CGRP受容体標的
erenumab:CGRP受容体に結合するヒト化モノクローナル抗体。
70mg または 140mg を月1回皮下投与。

CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)は三叉神経節のニューロンで産生される神経ペプチドである。その頭蓋内血管および三叉神経系への作用が片頭痛の病態と密接に関連する。抗CGRP モノクローナル抗体(CGRP抗体)は、このCGRPそのものまたはその受容体を標的として片頭痛を予防する治療薬クラスである。
CGRPの三叉神経節における発現は30年以上前に確認されていた3)。小分子CGRP受容体拮抗薬(ゲパント)については、2004年にolcegepant(静脈投与)が急性片頭痛への有効性を初めて実証した3)。モノクローナル抗体製剤は2018年以降に相次いで承認された8)。
片頭痛は全世界で約10.2億人に影響する、障害原因疾患の世界第2位の疾患である3,8)。従来の片頭痛予防薬(β遮断薬・抗てんかん薬・三環系抗うつ薬など)で月間片頭痛日数を50%以上軽減できるのは45%未満の患者にとどまる3)。CGRP抗体はこの治療ギャップに対応する片頭痛特異的な初の予防薬クラスである。
現在承認されている抗CGRP抗体は4種である。作用標的によって2群に分類される。
CGRP受容体標的
erenumab:CGRP受容体に結合するヒト化モノクローナル抗体。
70mg または 140mg を月1回皮下投与。
CGRPリガンド標的
fremanezumab:完全ヒト化 IgG2Δa。225mg 月1回 または 675mg 3ヶ月毎に皮下投与。
galcanezumab:初回240mg、以降120mg を月1回皮下投与。
eptinezumab:100〜300mg を3ヶ月毎に静脈投与。
ゲパント(小分子CGRP受容体拮抗薬)としては、急性期治療にubrogepant・rimegepant、予防治療にrimegepant・atogepantが使用される4,7)。
2024年のAmerican Headache Society(AHS)は、CGRP標的療法のエビデンスは「他のいかなる予防治療アプローチよりも圧倒的に大きい」とし、他の予防薬クラスの失敗を前提条件とせずに片頭痛予防の第一選択として推奨している4)。
従来薬(β遮断薬・抗てんかん薬など)は片頭痛以外の適応で開発されたもので、50%以上の症状軽減を達成できるのは45%未満の患者にとどまる3)。これに対しCGRP抗体は片頭痛の中核的病態(三叉血管系のCGRP過剰)を標的とする初の片頭痛特異的予防薬クラスであり、2024年のAHSは他の予防薬失敗前でも第一選択として推奨している4)。
CGRP抗体の主な適応は片頭痛であり、治療対象となる片頭痛の典型的な症状は以下の通りである。
抗CGRP抗体が網膜にも影響を与える可能性が、光干渉断層計(OCT)を用いた研究で報告されている。
片頭痛患者(16名・32眼)と健常対照(10名・20眼)を比較した後方視的研究では、抗CGRP抗体投与前の時点で以下の差異が確認された1)。
抗CGRP抗体(fremanezumab 50%・galcanezumab 25%・erenumab 25%)による6ヶ月治療後の変化は以下の通りであった1)。
以下は同研究の主要臨床パラメータの変化を示す。
| パラメータ | ベースライン | 6ヶ月後 | p値 |
|---|---|---|---|
| 月間片頭痛日数(MMD) | 15.6±3.8 | 5.4±1.5 | <0.0001 |
| MIDAS | 65.6±49.6 | 13.7±10.8 | <0.0001 |
| HIT-6 | 68.6±3.9 | 58.6±3.4 | <0.0001 |
| 月間鎮痛薬使用日数 | 17±7.8 | 4.8±1.9 | <0.0001 |
6ヶ月後には側頭上方RNFLが有意に増加し(p=0.02)、乳頭周囲下半側・下側頭側のRPC血管密度も有意に増加した(p=0.03、p=0.02)1)。月間片頭痛日数の減少を共変量とした反復測定ANOVAでは、側頭上方RNFLの変化のみが有意であった(F=13.69、p=0.001)1)。
OCT研究では、片頭痛患者で鼻側RNFLの菲薄化と側頭側RNFLの肥厚が報告されており、健常者とは異なる網膜構造変化が示されている1)。また抗CGRP抗体投与6ヶ月後には側頭上方RNFLおよびRPC血管密度が有意に増加することが確認されており、内因性CGRPが網膜の血管灌流に関与する可能性が示唆されている1)。
片頭痛の主要な病態は三叉血管系(TVS)の活性化である。かつて提唱された「頭蓋内血管拡張が痛みの直接原因」とする血管説は現在否定されている3)。
三叉神経節のニューロンはCGRPを産生し、頭蓋内血管組織はCGRP受容体(Gタンパク質共役型)を発現している。CGRPが片頭痛を惹起する経路は以下の3つが示されている。
CGRPを外因性に投与することで片頭痛様症状が再現され、片頭痛発作中には頭蓋内CGRP濃度が有意に上昇することが確認されている。
前兆なし片頭痛の診断には、5回以上の発作があり、かつ各発作が以下の条件を満たすことが必要である3)。
前兆あり片頭痛の前兆は、完全可逆性の神経症状(視覚・感覚・言語/運動・脳幹症状)が5分以上かけて段階的に拡大し、各症状が5〜60分持続するものである3)。
以下の警告徴候が認められる場合は二次性頭痛を鑑別するための精査が必要である3)。
片頭痛患者の網膜構造・血管変化の評価に用いられる。象限特異的なRNFL変化(鼻側菲薄化・側頭側肥厚)や治療後の血管灌流変化の定量評価が可能である1)。現時点では研究的使用が主体であるが、神経眼科領域での診断補助としての意義が注目されている。
4種の抗CGRP抗体はすべてRCTで反復性・慢性片頭痛の予防に対する有効性が実証されており3)、月間片頭痛日数を1〜2.8日減少、月間片頭痛時間を22.7〜30.4時間減少させる。メタアナリシスでは4剤の安全性と有効性に有意差は認められていない。
各薬剤の投与法を以下に示す。
| 薬剤名 | 用量 | 投与間隔・経路 |
|---|---|---|
| erenumab | 70 または 140mg | 月1回・皮下投与 |
| fremanezumab | 225mg または 675mg | 月1回 または 3ヶ月毎・皮下投与9) |
| galcanezumab | 初回240mg、以降120mg | 月1回・皮下投与 |
| eptinezumab | 100〜300mg | 3ヶ月毎・静脈投与 |
fremanezumabはCGRPリガンドに結合する完全ヒト化IgG2Δaであり、HALO CM(慢性片頭痛)・HALO EM(反復性片頭痛)の第3相プラセボ対照試験(12週間)で有効性が検証された9)。FOCUS試験では2〜4クラスの予防薬に不十分反応の患者でも有効性が確認されている9)。
半減期は数週間〜数ヶ月と長く、血液脳関門を通過しない。ペプチドとアミノ酸に代謝されるため、薬物相互作用や肝毒性のリスクは低い。妊娠中の安全性は確立されていない。
特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)に合併した片頭痛様頭痛に対するerenumabの使用が報告されている。
有効性
オープンラベル試験(55名):中等度〜重度の頭痛日数が71%減少、全頭痛日数が45%減少(ベースラインから12ヶ月時点)。鎮痛薬使用日数も有意に減少した3)。
症例シリーズ(7名):乳頭浮腫が消退した後も持続する片頭痛様頭痛に、erenumabは著明な効果を示した6)。
注意点
乳頭浮腫の再発:オープンラベル試験では7例で頭痛なく乳頭浮腫が再発した3)。症例シリーズでも頭蓋内圧上昇が再発した症例で、頭痛はコントロールされたまま乳頭浮腫が再出現した6)。
モニタリングの必要性:頭痛の改善が乳頭浮腫の消退を意味しない。眼科的サーベイランスの継続が必須である6)。
メタアナリシスでは4剤の安全性・有効性に有意差は認められていない。erenumabはCGRP受容体を標的とし、他3剤はCGRPリガンドを標的とする点で作用機序が異なるが、現時点での臨床転帰に明確な差は示されていない。投与経路(皮下 vs 静脈)・投与間隔(月1回 vs 3ヶ月毎)が選択の実際的な判断基準となる。
IIH患者55名のオープンラベル試験では、erenumabにより中等度〜重度頭痛日数が71%減少した3)。ただし頭痛消失下でも乳頭浮腫が再発した例があり、頭痛改善が頭蓋内圧のコントロールを意味しない点に注意が必要である。眼科的サーベイランスの継続が必須である6)。
有害事象は概ね軽度〜中等度である。ただし炎症性合併症(自己免疫性肝炎・Susac症候群・乾癬性関節炎)の症例報告があり2)、既存の血管疾患(Behçet病など)を持つ患者では永続的な視力障害のリスクが報告されている5)。血管疾患合併例では投与の適否を慎重に判断する必要がある。
CGRPは三叉神経節の擬似単極性ニューロンで産生される神経ペプチドであり、その役割は30年以上前に発見された3)。頭蓋内血管がCGRP受容体(Gタンパク質共役型)を発現しており、三叉神経節ニューロンとの間で神経血管シグナル伝達が成立している。
片頭痛発作時にはCGRPが三叉神経終末から放出される。その結果惹起される3つの病態生理学的経路は以下の通りである。
抗CGRP抗体はCGRPリガンドまたはCGRP受容体への結合によりこれら3経路を阻害する。血液脳関門を通過しないため、主な作用は末梢(三叉神経終末・硬膜血管周囲)で発揮される。
CGRPはまた抗炎症・免疫調節作用も持ち、NK細胞・樹状細胞・骨髄単球系前駆細胞の機能に影響を与える2)。CGRP阻害によりこれらの細胞に対する抑制的制御が解除されると、炎症促進反応が惹起される可能性がある2)。これが炎症性合併症(「治療における注意点・副作用」の項参照)の病態機序として示唆されている。
網膜への影響については、内因性CGRPとその受容体の活性化が片頭痛患者の象限特異的なRNFL変化および血管灌流変化に関与する可能性が示されている1)。IIH患者においては、CGRPが頭痛の機序的ドライバーとして機能している可能性が指摘されている6)。
Cesareoら(2025)の後方視的研究では、抗CGRP抗体6ヶ月投与後に表層毛細血管叢・乳頭周囲毛細血管(RPC)の血管灌流が増加し、側頭上方RNFLが有意に改善した(p=0.02)1)。
ただし本研究には以下の限界がある。対象が16名(32眼)と小規模であること、頭痛発作中の評価が含まれていないこと、長期追跡データがないこと、使用抗体種類別の解析がなされていないことである。網膜OCT/OCT-Aが抗CGRP抗体の治療効果判定や片頭痛管理のバイオマーカーとなり得るかについては、より大規模な検討が必要である1)。
片頭痛患者では涙液中のCGRP濃度が上昇し、抗CGRP抗体投与後に低下することが報告されている。涙液採取という非侵襲的手法による片頭痛の生化学的モニタリングとして注目されているが、診断的・治療的応用には更なる研究が必要な段階にある。
Yiangouら(2020)は、乳頭浮腫は消退したが片頭痛様頭痛が持続するIIH患者7名にerenumabを投与し、全例で著明な頭痛改善を報告した6)。頭蓋内圧が再上昇して乳頭浮腫が再出現した症例でも、頭痛のコントロールは維持された。
この知見はCGRPがIIH関連頭痛の機序的ドライバーである可能性を示唆するが、頭痛コントロールが頭蓋内圧のモニタリングに置き換わらない点に注意が必要である。体重変動時には特に眼科的サーベイランスを継続する必要がある6)。
Rayら(2021)は、抗CGRP抗体投与と密接な時間的関連をもって生じた自己免疫性肝炎・Susac症候群・乾癬性関節炎の8例を報告した2)。
CGRPの免疫調節作用に基づき、CGRP阻害が既存の自己免疫素因を顕在化させる可能性が仮説として提示されている。どの患者群がハイリスクかを特定するための免疫学的研究が求められる2)。
Khanら(2025)は、コントロール良好なBehçet病患者がerenumab2回目注射の11日後に無痛性両側視力低下を発症し、ステロイド治療にもかかわらず永続的な視力障害が残存した症例を報告した5)。
CGRPが血管収縮に対する生理的代償機構として機能している可能性があり、CGRP受容体阻害がBD関連小血管炎による虚血への代償的血管拡張を障害したとする仮説が示されている5)。血管炎・虚血性血管疾患合併患者における禁忌・注意の範囲を明確化する研究が必要である。