下垂体腺腫(典型)
両耳側半盲:上耳側から始まり進行する。
接合部暗点:視交叉前角部の障害で片眼中心暗点に対側上耳側欠損を伴う。
視交叉部障害とは、視交叉への圧迫性病変などにより緩徐に進行する視力・視野障害が生じる状態の総称である。原因としては圧迫だけでなく虚血の関与も示唆されている。成人では下垂体腺腫が多く、小児では頭蓋咽頭腫が多い。
視交叉は鞍上槽に位置し、下垂体のほぼ直上にある構造物である。左右の視神経が合流し、鼻側半網膜からの線維が交叉し対側の視索へ向かう。耳側半網膜からの線維は交叉せずに同側の視索を行く。このため、視交叉に障害が生じると特徴的な視野パターン(両耳側半盲)を呈する。
緩徐進行が典型だが、下垂体卒中や外傷では急性発症することもある。視交叉部の障害を早期に認識し、原因に応じた適切な治療を行うことが視機能の保全において重要である。
視交叉部病変は、その原因により大きく3つに分類される。
| 分類 | 代表的疾患 |
|---|---|
| 圧迫性 | 下垂体腺腫(成人最多)、頭蓋咽頭腫(小児最多)、内頸動脈-眼動脈分岐部動脈瘤(中年女性)、視神経膠腫(NF1合併例) |
| 炎症性 | 視交叉部視神経炎(MS合併)、リンパ球性下垂体炎、視交叉くも膜炎 |
| 外傷性 | 外傷性視交叉症候群 |
圧迫性病変では緩徐な進行をとることが多く、下垂体腺腫は下方から視交叉の交叉線維を圧迫する。頭蓋咽頭腫は視交叉上方に位置することが多く、視野障害のパターンが異なることがある。内頸動脈-眼動脈分岐部の巨大動脈瘤は視交叉の側方から圧迫し、接合部暗点や傍中心暗点をきたす。
炎症性病変では視交叉部視神経炎(chiasmal optic neuritis)が代表的であり、脱髄性疾患(MS・NMO・MOGAD)に合併する。AQP4抗体陽性NMOSDでは約20%、MOG抗体陽性視神経炎では約16%に視交叉病変を認め、MOG関連例では縦長に進展する視神経病変を呈しやすいと報告されている1。リンパ球性下垂体炎は自己免疫性疾患であり、下垂体全体の腫大を伴う。
外傷性視交叉症候群は頭部外傷後に生じ、視交叉の直接損傷または間接的な血流障害により発症する。前頭骨外傷や前頭蓋底骨折を伴う症例で多くみられ、視機能予後は症例により大きく異なる2。
下垂体腺腫は成人における視交叉圧迫の最も一般的な原因である。ホルモン非産生腫瘍は視覚障害で発見されることが多く、プロラクチン産生腺腫はホルモン症状(無月経・乳汁漏出・性腺機能低下)で先に発見される傾向がある。
垂直子午線を順守する両耳側半盲が視交叉障害の特徴的な視野パターンである。ただし、完全な対称性の両耳側半盲は少なく、左右差のある不完全半盲が多い。
初期の視野変化は垂直子午線を順守する両眼の上耳側障害から始まる。これは、下垂体腺腫が下方から視交叉を圧迫する際に、下方を走る交叉線維(上耳側視野に対応)を先に障害するためである。
原因疾患による視野パターンの違いは以下のとおりである。
下垂体腺腫(典型)
両耳側半盲:上耳側から始まり進行する。
接合部暗点:視交叉前角部の障害で片眼中心暗点に対側上耳側欠損を伴う。
内頸動脈動脈瘤
接合部暗点:視交叉の耳側方向への圧迫による。
傍中心暗点:緩徐進行する傍中心暗点から始まることがある。
視交叉部視神経炎
慢性期には帯状視神経萎縮(bow-tie atrophy)と呼ばれる特徴的な眼底所見を呈する。耳側中央と鼻側中央の視神経乳頭が蒼白化し、上下の乳頭は比較的保たれるパターンである。これは交叉線維が選択的に障害された結果、それに対応する神経節細胞軸索が萎縮するためである。
うっ血乳頭はまれである。左右の視野障害に差がある場合、RAPD(相対的瞳孔求心路障害)が陽性となる。
下垂体腺腫に出血・壊死が生じると急性発症をきたす。激しい頭痛・急激な視力低下・眼球運動障害(第III・IV・VI脳神経麻痺による複視)が急性に出現する。稀に意識障害を伴い、緊急的対応を要する。
視交叉前角部(接合部)の障害では接合部暗点(片眼の中心暗点+対側上耳側欠損)が生じる。内頸動脈動脈瘤では傍中心暗点から始まることがある。視交叉側方の障害では非交叉線維が障害され、同名視野欠損(鼻側視野欠損)をきたすことが稀にある。視野パターンは障害部位と圧迫方向によって異なる。
Goldmann 視野計または Humphrey 自動視野計を用いて、垂直子午線を尊重する視野欠損パターンを確認する。垂直子午線で視野欠損が切り立つことが視交叉障害の診断的特徴であり、後頭葉病変(同名半盲)との鑑別に重要である。
定期的な視野検査は病期の進行評価と治療効果判定に必須である。
MRI(造影)が視交叉部病変の確定診断に最も重要な検査である。腫瘍の進展方向・視交叉との位置関係・信号特性を評価する。冠状断撮影が解剖学的関係の把握に特に有用である。
CT は補助的に施行する。頭蓋咽頭腫では石灰化がみられることがあり、CT が有用な場合がある。
眼底検査より軽度の視神経萎縮を高感度に検出できる。網膜内層(RNFL・GCL)の局所的菲薄化を定量的に評価し、帯状萎縮に対応するパターンを早期に捉えることが可能である。GCC菲薄化のパターンが視野欠損に対応すること、また術前GCC厚が術後視野予後と相関することが報告されている3。さらに、左右の黄斑GCC非対称性の消失は、明らかな菲薄化が出現する前に視交叉圧迫を示唆する初期所見となりうる4。術前・術後のモニタリングにも有用であり、OCTによる網膜厚測定は治療後の予後推定に役立つ。
ホルモン産生型腺腫の鑑別に必須である。プロラクチン(PRL)・GH・IGF-1・ACTH・コルチゾール・TSH・FT4・LH/FSHを測定する。プロラクチノーマでは PRL が著明高値(200 ng/mL 超)を示し、下垂体茎圧迫による軽度上昇と鑑別する。
OCTは網膜神経線維層(RNFL)や神経節細胞層(GCL)の菲薄化を定量的に評価でき、眼底検査より早期に軽度の視神経萎縮を検出できる。視交叉障害に特徴的な帯状萎縮パターン(耳側・鼻側象限の選択的菲薄化)の確認にも有用である。また術前後に経時的に評価することで、圧迫解除後の視機能回復の予後推定に役立つ。
プロラクチノーマを除けば、手術が治療の第一選択である。
手術療法
経蝶形骨洞手術(transsphenoidal surgery)が標準アプローチである。鼻腔から蝶形骨洞を経由して腫瘍に到達し、視交叉への圧迫を解除する。近年は内視鏡下手術も広く行われる。圧迫解除により視力・視野の改善が期待できる。ただし、すでに明らかな視神経萎縮が確立している場合は視機能予後が不良となる。RNFL厚が正常〜境界域で視野障害が半盲以内にとどまっているうちに早期減圧することが、十分な視野回復のために重要である5。
薬物療法(プロラクチノーマ)
ドパミンアゴニスト内服が治療の中心である。ブロモクリプチン(開始量 1.25 mg/日、維持量 5〜7.5 mg/日)またはカベルゴリン(週 0.25〜2 mg)を使用する。80〜90%のプロラクチノーマで腫瘍縮小とホルモン正常化が達成可能とされる。
放射線療法
手術後残存・再発腫瘍に対する補助治療として定位放射線治療(ガンマナイフ等)が選択肢となる。
手術 ± 放射線療法が基本である。頭蓋咽頭腫は視交叉への癒着が強く、全摘は困難な場合があり術後放射線療法を組み合わせることが多い。成人例におけるメタ解析では、全摘出は再発リスクを有意に低下させる一方で、汎下垂体機能低下や永続性尿崩症のリスクは増加し、視機能改善率には全摘・部分摘出間で有意差を認めなかったと報告されている6。
脳神経外科による血管内治療(コイル塞栓術)またはクリッピング術を行う。
ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 1,000 mg/日を3日間点滴静注)が第一選択である。抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性例でステロイド無効の場合は血漿交換を行うことがある。原因疾患(MS・NMO・MOGAD)の診断に基づく長期管理が重要である。
急性期はステロイド投与と経過観察が基本となる。視力・視野の自然回復を期待しつつ、神経外科的対応の適応を判断する。
下垂体卒中は緊急疾患である。
プロラクチノーマに対してはドパミンアゴニスト(ブロモクリプチン・カベルゴリン)内服が著効し、80〜90%の症例で腫瘍縮小とプロラクチン正常化が達成できる。手術に伴うリスクを回避しながら同等以上の治療効果が得られるため、内服療法が第一選択とされる。他の腺腫は薬物への反応性が低く手術が優先される。
視交叉では左右の鼻側半網膜由来の線維が交叉し対側へ向かう(交叉線維)。耳側半網膜由来の線維は交叉せず同側を行く(非交叉線維)。
下垂体腺腫は下方から視交叉を圧迫し、下部を走行する交叉線維を選択的に障害する。交叉線維の障害は耳側視野欠損(両耳側半盲)を生じる。上耳側視野に対応する線維が最初に障害されるため、視野欠損は上耳側から始まることが多い。
内頸動脈が視交叉の外側から圧迫する場合は非交叉線維が障害され、鼻側視野欠損が生じることがある(まれ)。
交叉線維が持続的に障害されると、視神経乳頭においてこれらの線維が通過する耳側中央・鼻側中央の象限が選択的に萎縮する。上下の象限(非交叉線維が多い)は相対的に保たれる。この非対称な萎縮が帯状視神経萎縮(bow-tie atrophy)のパターンを形成する。
視交叉部視神経炎(脱髄性)では、ミエリン鞘に対する自己免疫反応が視交叉部の神経線維を障害する。AQP4抗体陽性 NMOSDではアストロサイトのアクアポリン4チャネルが標的となり、視交叉を含む視神経後方に炎症性病変が形成されやすい。
虚血の関与も視交叉障害の一因として示唆されており、腫瘍による微小血管の圧迫が神経損傷を促進すると考えられている。
視交叉の圧迫が解除されると、視力・視野の改善がみられることが多い。ただし、すでに視神経萎縮が明らかな場合は視機能予後が不良である。これは不可逆的な神経線維の脱落によるものであり、早期治療介入が視機能温存の鍵となる。
OCTによる網膜厚測定は治療後の予後推定に有用である。術前にGCL・RNFL菲薄化が高度な場合は術後の視機能回復が限定的となる傾向があり、術前OCT所見が予後予測に役立つ。
視交叉部視神経炎の場合、特発性では視力回復は良好(大部分が視力0.5以上に回復)な一方、40%が3年以内にMSへ移行するとの報告があり、神経内科との長期的な連携が重要である。詳細は「視交叉炎」の記事を参照。
下垂体腺腫による視交叉障害では、経蝶形骨洞手術後に視野の改善が期待できる一方、術後に下垂体機能低下症が生じた場合はホルモン補充療法が必要になることがある。
視神経萎縮が確立する前に圧迫が解除された場合は、視力・視野の改善が期待できる。一方、術前から帯状萎縮や高度のGCL菲薄化がみられる場合は、視機能の回復が限定的となる。OCTで術前の網膜内層萎縮を定量評価することが術後の予後推定に有用であり、早期の診断・治療が視機能の温存において最も重要である。