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小児眼科・斜視

ブラウン症候群

ブラウン症候群(Brown syndrome)は、上斜筋腱・滑車複合体の異常を背景に、内転位での眼球挙上が制限または不能となる垂直斜視の一形態である。上斜筋腱鞘症候群(superior oblique tendon sheath syndrome)とも称される。1950年にHarold Whaley Brown博士によって初めて報告された1)

内転位での挙上制限は、上斜筋腱が滑車(trochlea)を通じてスムーズに滑れないことによる機械的問題が基本であり、上斜筋腱が腱のように硬く伸縮できない状態が生じる。

疫学:

  • 斜視の約2%を占める。2,217例の斜視患者中18.03%との報告もある1)
  • 家族性発症は出生20,000人に1人1)
  • 女性にやや多い(59%)1)
  • 右眼がやや優位(55〜60.4%)1)
  • 約10%が両眼性1)

遺伝:

常染色体劣性または浸透率が低下した常染色体優性遺伝の報告がある1)

Q ブラウン症候群は遺伝しますか?
A

家族性発症は出生20,000人に1人と比較的まれであり、常染色体劣性または浸透率の低い常染色体優性遺伝が報告されている1)。大多数の症例は孤発性である。

ブラウン症候群の眼球運動写真。右上方視で左眼の内転位挙上制限と左低位を示す。
Disserol CCD, et al. An uncommon cause of diplopia: do not forget Brown syndrome. Arq Neuropsiquiatr. 2024. Figure 1. PMCID: PMC11500302. License: CC BY.
4方向の眼位写真で、正面視はおおむね整位だが、右上方視で左眼が十分に挙上できず低位となっている。ブラウン症候群に特徴的な内転位での挙上制限を示す臨床所見である。
  • 垂直複視:恒常性・間欠性・再発性のいずれでも起こりうる
  • 眼窩痛・圧痛:後天性では特に顕著。眼球運動時に痛みが増強する
  • 異常頭位(AHP):顎を上げる頭位や健側への顔の回しが典型的
  • クリック感:内転挙上時に腱の滑りに伴うクリック感を生じることがある
  • 非典型症状:急性疼痛に続く反射的な閉瞼(“黒いカーテン”)が間欠性再発例で報告されている7)

内転位での挙上制限がブラウン症候群の定義的所見である。

軽症

第一眼位:垂直偏位なし

内転時:下方偏位(down shoot)なし

挙上:内転位でのみ制限あり

中等症

第一眼位:垂直偏位なし

内転時:下方偏位(down shoot)あり

挙上:内転位で明らかな制限

重症

第一眼位:下斜視(hypotropia)あり

内転時:下方偏位(down shoot)あり

異常頭位:顕著な頭部傾斜・顔の回しを伴う

その他の重要な臨床所見を以下に示す1)

  • V型斜視:上方視で外斜視となるV型斜視を呈することが多い
  • 内転時の瞼裂拡大:Bell現象に伴う
  • 牽引試験(FDT)陽性:内転位での受動的挙上制限を確認。機械的斜視の診断に必須
  • 異常頭位(AHP):先天性BSの59%に合併1)。頭部傾斜44.2%、複合型30.8%
  • 弱視:15.9〜21.7%に合併するが、BS自体による弱視は稀で、不同視斜視による1)

ブラウン症候群は先天性と後天性に大別される。

以下に原因の比較を示す。

分類主な原因
先天性腱の短縮・弾力性喪失、滑車奇形、線維性索状物
後天性・炎症性RA、若年性特発性関節炎、SLE、COVID-19後滑車炎
後天性・外傷/医原性眼窩骨折・手術後、強膜バックリング術

先天性:

上斜筋腱・滑車複合体の構造異常が基本である1)。腱の短縮・弾力性喪失・滑車奇形・腱結節・線維化が認められる。最新の説明として、SO腱後方部から滑車領域に起始し同じ停止部を持つ線維性索状物(fibrotic strand)の存在が提唱されている1)。先天性脳神経支配異常症(CCDDs)との関連も報告されている。

ZT距離(Zinn輪〜滑車間距離)の延長がBS発症と関連するという報告もある。正常小児12例の平均37.1±1mm(35.8〜38.7mm)に対し、BS患者では41.2mmと延長していた6)

後天性:

  • 滑車周囲瘢痕(前頭部打撲による滑車部への直接衝撃、手術、慢性副鼻腔炎)
  • 自己免疫・炎症性疾患(RA・JIA・SLE)による上斜筋腱・滑車部炎症
  • 鼻上方眼窩腫瘤(緑内障ドレナージインプラント合併症を含む)
  • 甲状腺眼症球後麻酔後による上斜筋弾力性喪失
  • 医原性(強膜バックリング術斜視手術・副鼻腔手術後)
  • COVID-19感染後の滑車炎:MRIでSO腱鞘の腫脹とGd増強が確認されている5)8)
  • 眼窩壁骨折ORIF後のチタンメッシュによるSO複合体の圧迫4)
  • 特発性:低グレードの局所浮腫・炎症が推定されており、塞栓仮説も報告されている1)

なお、眼筋型重症筋無力症がBS様所見を呈することが新たに報告されており(AChR受容体抗体陽性)3)、鑑別診断に含める必要がある。

Q COVID-19感染後にブラウン症候群が発症することはありますか?
A

成人・小児いずれでも、COVID-19感染後に滑車炎によるブラウン症候群の発症が報告されている5)8)。MRIでSO腱鞘の腫脹とガドリニウム増強が確認されており、副腎皮質ステロイドの全身投与によって改善する。多系統炎症性症候群を伴わない症例でも生じうる。

診断は病歴と臨床所見を基本とする臨床診断である1)

主要な検査法:

  • 全方向斜視角測定:内転・外転・上転・下転各方向での偏位を評価する
  • 牽引試験(FDT:内転位での受動的挙上制限が陽性。眼球後方押し込み(retropulsion)で制限がより顕著になる。機械的斜視を確認し下斜筋麻痺(FDT陰性)と鑑別するうえで最も重要な検査。小児では全身麻酔下で行い、抵抗の度合いは症例により異なる
  • 両眼視機能評価立体視・融像能力の評価

画像診断:

  • CT:骨異常・外傷後変化の評価に有用
  • MRI:軟組織のコントラストに優れ、圧迫病変・炎症・血管異常の検出に有用1)。滑車部の水平断および冠状断でSO腱・滑車の異常を描出する。COVID-19関連例ではT2高信号・腱鞘Gd増強が特徴的5)。ただしMRIが正常でも炎症は否定できない1)

鑑別診断の要点:

疾患FDT特徴的所見
下斜筋麻痺陰性SO過動・A型斜視
二重挙上筋麻痺内転・外転とも陽性全方向の挙上制限
眼窩骨折内転・外転とも陽性外傷歴・眶下感覚低下
重症筋無力症陰性(拘束様所見)AChR抗体陽性3)

遺伝歴の聴取も重要であり、家族性BSの除外を行う1)

先天性ブラウン症候群では経過観察が第一選択である。自然改善が最大75〜80%に認められ、手術を急がない方針が基本である1)

  • 先天性60例の46か月追跡:10%が完全自然寛解(寛解年齢4〜15歳)1)
  • 先天性32例:75%が自然改善1)
  • 後天性特発性10例(平均13年追跡):30%が完全寛解1)

炎症性後天性BSには副腎皮質ステロイドが有効である。

  • 全身投与:COVID-19後の成人例ではIV methylprednisolone 1g×3日→経口プレドニゾン64mgから漸減(16mg/2日減量)により2か月で改善した5)。小児例(12歳)ではMedrol Dosepakによるtaperで1か月後に疼痛消失、4か月後に複視改善した8)
  • 滑車周囲ステロイド注射:trochleitis 13例中84.6%(11/13)が完全改善した(triamcinolone 1ml、平均22.45日後)1)
  • NSAIDs:イブプロフェン400mg 1日3回が補助療法として用いられることがある3)
  • 重症筋無力症合併例:ピリドスチグミン180mgで改善した症例報告がある3)

以下の場合に手術を考慮する1)

  • 第一眼位での下斜視
  • 顕著な異常頭位
  • 顕著な複視
  • 内転時の顕著な下方偏位
  • 両眼視機能障害

腱延長術

シリコンエキスパンダー法(Wright法):4例中3例で著明改善。SO腱を10mm延長する。

Z字切開延長術:逐次発症両側BS例にMersilene 5-0縫合で施行。不十分な場合は完全切腱へ移行6)

医原性上斜筋麻痺のリスクを低減できる点が利点。

腱切除術

SO腱切断術/切除術(tenectomy):38例の後方視的研究で最も有効な初回手術。AHP消失率81.5%1)

過矯正による医原性上斜筋麻痺のリスクがある。術後の慎重なモニタリングが必要。

その他の術式

SO腱分割延長術:重症BS 15例で下斜視・挙上制限が有意改善1)。20例後方視的研究で過矯正2例(10%)。

SO腱菲薄化術:肥厚したSO腱を有する21眼で有効1)

医原性BSのリビジョン手術眼窩骨折ORIF後のチタンメッシュ再配置によりSO複合体を解放した症例がある4)

Q 手術をせずに自然に治ることはありますか?
A

先天性では最大75〜80%で自然改善が認められており、手術を急がない経過観察が基本方針である1)。後天性特発性でも30%で完全寛解が報告されている。ただし重症(第一眼位での下斜視・顕著な異常頭位)では手術適応を検討する。

Q 手術後に上斜筋麻痺になるリスクはありますか?
A

SO腱切断術・切除術後には医原性上斜筋麻痺が生じることがある。腱延長術(シリコンエキスパンダー法・Z字切開法)はこのリスクを低減できると考えられており、近年では延長術が選択される傾向がある1)。手術後は慎重な経過観察が必要である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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上斜筋腱・滑車複合体の機能不全がブラウン症候群の主要メカニズムである1)

発生学的背景:

Sevelの研究では、上斜筋・腱・滑車は共通の間葉組織から発生することが示された1)。この知見は先天性BSが成長とともに段階的に改善する自然経過を説明する。先天性脳神経支配異常症(CCDDs)との関連も提唱されているが、内転時の下転制限を伴わない症例も多く、全症例を説明することはできない1)

線維性索状物仮説:

最新の仮説では、SO腱後方部から滑車領域に起始しSO腱と同じ停止部を持つ線維性索状物(fibrotic strand)の存在が提唱されている1)。挿入部位の変異によって、典型的な内転位挙上制限だけでなく非典型的な挙上障害パターンも説明できる。

ZT距離延長仮説:

ZT距離(Zinn輪〜滑車間距離)の延長が滑車の前方変位を引き起こし、反転したSO腱への牽引が増大してtelescopingを阻害するという機序が提唱されている6)。患者のZT距離(41.2mm)は正常小児(37.1±1mm)と比べ有意に延長していた。

COVID-19関連メカニズム:

ACE2受容体を介したウイルスの骨格筋への直接侵入、またはサイトカイン放出による免疫介在性筋毒性・自己免疫誘発が機序として考えられている5)。感染から約3週後の発症は反応性応答と矛盾しない。


眼筋型重症筋無力症がBS様所見を呈することが新たに報告された3)。AChR受容体の遮断により拘束性斜視様の症状が生じる機序が示唆されており、垂直斜視を呈するBS患者で重症筋無力症を鑑別診断に含める必要性が指摘されている。

間欠性・再発性BS(1日で自然寛解した5歳男児例)の報告に基づき、2つの新理論が提唱されている7)

Shilo ら(2022)は、“Stretch theory”(先天的に短いSO腱の反復伸展が腱鞘肥厚→狭窄性腱鞘炎を引き起こす)と”Avoidance theory”(急性疼痛→眼球運動回避→腱伸展軽減→迅速な自然寛解)の2つの新理論を提唱した7)

ZT距離とBS発症の関連については、今後の前向き研究によるさらなる検証が期待される6)。先天性BSの発症予測指標としての活用が見込まれる。


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  7. Shilo V, Ronen R, Daniel R. “Black curtain, Brown window” - A case of recurrent intermittent idiopathic Brown syndrome with atypical presenting symptoms. American journal of ophthalmology case reports. 2022;25:101378. doi:10.1016/j.ajoc.2022.101378. PMID:35198807; PMCID:PMC8851156.
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