眼瞼の脂漏性角化症
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 眼瞼の脂漏性角化症とは
Section titled “1. 眼瞼の脂漏性角化症とは”脂漏性角化症(seborrheic keratosis)は、中高年に発症する最も頻度の高い眼瞼良性腫瘍である。老人性疣贅(verruca senilis)とも呼ばれる。加齢に伴う表皮の肥厚あるいは水平方向への増殖により隆起性病変をきたし、数年単位で増大傾向を示す。悪性化しない点が重要な特徴である。
- 眼瞼良性腫瘍の中で病理診断別に14%(9/64眼)を占め、2番目に多い腫瘍である。
- 中高年(主に50歳代以降)に多く認められる加齢性変化として位置づけられる。
- 全身の皮膚においても最も頻度の高い良性腫瘍のひとつであり、50歳以上の約80%に何らかの脂漏性角化症を認める1)。
- 紫外線曝露が増悪因子として知られる1)。
- 眼瞼では睫毛から皮膚側に好発する。
- 家族性発症の報告もある1)。
脂漏性角化症は悪性化しない良性腫瘍であり、放置しても癌に変化することはない。ただし、臨床的に基底細胞癌や悪性黒色腫と外観が類似する場合があるため、確定診断のための病理組織検査が推奨される。特に急速に増大する場合や、表面が硬く中心部に潰瘍を伴う場合は悪性腫瘍の除外が必要である。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
通常は無症状であることが多い。主な自覚症状を以下に示す。
- 整容的問題:褐色・黒色の隆起性病変が眼瞼に生じ、外見上の問題として気づかれることが多い。
- 異物感:稀に腫瘤が大きくなると軽度の異物感を訴えることがある。
- 流涙・刺激感:睫毛縁に発生した場合、刺激症状が出現する場合がある。
- 好発部位:睫毛から皮膚側に好発する。眼瞼縁から離れた皮膚面にも発生する。
- 色調:淡褐色から黒色まで様々で、同一病変内でも色調の変化がある場合がある。
- 形状・表面性状:境界鮮明。表面は角化によりざらざらと不整なものから、桑の実のように光沢を持つものまである。過角化により乳嘴状(乳頭状)に隆起することもある。
- 硬さ:腫瘍の表面は軟らかく脆い。これは基底細胞癌(硬い)との重要な鑑別点である。
- 大きさ:数mm から1cm を超えるものまで様々。数年単位で増大する。
ダーモスコープ(皮膚鏡)所見
Section titled “ダーモスコープ(皮膚鏡)所見”ダーモスコープによる観察は診断の補助として有用であり、以下の所見が特徴的である2)。
- 脳回転様構造(cerebriform pattern):表面が脳回転様の溝と隆起を呈する。
- 偽嚢腫(milia-like cysts):白色〜黄白色の丸い小点として観察される。
- 偽面皰(comedo-like openings):褐色〜黒色の丸い開口部として観察される。
これらの所見が複数認められる場合、脂漏性角化症の可能性が高い。
臨床的な鑑別として、脂漏性角化症は「境界鮮明・表面が軟らかく脆い・中心部に潰瘍や陥凹がない」のが特徴である。一方、基底細胞癌では「中心部の潰瘍・陥凹・真珠様光沢・血管増生(毛細血管拡張)・硬い」などの所見を示す。ダーモスコープでの脳回転様構造や偽嚢腫は脂漏性角化症に特徴的な所見であるが、色素性病変では鑑別が困難な場合もある。確定診断には病理組織検査が必須である。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”脂漏性角化症の発症には複数の因子が関与している。
- 加齢:最も大きなリスク因子。加齢に伴う表皮細胞の肥厚・増殖亢進が基盤にある。
- 紫外線曝露:日光曝露が発症・増悪に関与する1)。眼瞼は日光の影響を受けやすい部位である。
- 遺伝的要因:家族性発症が報告されており、遺伝的素因の関与が示唆される1)。
- FGFR3遺伝子変異:一部の脂漏性角化症においてFGFR3(線維芽細胞増殖因子受容体3)遺伝子変異が報告されており、特に扁平病変の段階から変異が存在することが確認されている3)。
- PIK3CA変異:FGFR3と同様に増殖シグナル経路の活性化に関与する3)。
Leser-Trélat徴候
Section titled “Leser-Trélat徴候”脂漏性角化症が短期間に急速かつ多発的に出現する場合、Leser-Trélat徴候と呼ばれ、内臓悪性腫瘍の合併を示すパラネオプラスティック症候群(腫瘍随伴症候群)の可能性がある4)。関連する悪性腫瘍として、消化器癌(胃癌・大腸癌)、肺癌、乳癌、リンパ腫などが報告されている。ただし健常者でも加齢に伴い脂漏性角化症が増加するため、急速多発例の場合に限り注意が必要である。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”高齢者の境界鮮明な褐色〜黒色の疣状隆起性病変として、臨床的に診断可能な場合が多い。しかし外観が類似する悪性腫瘍があるため、確定診断には必ず病理組織検査を行う。
ダーモスコープ所見(脳回転様構造、偽嚢腫、偽面皰)が診断補助として有用であり、良悪性鑑別の精度向上に寄与する2)。
ダーモスコープ(皮膚鏡)は皮膚の色素性病変を拡大して観察する専用レンズを用いた非侵襲的な診断補助ツールである。偏光光または液浸光(アルコール・ゲルなど)を用いて皮膚表面の光の乱反射を除去し、表皮〜真皮表層の色素構造を詳細に観察できる。脂漏性角化症の特徴的な所見(脳回転様構造・偽嚢腫・偽面皰)の同定に有用であり、悪性黒色腫や基底細胞癌との鑑別精度を向上させる。
病理組織検査
Section titled “病理組織検査”脂漏性角化症の確定診断は病理組織検査による。以下の所見が特徴的である。
- 角質増殖(acanthosis)と棘細胞増殖1)
- 偽角嚢腫(pseudohorn cysts):角質物質を含む嚢胞状構造が病理学的特徴1)
- 基底細胞様細胞と扁平上皮細胞が混在して増殖する
- 核異型や浸潤増殖パターンを示さないことで悪性疾患と鑑別できる
切除検体は必ず病理検査へ提出し、悪性腫瘍の除外を確認する。
| 鑑別疾患 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| 基底細胞癌 | 中心潰瘍・陥凹、血管増生、表面が硬い、真珠様光沢 |
| 悪性黒色腫 | 色素不均一、急速増大、不整形、ABCDEルール |
| 眼瞼母斑(ほくろ) | 小児期から存在、扁平・軟らかい |
| 日光角化症 | 前癌病変、紅色・粗糙な表面、痂皮を形成しやすい |
| 色素性基底細胞癌 | 色素沈着、真珠光沢、血管増生 |
| 尋常性疣贅 | 若年者に多い、HPV感染性、カリフラワー様表面 |
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”整容的・機能的問題がない場合は経過観察が可能である。増大傾向がある場合、悪性との鑑別が必要な場合、または患者が治療を希望する場合に治療を行う。
第一選択治療である。表皮ごと腫瘍を切除し、確定診断と治療を兼ねる。
- 安全域の確保:腫瘍境界部ぎりぎりの切除では再発することがある。十分な安全域をとって切除する。
- 高齢者への対応:高齢者は余剰皮膚が存在するため、単純縫縮が可能な症例が多い。
- 睫毛を巻き込む病変:睫毛が腫瘍に巻き込まれている場合は、瞼縁部をopen treatment(開放創処置)で対応する。
- 切除検体:必ず病理検査に提出し、悪性成分の混在を確認する。
小〜中等大の病変に適応される。液体窒素を用いた冷凍凝固は外来で施行可能であり低侵襲だが、再発率が切除術よりやや高い。確定病理診断を得られない点が欠点である。
レーザー治療
Section titled “レーザー治療”- CO2レーザー蒸散:整容面で優れた選択肢であり、周囲組織への熱損傷が少ない5)。ただし蒸散した組織は病理評価が困難になるため、悪性が否定できない場合は適応外とする。
- エルビウムYAGレーザー:精密な蒸散が可能で整容面の結果が良好である5)。
小病変に対して外来で施行可能な選択肢である1)。局所麻酔下に電気凝固により腫瘍を焼灼する。
| 治療法 | 適応 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 表皮ごと腫瘍切除 | 全例(確定診断兼治療) | 病理確認・安全域確保が可能 | 手術侵襲(局所麻酔下) |
| 冷凍凝固 | 小〜中病変 | 低侵襲・外来施行可 | 再発リスク、病理評価不可 |
| CO2レーザー蒸散 | 整容重視例 | 精密・低侵襲 | 病理評価困難 |
| エルビウムYAGレーザー | 整容重視例 | 精密蒸散・良好な整容結果 | 病理評価困難 |
| 電気凝固術 | 小病変 | 外来で施行可 | 熱変性による病理評価困難 |
脂漏性角化症は悪性化しないため、整容的・機能的問題がなければ経過観察が選択肢となる。ただし、基底細胞癌や悪性黒色腫との臨床的鑑別が困難な場合、急速な増大・色調変化・潰瘍形成を認める場合には、悪性腫瘍の除外のために生検・切除が推奨される。長期間放置する場合も定期的な観察を行い、変化があれば眼科への受診を怠らないことが重要である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”脂漏性角化症は表皮の肥厚・水平方向増殖による隆起性病変であり、加齢変化の一種として位置づけられる。
組織学的特徴
Section titled “組織学的特徴”- 角質増殖と棘細胞増殖(acanthosis):表皮全層の肥厚と過角化が生じる1)。
- 偽角嚢腫(pseudohorn cysts):角質物質を含む嚢胞様構造。病理学的に特徴的な所見であり、ダーモスコープでの「偽嚢腫」に対応する1)。
- 基底細胞様細胞と扁平上皮細胞の混在:腫瘍は両者が様々な割合で混在し、分化型・腺腫型・炎症型など複数の組織型が存在する。
- 核異型・浸潤パターンを示さない点が悪性腫瘍との鑑別に重要である。
分子メカニズム
Section titled “分子メカニズム”- FGFR3(線維芽細胞増殖因子受容体3)遺伝子変異:扁平病変の段階からすでに変異が存在し、年齢・部位と関連する3)。FGFR3変異は細胞増殖シグナルを活性化し、表皮細胞の過剰増殖に寄与する。
- PIK3CA変異:PI3K/Akt/mTOR経路の活性化に関与し、FGFR3変異と共存することがある3)。
- これらの体細胞変異は、加齢とともに蓄積する変異として理解されており、悪性転化とは異なる経路で増殖亢進をきたす。
Leser-Trélat徴候の機序
Section titled “Leser-Trélat徴候の機序”急速多発例における内臓悪性腫瘍との関連は、腫瘍由来のトランスフォーミング増殖因子α(TGF-α)やインスリン様増殖因子(IGF)などが過剰産生され、表皮細胞の増殖を促進するためと考えられている4)。腫瘍随伴症候群の一型として理解される。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”水素ペルオキシド外用療法
Section titled “水素ペルオキシド外用療法”水素ペルオキシド40%局所塗布(Eskata®)がFDAにより体幹・四肢の脂漏性角化症に対して承認されている6)。第3相試験では投与群でエンドポイント達成率が有意に高かった。眼瞼への適用は角膜・結膜への影響から現時点では限定的であり、今後の専用試験が期待される。
AI支援ダーモスコープ診断
Section titled “AI支援ダーモスコープ診断”ダーモスコープ画像に対するAI支援診断システムが開発され、良悪性鑑別の精度向上が報告されている7)。特に顔面の扁平色素性病変においては、熟練者に匹敵する判別精度を示す研究が蓄積しつつある。眼瞼への応用も今後の課題である。
Leser-Trélat徴候のバイオマーカーとしての意義
Section titled “Leser-Trélat徴候のバイオマーカーとしての意義”脂漏性角化症の急速多発例においてLeser-Trélat徴候を早期に同定することで、内臓悪性腫瘍の早期発見に繋がる可能性がある4)。悪性腫瘍の種類によって徴候の出現時期・パターンが異なるため、系統的なスクリーニングプロトコールの開発が進められている。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Hafner C, Vogt T. Seborrheic keratosis. J Dtsch Dermatol Ges. 2008;6(8):664-677.
- Braun RP, Rabinovitz HS, Oliviero M, et al. Dermoscopy of pigmented skin lesions. J Am Acad Dermatol. 2005;52(1):109-121.
- Hafner C, Hartmann A, van Oers JM, et al. FGFR3 mutations in seborrheic keratoses are already present in flat lesions and associated with age and localization. Mod Pathol. 2007;20(8):895-903.
- Schwartz RA. Sign of Leser-Trélat. J Am Acad Dermatol. 1996;35(1):88-95.
- Wollina U. Erbium-YAG laser therapy — analysis of more than 1,200 treatments. Glob Dermatol. 2016;3(2):223-227.
- Baumann LS, Blauvelt A, Draelos ZD, et al. Safety and efficacy of hydrogen peroxide topical solution, 40% (w/w), in patients with seborrheic keratoses. Dermatol Surg. 2018;44(11):1439-1446.
- Tschandl P, Rosendahl C, Kittler H. Dermatoscopy of flat pigmented facial lesions. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2015;29(1):120-127.