低濃度アトロピン点眼(近視進行抑制)
1. 低濃度アトロピン点眼(近視進行抑制)とは
Section titled “1. 低濃度アトロピン点眼(近視進行抑制)とは”低濃度アトロピン点眼(low-dose atropine,LDA)は、非選択的ムスカリン受容体拮抗薬アトロピンを低濃度(0.01〜0.05%)に調製した点眼液を用いて、小児の近視進行を抑制する薬物療法である。アトロピン1%製剤は1970年代から散瞳・調節麻痺目的で眼科領域に用いられてきたが、近年、低濃度化により副作用とリバウンドを最小化しつつ近視進行抑制効果が得られることが明らかとなった。
リジュセア®ミニ点眼液0.025%(参天製薬)は、2024年12月27日に「近視進行抑制」を効能・効果として国内初の承認を取得した1)。この薬剤の登場により、近視進行抑制治療が保険診療の選択肢として確立された。
近視の現状と合併症リスク
Section titled “近視の現状と合併症リスク”近年、裸眼視力1.0未満の小中高生の割合が増加を続けている。文部科学省学校保健統計によると、高校生の裸眼視力1.0未満割合は約63%(平成26年度)に及ぶ1)。近視は単なる屈折異常にとどまらず、高度化により重篤な合併症を引き起こす。
久山町研究では、近視性黄斑症の有病率増加が確認されており8)9)、進行予防が長期的な視力予後改善に不可欠であることが示されている。
近視に伴う主な合併症リスクを以下に示す。1Dの近視増加ごとにリスクが上昇し、高度近視では合併症発症率が顕著に高まる5)7)。
- 緑内障: 開放隅角緑内障リスクが上昇
- 白内障: 後嚢下白内障リスクが上昇
- 網膜剥離: リスクが大幅に上昇
- 近視性黄斑変性症: 最も視力予後に影響する合併症
- 近視性牽引黄斑症: 高度近視で出現する黄斑部変形
近視進行抑制治療の目的は、近視度数の過度な進行を抑制し、生涯にわたる視力と眼の健康を維持することにある。
低濃度アトロピン点眼は、ムスカリン受容体拮抗を介して眼軸長伸長を抑制する近視進行抑制治療である。アトロピンの副作用(散瞳・調節麻痺)を最小化した低濃度(0.01〜0.05%)製剤が用いられ、就寝前に1滴点眼するだけでよい。リジュセア®ミニ点眼液0.025%が2024年12月に国内初承認された保険適用薬である1)。
2. 適応と治療対象
Section titled “2. 適応と治療対象”低濃度アトロピン点眼による近視進行抑制治療の適応を判断するには、まず近視の客観的診断が必要である。日本近視学会の治療手引きによる近視の診断基準は以下のとおりである1)。
調節麻痺下屈折検査における等価球面度数での近視度数が −0.5D もしくは −0.5D を超える状態
調節麻痺下検査を行わないと、調節力の強い小児では過剰な近視度数が算出されるため、診断の基盤として欠かすことができない。
推奨される治療対象
Section titled “推奨される治療対象”近視発症早期から治療開始が望ましい。以下に推奨対象の主な特徴を示す1)13)。
- 年齢: 近視進行が速い10代前半までが主な治療対象。低年齢発症は将来の高度近視リスクが特に高い
- 近視リスク因子の保有: 両親が近視、屋外活動時間が少ない、近業時間が長い
- 5歳未満の患者: 臨床試験が実施されていないため、処方は慎重に検討する
- 続発性近視の除外: 先天性夜盲症・網膜色素変性症など続発性近視は適応外とする
低年齢での近視発症は将来の高度近視(−6D超)リスクを大幅に高めることが報告されている13)。
主要RCTによるエビデンス
Section titled “主要RCTによるエビデンス”主要試験での低濃度アトロピンの近視進行抑制効果を示す。
| 試験名 | 濃度 | 期間 | SE進行(治療群) | SE進行(対照群) |
|---|---|---|---|---|
| ATOM2(Chia 2012)2) | 0.01% | 2年 | −0.49 D | −1.20 D |
| LAMP(Yam 2022)3) | 0.025% | 3年 | −0.55 D | — |
| LAMP(Yam 2022)3) | 0.05% | 3年 | −0.38 D | — |
ATOM2試験では0.01%群が2年間でSE変化 −0.49D(プラセボ群 −1.20D)と有意な抑制効果を示した2)。LAMP試験では0.05%が最も効果的であり、3年報告で継続的な近視進行抑制が確認された3)。
3. 処方手順と経過観察
Section titled “3. 処方手順と経過観察”治療開始前の必須検査
Section titled “治療開始前の必須検査”処方前に以下の検査を行い、適応を確認する1)11)。
- 調節麻痺下屈折検査: サイプレジン®1%点眼液を10分おきに2回点眼し、初回点眼から45〜60分後にオートレフラクトメーターで計測。等価球面値を確認する
- 眼軸長測定: 光学式眼軸長測定装置による計測を推奨。近視進行モニタリングのベースライン値として記録する
- 弱視の除外: 弱視合併例を確認して適切な対処を並行する
- 続発性近視の除外: 先天性夜盲症・網膜色素変性症等の器質的疾患を事前に排除する
フォローアップスケジュール
Section titled “フォローアップスケジュール”処方後の経過観察スケジュールを以下に示す1)。
| 時期 | 来院間隔 | 確認事項 |
|---|---|---|
| 初回処方後 | 1週〜1カ月後 | 点眼遵守状況・副作用確認 |
| 治療継続中 | 3〜6カ月ごと | 近視進行・副作用の定期評価 |
| 調節麻痺下屈折検査 | 1年に1回を目安 | 客観的な屈折度数の把握 |
| 眼軸長測定 | 定期的に実施 | 眼軸長伸長の定量評価 |
進行管理の方法
Section titled “進行管理の方法”近視の進行管理には2つのアプローチがある1)。
- 年間進行速度比較法: 無治療時の年間進行速度と治療中の進行速度を比較して治療効果を評価
- 眼軸長パーセンタイル曲線による管理: 正視眼を含む年齢別眼軸長パーセンタイル曲線を指標として用いる方法
管理ツールとして眼軸長測定装置付属ソフト、近視管理手帳、スマートフォンアプリ等が活用できる。
治療強化が必要な場合
Section titled “治療強化が必要な場合”治療中に近視進行が十分に抑制されない場合は以下のステップで対応する1)。
- 点眼コンプライアンスの確認: 遵守状況を再確認し、忘れずに点眼できる習慣形成を支援
- 生活指導の強化: 屋外活動の増加(1日2時間を目安)、近業時間の制限を指導
- 治療の切替・併用の検討: オルソケラトロジーとの併用(Kinoshita 2020のRCTで有意な眼軸伸長抑制を確認6))やDIMS眼鏡との併用(Nucci 2023, Kaymak 2022で安全性・有効性を確認12))を検討
なお、2025年4月時点で低濃度アトロピン以外の近視進行抑制治療(オルソケラトロジー・近視管理用眼鏡レンズ等)は国内未承認であり、処方には患者・保護者への十分な説明が必要である1)。
4. 副作用と安全性
Section titled “4. 副作用と安全性”低濃度アトロピン点眼の主な副作用は散瞳に伴うものである。就寝前点眼によって日中の生活への影響を最小化できる1)。
- 散瞳による羞明・霧視: 就寝前点眼で日中の羞明を軽減。必要に応じてサングラス・調光レンズ・遮光眼鏡を使用する
- 調節麻痺による近見視力障害: 点眼継続数週間で軽減する場合が多い
- 両眼視機能への影響: 調節障害が持続する場合は累進屈折力レンズの処方を検討する
- アレルギー性結膜炎: 低濃度製剤で3〜7%に出現するが、プラセボ群でも同程度の発生率であり保存剤が原因として示唆される5)
- 全身性副作用: 多数のRCTで有意な報告なし5)
濃度別の副作用プロファイル
Section titled “濃度別の副作用プロファイル”濃度が高いほど副作用は増加する傾向があるため、効果と副作用のバランスを考慮して濃度を選択する。
| 濃度 | 調光眼鏡を要した割合(ATOM2)5) | 近見視力障害 |
|---|---|---|
| 0.01% | 約6% | 軽微 |
| 0.1% | 約33% | 中等度 |
| 0.5% | 約70% | 強度 |
理論的リスク
Section titled “理論的リスク”散瞳による網膜への光量増加は加齢黄斑変性(AMD)の理論的リスクとして挙げられているが、近視自体がAMDの保護因子でもあることから相殺される可能性がある5)。現時点ではリスクが臨床的問題となった報告はない。
リバウンドについて
Section titled “リバウンドについて”近視進行が安定化する前に治療を中止すると、進行加速(リバウンド)が生じることが報告されている3)。
- 低年齢での中止は特にリバウンドリスクが高い(LAMP試験:0.025%の2年投与後中止で進行加速を確認)
- 0.025%以下の低濃度製剤ではリバウンドは臨床的に問題となりにくいとの見解もある
- 中止後も6カ月ごとに屈折検査・眼軸長測定を継続し、進行を認めた場合は再開を検討する
主な副作用は散瞳による羞明・霧視と、調節麻痺による近見視力低下である。就寝前に点眼することで日中の副作用を大幅に軽減できる。調光レンズや遮光眼鏡が有用な場合もある。全身性副作用は多数のRCTで報告されていない5)。点眼継続数週間で症状が軽減することが多い1)。
5. 治療終了と併用療法
Section titled “5. 治療終了と併用療法”治療継続期間
Section titled “治療継続期間”近視進行が安定化する時期まで治療を継続することが推奨される。一般的に近視進行は10代後半に安定化する傾向があるため、少なくともその時期まで継続することが望ましい1)3)。
治療終了の流れ
Section titled “治療終了の流れ”- 近視進行の安定化を確認してから漸減・中止を検討する
- 中止後は6カ月ごとの屈折検査・眼軸長測定を継続する
- 再び進行が認められた場合は早期に再開を検討する
低濃度アトロピン単独で十分な効果が得られない場合、他の近視進行抑制介入との併用が選択肢となる。
- オルソケラトロジー(OK)+ アトロピン0.01%: 2年間のRCTで有意な眼軸伸長抑制効果が示されている(Kinoshita 2020)6)。最もエビデンスが蓄積された併用療法である
- DIMS眼鏡(MiYOSMART®)+ アトロピン: 安全性と有効性が確認されている(Nucci 2023, Kaymak 2022)12)
- 屋外活動の奨励: 1日2時間以上の屋外活動との組み合わせが推奨される。単独でも近視発症リスクを大幅に低減する4)
6. 病態生理学・作用機序
Section titled “6. 病態生理学・作用機序”アトロピンの基本薬理
Section titled “アトロピンの基本薬理”アトロピンは非選択的ムスカリン受容体拮抗薬であり、M1〜M5のすべてのサブタイプに結合する10)。眼科領域では1%製剤が散瞳・調節麻痺薬として従来から使用されてきた。
近視進行抑制における有効成分の作用標的については複数の仮説が提唱されており、現在も研究が進行中である10)。
眼軸長伸長の抑制機序
Section titled “眼軸長伸長の抑制機序”アトロピンが眼内に移行後、網膜・強膜のムスカリン受容体(M1およびM3が主候補)を介して強膜のリモデリングを修飾し、眼軸長伸長を抑制すると考えられている10)。
- 強膜リモデリングへの関与: 強膜フィブロブラストのコラーゲン産生・分解バランスを調節し、眼軸延長を抑制
- ドーパミン経路との相互作用: 網膜のドーパミン放出への影響が近視進行抑制の一部を担う可能性がある
- 詳細メカニズムは未解明: 調節麻痺以外の独立した眼軸伸長抑制機序が存在すると考えられているが、全容は明らかになっていない
低濃度化の意義
Section titled “低濃度化の意義”高濃度(1%)アトロピンでは、著明な散瞳・調節麻痺が生じ、ATOM1試験でも中止後の強いリバウンドが確認された。一方、低濃度(0.01〜0.05%)では受容体の部分的な拮抗に留まることで、副作用とリバウンドを抑えながら眼軸長伸長の抑制効果を維持できることが示されている2)。
低濃度アトロピン(0.01〜0.05%)は散瞳・調節麻痺を最小化しつつ、高濃度製剤に匹敵する眼軸長伸長抑制効果を発揮する。
近視進行の全体的メカニズムとアトロピンの位置づけ
Section titled “近視進行の全体的メカニズムとアトロピンの位置づけ”近視の進行は、網膜から送られる光学的シグナルによって眼軸長が制御される生物学的プロセスである。
- 周辺遠視性デフォーカス: 網膜周辺部の遠視性ぼやけが眼球を後方に伸長させる主要シグナル
- ドーパミン仮説: 屋外の高輝度光が網膜ドーパミン分泌を促進し眼軸延長を抑制する
- アトロピンの作用点: 上記のシグナル伝達経路にムスカリン受容体を介して介入し、強膜の過剰な伸長を抑制する
近視進行抑制の全体像として、アトロピンは「薬理学的な眼軸長伸長の制動」として機能し、光学的介入(オルソケラトロジー・近視管理用眼鏡レンズ)の「光学的デフォーカスの補正」と相補的な役割を持つとされている4)。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”最適濃度の探索
Section titled “最適濃度の探索”0.01%・0.025%・0.05%それぞれの効果と副作用のバランスについては継続的な検討が行われている。LAMP試験では0.05%が最も効果的であることが示されたが3)、個々の患者で至適濃度は異なり得る。効果が不十分な場合の増量基準や、副作用出現時の減量プロトコールの標準化が今後の課題である。
長期有効性・安全性データ
Section titled “長期有効性・安全性データ”現在のRCTはほぼ2〜3年の観察期間であり、5年以上の長期データは限られている。リジュセア®ミニ点眼液の国内承認に伴い、日本人小児を対象とした長期追跡研究の実施が期待される1)。
併用療法の最適化
Section titled “併用療法の最適化”オルソケラトロジー+アトロピン併用6)、多焦点コンタクトレンズ+アトロピン、DIMS眼鏡+アトロピン12)など複数の組み合わせについてRCTが進行中である。単独療法との優位性や長期安全性の検証が続けられている。
個別化治療への展望
Section titled “個別化治療への展望”近視進行速度・発症年齢・リスク因子のプロファイルに応じた治療選択の個別化が研究されている4)。AIを活用した近視進行予測モデルの構築により、患者ごとに最適な濃度や療法の組み合わせを提案できる将来像が描かれている。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- 低濃度アトロピン点眼液を用いた近視進行抑制治療の治療指針作成委員会. 低濃度アトロピン点眼液を用いた近視進行抑制治療の手引き. 日眼会誌. 2025;129(10):851-854.
- Chia A, Chua WH, Cheung YB, et al. Atropine for the treatment of childhood myopia: safety and efficacy of 0.5%, 0.1%, and 0.01% doses (ATOM2). Ophthalmology. 2012;119:347-354.
- Yam JC, Zhang XJ, Zhang Y, et al. Three-year clinical trial of Low-Concentration Atropine for Myopia Progression (LAMP) Study: phase 3 report. Ophthalmology. 2022;129:308-321.
- Yam JC, et al. Interventions to reduce incidence and progression of myopia in children and adults. Prog Retin Eye Res. 2025.
- Bullimore MA, et al. The risks and benefits of myopia control. Ophthalmology. 2021;128:1561-1579.
- Kinoshita N, et al. Efficacy of combined orthokeratology and 0.01% atropine for slowing axial elongation: a 2-year RCT. Sci Rep. 2020;10:12750.
- Haarman AEG, et al. The complications of myopia: a review and meta-analysis. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2020;61:49.
- Ueda E, et al. Trends in the prevalence of myopia and myopic maculopathy in a Japanese population: the Hisayama Study. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2019;60:2781-2786.
- Ueda E, et al. Five-year incidence of myopic maculopathy: the Hisayama Study. JAMA Ophthalmol. 2020;138:887-893.
- Upadhyay A, Beuerman RW. Biological mechanisms of atropine control of myopia. Eye Contact Lens. 2020;46:129-135.
- 小児眼鏡処方手引き作成委員会. 小児の眼鏡処方に関する手引き. 日眼会誌. 2024;128:730-768.
- Nucci P, et al. Comparison of myopia control with DIMS spectacles, atropine, and combined. PLoS One. 2023;18:e0281816.
- Chua SY, et al. Age of onset of myopia predicts risk of high myopia in later childhood. Ophthalmic Physiol Opt. 2016;36:388-394.