腺様嚢胞癌に対する分子標的治療は利用可能か?
A
現時点で涙腺腺様嚢胞癌に対して承認された分子標的治療薬はない。MYB-NF IB融合、Notchシグナル経路、EGFR-RAS-RAFカスケードなどが研究段階の治療標的として検討されており、複数の第II相臨床試験が進行中である1) 3) 。標準治療を希望する場合は手術と放射線療法の組み合わせが現在の選択肢である。
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