この疾患の要点
網膜震盪症は眼球への鈍的外傷後に視細胞 外節が障害され、網膜 に白色混濁を生じる可逆性病変である。
別名ベルリン浮腫(Berlin混濁)とも呼ばれ、黄斑部 を含む場合にこの名称が用いられる。
白色混濁は受傷後2〜3日で最強となり、1〜2週間で自然軽快することが多い。
有効な薬物治療は存在せず、経過観察が基本である。
黄斑部 病変ではOCT のグレードが高いほど視力 予後が不良となる。1)
不可逆性の網膜 打撲壊死との鑑別が重要であり、濃い白色混濁と出血を伴う場合は壊死を疑う。
眼外傷時は網膜 以外の合併症(前房出血 ・水晶体 脱臼・隅角 損傷)の確認も必要である。
網膜震盪症(commotio retinae)は、眼球への鈍的外傷により視細胞 外節と網膜色素上皮 (RPE )細胞が崩壊・浮腫を生じる可逆性病変である。白色混濁が主たる所見であり、多くの場合は自然軽快する。
黄斑部 を含む場合、中心窩 付近のcherry-red spot様所見とその周囲の白色混濁を特徴とし、Berlin混濁 (ベルリン浮腫)とも呼ばれる。一方、不可逆性の損傷は網膜 打撲壊死 (contusion necrosis)と区別される。
閉鎖性眼外傷の約30%に認められる比較的頻度の高い病態である。眼球が直接打撲された部位(coup損傷)だけでなく、衝撃波が対側まで伝達することによる反対側損傷(contrecoup損傷)としても生じる。
Q
「網膜震盪症」と「ベルリン浮腫」は同じ病気か?
A
ベルリン浮腫は黄斑部 に生じた網膜震盪症に対して用いられる名称である。中心窩 がcherry-red spot様に見え、その周囲が白く濁る特徴的な外観を呈する。網膜震盪症は黄斑部 以外にも生じうる概念であり、より広い疾患名である。
Liu Y, et al. Creation of a New Explosive Injury Equipment to Induce a Rabbit Animal Model of Closed Globe Blast Injury via Gas Shock. Front Med (Lausanne). 2021. Figure 5. PM
CI D: PMC8495021. License: CC BY.
5,000Kpaの圧力に曝露されたウサギの眼底像であり、(A)第3日の不鮮明な眼底、(B)軽度の
硝子体出血 、(C)網膜震盪症が疑われる第3日の眼底混濁、(D)大部分の
網膜 色素沈着を示す。本文「2. 主な症状と臨床所見」の項で扱う
網膜 震盪に対応する。
視野暗点 :病巣部に一致した視野の欠損または沈下を生じる。黄斑 外病変では比較的自覚されにくいこともある。
視力 低下 :病変が黄斑部 に及ぶ場合に顕著となる。
霧視 :受傷直後から認められることが多い。
一過性の経過 :多くは受傷後1〜2週間で自覚症状が軽快する。ただし黄斑部 病変では永続的な視力 障害が残る場合がある。
眼底検査 では、テカテカした光沢のある小斑状〜地図状の白色混濁が特徴的である。混濁は受傷直後から出現し、2〜3日後に最も増強した後、1〜2週間かけて軽快する。通常、出血を伴わない。
黄斑部 病変(Berlin混濁)では、中心窩 が相対的に赤く見えるcherry-red spot様所見が生じ、周囲網膜 との白色混濁のコントラストが顕著となる。
OCT では楕円体帯(EZ )の高反射と厚み増加、および相互連結帯(IZ)の破壊が典型所見である。AhnらによるOCT グレーディングは予後予測に有用である。1)
軽症 Grade 1-2
Grade 1(EZ 反射率増加) :EZ の高反射を認めるが、構造は保たれる。視力 予後は比較的良好。
Grade 2(IZ反射消失) :IZの反射が消失する。中等度の視細胞 外節障害を示す。
重症 Grade 3-4
Grade 3(IZ+EZ 反射消失) :IZとEZ の双方が消失する。視力 予後は不良となりやすい。
Grade 4(IZ+EZ +ELM反射消失) :外境界膜(ELM)まで消失する最重症型。視力 予後が最も不良である。
OCTA では黄斑部 の血管密度変化を補助的に評価できる場合がある。また、受傷早期には脈絡膜 肥厚を伴うことがある。
Q
視力はどのくらいで回復するか?
A
黄斑部 病変では永続的な視力 障害が残ることがある。OCT グレードが高い(Grade 3〜4)ほど予後が不良であり、受診時のOCT 評価が重要である。1)
網膜震盪症は閉鎖性眼外傷または爆風損傷(blast injury)によって生じる。
高衝撃スポーツ :球技(野球・テニス・スカッシュ等)が最多。ボールや用具が直接眼に当たることで生じる。
暴行・暴力行為 :拳や物体による眼面への直接打撃。
自動車事故 :エアバッグ展開時や衝突時の衝撃。
爆発・爆風損傷 :軍事関連受傷や産業事故でも生じうる。
Q
スポーツ中の眼保護具はどれを選べばよいか?
A
衝撃の強さに応じてポリカーボネート素材のレンズを選ぶことが推奨される。低〜中衝撃では2〜3mm厚、高衝撃では3mm以上が目安となる。アイスホッケーやラクロスなど最高リスクのスポーツではフェイスマスク付きヘルメットが適切である。通常の眼鏡レンズは保護具として不十分なため、専用の保護用アイウェアを使用する必要がある。
散瞳 下眼底検査 が基本である。テカテカした光沢のある白色混濁という特徴的な所見から診断は比較的容易であることが多い。
外傷の診察では、網膜 以外の眼内合併症を同時に確認することが重要である。
前房出血 (hyphema) :隅角 や虹彩 血管の損傷を反映する。
隅角 損傷 :隅角 鏡による評価を要する。外傷性緑内障 の原因となる。
水晶体 脱臼・偏位 :強い鈍的力による毛様小帯 断裂で生じる。
硝子体出血 :眼底観察が困難な場合は超音波検査を用いる。
OCT (光干渉断層計 ) :EZ の高反射と厚み増加が典型所見。IZ・ELMの消失の有無によるグレーディングが視力 予後の予測に有用である。1)
超音波検査(Bモード) :前眼部混濁や硝子体出血 により眼底が透見不良な場合に使用する。
OCTA :黄斑部 の血管密度評価や経過観察に補助的に用いられる。
外傷後の網膜 白色混濁では、以下の鑑別が重要である。
以下の表は網膜震盪症と網膜 打撲壊死の主な鑑別点を示す。
特徴 網膜震盪症 打撲壊死 混濁の性状 光沢ある白色 濃い白色 出血 なし あり 予後 自然軽快 不可逆性
その他の鑑別疾患として以下が挙げられる。
網膜 虚血 :血管閉塞による白色混濁。血管所見を伴う。
脈絡膜破裂 :三日月状の白色線条。外傷後数週で顕在化する。
Purtscher網膜 症 :頭部外傷・胸部圧迫後に生じる多発性白斑と出血。
外傷性黄斑円孔 :黄斑部 の全層欠損。OCT で確認できる。
網膜震盪症に対して有効性が確立された治療法は現在存在しない。混濁は自然軽快することがほとんどであり、経過観察 が基本的な対応となる。
白色混濁は受傷後1〜2週間で自然に消退することが多い。その後もOCT 所見の改善は数か月にわたって継続することがある。
高用量ステロイド 静脈内投与に関する逸話的な報告がわずかに存在するが、有効性は確立されておらず、現時点では標準治療として推奨されない。
経過観察において最も重要なのは合併症の発見と対処 である。
黄斑円孔 :外傷後の経過中に生じることがある。症状の再増悪があれば速やかにOCT を施行する。
網膜裂孔 ・剥離 :鈍的外傷では網膜 周辺部の格子状変性 や裂孔を合併することがある。散瞳 下の周辺部眼底検査 を定期的に行う。
続発緑内障 :隅角 損傷に続発して発症することがある。眼圧 の定期的な確認が必要である。
治療における注意点
網膜震盪症と同時に水晶体 脱臼・網膜裂孔 ・隅角 損傷などの合併症を生じていることがある。受傷後は定期的な眼科受診を継続することが重要である。
特に水晶体 脱臼 など眼球全体にわたる合併症が存在する場合があり、網膜 所見のみで眼外傷の評価を終えないようにする。
「軽快した」と自覚しても、網膜裂孔 ・剥離は無症状で進行することがある。
眼球を強くこすったり圧迫したりすると、合併症を悪化させる可能性がある。
コンタクトレンズの使用は炎症や状態が落ち着くまで控えること。
Q
治療法がないなら受診しなくてよいか?
A
眼科受診は必須である。網膜震盪症自体は自然軽快することが多いが、同時に網膜裂孔 ・黄斑円孔 ・隅角 損傷・水晶体 脱臼などの合併症が生じていることがある。これらを見逃すと視力 や視野に永続的な障害が残る可能性がある。特に受傷後の定期的な経過観察が合併症の早期発見に直結する。
眼球への鈍的衝撃は、以下の機序で網膜 に力学的ストレスを加える。
眼球の急速変形 :打撃により水晶体 ・虹彩 隔壁が急速に後方へ変位する。
流体力学的力の発生 :眼内液の急激な圧力変化が生じる。
網膜 への二方向性圧力 :硝子体 側からの圧力と強膜 側からの反発力が網膜 を挟む形で加わる。
contrecoup損傷は、衝撃波が眼球を通過して対側の網膜 に達することで生じる。
Mansourらは、受傷後24時間以内に処理した献体眼において、視細胞 外節の破壊と網膜 下デブリの蓄積を確認している2) 。
視細胞 外節の断裂 :最も損傷を受けやすい部位である。視細胞 の突起(外節)はMuller細胞による支持を受けていないため、機械的ストレスに対して脆弱である。
網膜色素上皮 への軽度障害 :網膜色素上皮 細胞は比較的軽度の変化にとどまる。
血液網膜関門 の温存 :網膜震盪症では血液網膜関門 の有意な破綻は生じないと考えられている。これが出血を伴わない理由の一つである。
眼底の光沢ある白色混濁は、破壊された外節やデブリが異常な光散乱を起こすことで生じる。組織内への水分貯留(浮腫)ではなく、外節構造物の物理的破壊が本態である。
外節の修復は受傷後約1週間で開始される。完全な修復には2か月以上を要することもある。
正常な視細胞 外節では、円板膜が1,000〜2,000枚存在し、外節先端部の約10%が毎日網膜色素上皮 に貪食されて刷新される。この代謝回転サイクルにより、外節全体が約10〜14日で更新される。この生理的な外節刷新機構が、外傷後の自然軽快を支える背景にあると考えられている。
OCTA は非侵襲的な経過観察ツールとして有用である可能性がある。ただし網膜震盪症における予後予測の臨床的意義は、さらなる検討を要する。
AhnらのOCT グレーディングシステムは、急性期の所見から視力 予後を予測するツールとして注目されている。1) 特にGrade 3〜4の重症例の同定は、早期の集中的経過観察の適応判断に役立つと考えられている。今後の多施設・前向き研究による検証が求められる。
鈍的外傷後の脈絡膜 血流変化は、網膜色素上皮 と視細胞 外節の機能障害に関与する可能性がある。この仮説は病態理解に有用だが、現時点では治療標的として確立していない。
Ahn SJ, Woo SJ, Kim KE, Jo DH, Ahn J, Park KH.. Optical coherence tomography morphologic grading of macular commotio retinae and its association with anatomic and visual outcomes. Am J Ophthalmol. 2013;156(5):994-1001.e1. doi:10.1016/j.ajo.2013.06.023. PMID:23972302.
Mansour AM, Green WR, Hogge C.. Histopathology of commotio retinae. Retina. 1992;12(1):24-28. doi:10.1097/00006982-199212010-00006. PMID:1565867.
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