眼科的リスク要因
血液透析と眼圧
1. 血液透析と眼圧とは
Section titled “1. 血液透析と眼圧とは”血液透析(HD)は末期腎不全(ESRD)患者に対する主要な腎代替療法であり、週平均約12時間施行される。HD中に一過性の眼圧(IOP)上昇が生じうることは古くから報告されており、この現象はLippoldらにより「眼透析不均衡症候群(ocular dialysis disequilibrium: ODD)」と命名された1)。
そのメカニズムは、透析による血漿中の尿素などの浸透圧活性物質の急速な除去にある。血漿浸透圧が低下する一方、房水の浸透圧低下はこれに遅れるため、房水が血漿に対して相対的に高浸透圧となる。この浸透圧勾配により水が血管腔から房水腔へ移動し、眼圧が上昇する1)。
房水流出路が正常に機能している個人では、Schlemm管を介した排出増加により代償され眼圧は安定する。しかし、狭隅角緑内障や血管新生緑内障など房水流出路に障害がある患者では、増加した房水量に対する排出が不十分となり、病的な眼圧上昇を生じうる1)。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”ODDの急性エピソードでは以下の症状が報告されている1)。
ただし、眼圧上昇は無症候性のこともあり、長期間見逃される可能性がある1)。
| 時点 | 左眼IOP | 右眼IOP | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 透析前 | 12 mmHg | 9 mmHg | — |
| 透析中(3時間後) | 25 mmHg | 12 mmHg | +108%/+33% |
症例報告では、血管新生緑内障を有する左眼で透析中に36〜43 mmHgの眼圧上昇がみられた一方、隅角が正常な右眼では有意な上昇を認めなかった1)。この左右差は房水流出路の機能的予備能の差を反映している。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”透析関連リスク要因
血漿浸透圧の急速低下:透析開始時の尿素など小分子溶質の急速除去が浸透圧勾配を生じる1)。
透析液の組成:酢酸透析液は重炭酸透析液と比較して眼圧上昇のリスクが高い可能性がある。
高い尿素除去率:初回血漿尿素濃度が高く、尿素除去率が高い場合にリスクが上昇する1)。
透析流量:血流量・透析液流量が高い場合、浸透圧変化が急速となりリスクが増加する1)。
台湾の大規模ケースコントロール研究では、ESRD患者は緑内障の発症リスクが有意に高く(補正ハザード比1.270)、特に閉塞隅角緑内障のリスクが高い(補正ハザード比1.550)ことが示されている。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”ODDの診断は臨床的に行われ、除外診断である。透析中に繰り返し眼圧上昇が確認され、他の神経学的・眼科学的疾患が除外されることでパターンが確立される。
透析中の眼圧測定: ポータブル眼圧計(TonopenXLなど)を用いて透析前後・透析中のIOPを測定する1)。外来での通常の眼圧測定では透析中の上昇を捉えられない可能性がある。
隅角鏡検査: 虹彩・隅角の新生血管の有無、閉塞隅角の評価を行う1)。
前眼部OCT: 隅角構造(水晶体厚・隅角開放距離・線維柱帯虹彩角)の定量的評価に有用である1)。
散瞳下眼底検査: 糖尿病性増殖性網膜症や網膜静脈閉塞症など、血管新生緑内障の原因疾患の評価を行う。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”内科的治療
局所眼圧降下薬:ブリモニジン・ドルゾラミド・チモロールなどを組み合わせる1)。ESRD患者ではアセタゾラミドやマンニトールの全身投与は相対的禁忌である。
抗VEGF療法:血管新生緑内障に対し、抗VEGF硝子体内注射により新生血管の退縮を促す1)。
透析処方の変更:透析液ナトリウム濃度の上昇(145 mEq/L)、血流量・透析液流量の低下により浸透圧変化を緩徐にする1)。腎臓内科との多職種連携が重要である。
外科的治療
緑内障ドレナージデバイス:内科的治療で不十分な場合にAhmed緑内障ドレナージバルブの留置が行われる1)。症例報告では、白内障手術・硝子体切除術・網膜光凝固とともにAhmedバルブを留置し、透析中の症状が消失した例が報告されている1)。
線維柱帯切除術:マイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術も選択肢の一つである。
その他の検討事項:ハイフラックスHDや血液濾過への変更、高浸透圧グルコースの透析中投与、腹膜透析への切り替えも報告されている1)。
透析液ナトリウム濃度の上昇や血流量・透析液流量の低下により浸透圧変化の速度を緩やかにすることで、眼圧上昇を軽減できる可能性がある。しかし、症例報告では透析処方の変更と最大限の内科的治療を行っても眼圧が安定せず、最終的に手術(Ahmedバルブ留置)が必要となった例がある。透析処方の変更は治療戦略の一部であるが、単独では不十分な場合がある。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”血液透析中の眼圧変動の病態生理は以下のように説明される1)。
尿素などの浸透圧活性物質は大きな分布容積を持ち、透析中に血漿から急速に除去される。Sitprijaらは透析中の眼圧上昇が血漿浸透圧の低下と相関することを示した1)。房水中の浸透圧低下は血漿のそれに遅れるため、房水が血漿に対して相対的に高浸透圧となり、水が血管腔から房水腔へ移動する。
房水流出路が正常な個人では、Schlemm管から眼窩周囲リンパ管への房水排出が増加し、代償的に眼圧が安定化する1)。一方、隅角が障害された患者では排出速度が不十分となり、眼圧が上昇する。
一方で、透析中に眼圧が低下するとの報告もある。この機序として、除水により血漿膠質浸透圧が上昇し、ぶどう膜強膜流出路を介した勾配増大により房水流出が促進されることが提案されている。
2021年のメタ解析では全体として眼圧とHDに有意な関連は認められなかったが、サブグループ解析で興味深い時代変遷が示された。1986年以前の研究では有意な眼圧上昇、1986〜2005年は変化なし、2005年以降は低下傾向であった。酢酸透析液から重炭酸透析液への移行が調整因子として特定されている。
報告されている。透析による除水で血漿膠質浸透圧が上昇し、ぶどう膜強膜流出路を介した浸透圧勾配が増大することで房水流出が促進され、眼圧が低下する可能性がある。2021年のメタ解析でも2005年以降の研究では全体として眼圧低下傾向が示されている。透析技術や透析液組成の進歩がこの変化に寄与していると考えられる。
7. 参考文献
Section titled “7. 参考文献”- Maja AK, Lewis CY, Steffen E, Zegans ME, Graber ML. Increased Intraocular Pressure During Hemodialysis: Ocular Dialysis Disequilibrium. Kidney Med. 2022;4(9):100526. doi:10.1016/j.xkme.2022.100526. PMID:36043165; PMCID:PMC9420387.
- Nissenson AR, Weston RE, Kleeman CR. Mannitol. West J Med. 1979;131(4):277-84. PMID: 388867.
- Adam MP, Bick S, Mirzaa GM, Pagon RA, Wallace SE, Amemiya A, et al. Lowe Syndrome. . 1993. PMID: 20301653.