酸熱傷
化学外傷(酸熱傷)
1. 化学外傷(酸熱傷)とは
Section titled “1. 化学外傷(酸熱傷)とは”酸熱傷(acid burn)は、酸性化学物質が眼に飛入することで角膜・結膜が障害される疾患である。眼科救急として即座の対応が求められる。
眼化学外傷の発生率は10万人あたり65〜78例と推定されている1)。平均年齢は48歳で、アルカリ外傷の方が酸外傷より頻度は高いが、酸熱傷も職業性外傷として一定数発生する1)。
原因物質として最も多いのは塩酸(トイレ用洗剤・工業薬品)、硫酸(バッテリー液)、硝酸(工業薬品)などである。家庭での事故(トイレ用洗剤の誤使用)から、工場・研究施設での職業性曝露まで幅広く発生する。
酸性薬剤は組織透過性が低く、障害が表層にとどまる場合が多い。一方、アルカリは蛋白質を融解して角膜深部に到達するため、短時間で深部まで障害を及ぼし、実質の高度な混濁・内皮障害・白内障・虹彩炎・緑内障などの合併症を生じやすい。
| 原因物質 | 主な用途・曝露状況 | 特性 |
|---|---|---|
| 塩酸 | トイレ用洗剤・工業用薬品 | 揮発性あり |
| 硫酸 | バッテリー液・工業薬品 | 強酸・重症化リスク |
| 硝酸 | 工業薬品・研究施設 | 酸化性あり |
| フッ化水素酸 | ガラスエッチング・半導体 | 高浸透性・特に重篤 |
一般に酸熱傷はアルカリ外傷より表層にとどまりやすく、予後は良好な場合が多い。酸はタンパク質を凝固させることで自己防御膜を形成し、深達が制限されるためである。ただし硫酸やフッ化水素酸などの強酸では深部浸透が起こり、アルカリ同様に重篤な障害を来す。重症度は物質の種類・pH・濃度・接触時間によって決まる。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”- 眼痛:軽症例では異物感・灼熱感、重症例では激痛を伴う
- 視力低下:角膜混濁・浮腫に起因する
- 流涙・眼瞼痙攣:化学物質の刺激による反射性反応
- 充血:酸熱傷では結膜充血が明瞭なことが多い(アルカリ外傷では虚血性壊死により白色浮腫となる場合と対照的)
酸熱傷の特徴的所見は、凝固壊死による白色の沈着物と、相対的に保たれた結膜充血である。アルカリ外傷では融解壊死により虚血が生じ、充血を欠く白色浮腫がみられることが多い。
フルオレセイン染色により角膜上皮欠損部を確認する。角結膜上皮が広範に障害されている場合、全体が一様に薄く染色され、上皮欠損がないように見えることがあるため注意を要する。
重度の酸熱傷では虹彩炎・続発緑内障・瞼球癒着なども生じうる。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”酸熱傷の重症度は以下の因子によって決定される。
- 薬剤の種類:フッ化水素酸・硫酸などの強酸は重症化しやすい
- pH:pHが低いほど障害が大きい
- 濃度:高濃度ほど障害が深部に及ぶ
- 接触時間:洗眼までの時間が予後の最大決定因子
- 受傷範囲:広範囲の曝露は重症化しやすい
フッ化水素酸は浸透性が特に高く、角膜・強膜・前眼部に広範な破壊を来す。工業用(ガラスエッチング・半導体製造)での曝露に注意を要する。
職業性曝露(工場・化学研究施設)が最多だが、家庭での事故(トイレ用塩酸洗剤・バッテリー液)でも発生する。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”受傷直後にpH試験紙で涙液のpHを測定する。酸熱傷の場合、pHは低値(酸性)を示す。中性(pH 7〜7.2)になるまで直ちに洗眼を行う。
酸熱傷では洗眼後にpHが速やかに中性化する傾向がある(アルカリと比べpHの正常化が速い)。しかし組織内に残留した酸が遊離することがあるため、洗眼20分後にpHの再確認を行うことが重要である。
木下分類は輪部上皮幹細胞の存在部位であるPOV(palisades of Vogt)の残存程度に基づいて重症度を評価し、予後判定に有用である。
| 木下分類 | 所見 | 予後 |
|---|---|---|
| Grade 1 | 結膜充血、角膜上皮欠損なし | 良好 |
| Grade 2 | 結膜充血、部分的角膜上皮欠損 | 良好 |
| Grade 3a | 結膜部分壊死、全角膜上皮欠損、POVの一部残存 | 比較的良好 |
| Grade 3b | 結膜部分壊死、全角膜上皮欠損、POV完全消失 | 不良 |
| Grade 4 | 半周以上の輪部結膜壊死、全角膜上皮欠損、POV完全消失 | 不良 |
Roper-Hall分類は角膜混濁の程度と輪部虚血の範囲に基づく4段階分類である。Dua分類はRoper-Hall Grade IVをさらに輪部・結膜の関与割合に応じて3段階に細分化し、より精密な予後評価を可能にする1)。
輪部虚血の評価にはAS-OCTA(前眼部光干渉断層血管撮影)が有用であり、臨床評価のみでは輪部虚血の範囲を過小評価する傾向がある2)。
診察フローは以下の通りである。
- 受傷の詳細問診(物質の種類・pH確認)
- 洗眼処置(pHが中性近くになるまで)
- 細隙灯顕微鏡検査・フルオレセイン染色
- 木下分類での重症度判定
- 視力・眼圧・眼底検査
最大の相違点はpHの変化速度である。酸熱傷では洗眼後にpHが速やかに中性化する傾向があるため、臨床的には軽症に見えることがある。しかし組織内残留酸の遊離によりpHが再び低下することがあるため、洗眼20分後のpH再確認は必ず行う。重症度分類・診察フロー自体はアルカリ外傷と共通である。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”初期対応:洗眼
Section titled “初期対応:洗眼”化学物質の種類にかかわらず、洗眼を可能な限り速やかに開始することが最も重要である。洗眼までの時間と洗眼量が予後を決定する最大の因子である。20分以上洗眼を行うことが望ましく、可能な限り長く続ける。
現場では水道水の流水で即座に洗眼を開始する。眼科受診時は点眼麻酔後、生理食塩水(等張液が望ましい)で結膜囊内を十分に洗浄し、洗眼後20分にpHを再確認する。
Grade別治療方針
Section titled “Grade別治療方針”| 重症度 | 治療方針 |
|---|---|
| Grade 1〜2 | 抗菌薬点眼+ステロイド点眼・眼軟膏。多くは外用のみで治癒 |
| Grade 3a | 上記に加え、ステロイド全身投与(約1週間集中・漸減)、散瞳薬 |
| Grade 3b〜4 | ステロイド全身投与+高眼圧管理+急性期外科的治療(羊膜移植・テノン嚢形成術) |
| 瘢痕期 | 眼表面再建術(輪部移植・角膜移植・羊膜移植) |
軽度から中等度の損傷(木下分類Grade 1〜2)では、抗菌薬およびステロイドの点眼・眼軟膏を処方し、感染と炎症を抑える。より重度の損傷では、ステロイドの全身投与を約1週間集中的に行い漸減する。
- 抗菌薬点眼:ニューキノロン系抗菌薬で感染予防
- ステロイド点眼・眼軟膏:二次的組織傷害を抑制
- 散瞳薬(硫酸アトロピン点眼):虹彩炎の予防と疼痛軽減
- 高浸透圧薬点滴・炭酸脱水酵素阻害薬内服・緑内障点眼薬:続発緑内障の眼圧管理
- ヒアルロン酸Na点眼・治療用コンタクトレンズ・自己血清点眼:上皮再生促進
Grade 3b以上または重篤な輪部虚血を伴う場合、急性期外科的治療を追加する。
テノン嚢形成術は輪部・強膜虚血に対してテノン嚢を輪部まで前進させ血管供給を回復させる手技であり、重症化学外傷における眼球温存手術として有用である2)。
瘢痕期には輪部幹細胞移植(自家または同種)・羊膜移植・全層角膜移植を組み合わせた眼表面再建が行われる。両眼性の重症例ではフェムト秒レーザー支援の大口径層状角膜輪部移植が適用され、良好な視力改善が報告されている3)。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”
酸熱傷のメカニズム
Section titled “酸熱傷のメカニズム”酸性物質は組織蛋白を変性・凝固させ(凝固壊死)、不溶性タンパク質を形成する。この凝固タンパク質が防壁(自己防御膜)の役割を果たし、酸のさらなる浸透を制限する。このためアルカリ外傷と比較して障害が表層にとどまることが多い。
ただし眼表面のpH変化や組織内残留酸は見逃せない。フッ化水素酸は浸透性が特に高く、角膜・強膜・前眼部に広範な破壊を来す。強酸(高濃度硫酸など)では障害が深部に及び、前房浸透も起こりうる。
アルカリとの本質的相違
Section titled “アルカリとの本質的相違”アルカリは水酸基イオンにより細胞膜の脂質をケン化し、細胞を融解壊死させる。脂溶性であるため上皮層を容易に通過し、短時間で実質深部に浸透する。前房内に浸透したアルカリは虹彩炎・白内障・緑内障を引き起こす。
一方、酸による凝固壊死では相対的に組織構造が維持され、急性期の充血が保たれやすい。ただし輪部角結膜上皮幹細胞が障害されると、透明な角膜上皮としての再生が困難となり、結膜上皮が角膜上に侵入する(結膜化)。輪部虚血は角膜輪部幹細胞疲弊症(LSCD)の発症リスクを高め、角膜瘢痕形成や永続的視力障害につながる2)。
障害の時系列
Section titled “障害の時系列”化学外傷後の経過は急性期・初期修復期・後期修復期に分類される。急性期には角結膜上皮の障害と炎症が生じ、初期修復期には上皮再生と炎症反応が並行する。後期修復期には瘢痕形成・瞼球癒着・結膜囊短縮などが起こり、眼表面環境を悪化させる。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”AS-OCTAは化学外傷急性期の輪部虚血の客観的定量化を可能にし、臨床評価よりも正確な重症度判定と予後予測を提供する。AS-OCTAの結果は最終的な視力予後との相関が良好であり、既存の分類体系への統合が期待されている2)。
フェムト秒レーザー支援の大口径層状角膜輪部移植は、両眼性の重症化学外傷に対する一段階手術として角膜実質と輪部幹細胞を同時に移植できる。従来の用手的解離に比べ均一な層状切開が可能であり、良好な視力改善が報告されている3)。
フェムト秒レーザーの応用は症例数が限られており、長期的な有効性の確立にはさらなる研究が必要である3)。AS-OCTAの標準化と分類体系への組み込みが今後の課題となっている2)。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Chemical injuries of the eye. Ann Eye Sci. 2023;8:13.
- Sharma S, Kate A, Donthineni PR, Basu S, Shanbhag SS. The role of Tenonplasty in the management of limbal and scleral ischemia due to acute ocular chemical burns. Indian journal of ophthalmology. 2022;70(9):3203-3212. doi:10.4103/ijo.IJO_3148_21. PMID:36018089; PMCID:PMC9675520.
- Lin L, Xu Y, Ou Z, Zhuo K, Tian D, Chen J, et al. Femtosecond laser-assisted large-diameter lamellar corneal-limbal keratoplasty in ocular chemical burns. American journal of ophthalmology case reports. 2025;37:102246. doi:10.1016/j.ajoc.2024.102246. PMID:39839915; PMCID:PMC11745959.