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眼外傷

鉄錆症(シデローシス)と銅錆症(カルコーシス)

1. 鉄錆症(シデローシス)と銅錆症(カルコーシス)とは

Section titled “1. 鉄錆症(シデローシス)と銅錆症(カルコーシス)とは”

眼鉄錆症(Ocular Siderosis / Siderosis bulbi)は、鉄または鉄合金を含む眼内異物(intraocular foreign body; IOFB)が眼内に残留した際に生じる疾患である。残留した鉄が眼組織に溶け出し、鉄イオンが角膜虹彩水晶体網膜線維柱帯など眼の各組織を障害する。本疾患の概念は1860年にBungeによって初めて記載された。有病率は眼外傷患者の約0.002%と稀な疾患である。1)

眼銅錆症(Ocular Chalcosis)は、銅または銅合金のIOFBの残留による疾患である。銅イオンが眼内各組織に沈着し、特有の組織障害をきたす。純銅(銅含有率90%以上)が残留した場合は急性型として重篤な眼内炎様反応を呈する。真鍮や青銅などの低濃度銅合金では慢性緩徐な経過をとる。

IOFBは眼内に初期には無症状のまま残留し、徐々に進行性の組織障害を引き起こすため、診断の遅れが視力予後を著しく悪化させる。眼内異物全体の30〜40%が磁性体(鉄・鋼)を占め、銅合金異物は比較的まれである。

金属疾患名異物の特徴臨床経過
鉄・鉄合金鉄錆症(Siderosis bulbi)磁性体慢性進行性
純銅(≥90%)銅錆症・急性型非磁性体急性重篤(眼内炎様)
真鍮・銅合金銅錆症・慢性型非磁性体慢性緩徐
Q 鉄以外の金属でも眼内で問題を起こすのか?
A

銅含有IOFBでは鉄錆症と同様に重篤な「眼銅錆症(Chalcosis)」が生じる。純銅は急性の眼内炎様反応、真鍮は慢性の沈着障害をきたす。アルミニウムやガラスは組織反応が軽微であり、鉄錆症・銅錆症とは区別される。

眼内鉄錆症(Siderosis bulbi)の水晶体前嚢組織病理像:ヘモジデリン沈着とプルシアンブルー鉄染色
眼内鉄錆症(Siderosis bulbi)の水晶体前嚢組織病理像:ヘモジデリン沈着とプルシアンブルー鉄染色
Ye Y, et al. Ocular siderosis caused by a retained intralenticular iron foreign body: a case report. BMC Ophthalmol. 2017;17:26. Figure 5. PMCID: PMC5348785. License: CC BY.
眼内鉄錆症における水晶体前嚢の病理組織像。HE染色(a, b)でヘモジデリン沈着、プルシアンブルー染色(c, d)で鉄色素の蓄積、CD18陽性マクロファージの浸潤(e, f)が前嚢に示されている。本文「主な症状と臨床所見」の項で扱う鉄錆性白内障に対応する。

鉄錆症の自覚症状は受傷直後から現れるものと、異物残留後に徐々に進行するものに分けられる。

  • 視力低下:最多の自覚症状で患者の約63.79%に認められる。1)
  • 無症候性:初期には症状が乏しく、患者の約27.58%が自覚症状を欠いた状態で発見される。1)
  • 夜盲・視野狭窄:桿体細胞への選択的障害が進行すると出現する。
  • 眼痛充血IOFB受傷の急性期や炎症合併時にみられる。

鉄錆症の眼所見

角膜鉄線沈着:上皮または実質への鉄沈着。患者の約46.55%に認められる。1)

鉄性散瞳(mydriasis siderostica)虹彩括約筋への鉄障害による特徴的な散瞳3)

鉄錆性白内障水晶体前嚢下の特徴的な褐色混濁。患者の約37.93%に認められる。1)

網膜色素上皮RPE)変性:最も高頻度の所見で患者の約72.41%に認められる。1)

銅錆症の眼所見

Kayser-Fleischer環様変化角膜輪部(Descemet膜)への銅沈着による黄緑色輪状変化。慢性型に特徴的。

エメラルドリング水晶体前囊下の緑色輪状混濁。銅錆症の病的特徴所見。

日光白内障水晶体虹彩様色調変化。

急性型所見(純銅)眼内炎様の高度炎症・前房蓄膿硝子体混濁

鉄錆性緑内障は重要な合併症である。線維柱帯への鉄沈着により、続発開放隅角緑内障を生じ得る4)

Q 鉄錆症では最初に何が障害されるか?
A

網膜電図所見から桿体(rod)が選択的に早期に障害される。b波の減弱が最初に現れ、進行するとa波の減弱、さらには網膜電図消失へと至る。詳細は「病態生理学」の項を参照。4)

鉄錆症の原因は鉄または鉄合金を含むIOFBの眼内残留である。受傷機転の内訳では、ハンマー・タガネ作業が最多であり、金属加工や建設作業中の金属片が最も多い受傷源となっている。1)

患者の96.49%が男性であり、職業上の金属作業との関連が強い。1)

銅錆症の原因は銅または銅合金のIOFBの残留である。工場・鋳造現場での作業中や農機具の損傷、雷管の爆発などが受傷機転として挙げられる。

  • 金属加工・建設作業:打撃や研削による金属片の飛散が主要リスク
  • 防護眼鏡の非着用:適切な保護具の不使用が受傷の主要要因1)
  • 小型・高速のIOFB:眼球壁を貫通しやすく、受傷に気づかない場合がある
  • 初期無症状経過:症状が乏しいため受診が遅れ、診断が遅延する3)
  • 銅合金の種類:純銅(≥90%)では急性重篤な経過となるリスクが高い

鉄錆症・銅錆症の診断は、IOFBの存在証明・位置確認と、眼組織への金属毒性の評価を組み合わせて行う。見逃しIOFBでは外傷歴が不明確なため、他の疾患と誤診されやすい点に注意が必要である。3)

CT検査

IOFBの検出:CTは金属IOFBの位置確認に有用であり、見逃し例でも診断の鍵となる2)

見逃し防止:現病歴が不明確な症例でも系統的なCT検索でIOFBを発見できる。

IOFBの検出:銅・銅合金も金属として検出可能だが、アーチファクトに注意。

超音波検査

非侵襲的な眼内評価:眼底観察が困難な症例(水晶体混濁・硝子体出血)での有用性が高い。

IOFBの位置確認硝子体腔・網膜下など部位の絞り込みに有効。

網膜電図(ERG)

b波減弱:桿体機能の指標として早期変化を捉える。鉄錆症の治療タイミングの決定に最も重要。4)

重症度評価網膜電図パターンの変化は鉄毒性の進行程度を反映する。

細隙灯顕微鏡・OCT

銅錆症の特徴所見:エメラルドリングやKayser-Fleischer環様変化の確認に細隙灯が必須。

OCTRPE・光受容体層の変性程度を定量的に評価し、術後経過観察にも用いる。

銅錆症ではKayser-Fleischer環がWilson病(肝レンズ核変性症)と類似するため、外傷歴が不明確な症例では鑑別が必要である。Wilson病では全身性の銅代謝異常(血清セルロプラスミン低下・尿中銅排泄増加)を伴うが、銅錆症では局所性の銅沈着にとどまる。銅代謝検査を必要に応じて実施する。

慢性的な経過をたどる見逃しIOFB例では、慢性前部ぶどう膜炎と誤診されることがある。3) 難治性ぶどう膜炎や原因不明の水晶体混濁・虹彩変色では、外傷歴の詳細聴取とCT撮影によるIOFBの積極的な検索が重要である。

Parameswarappaら(2023)の58眼コホートにおける受診時視力分布を以下に示す。1)

視力割合
0.5以上(良好)約34%
0.1〜0.4(中等度低下)約29%
0.1未満(高度低下)約37%
Q CTで異物が見つからなければ鉄錆症は否定できるか?
A

CTの感度は異物の大きさ・材質・撮影条件に依存する。金属IOFBでは有用だが、極小異物や非金属異物ではCTで検出できない場合がある2)。臨床所見(鉄性散瞳・鉄錆性白内障など)と合わせた総合的な判断が必要である。

鉄錆症・銅錆症の治療の根本はIOFB早期除去であり、金属毒性の進行を阻止することが目標となる。

**硝子体手術(pars plana vitrectomy; PPV)**がIOFB除去の主要術式である。1, 2, 3, 4)

  • 磁気プローブの使用:鉄含有IOFBには磁気プローブが有効であり、PPVと組み合わせて異物を眼内から取り出す。3)
  • 白内障同時手術水晶体混濁(鉄錆性白内障)を合併する場合、症例に応じてPPV白内障手術を同時に検討する2)
  • IOFB除去群 vs 非除去群:除去群では平均logMAR 1.0、非除去群では平均logMAR 1.58と、除去群で有意に良好な視力転帰が得られた。1)

銅は非磁性体のため電磁石による摘出は不可能であり、PPVが必須術式となる。

  • 急性型(純銅):緊急手術が必要。PPVによる異物除去と眼内炎に準じた消炎治療(ステロイド投与)を行う。眼球萎縮に至るリスクが高い。
  • 慢性型(真鍮・銅合金):早期のPPV + 異物除去。術後炎症管理にステロイドを用いる。
項目鉄錆症銅錆症(急性型)銅錆症(慢性型)
磁気プローブ有効(磁性体)不可(非磁性体)不可(非磁性体)
主要術式PPV ± 磁気プローブPPV(緊急)PPV
術後消炎必要に応じてステロイド眼内炎に準じた治療ステロイド
眼球萎縮リスク長期放置で高い急性期に高い比較的低い

鉄錆性緑内障が合併した場合は、点眼・内服・手術による眼圧管理が必要となる4)。異物除去後も長期的な眼圧モニタリングが重要である。

Q IOFBを長期間放置した場合はどうなるか?
A

鉄毒性は持続的・進行性であり、放置により視力低下・夜盲・視野狭窄が不可逆的に進行する4)。異物除去後も長期にわたるフォローアップが必要である。銅錆症の純銅型では急性の眼球萎縮に至るリスクもある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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眼内に残留した鉄は徐々に酸化・溶解し、鉄イオン(Fe²⁺/Fe³⁺)として眼組織に拡散する。鉄イオンによる細胞障害の中心的な機序は以下の2つの反応経路である。4, 3)

  • Haber-Weiss反応・Fenton反応:鉄イオンが活性酸素種(ROS)の生成を触媒し、特に水酸化ラジカル(·OH)を産生する。水酸化ラジカルは細胞膜の脂質過酸化・DNA損傷・タンパク質変性を引き起こす。
  • ミトコンドリア障害:ROSによるミトコンドリア機能障害が、エネルギー依存性の高い光受容体に選択的な障害をもたらす。

眼鉄錆症では桿体(rod)が錐体(cone)より先に障害される特徴がある。網膜電図では暗順応下のb波(桿体由来)が最初に減弱し、進行に伴いa波消失、さらには完全な網膜電図消失へと至る。4) この桿体選択性は、桿体外節に含まれるcGMPホスホジエステラーゼが鉄イオンによる酸化ストレスに特に感受性が高いことに起因する。

線維柱帯への鉄沈着は流出路の機械的閉塞と細胞毒性をもたらす。4) これにより眼房水流出抵抗が上昇し、続発開放隅角緑内障が生じる。異物除去後も線維柱帯障害が持続することがあり、長期的な眼圧管理が求められる。

銅イオンの毒性発現は銅濃度に依存する。

  • 高濃度銅(純銅≥90%):銅イオンが急性の細胞膜破壊とタンパク質変性を引き起こし、眼内炎様の激烈な炎症反応が生じる。硝子体網膜角膜への直接傷害が急速に進行し、眼球萎縮に至ることがある。
  • 低濃度銅(真鍮・銅合金):銅イオンが慢性的に眼組織に沈着する。角膜のDescemet膜への沈着がKayser-Fleischer環様変化を形成し、水晶体前囊への沈着がエメラルドリングを形成する。網膜では金属様の黄色反射が生じる。

Wilson病では全身の銅代謝異常(セルロプラスミン産生障害)による系統的な銅沈着が生じるのに対し、眼銅錆症では局所的なIOFBからの銅溶出による組織障害という点で病態が異なる。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

網膜電図を用いた早期診断・治療タイミングの最適化

Section titled “網膜電図を用いた早期診断・治療タイミングの最適化”

網膜電図による機能評価は、眼鉄錆症の手術適応を決定する重要な指標として研究が進んでいる。b波の減弱程度と実際の網膜組織障害の相関を定量化することで、「鉄毒性はあるが不可逆的障害には至っていない」早期ウィンドウでのIOFB除去が視力温存につながる可能性がある。4)

一部の報告では、IOFBを早期に除去した場合に網膜電図所見の改善(約40%の部分的回復)が観察されている。鉄イオン誘発性の酸化ストレスが軽度の段階では、除去後に組織機能が回復し得ることが示唆されており、早期介入の根拠となる。

遅発性の眼圧上昇や網膜機能低下を見逃さないため、定期的な眼圧・視野・視神経評価を継続する体制の標準化が課題である。

高分解能CTによる極小IOFBの検出精度向上、およびMRI安全性評価技術の進展は、鉄・銅異物の術前評価をより精緻なものにする可能性がある。特に銅合金など組成が混合する異物のMRI適応判断は重要な研究課題である。


  1. Parameswarappa DC, Das AV, Venugopal R, Karad M, Tyagi M. Clinical profile, demographic distribution, and outcomes of ocular siderosis: electronic medical record-driven big data analytics from an eye care network in India. Indian J Ophthalmol. 2023;71(2):418-423. doi:10.4103/ijo.IJO_1446_22.
  2. Chuah Gim Seah S, Muhammed J, Annie L, Othman K. Missed intraocular foreign body presenting as siderosis bulbi: two case reports. Cureus. 2024;16(2):e53839. doi:10.7759/cureus.53839.
  3. Chai X, Li W, Zhao F, et al. Ocular siderosis misdiagnosed as chronic anterior uveitis: a case report. BMC Ophthalmol. 2026;26:102.
  4. Kannan NB, Adenuga OO, Rajan RP, Ramasamy K. Management of ocular siderosis: visual outcome and electroretinographic changes. J Ophthalmol. 2016;2016:7272465. doi:10.1155/2016/7272465.

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