この疾患の要点
抗AChR抗体と抗MuSK抗体がいずれも陰性のMGを二重抗体陰性MG(dSNMG)と呼び、MG全体の約10%を占める。
眼筋型MGでは抗AChR抗体陽性率が50%以下であり、抗体陰性例が多数を占める。
初発症状の82%が眼瞼下垂 ・複視 の眼症状であり、日内変動・日差変動・易疲労性が特徴的。
抗体陰性でもSFEMG(単一筋線維筋電図)は感度85〜100%と高く、最も重要な診断ツールである。
日本では抗ChE薬(ピリドスチグミン)を第一選択とし、必要に応じてステロイド ・タクロリムスを追加する。
抗MuSK抗体陽性例ではピリドスチグミンが無効または有害となる場合があり、治療選択が異なる。
重症筋無力症 (myasthenia gravis; MG)は神経筋接合部を侵し、易疲労性の筋力低下を引き起こす自己免疫疾患である。患者の大部分は抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体または抗筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)抗体を有するが、両抗体が陰性の場合を**二重抗体陰性MG(double-seronegative MG; dSNMG)**と呼ぶ。さらに抗LRP 4抗体も陰性のものを三重抗体陰性MG(tSNMG)という。
MGにおける抗体サブタイプ別の分布を以下に示す。
サブタイプ 頻度の目安 抗AChR抗体陽性 全身型MGの約85%、眼筋型の50%以下 抗MuSK抗体陽性 抗AChR陰性例の約30〜40%、全体の約5% 二重抗体陰性(dSNMG) MG全体の約10%
dSNMGの45例を対象とした系統的レビューでは、平均診断年齢52.4±20.5歳、女性51%、初発症状の82%が眼症状(眼瞼下垂 ・複視 )、29%が純粋眼型MG、71%が全身型であった1) 。また45例中15例(33%)に悪性腫瘍の合併が認められ、うち8例が免疫チェックポイント阻害薬 (ICI )関連であった1) 。
MGの年間発症率は100万人あたり9〜10例、有病率は100万人あたり150〜250例と報告されている2) 。
Q
抗体陰性重症筋無力症はどのくらいの頻度でみられるのか?
A
dSNMGはMG全体の約10%を占める。しかし生細胞ベースアッセイ(Live CBA)を用いた再検査で、標準検査(RIPA)で陰性とされた患者の最大65%に抗AChR抗体が検出されることが報告されており2) 、真の「抗体陰性」例はさらに少数である可能性がある。
眼瞼下垂 :初発症状の約7割を占める。片眼で発症し、のちに両眼性となることが多い。
複視 :初発症状の約5割。偽滑車神経麻痺 (上下斜視 )や偽MLF症候群 (内転障害)として発症することもある。
日内変動 :起床時に最も良好で、時間経過とともに悪化する。
日差変動 :日によって症状が変動する。
易疲労性 :運動の反復で悪化し、休息で回復するという特徴的なパターンを示す。
球麻痺症状 :嚥下障害・構音障害・呼吸困難。抗MuSK抗体陽性患者で特に多く出現する。
抗AChR陽性型
特徴 :眼型MGとして発症しやすく比較的軽度。
経過 :寛解率が高く、筋無力症クリーゼの発生率が低い。
胸腺異常 :胸腺腫または胸腺過形成との合併あり。
抗MuSK陽性型
特徴 :女性に多い。球麻痺症状・呼吸筋障害が主体。
経過 :筋無力症クリーゼを頻繁に経験する。
胸腺異常 :稀。ピリドスチグミンの効果不十分または悪化あり。
dSNMG
特徴 :小児・若年成人に多く、通常は眼型MG。
経過 :一般に軽度。胸腺腫リスクは低い。
抗LRP 4抗体 :46%に検出される場合があり、発症時は軽症が多い1) 。
抗LRP4陽性型
特徴 :女性に多い(男女比1:2.5)。発症時は軽症が多い。
頻度 :dSNMG中の18.7%に検出2) 。検出率は地域・手法により2〜50%と幅がある2) 。
機序 :LRP 4はアグリンの受容体として機能し、AChRクラスター形成を阻害する。
甲状腺眼症 の合併 :MG患者の約15%に甲状腺眼症 の合併が認められる。MRIで外眼筋 の肥大があれば甲状腺眼症 を示唆する。MGでは外眼筋 肥大はみられない(重要な鑑別点)。眼瞼下垂 に軽い斜視 が合併している場合、MGの診断ヒントとなる。
Q
眼瞼下垂と複視以外にどのような症状が出るのか?
A
球麻痺症状(嚥下障害・構音障害)が出現することがある。抗MuSK抗体陽性型では呼吸筋障害も起こりやすく、筋無力症クリーゼのリスクが高い。dSNMGでは四肢の疲労感より眼症状や球麻痺症状が主体となる傾向がある。
MGは神経筋接合部のシナプス後膜に対する自己抗体が神経筋伝達を障害する自己免疫疾患である。
抗体別の作用機序:
抗AChR抗体(IgG1) :補体 カスケードを活性化してシナプス後膜を破壊するほか、抗原変調によりAChRの細胞内取り込みと分解を促進する
抗MuSK抗体(IgG4) :補体 系を活性化せず、MuSKの機能(AChRクラスター形成を刺激するシグナル伝達)を阻害する
抗LRP 4抗体 :LRP 4はアグリンの受容体として機能し、抗LRP 4抗体はAChRクラスター形成やアグリンとの相互作用を阻害する
抗体陰性となる理由:
検査法の限界(RIPAで検出できない低親和性・立体構造依存性の抗体の存在)、抗体産生量の低さ、免疫抑制療法 の影響、免疫不全、抗原の枯渇、免疫老化などが考えられる2) 。
主なリスク要因:
胸腺腫 :MG患者の10〜15%に合併
自己免疫性甲状腺疾患 :MG患者の約4〜5%に合併
免疫チェックポイント阻害薬 (ICI ) :ペムブロリズマブ等によりdSNMGが誘発される症例あり1)
SARS-CoV-2感染 :感染後にdSNMGが新規発症する症例報告がある3) 4)
予防・日常のケア
眼瞼下垂 や複視 が日内変動する場合は、重症筋無力症 の可能性を念頭に早めに眼科または神経内科を受診してください。
胸腺腫の精査(胸部CT)は診断確定後に必ず行ってください。
免疫チェックポイント阻害薬 (がんの免疫療法)を使用中に筋力低下や眼症状が出現した場合は、速やかに主治医に相談してください。
2014年に日本神経学会より診療ガイドラインの診断基準が示されている。
テンシロンテスト(エドロホニウム試験) :抗ChE薬エドロホニウム塩化物10mgを2.5mgずつ静注し、眼瞼下垂 ・複視 の消失をみる。偽陽性・偽陰性があるため、劇的に改善したもののみを陽性と判断する。
アイスパックテスト :保冷剤を上眼瞼に2分間当て、2mm以上眼瞼下垂 が改善すれば陽性。感度80〜92%、特異度25〜100%。
コーガン眼瞼ひきつれ徴候 :感度75%、特異度99%。
強制閉瞼テスト :感度94%、特異度91%。
上方注視負荷試験 :1分間上方を注視させ、眼瞼下垂 や複視 の増悪をみる。
各検査法の特性を以下に示す。
検査法 感度 特記事項 RIPA(放射免疫沈降法) 全身型80〜85%、胸腺腫合併ほぼ100%、眼型約50% AChR抗体検出のゴールドスタンダード2) ELISA RIPAより低い(偽陰性+30%、偽陽性+5%) 実施容易2) Live CBA(生細胞ベースアッセイ) RIPAで陰性の最大65%で陽性 思春期前・眼型MGで特に有用2)
抗MuSK抗体(RIPA) :抗体陰性MG患者の30〜40%で検出
抗LRP 4抗体 :dSNMG患者での検出率は地域・手法により2〜50%2)
SFEMG(単一筋線維筋電図) :NMJ疾患で最も感度が高い。全身型MG 80〜100%、眼型MG 85〜100%(前頭筋・眼輪筋 使用時)2) 。抗体陰性患者でRNSとSFEMGの両方が異常であれば、MG診断に対して特に高い特異性を示す。
RNS(反復神経刺激試験) :2〜5Hzで刺激し、第1波と第4波の間で10%以上のCMAP減衰を陽性とする。全身型MG感度約80%、眼型MG 40%未満。特異度は非常に高い。
胸部CT :胸腺腫の有無を確認。MG患者の約70%に胸腺過形成、10〜15%に胸腺腫が認められる。
甲状腺機能検査 :自己免疫性甲状腺疾患を除外する。
**鑑別診断:**甲状腺眼症 (MRIで外眼筋 肥大あり。MG には外眼筋 肥大なし)、ランバート・イートン症候群、先天性筋無力症候群 (CMS ; 遺伝性で抗体陰性、免疫抑制療法 の適応外2) )、眼咽頭型筋ジストロフィ(OPMD )、慢性進行性外眼筋麻痺 (CPEO)。
Q
抗体検査が陰性でもMGと診断できるのか?
A
診断できる。SFEMGは眼型MGで感度85〜100%と高く、最も信頼性の高い検査である2) 。アイスパックテスト(感度80〜92%)やコーガン徴候(感度75%、特異度99%)も有用な補助検査となる。抗体陰性でもRNSとSFEMGの両方が異常であればMGの診断に対する特異性は高い。
胸腺腫の精査 :CTで胸腺腫(または胸腺拡大)を確認し、合併があれば拡大胸腺摘除を優先する。全身型は神経内科、眼筋型は眼科で治療を行う。
第一選択:抗ChE薬(ピリドスチグミン)
メスチノン® 1日2錠分2(朝・昼、4時間以上あけて内服)から開始、最大4錠/日まで増量可能
副作用:下痢・腹痛(ムスカリン様作用)
対症療法であり根治療法ではない
半年以上かけてオフに持ち込めれば最も軽症で良好な経過
第二選択:ステロイド 併用 (メスチノン® 内服困難または単独で効果不十分の場合)
ステロイドパルス療法 、ステロイド 大量隔日1回投与法、ステロイド 少量内服漸増法のいずれかを選択
ステロイド 内服中は骨密度測定+骨粗鬆症予防薬(アレンドロン酸ナトリウム水和物 ボナロン® 35mg 週1回朝起床後内服)の併用が必要
第三選択:免疫抑制薬タクロリムス(プログラフ®) (ステロイド 効果不十分・離脱困難・副作用強い場合)
1日1回夕食後2mgから開始
タクロリムス血中濃度・耐糖能・腎機能を定期的に測定
血中濃度5ng/mL以下かつ腎機能正常であれば3mg/日へ増量
1〜3か月ごとにステロイド をプレドニゾン換算5mgペースで漸減・終了
予後 :眼筋型でステロイド 非使用群は使用群より全身型へ移行しやすい。日本人の治療群では眼筋型から全身型への移行率は10%以下。
dSNMGの系統的レビューで最も頻用された治療はピリドスチグミン(84%)、コルチコステロイド (76%)、IVI G(27%)、アザチオプリン (18%)であった1) 。リツキシマブ (3/3例)、血漿交換(5/6例)、タクロリムス(5/6例)で高い改善率が報告されている1) 。免疫抑制薬(アザチオプリン ・ミコフェノール酸モフェチル ・シクロスポリン ・タクロリムス)の奏効率は80%以上2) 。
悪性腫瘍合併群では予後が不良であり、良好転帰率は37.5%と非悪性腫瘍群の78.6%を大きく下回った(p=0.046)1) 。
治療における注意点
高用量ステロイド 開始時は最大15%に筋無力症クリーゼのリスクがある。
抗MuSK抗体陽性患者ではピリドスチグミンの効果が得られないばかりか、コリン作動性副作用(筋痙攣・線維束性収縮)により症状が悪化する場合がある。
眼型MGでピリドスチグミン単独では約50%にしか十分な反応がなく、眼瞼下垂 の方が複視 より反応良好である。
Q
抗MuSK抗体陽性の場合、治療法は異なるのか?
A
抗MuSK抗体陽性例ではピリドスチグミンが無効または症状悪化の原因となる場合がある。血漿交換や免疫抑制療法 (特にリツキシマブ )が有効とされており、コルチコステロイド との組み合わせが推奨されることが多い。専門施設への紹介が望ましい。
正常な神経筋伝達では、神経インパルスがシナプス前末端へのCa²⁺流入を引き起こし、シナプス小胞からアセチルコリン(ACh)が開口分泌で放出される。AChはシナプス後膜のAChRに結合して筋収縮を引き起こす。
抗AChR抗体(IgG1)による神経筋伝達障害の機序:
補体 カスケード活性化 → シナプス後膜破壊
抗原変調 → AChRの細胞内取り込みと分解促進
AChとの受容体結合後の活性化阻害
抗MuSK抗体(IgG4)の機序:
IgG4サブクラスのため補体 を活性化しない。MuSKの機能(AChRクラスター形成を刺激するシグナル伝達)を阻害することで神経筋伝達を障害する。
抗LRP 4抗体の機序:
LRP 4はアグリンの受容体として機能する。抗LRP 4抗体はAChRクラスター形成やアグリンとの相互作用を阻害し、神経筋伝達を障害する。
抗体陰性の解釈:
Live CBAではRIPA陰性患者の15〜65%に抗AChR抗体、さらに8%に抗MuSK抗体を検出できる2) 。標準検査では検出できない低親和性・立体構造依存性の抗体が存在する可能性が示唆されている。
ICI 誘発MGの機序:
PD-1阻害薬(ペムブロリズマブ等)によるT細胞の自己免疫制御解除が、神経筋接合部に対する自己免疫反応を惹起する1) 。
エフガルチギモドはヒトIgG1抗体Fc断片であり、IgGのリサイクルを担うFcRnを阻害することで血清中の病原性自己抗体を低下させる。ADAPT試験では抗AChR抗体陽性全身型MGに承認された。日本では抗体状態を問わず承認済みである5) 。
Sorrentiら(2024)は28年の治療歴を持つ難治性三重抗体陰性全身型MG患者(56歳女性)にエフガルチギモド 10mg/kgを5サイクル投与した。MGFA 分類IIIb→IIb、MG-ADLスコア 11→0、MG-QoL15スコア 30→0、QMGスコア 28→6という著明改善が得られた5) 。
エクリズマブ、ラブリズマブは抗AChR抗体陽性全身型MGに承認されているが、抗体陰性MGでの臨床試験は未実施である。リツキシマブ (抗CD20モノクローナル抗体)は難治例で有望視されており、dSNMGの系統的レビューでは3例中2例で良好転帰が報告されている1) 。
Live CBAは標準検査(RIPA)では検出できないクラスター化AChR抗体を検出できる。RIPA陰性患者の15〜65%を抗体陽性として再分類できる可能性があり2) 5) 、より適切な治療選択につながることが期待されている。現状では専門施設のみで実施可能という制約がある。
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