この疾患の要点
酸化ストレス はROSと抗酸化防御系のアンバランスにより生じ、100以上の眼科疾患に関与する。2)
緑内障 ・加齢黄斑変性 ・糖尿病網膜症 ・白内障 ・網膜色素変性 ・ドライアイ の全疾患で酸化傷害が確認されている。
眼は光・酸素・ミトコンドリア代謝が集中する臓器であり、酸化ストレス への脆弱性が特に高い。
治療はAREDS2(加齢黄斑変性 )2) からNAC・CoQ10(遺伝性視神経症 )1) まで疾患別に体系化されつつある。
Nrf2経路の活性化やAAV遺伝子治療 など、次世代の抗酸化標的治療が研究されている。5)
酸化ストレス (oxidative stress)とは、細胞内で産生される活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)と、これを無害化する抗酸化防御系との均衡が崩れた状態である。2)
ROSには以下のような種類がある。2)
スーパーオキシドアニオン(O₂⁻) :ミトコンドリア電子伝達系の漏れにより産生される。
過酸化水素(H₂O₂) :膜を容易に透過し、細胞全体に傷害を拡大させる。
ヒドロキシルラジカル(•OH) :最も反応性が高く、DNA・タンパク質・脂質を直接酸化する。
一酸化窒素(NO)とその誘導体 :過剰産生時は炎症・血管障害に寄与する。
眼は全身の中でも特に酸化ストレス に脆弱な臓器である。光エネルギーへの恒常的な曝露、高い酸素消費量、および光増感物質(A2Eなど)の蓄積が、眼組織でのROS産生を促進する。2) 酸化ストレス は現在、100種類以上の眼科疾患の発症・進行に関与すると考えられている。2)
酸化ストレス は単独で特異的な症状を示すものではなく、各疾患固有の症状として現れる。
視力 低下 :加齢黄斑変性 ・白内障 ・糖尿病網膜症 ・網膜色素変性 で共通して認められる。
視野障害 :緑内障 (周辺視野の欠損)・RP の夜盲 ・糖尿病網膜症 による黄斑浮腫 による中心暗点 。
羞明 ・コントラスト低下 :白内障 ・加齢黄斑変性 初期に多い。
夜盲 (鳥目) :RP における早期症状。桿体光受容体の変性による。6)
ドライアイ 症状 :眼乾燥感・異物感・灼熱感。NOX4が関与する。2)
疾患別の代表的な酸化傷害関連所見を以下に示す。
緑内障
視神経乳頭陥凹 拡大 :ROSによる網膜神経節細胞 (RGC )のアポトーシス 。
眼圧 上昇 :線維柱帯 細胞の酸化傷害による房水 流出障害。7)
房水 中SOD活性低下 :酸化ストレス 指標として確認されている。7)
加齢黄斑変性・糖尿病網膜症
ドルーゼン ・RPE 萎縮 :SOD1欠損マウスで自然発症する加齢黄斑変性 様病変。A2E蓄積による光毒性。2)
網膜 新生血管 :VEGF誘導とROSの相互増強による滲出型加齢黄斑変性 の進行。
糖尿病網膜症 :ポリオール経路亢進・AGEs蓄積・NADPH過剰消費が酸化傷害を連鎖させる。4)
以下に疾患別の主要な酸化傷害機序と所見をまとめる。
疾患別の酸化ストレス 機序と主要バイオマーカー を以下に示す。
疾患 主な機序 代表的バイオマーカー 緑内障 RGC 変性・ETC障害血清TAS低下・房水 SOD↓7) 加齢黄斑変性 A2E蓄積・SOD1欠損 8-OHdG・MDA上昇2) 糖尿病網膜症 ポリオール経路・AGEs GSH低下・NADPH消費4) 網膜色素変性 桿体死滅→高酸素→ROS 錐体周囲酸素分圧上昇6) 白内障 GSH枯渇・EMT GSH低下・タンパク凝集2) ドライアイ NOX4・炎症サイクル MDA・8-OHdG上昇2)
Q
網膜色素変性で錐体まで障害されるのはなぜか?
A
RP では桿体光受容体の変性・死滅が先行する。桿体が消失すると外顆粒層の酸素消費が減少し、局所的な相対的高酸素状態が生じる。この過剰酸素がROSを産生して錐体を二次的に傷害する。6) 詳細は「病態生理学」の項 を参照。
ミトコンドリアETC複合体I・IIIがROSの主要産生源である。1) 複合体Iの機能低下はLHON (レーベル遺伝性視神経症 )・DOA(優性視神経萎縮 )の本態である。1)
LHON :有病率は1/50,000。ミトコンドリアDNA変異(11778・3460・14484番)によるETC障害。1)
DOA :有病率は1/35,000。OPA1遺伝子変異による内膜融合障害とROS過剰産生。1)
加齢とともに内因性抗酸化酵素(SOD・カタラーゼ・グルタチオンペルオキシダーゼ)の活性は低下する。網膜色素上皮 (RPE )では光増感物質A2Eが年齢依存的に蓄積し、可視光照射でROSを産生する。2)
高血糖は以下の経路を通じてROSを大量産生する。4)
ポリオール経路 :アルドース還元酵素がグルコースをソルビトールに変換する際にNADPHを消費し、抗酸化力を低下させる。
AGEs(終末糖化産物)蓄積 :タンパク質架橋・RAGE受容体を介したNF -κB活性化。
PKC活性化 :NADPH酸化酵素を増強し、O₂⁻産生を増加させる。
SOD1・SOD2・CAT遺伝子の多型や変異は、抗酸化防御の個体差を生む。2) Nrf2(核内因子E2関連因子2)は抗酸化遺伝子群の転写マスターレギュレーターであり、その機能低下は全身的な酸化感受性上昇に直結する。2)
日常生活での酸化ストレス 低減
紫外線カットレンズ(サングラス)を着用してください。紫外線はROSの直接産生源です。
禁煙は最も重要な生活習慣の改善です。喫煙は加齢黄斑変性 ・白内障 のリスクを顕著に高めます。
緑黄色野菜・ブルーベリー・ナッツ類など抗酸化物質を含む食事を心がけましょう。
血糖コントロールを適切に行いましょう。高血糖は糖尿病網膜症 の最大のリスク要因です。
酸化ストレス を直接測定するゴールドスタンダードの臨床検査は確立されていないが、以下のバイオマーカー が研究・臨床評価に用いられている。
マロンジアルデヒド(MDA) :脂質過酸化の指標。血清・房水 ・涙液で測定可能。2)
8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG) :DNA酸化傷害の指標。尿・血清・組織で測定。2)
4-ヒドロキシノネナール(4-HNE) :脂質過酸化アルデヒド。組織免疫染色で確認。
総抗酸化能(TAS) :血清TASの低下は緑内障 患者で一貫して報告されている。7)
グルタチオン(GSH) :細胞内抗酸化の主役。白内障 ・糖尿病網膜症 患者の水晶体 ・血液で低下。2)
房水 SOD活性 :緑内障 眼でSOD活性の低下が確認されている。7)
各疾患では酸化マーカーと組み合わせた診断アプローチが行われる。
加齢黄斑変性 :蛍光眼底造影 ・OCT によるドルーゼン ・RPE 萎縮評価
緑内障 :OCT によるRNFL 菲薄化・視野検査 (Humphrey)
糖尿病網膜症 :眼底写真(国際分類による病期判定)・OCT 血管造影
網膜色素変性 :全視野網膜電図 による桿体・錐体応答の定量評価
加齢黄斑変性 に対する抗酸化サプリメント療法は唯一エビデンスが確立したアプローチである。2)
AREDS2処方(1日量):ビタミンC 500 mg・ビタミンE 400 IU・ルテイン 10 mg・ゼアキサンチン 2 mg・亜鉛 80 mg・銅 2 mg。中間加齢黄斑変性 から進行加齢黄斑変性 への進行リスクを約25%低減する。2)
以下の抗酸化剤がミトコンドリアETC障害の補助療法として用いられる。1)
コエンザイムQ10
作用 :ETCでの電子シャトル役・直接的な抗酸化作用。
LHON /DOAへの使用 :Table5記載の21種の治療選択肢の中核。1)
イデベノン(Raxone®) :CoQ10類似体。欧州でLHON 承認。RHODOS試験で視力 改善。1)
NAC・ニコチンアミド
N-アセチルシステイン(NAC) :グルタチオン前駆体。神経保護効果が示されている。1)
ニコチンアミド(ビタミンB3) :NAD⁺補充によりETC複合体Iを支援。1)
リポ酸・EPI-743 :抗酸化連鎖反応での再生補助。臨床試験段階。1)
LBPはクコの実(枸杞子)から抽出される天然多糖体であり、Nrf2経路を活性化して抗酸化・神経保護効果を示す。3)
加齢黄斑変性 :LBP 13.7 g/日を90日間投与した試験で、黄斑 変性の保護効果が報告された。3)
網膜色素変性 :LBP 5 g/日を12か月間投与した42名の試験で、視野・網膜電図 の保護効果が示された。3)
緑内障 :1 mg/kgを11週間投与したマウス試験でRGC 保護効果が確認された。3)
ドライアイ :250〜500 mg/kgを21日間投与した動物試験で酸化傷害の軽減が示された。3)
治療における注意点・副作用
AREDS2は中間加齢黄斑変性 以上を対象としており、初期加齢黄斑変性 や予防目的での有効性は未確立である。
イデベノン(Raxone®)は日本未承認であり、使用には倫理的手続きが必要である。
高用量ビタミンEはβカロテンとの相互作用が報告されており、喫煙者ではβカロテンを避ける。
LBPをはじめとする天然抗酸化物質の多くは食品・サプリメントの扱いであり、医薬品と同等の品質管理がされているわけではない。
Q
AREDS2サプリメントは誰でも飲んでよいか?
A
AREDS2は中間加齢黄斑変性 (多数の中等サイズドルーゼン 、または1個以上の大型ドルーゼン )以上の患者を対象に有効性が示されている。2) 健常眼や初期ドルーゼン のみの患者への効果は確立していない。眼科医の診断に基づいて使用すべきである。
ミトコンドリア内膜に組み込まれた電子伝達系(ETC)の複合体I・IIIが電子漏れにより大量のO₂⁻を産生する。1) 超酸化物ジスムターゼ(SOD)がO₂⁻をH₂O₂に変換し、カタラーゼ・グルタチオンペルオキシダーゼがH₂O₂を無害化する。2) この多段階防御が破綻すると酸化傷害が連鎖する。
SODには3つのアイソフォームが存在する。2)
SOD1(Cu/ZnSOD) :細胞質・ミトコンドリア間膜腔。SOD1欠損マウスはAMD 様変性を自然発症する。2)
SOD2(MnSOD) :ミトコンドリアマトリックス。ミトコンドリア由来ROSの第一防衛線。
SOD3(EC-SOD) :細胞外基質。角膜 ・水晶体 ・房水 に発現し、細胞外の抗酸化を担う。2)
血液網膜関門 (BRB)は内境界膜 ・網膜 血管内皮の密着結合(tight junction)で構成される。9) 酸化ストレス は密着結合タンパク(claudin・occludin・ZO-1)を修飾してBRBを破綻させ、炎症性浸潤・血漿タンパク漏出を招く。4)
NF -κB・MAPK経路の活性化がBRB破綻を増幅させ、「パラ炎症(para-inflammation)」と呼ばれる慢性低強度炎症状態が成立する。4) この状態では完全な組織修復が起こらず、変性が潜伏しながら進行する。
RP の原発病変は遺伝子変異による桿体光受容体の変性であるが、最終的には錐体も変性する。6)
錐体変性の機序は以下の通りである。6)
桿体の変性・死滅により外顆粒層の酸素消費量が著減する。
脈絡膜 からの酸素供給は維持されるため、外顆粒層が相対的高酸素状態になる。
過剰酸素がROSを産生し、生存する錐体を酸化傷害により変性させる。
この「高酸素→ROS→錐体傷害」の連鎖がRP 後期の中心視力 喪失の主機序とされる。
RPE リポフスチン 成分のA2E(N-retinylidene-N-retinylethanolamine)は、青色光照射によりROSを産生する光増感物質である。2) A2Eはリソソーム機能も障害し、RPE による光受容体外節の貪食・分解を妨げる。この悪循環がドルーゼン 蓄積・地図状萎縮 への進行を促進する。
高血糖下でアルドース還元酵素がグルコースをソルビトール・フルクトースに変換し、NADPHを消費する。4) NADPHはグルタチオン還元酵素の補酵素であるため、その枯渇は細胞内抗酸化能を直撃する。同時にPKC・NF -κB・MAPK経路が活性化され、VEGF・TNF -α産生が増加し、BRBを破綻させる。4)
RP の錐体変性に対するNAC経口投与の第II相試験が実施中である。
Schiffら(2021)は24名のRP 患者を対象にNAC 600 mg/日から段階的に1800 mg/日まで増量する24週間試験を実施した。6) 視野検感度・OCT 錐体層厚に改善傾向が認められた。現在、NCT 05537220(NAC Attack trial)として第II相RCTが進行中である。6)
Nrf2をコードするAAVベクターをRP 動物モデルに網膜 下投与した研究で、錐体光受容体の顕著な保護効果が報告された。5)
AAV-NRF2投与群では非投与群に比べ、錐体網膜電図 振幅・錐体細胞 数が有意に高値を維持した。5) Nrf2は標的遺伝子(HO-1・NQO1・GP x・GCL)を通じて抗酸化酵素群を一括誘導するため、単一遺伝子治療 による網膜 保護戦略として注目される。5)
LHON ・DOAのiPS細胞由来網膜神経節細胞 (iPSC-RGC )を用いた創薬プラットフォームが構築されており、NAC・CoQ10・EPI-743などの候補薬剤の評価が進んでいる。1)
多発性硬化症 治療薬DMF(BG-12)は強力なNrf2活性化剤であり、網膜 変性モデルでの保護効果が報告されている。2) 眼科領域への応用の可能性が示唆されるが、全身副作用(リンパ球減少)の評価が課題である。
miR-26a-5pを増強する介入により、SOD・カタラーゼの遺伝子発現が増加し、糖尿病網膜症 モデルでの網膜 酸化傷害が軽減されることが示された。8) miRNA標的治療は糖尿病網膜症 の分子的治療選択肢として研究段階にある。
クコシ多糖体(LBP)を用いた複数の疾患別臨床試験が進行中であり、長期的な安全性データの蓄積が期待されている。3)
Q
NAC(N-アセチルシステイン)は市販で入手できるが、自己判断で使ってもよいか?
A
NACはサプリメントとして市販されているが、RP への使用は現在臨床試験段階であり有効性・安全性は確立していない。6) 自己判断での長期高用量服用は避け、使用を検討する場合は必ず眼科医に相談すること。
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