黄斑偽円孔
1. 黄斑偽円孔とは
Section titled “1. 黄斑偽円孔とは”黄斑偽円孔(macular pseudohole; MPH)は、黄斑上膜(epiretinal membrane; ERM)による中心窩の変形が、あたかも黄斑円孔のように見える状態を指す。「偽(pseudo)」の名の通り、検眼鏡では円孔に似て見えるが、網膜そのものに穴(全層欠損)は開いていない1, 2)。日本語では「偽黄斑円孔」と呼ばれることもある。
1976年、AllenとGassは、黄斑円孔に類似して見える傍中心窩黄斑上膜の収縮を4症例で報告し、これを偽円孔(pseudohole)と名づけた。4例はいずれも初診時に視力が正常〜ほぼ正常で、3〜4年の経過で2例は所見が不変、1例は膜の収縮がさらに進んで黄斑皺襞(macular pucker)様となり、1例は膜が自然に剥がれて偽円孔が消失した1)。
現在では、中心窩を避けて張った黄斑上膜が求心性(接線方向・内向き)に収縮し、中心窩陥凹の周囲組織を中央へ引き寄せることで、陥凹のふちが垂直に立ち上がり(verticalization)、狭く急峻な中心窩陥凹が形成された結果として理解されている。中心窩組織の欠損や全層の裂隙は伴わない2, 3)。
硝子体網膜界面疾患のなかでの位置づけ
Section titled “硝子体網膜界面疾患のなかでの位置づけ”黄斑上膜に関連する中心窩の形態変化は複数あり、2020年にHubschmanらがOCT所見に基づく国際コンセンサス定義を示した。ここで黄斑偽円孔は、**分層黄斑円孔(LMH)やERM中心窩分離症(ERM foveoschisis; ERM-FS)**と明確に区別された3)。
- 黄斑偽円孔(MPH):中心窩を避けた黄斑上膜と、急峻化した中心窩プロファイル(+黄斑厚の増加)を特徴とする。組織欠損はない3)。
- 分層黄斑円孔(LMH):不整な中心窩輪郭・辺縁が掘れ込む中心窩空洞・中心窩組織の欠損を必須とする、組織欠損を伴う病変3)。
- ERM中心窩分離症(ERM-FS):黄斑上膜と、ヘンレ線維層レベルの網膜分離を特徴とする3)。
黄斑偽円孔とERM-FSは黄斑上膜の牽引による変化であり、分層黄斑円孔は組織欠損を伴う変性病変である点が、病態上の大きな違いである3)。詳しくは黄斑円孔・黄斑上膜・網膜前増殖の各記事も参照。
黄斑偽円孔は黄斑上膜をもつ眼に生じる。黄斑上膜として評価された369例のうち54例(約15%)に偽円孔を認めたとの報告があり4)、黄斑上膜の一定割合に合併する。好発年齢は黄斑上膜と同様に高齢で、ある比較研究では黄斑偽円孔群の平均年齢は71.1±7.8歳であった6)。黄斑上膜の危険因子(加齢・後部硝子体剥離など)については黄斑上膜の記事を参照。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”黄斑偽円孔は視力が比較的よく保たれることが多く、無症状で偶然発見される例も少なくない。症候性の場合の症状は、原因である黄斑上膜によるものが主体となる。
- 変視症(ゆがみ):黄斑上膜の牽引による中心窩の変形を反映する。
- 軽度の視力低下・かすみ:手術例をまとめた報告では、術前視力の中央値は20/63(範囲20/32〜20/860)であった5)。
- 無症状:中心窩の全層構造が保たれるため、真の黄斑円孔でみられる強い中心暗点は通常きたさない1)。
検眼鏡・細隙灯顕微鏡では、光沢のある黄斑上膜に囲まれて、境界明瞭な赤色調の類円形病変が中心窩にみられ、黄斑円孔に似た外観を呈する。ただし真の全層黄斑円孔と異なり、周囲に網膜下液の輪(cuff)や黄色沈着を伴わないことが多く、視力も比較的保たれる1, 4)。
Watzke-Allen徴候は鑑別に有用である。スリット光を病変に当てたとき、真の全層黄斑円孔では光線の中央がくびれる・途切れると自覚する(陽性)のに対し、黄斑偽円孔では均一な幅の連続した光線として認識される(陰性)。ただし最終的な確定はOCTによる。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”黄斑偽円孔の直接の原因は、中心窩を避けて張った黄斑上膜の求心性収縮である。したがってリスク要因は黄斑上膜のそれと共通する2, 3)。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”OCT(光干渉断層計)
Section titled “OCT(光干渉断層計)”黄斑偽円孔の診断はOCTが決定的である2)。真の黄斑円孔や分層黄斑円孔との鑑別は、OCTを用いれば容易である。
OCTでの典型所見は次の通りである2, 3)。
- 中心窩を避けた黄斑上膜:中心窩の外側に高輝度の膜状構造を認め、中心窩そのものには膜がかかっていない。
- 急峻で狭い中心窩陥凹:中心窩のふちが垂直に立ち上がり(verticalization)、陥凹の幅が狭くなる。
- 中心窩ふちの肥厚:牽引により傍中心窩の網膜が厚くなる。
- 全層・分層欠損がない:中心窩の底(外層網膜)は連続して保たれ、組織の欠損を伴わない。この点が黄斑円孔・分層黄斑円孔との決定的な違いである。
中心窩厚は正常〜やや増加にとどまる。ある比較研究では、中心窩厚は黄斑偽円孔で233±94μmと、黄斑上膜(434±97μm)より薄い傾向が示された。これは黄斑偽円孔では急峻な中心窩陥凹が保たれるためと考えられる6)。診断にあたっては、単一断面だけでなくvolume scanで連続的に確認し、全層の欠損がないことを確かめることが重要である。
主な疾患との鑑別
Section titled “主な疾患との鑑別”黄斑上膜に関連して中心窩が「円孔様」に見える病変は複数あり、いずれもOCTで区別する。
| 病変 | OCTの要点 | 中心窩の組織欠損 |
|---|---|---|
| 黄斑偽円孔(MPH) | 中心窩を避けたERM+急峻に立ったふち | なし3) |
| 全層黄斑円孔(FTMH) | 中心窩の全層欠損 | 全層の欠損 |
| 分層黄斑円孔(LMH) | 不整な輪郭・掘れ込む空洞・組織欠損 | あり(部分層)3) |
| ERM中心窩分離症(ERM-FS) | ERM+ヘンレ線維層レベルの分離 | なし(分離が主体)3) |

5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”視力が保たれ、症状が軽い(または無症状の)黄斑偽円孔は、経過観察が基本である。黄斑偽円孔は比較的安定した経過をとることが多く、辺縁が裂けたタイプであっても偽円孔のまま経過し、真の分層黄斑円孔へは移行しにくいことが報告されている4)。定期的なOCTで、中心窩の形態や視力の変化を追う。
変視症や視力低下が日常生活の支障となる場合は、**黄斑上膜と同様に硝子体手術(経毛様体扁平部硝子体手術+黄斑上膜剥離+内境界膜剥離)**を検討する7)。手術は選択的(elective)であり、緊急性はない。
手術成績は良好である。
- 黄斑偽円孔を伴う黄斑上膜50眼の手術では、術後視力の中央値は20/40、2段階以上の視力改善が62%(31/50眼)で得られ、80%(40/50眼)が20/50以上に達した。偽円孔の有無は術後視力予後に有意な差を与えず、術後に偽円孔が残った症例(6か月時点で30%)でも視力は改善した5)。
- 中心窩のふちの形態(垂直で滑らか/引き伸ばされ裂けている)にかかわらず、手術で黄斑の形態と視力が改善したと報告されている4)。
- 近年の比較研究でも、黄斑偽円孔の術後最良矯正視力はlogMAR 0.293±0.25から0.058±0.17へ改善した6)。
多くの場合、黄斑偽円孔は比較的安定した経過をとります。中心窩のふちが引き伸ばされて裂けたようなタイプでも「偽円孔のまま」経過し、真の分層黄斑円孔へ移行しにくいことが報告されています4)。ただしまれに黄斑上膜の牽引が進むこともあるため、定期的なOCTでの経過観察が勧められます。急にゆがみや見えにくさが強まった場合は早めに受診してください。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”黄斑偽円孔は、中心窩を避けて張った黄斑上膜の求心性(接線方向・内向き)収縮によって生じる。膜が中心窩の周囲組織を中央へ引き寄せると、中心窩陥凹のふちが垂直に立ち上がり、陥凹が狭く急峻になる。同時に傍中心窩の網膜が厚くなる。このとき中心窩の全層構造は保たれ、組織の裂隙・欠損は生じない2, 3)。
この点で、黄斑偽円孔は次の病変と病態が異なる。
- 全層黄斑円孔:接線方向に加えて前後方向の牽引が働き、中心窩に真の全層裂隙(dehiscence)が生じる。
- 分層黄斑円孔:中心窩組織が失われる変性病変であり、不整な輪郭・掘れ込む空洞・組織欠損を伴う3)。
黄斑偽円孔の中心窩ふちの形態には、垂直で滑らかなタイプと、非対称な牽引で引き伸ばされ裂けたタイプがあると報告されているが、いずれも組織欠損を伴わない偽円孔として扱われる4)。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”用語・分類の統一
Section titled “用語・分類の統一”かつては偽円孔・分層円孔・ERMによる中心窩分離が混在して用いられ、研究間で対象がそろわない問題があった。2020年のHubschmanらによるOCTベースの国際コンセンサス定義は、黄斑偽円孔・分層黄斑円孔・ERM中心窩分離症を明確に区別し、以後の研究や臨床記載の基準となっている3)。
類縁病変との比較研究
Section titled “類縁病変との比較研究”コンセンサス定義に基づき、黄斑上膜・黄斑偽円孔・ERM中心窩分離症・分層黄斑円孔を同一基準で比較する研究が進んでいる。黄斑偽円孔はこれらのなかでも中心窩構造が比較的保たれ、術後視力も良好な群に位置づけられる6)。今後、各病変の自然経過と手術適応のより精密な線引きが期待される。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Allen AW Jr, Gass JD. Contraction of a perifoveal epiretinal membrane simulating a macular hole. Am J Ophthalmol. 1976;82(5):684-691. doi:10.1016/0002-9394(76)90002-7. PMID:998690.
- Haouchine B, Massin P, Tadayoni R, Erginay A, Gaudric A. Diagnosis of macular pseudoholes and lamellar macular holes by optical coherence tomography. Am J Ophthalmol. 2004;138(5):732-739. doi:10.1016/j.ajo.2004.06.088. PMID:15531306.
- Hubschman JP, Govetto A, Spaide RF, Schumann R, Steel D, Figueroa MS, Sebag J, Gaudric A, Staurenghi G, Haritoglou C, Kadonosono K, Thompson JT, Chang S, Bottoni F, Tadayoni R. Optical coherence tomography-based consensus definition for lamellar macular hole. Br J Ophthalmol. 2020;104(12):1741-1747. doi:10.1136/bjophthalmol-2019-315432. PMID:32107208.
- Gaudric A, Aloulou Y, Tadayoni R, Massin P. Macular pseudoholes with lamellar cleavage of their edge remain pseudoholes. Am J Ophthalmol. 2013;155(4):733-742.e4. doi:10.1016/j.ajo.2012.10.021. PMID:23312734.
- Massin P, Paques M, Masri H, Haouchine B, Erginay A, Blain P, Gaudric A. Visual outcome of surgery for epiretinal membranes with macular pseudoholes. Ophthalmology. 1999;106(3):580-585. doi:10.1016/S0161-6420(99)90119-7. PMID:10080217.
- Kubota N, Miyata K, Mori Y, Nakano Y, Goto H, Okamoto F. Clinical characteristics and optical coherence tomography findings in epiretinal membrane, macular pseudohole, epiretinal membrane-foveoschisis, and lamellar macular hole. PLoS One. 2025;20(5):e0323933. doi:10.1371/journal.pone.0323933. PMID:40434985; PMCID:PMC12118851.
- Bailey ST, Vemulakonda GA, Kim SJ, Kovach JL, Lim JI, Ying GS, Flaxel CJ, American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Retina/Vitreous Committee. Idiopathic Epiretinal Membrane and Vitreomacular Traction Preferred Practice Pattern®. Ophthalmology. 2025;132(4):P197-P233. doi:10.1016/j.ophtha.2024.12.019. PMID:39918520.