術中所見
眼心反射(眼球心臓反射)
1. 眼心反射とは
Section titled “1. 眼心反射とは”眼心反射(oculocardiac reflex; OCR)は、外眼筋・眼球・結膜への圧迫や牽引が引き金となり、心拍数が20%以上低下する反射である。別名、アシュネル反射(Aschner reflex)または三叉神経迷走神経反射(trigeminovagal reflex)とも呼ばれる。1908年にDagniniとAscherにより初めて報告された。
OCRは三叉心臓反射(trigeminocardiac reflex; TCR)の一亜型として位置づけられる。TCRという用語はShelly & Church(1988)が提唱し、OCRはその眼窩周囲型に分類される。3)
発生率は施術の種類によって大きく異なる。
- 斜視手術中: 56〜68%(心停止は0.11%)
- 顔面手術(眼窩頬骨アプローチ等): 31.7%
- 中顔面外傷: 27.3%3)
- 下顔面外傷: 17.9%3)
- 眼窩ブローアウト骨折: 17%1)
- 致命的発生率: 約3500例に1例
歴史的には迷走神経刺激による上室性頻拍の停止法として利用されたが、現在はリスクが高いため行われていない。
斜視手術中で56〜68%と最も高く、眼窩外傷では17〜27%に発生する。致命的な転帰は約3500例に1例と報告されている。小児では発生率がさらに高い。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”- 悪心・嘔吐: 術中・術後を問わず多く認められる。眼窩骨折に伴う筋嵌頓でも発生する2)6)。
- めまい: 徐脈に伴う脳血流低下によるもの5)。
- 失神: 重症例で認められる。
- 複視: 眼窩骨折に伴う外眼筋嵌頓が同時に存在する場合2)。
主な心臓所見は以下の通りである。
外傷時所見
徐脈:外傷直後から発生しうる。手術室外での発生も報告4)。
悪心・嘔吐・傾眠:外眼筋嵌頓例で頭蓋内損傷と誤認されることがある6)。
眼球運動制限:嵌頓した外眼筋に由来する拘束性斜視。
white-eyed blowout fracture:皮下・結膜下出血がなく外見上軽症に見える小児骨折で見逃されやすい6)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”- 外眼筋への牽引: 特に内直筋・下直筋でOCR誘発頻度が高い1)。
- 眼球への圧迫: 閉眼状態でも発生しうる。
- 結膜・Tenon嚢の癒着: 翼状片術後の瘢痕性癒着でも報告されている5)。
- 眼窩骨折による筋嵌頓: 下直筋の嵌頓が代表的2)6)。
- 眼窩内異物: 異物の圧迫が持続的な刺激となる1)。
- 刺激の持続時間・強度: 刺激が長時間・強力なほどOCR発生率が上昇する1)。
Lubbersらはリスクを3段階に分類している3)。
| リスク分類 | 代表的な手術・状況 |
|---|---|
| 低リスク | 顎関節手術、LeFort I骨切り、頬骨挙上 |
| 中リスク | 頭蓋底手術 |
| 高リスク | 眼科手術、眼窩内容除去、心疾患のある小児の眼窩骨折 |
その他の患者側リスク要因:
- 小児: 安静時の迷走神経緊張が成人より高く、心拍出量が心拍数に依存するためリスクが大きい。眼窩縁の骨が弾力性に富み、trapdoor骨折を起こしやすい1)。
- 高炭酸ガス血症・低酸素血症: 迷走神経緊張を増大させる。
- 麻酔の種類: 麻酔薬の選択がOCR発生率に影響する。
- beta遮断薬・Ca拮抗薬・心疾患の既往: OCRを増強させる可能性がある1)。
小児、高炭酸ガス血症・低酸素血症の患者、beta遮断薬やCa拮抗薬を使用中の患者、心疾患の既往がある患者がリスクが高い。手術の種類では眼科手術や眼窩内容除去が高リスクに分類される3)。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”術中のOCRは連続的なモニタリングによって診断する。
- 心電図(ECG): 持続的な洞性徐脈や不整脈を検出する。最重要のモニタリング。
- パルスオキシメトリ: 心拍数の変化をリアルタイムで把握する3)。
- カプノグラフィ: 高炭酸ガス血症の検出に用いる3)。
- 観血的血圧測定・経食道心エコー(TEE): 高リスク症例に追加する3)。
非術中診断(外傷・救急)
Section titled “非術中診断(外傷・救急)”外傷患者での徐脈は以下と鑑別が必要である。
- クッシング反射: 頭蓋内圧亢進に伴う血圧上昇+徐脈。OCRとの鑑別には神経学的評価とCTが重要である4)。
- 迷走神経失神(VVS): OCRは三叉神経を介した反射弓を経由し、VVSとは異なる経路をとる5)。
- 薬剤性徐脈: beta遮断薬・Ca拮抗薬等の投薬歴を確認する。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”ステップ1:刺激除去
手術操作の即時中断:外眼筋牽引・眼球圧迫・眼窩操作をすべて中止する。
10〜20秒待機:多くの症例でこれだけで心拍数が回復する。
ステップ2:薬物介入
アトロピン静脈内投与:0.02 mg/kg(JRC徐脈アルゴリズム)。成人での使用例として0.25 mgを2分間隔で反復投与した報告がある3)。
持続する場合:CPRの準備と麻酔科医への連絡。
手術前または手術中の予防として以下が有効である。
- グリコピロレート静脈内投与: アトロピンの約2倍の力価を持つ抗コリン薬。Karhunenら(1984)の99例の斜視手術研究で有効性が示されている4)。
- ケタミン麻酔: アトロピンよりも優位に迷走神経刺激を打ち消すとの報告がある4)。
外傷・眼窩骨折の管理
Section titled “外傷・眼窩骨折の管理”- 手術介入時期: 即時(24時間以内)、早期(1〜14日)、待機(14日以降)の3段階に分類される2)。外眼筋嵌頓例は48時間以内の手術が推奨される。
- 術後成績: 96%が術後複視なしと報告されている2)。
- 眼窩内異物: 異物除去後に速やかにOCRが消失する例が報告されている。除去後も遅発性OCRが起こりうる1)。
まず外眼筋の牽引や眼球への圧迫など、刺激の原因となる操作を即時中止する。10〜20秒以内に心拍数が回復することが多い。回復しない場合はアトロピン0.02 mg/kgを静脈内投与し、心停止に至った場合はCPRを開始する。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”OCRの反射弓は三叉神経(脳神経V)と迷走神経(脳神経X)を介する。
- 求心路: 外眼筋・眼球・結膜の感覚受容体 → 毛様体神経節 → 三叉神経眼窩枝(V1)→ ガッセル神経節 → 三叉神経感覚主核
- 遠心路: 迷走神経背側核 → 迷走神経心臓枝 → 洞房結節(心拍数低下)
Khariaらはより広いTCRを以下の3型に分類している3)。
- 中枢型: ガッセル神経節への刺激 → 徐脈+無呼吸+低血圧
- 末梢型(OCRを含む): 眼窩・上顎・下顎への刺激 → 徐脈+無呼吸+正常血圧
- 第3型(diving response): 前篩骨神経への刺激 → 徐脈+無呼吸+高血圧
小児でリスクが高い理由は以下の2点である。
- 安静時の迷走神経緊張が成人より高く、心拍出量が心拍数に依存する。
- 眼窩縁の骨が弾力性に富み、trapdoor骨折(白目に出血のない閉鎖型骨折)を起こしやすい1)。
注視誘発性OCRという亜型も存在する。翼状片術後にフィブリン糊による結膜・Tenon嚢・強膜間の癒着が形成され、特定方向の眼球運動で再現性のある徐脈が誘発された症例が報告されている5)。これは外眼筋の直接牽引がなくても結膜の機械的刺激だけでOCRが発生しうることを示す。
眼心反射(OCR)は三叉神経→迷走神経という明確な反射弓を介した機械的刺激による反射であり、刺激除去により速やかに回復する。迷走神経失神(VVS)は血管迷走神経性の全身反応で、経路・誘因・経過が異なる5)。両者とも徐脈を呈するが、発生状況が鑑別の鍵となる。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”注視誘発性OCRとフィブリン糊の関連
Section titled “注視誘発性OCRとフィブリン糊の関連”Eldweik & Aljneibi(2022)は翼状片術後の21歳男性で、右方視10秒で心拍80〜90 bpmから55〜60 bpmへの低下が再現性をもって認められた症例を報告した5)。フィブリン糊がTenon嚢・結膜・強膜間の癒着を促進し、注視誘発性OCRを引き起こしたと考察している。外眼筋の直接牽引がなくても結膜の機械的刺激のみでOCRが発生しうることを示した。
ケタミンとアトロピンの比較
Section titled “ケタミンとアトロピンの比較”Geller ら(2025)は非手術的環境(外傷患者)でのOCR症例を報告し、Espahbodi(2015)の研究を引用してケタミンがアトロピンよりも優位に迷走神経刺激を打ち消す可能性を示した4)。
ステロイドの術中OCRリスクへの影響
Section titled “ステロイドの術中OCRリスクへの影響”Toyohara ら(2022)は11歳女児での術中心停止例を報告し、眼窩骨折に対する術前ステロイド投与が腫脹を軽減しうる一方、術中OCR発生率を上げる可能性があることを指摘した6)。ステロイドの利益とリスクを個別に評価する必要がある。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Asaari SAH, Balasubramaniam D, Ramli N, Ismail F.. When brakes fail you: Oculocardiac reflex elicited by a retained foreign body in a penetrating orbital injury. Am J Ophthalmol Case Rep. 2024;34:102029. doi:10.1016/j.ajoc.2024.102029. PMID:38464502; PMCID:PMC10921240.
-
Basnet A, Chug A, Simre S, Vyas A, Shrestha S. Comprehensive Management of Pediatric Orbital Fractures: A Case Series and Review of Literature. Cureus. 2024;16(4):e57915. doi:10.7759/cureus.57915. PMID:38725748; PMCID:PMC11081518.
-
Kharia A, Janardhana Rao S, Dubey V, Bhatt S, Bhatt D, Baig F.. Oculocardiac Reflex in a Patient With Maxillofacial Trauma: A Case Study and Literature Review. Cureus. 2024;16(5):e59528. doi:10.7759/cureus.59528. PMID:38827001; PMCID:PMC11144039.
-
Geller JE, Daneshpooy S, Block S, et al. Oculocardiac reflex causing bradycardia in a trauma patient following firearm injury. Trauma Case Reports. 2025;60:101282. doi:10.1016/j.tcr.2025.101282.
-
Eldweik LT, Aljneibi S. Restrictive strabismus and gaze-evoked oculocardiac reflex following pterygium repair with fibrin glue. SAGE Open Med Case Rep. 2022;10:2050313X221122459. doi:10.1177/2050313X221122459.
-
Toyohara Y, Mito N, Nakagawa S, Yoshimura K, Sunaga A. Asystole Due to Oculocardiac Reflex during Surgical Repair of an Orbital Blowout Fracture. Plastic and reconstructive surgery. Global open. 2022;10(9):e4544. doi:10.1097/GOX.0000000000004544. PMID:36187280; PMCID:PMC9521747.