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神経眼科

フォヴィル症候群

フォヴィル症候群(Foville syndrome)は、橋下部内側脳卒中症候群(inferior medial pontine stroke syndrome)の一種である。対側片麻痺・同側の外転神経麻痺・同側の末梢性顔面神経麻痺を主徴とする。

1858年にフランスの精神科医アシル・ルイ・フランソワ・フォヴィル(Achille Louis Francois Foville, 1831–1887)が初めて記載した。同名の著名な解剖学者である父(1799–1878)とは別人である。

本症候群は古典的に以下の5つの症候からなる。

  • 病側へのむき運動障害(同向水平注視麻痺):橋傍正中網様体(PPRF)および外転神経核の障害による
  • 同側の末梢性顔面神経麻痺:橋内顔面神経線維の障害による
  • 舌前2/3の味覚低下:顔面神経の関与がある場合
  • ホルネル症候群:下行性交感神経線維の障害がある場合
  • 聴力低下:第VIII脳神経核の関与がある場合

侵される構造物は、常に障害されるものと状況によるものに分かれる(「病態生理学」の項参照)。

椎骨脳底動脈系の虚血による橋症候群の一つとして位置づけられる。延髄のWallenberg症候群、橋のMLF症候群ミラール・ギュブレール症候群、中脳のWeber症候群・Benedikt症候群・Parinaud症候群などと並列される疾患群である。

フォヴィル症候群に特異的な疫学データはない。外転神経麻痺全体の年間発生率は約11/100,000 と報告されている1)

Q フォヴィル症候群とミラール・ギュブレール症候群はどう違うのか?
A

両者はともに顔面神経麻痺と対側の片麻痺を呈するが、病変の位置が異なる。フォヴィル症候群はより背側に及びPPRFと外転神経核を巻き込むため、単なる外転神経麻痺ではなく同向水平注視麻痺を呈する。ミラール・ギュブレール症候群は腹側の病変で外転神経束のみが障害されるため、水平注視麻痺を伴わないことが鑑別の要点である。

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Nathan Beucler, Sébastien Boissonneau, Aurélia Ruf et al. Crossed brainstem syndrome revealing bleeding brainstem cavernous malformation: an illustrative case. BMC Neurology. 2021 May 20; 21:204. Figure 1. PMCID: PMC8136125. License: CC BY.
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  • 水平性複視:外転障害に起因する。健側方向を見ると増強する。
  • 患側の顔面運動障害:表情筋が動かしにくい。額のしわ寄せや閉眼が障害される末梢性パターンを呈する。
  • 対側の手足の運動障害(片麻痺):皮質脊髄路障害による。
  • 同側の顔面感覚低下三叉神経脊髄路核が関与した場合。
  • 同側の難聴:第VIII脳神経核が関与した場合。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

常に侵される構造

同側の外転障害:外転神経核または外転神経束の障害による眼球外転不能。麻痺性内斜視を呈する。

同側の末梢性顔面神経麻痺:橋内顔面神経線維の障害により、上顔面(額・眼)と下顔面(口)ともに麻痺する。舌前2/3の味覚低下を伴うことがある。

対側の片麻痺:皮質脊髄路障害による。顔面部は免れることが多い。

同向水平注視麻痺:外転神経核とPPRFの障害により、病変側への共同注視が不能となる。完全麻痺では前庭眼反射でも正中を越えない。発症初期には健側への共同偏視を認めることがある。

時に侵される構造

核間性眼筋麻痺INO:MLF関与時。同側眼の内転不能。

ホルネル症候群:下行性交感神経線維障害時。同側の眼瞼下垂・縮瞳・無汗症。

運動失調:小脳線維関与時に認められる。

舌前2/3の味覚低下:顔面神経の鼓索神経成分関与による。

聴覚障害:第VIII脳神経核関与時は同側感音難聴。上オリーブ核関与時は同側末梢性難聴。台形体・外側毛帯障害時は対側難聴となる。

橋出血が原因の場合は、眼球正中位固定とpinhole pupil(著しい縮瞳)を呈することがある。

Q なぜ同側の顔面麻痺と対側の片麻痺が同時に起こるのか?
A

顔面神経は橋内を走行中(交差前)に障害されるため、同側の麻痺となる。一方、皮質脊髄路は延髄錐体で交差するため、橋レベルの病変では対側の片麻痺が生じる。これら2つの構造が橋下部に近接して存在するため、単一の病変で同時に障害される。

  • 虚血性脳梗塞(最多):脳底動脈穿通枝からの橋下部内側への血流不全。アテローム性枝閉塞または小血管閉塞(ラクナ梗塞)が主な機序。
  • 橋出血:脳底動脈穿通枝の破綻による。眼球正中位固定・著しい縮瞳を呈しやすい。
  • くも膜下出血
  • 脱髄疾患多発性硬化症:橋病変により外転神経麻痺と顔面神経麻痺を生じうる。若年者においてPPRF障害の原因として多い1)
  • 感染(結核など):橋への直接浸潤または周辺からの波及。
  • 腫瘍:小脳腫瘍、気管支原性癌など。小児では脳幹部グリオーマが腫瘍性原因として最多(外傷を除く)。
  • 脳底動脈瘤:橋上部の病変として報告あり。
  • 動静脈奇形
  • 炎症性疾患

虚血性の場合、以下がリスク要因となる1)

  • 高血圧(最も一般的)
  • 糖尿病
  • 高脂血症
  • 喫煙
Q 若年者でもフォヴィル症候群を発症することがあるか?
A

虚血性以外にも多発性硬化症・結核などの感染・脳幹部腫瘍が原因となりうるため、若年者でも発症する。特にPPRF障害の原因として、若年者では多発性硬化症が多い1)

確立された診断基準はない。臨床的特徴と画像所見(radiographic findings)を組み合わせて橋背側への局在を確認することで診断する。

各画像検査の特性を以下に示す。

検査法主な特徴留意点
MRI DWI急性期梗塞の検出に最も有用橋下部被蓋の小梗塞は描出されないこともある
MRI T2/FLAIR発症後3〜6時間頃から高信号急性期T1は等〜軽度低信号で役立ちにくい
MRAX線被曝なし、造影剤少量、非侵襲的狭窄が実際より高度に描出されることがある
CTAMRAより短時間・精密。石灰化・プラーク評価も可造影剤が必要
脳血管造影最高解像度。側副血行路の描出に優れるカテーテル挿入が必要で侵襲大
  • カバーテスト:外転制限の有無と程度の確認
  • Hessチャート:外転障害の方向・程度を記録
  • 水平注視麻痺の確認:両眼の患側方向への運動制限を確認。視運動性眼振の解発不良も補助所見となる。
  • ミラール・ギュブレール症候群外転神経麻痺+顔面神経麻痺+対側片麻痺を呈するが、病変はより腹側で外転神経束のみの障害。水平注視麻痺を伴わないことが鑑別のポイント。
  • 内側縦束症候群 vs 動眼神経麻痺MLF症候群では上転・下転制限なし、眼瞼下垂なし、散瞳・対光反射減弱なしで区別する。
  • MLF症候群重症筋無力症(日内変動なし・テンシロン試験で改善なしで鑑別)、Fisher症候群(両眼対称性でない・体幹失調なしで鑑別)。
  • 炎症性疾患・腫瘍性病変・出血・動静脈奇形:MRI所見と臨床経過で鑑別する。

発症4.5時間以内にDWIで梗塞巣を確認した上で、t-PA(組織プラスミノーゲンアクチベータ)静注療法が適応となりうる。眼球運動異常のみでこれらの治療が行われることは実際にはほとんどない。

発症24時間以内であれば、エダラボン(ラジカット®)点滴静注(神経保護薬)が用いられる。

眼球運動異常のみの場合は、メチコバール®錠(500μg)3錠+カリクレイン®錠(10単位)3錠(分3)を投与しながら経過観察することが多い。

  • 抗血小板療法:アテローム性枝閉塞・小血管閉塞に対する主要治療
  • スタチン療法:入院時に開始する
  • リスク要因管理:血圧・糖尿病・高脂血症の管理、禁煙。AHA/脳卒中ガイドラインに準拠。

虚血性の外転神経麻痺は3〜6か月以内にほとんどの症例で自然改善する。以下の順序で対応する。

  1. 保存的経過観察(約6か月):ビタミン剤・循環改善薬を投与しながら経過を観察する。
  2. プリズム眼鏡複視の自覚症状軽減にFresnel膜プリズムを処方する。
  3. 外眼筋手術:保存的加療で改善がない場合に検討する。

外眼筋手術の適応と術式の目安を以下に示す。

外転制限の程度術式
軽〜中等度(外引きで正中を越える)外直筋短縮術+内直筋後転術(前後転術)
高度(正中を越えない)上下直筋の筋移動術。近年は切腱・分割不要の低侵襲な上下直筋全幅移動術が開発され、良好な眼位改善効果が確認されている。

多数の筋肉の切腱が必要な術式では前眼部虚血に留意する。

  • 橋出血・橋部腫瘍:脳神経外科が主体
  • 多発性硬化症ステロイド療法(神経内科と協力)
  • Wernicke脳症:ビタミンB₁療法(神経内科と協力)。早期治療で1〜2週間以内に眼球運動異常が消失することが多い。

リハビリテーション科・理学療法士・作業療法士による評価とリハビリを行う。退院後は外来フォローアップで合併症の監視と回復の確認を継続する。

  • 脳血管障害によるものは比較的良好
  • 画像で病巣が確認できない軽症梗塞は数日で治癒する場合もある
  • 多発性硬化症ではわずかに制限を残すことが多いが、眼球運動異常で発症するMSの疾患自体の予後は比較的良好
Q 外転神経麻痺による複視は改善するか?
A

虚血性の場合は3〜6か月以内にほとんどの症例で自然改善する。改善しない場合はプリズム眼鏡外眼筋手術で対応可能である。脳血管障害による予後は比較的良好であり、軽症梗塞では数日で治癒する場合もある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

フォヴィル症候群の病態は、橋下部被蓋に集中する複数の神経構造の同時障害によって説明される。

外転神経核

大細胞群:同側外直筋への運動ニューロン。この群の障害で同側外転麻痺が生じる。

小細胞群:対側動眼神経内直筋副核への核間ニューロン(MLFを介する)。この群の障害で核間性眼筋麻痺が生じる。

第四脳室底への突出:顔面神経が外転神経核を周回することで顔面神経丘(facial colliculus)を形成する。

顔面神経・皮質脊髄路

顔面神経の走行:橋内で外転神経核を迂回(U字形に周回)する。このため外転神経核の病変は顔面神経を同時に障害しやすい。末梢性麻痺のため上顔面を含む全顔面が麻痺する(中枢性麻痺との鑑別点)。

皮質脊髄路(錐体路):橋腹側を走行する。外転神経線維束が橋延髄移行部から出る際に錐体路を通過するため、同一病変で対側片麻痺を生じうる1)

PPRF・MLF

PPRF(橋傍正中網様体):水平共同運動の指令を外転神経核へ中継する。外転神経核と近接して存在するためPPRF障害では病変側への共同水平注視が不能となる(同向水平注視麻痺)。

MLF(内側縦束):外転神経核の小細胞群から対側動眼神経内直筋副核への橋梁。MLF障害では同側眼の内転が障害される(核間性眼筋麻痺)。

水平共同運動(共同注視)は以下の二経路により成立する。

  1. PPRFから同側外転神経核へ → 外転神経 → 同側外直筋
  2. 外転神経核の小細胞群からMLFを介して対側動眼神経内直筋副核へ → 対側内直筋

この二経路により両眼が同方向に動く(水平共同運動の最終共通経路)。外転神経核またはPPRFの障害は同側外直筋と対側内直筋の両方への指令を遮断するため、同向水平注視麻痺を呈する1)

脳底動脈の穿通枝が橋下部内側を灌流する。椎骨脳底動脈系は脳幹部や後頭葉を灌流しており、この系の虚血がフォヴィル症候群の主な原因となる。病変の範囲が内側毛帯・三叉神経脊髄路核・交感神経線維・第VIII脳神経核にまで及ぶと追加的な臨床徴候が出現する。


  1. American Academy of Ophthalmology Pediatric Ophthalmology/Strabismus Preferred Practice Pattern Panel. Adult Strabismus Preferred Practice Pattern®. Ophthalmology. 2024.
  2. Khazaal O, Marquez DL, Naqvi IA. Foville Syndrome. . 2026. PMID: 31334988.
  3. Massi DG, Nyassinde J, Ndiaye MM. Superior Foville syndrome due to pontine hemorrhage: a case report. Pan Afr Med J. 2016;25:215. PMID: 28292169.

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