全身疾患による角膜神経肥厚
角膜神経の肥厚
1. 角膜神経の肥厚とは
Section titled “1. 角膜神経の肥厚とは”角膜神経の肥厚(prominent corneal nerves)とは、通常は角膜周辺部のみで細隙灯顕微鏡により視認される実質内の角膜神経が、角膜中央部や瞳孔領域まで太く目立って観察される状態を指す。
角膜は人体で最も神経支配が豊富な組織の一つであり、自由神経終末の密度は皮膚の300〜600倍に達する2)。角膜の感覚神経は三叉神経第1枝(眼神経V1)に由来する。鼻毛様体神経の分枝である長後毛様体神経が強膜を貫通し、角膜輪部から実質内に入る。実質内を放射状に走行した後、ボウマン層を貫通して上皮の全層に自由神経終末を供給する。
健常者では最も太い角膜実質神経(軸索束)は角膜周辺部1/3においてのみ細隙灯顕微鏡で観察される。角膜中央部に肥厚した神経を認めた場合、重要な全身疾患の早期徴候である可能性がある。とりわけ未診断のMEN2Bの発見は予防的甲状腺全摘術による救命につながるため、角膜神経肥厚の原因検索は極めて重要である。
角膜の最周辺部で太い神経幹が観察されるのは正常であり、病的ではない。「角膜神経の肥厚」として臨床的に意義があるのは、通常は見えない角膜中央部や瞳孔領域まで太い神経が伸びている場合である。ただし軽度の肥厚は正常変異のこともあり、他の臨床所見や全身症状と合わせて評価する必要がある。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
角膜神経の肥厚自体は通常無症状である。自覚症状がある場合は、原因疾患に由来する。
- MEN2B:ドライアイ症状(泣いても涙が出ない状態を含む)
- アカントアメーバ角膜炎:激しい眼痛と羞明
- レフサム病:夜盲、視力低下
- ライリー・デイ症候群:無涙症、角膜知覚低下
- 細隙灯顕微鏡所見:角膜実質内を走行する太い白色の線状構造として観察される。通常は角膜輪部から中央部に向かって放射状に伸び、分岐を伴う。MEN2Bでは瞳孔領域まで到達することが多い
- IVCM所見:最大800倍の倍率で角膜神経の微細構造を評価できる。MNS症例では、前部実質に高輝度で肥厚した神経叢を認め、分岐・ループ形成・結節状拡張を示す1)
- 随伴所見(MEN2B):眼瞼縁の粘膜神経腫による波状肥厚・眼瞼外反、結膜神経腫、ドライアイ(保持者の67%)
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”角膜神経の肥厚は全身疾患と角膜自体の疾患のいずれによっても生じうる。
角膜疾患による角膜神経肥厚
円錐角膜:角膜前面の前方突出に伴い角膜神経が肥厚する3)。
アカントアメーバ角膜炎:放射状角膜神経炎として神経周囲浸潤を呈する。
フックス角膜内皮変性症:角膜神経の肥厚を伴うことがある。
後部多形性角膜変性症:角膜神経の肥厚が報告されている。
ヘルペス角膜炎:単純ヘルペス・帯状ヘルペスに伴う。
| 疾患 | 遺伝形式 | 特徴的所見 |
|---|---|---|
| MEN2B | AD(RET) | 粘膜神経腫・マルファン様体型 |
| MNS | AD(SOS1) | 粘膜神経腫あり・内分泌腫瘍なし |
| レフサム病 | AR | 網膜色素変性症・魚鱗癬 |
| NF1 | AD | カフェ・オ・レ斑・リッシュ結節 |
| ハンセン病 | 感染症 | 数珠状の角膜神経肥厚 |
その他に、ライリー・デイ症候群(家族性自律神経失調症)、類脂質蛋白症(皮膚粘膜ヒアリン症)、先天性魚鱗癬でも角膜神経肥厚が報告されている。
両者は肥厚した角膜神経と粘膜神経腫を呈する点で臨床的に類似するが、MNSではRET遺伝子変異がなく、甲状腺髄様癌や褐色細胞腫などの内分泌腫瘍を合併しない。MNSではSOS1遺伝子のフレームシフト変異が報告されている1)。鑑別にはRET遺伝子検査が必須であり、予防的甲状腺全摘術の要否を決定するうえで極めて重要である。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”- 細隙灯顕微鏡検査:角膜全体を系統的に観察し、中央部まで到達する肥厚した神経の有無を評価する。倍率は最大40倍程度であり、太い実質神経のみ観察可能である
- 生体共焦点顕微鏡(IVCM):最大800倍の倍率で角膜神経の微細構造を非侵襲的に評価する。神経密度・走行パターン・分岐・ループ形成・結節状拡張を定量できる1)
- RET遺伝子検査:MEN2が疑われる場合に施行する。MEN2Bの確定診断に必須である
- 内分泌スクリーニング:カルシトニン測定、甲状腺超音波検査、副腎MRIなどを行う
- 全身検査:口腔内粘膜神経腫、マルファン様体型、カフェ・オ・レ斑、リッシュ結節、皮膚所見の確認
角膜神経の肥厚と類似した外観を示す所見がある。
| 類似所見 | 鑑別のポイント |
|---|---|
| ゴースト血管 | 血管由来。より太く白色 |
| 格子状線(格子状ジストロフィ) | より不透明で重なりが多い |
| Waite-Beckham線 | デスメ膜レベルの深い垂直線 |
放射状角膜神経炎はアカントアメーバ角膜炎に典型的であるが、緑膿菌角膜炎でも報告されており完全に病徴的ではない。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”角膜神経の肥厚自体に対する直接的な治療は存在しない。原因疾患に対する治療が主体となる。
全身疾患に対する治療
Section titled “全身疾患に対する治療”- MEN2B/2A:予防的甲状腺全摘術が最も重要な介入である。甲状腺髄様癌の転移前の段階で発見された場合、手術により根治が期待できる。角膜神経肥厚をきっかけに眼科医から紹介され、甲状腺髄様癌が早期発見された症例報告が多数ある
- MNS:RET変異がなく内分泌腫瘍の合併リスクが低いため、予防的甲状腺全摘術は必須ではない1)。定期的なフォローアップと遺伝カウンセリングが推奨される
- レフサム病:食事中のフィタン酸制限により症状の進行を抑制する
角膜疾患に対する治療
Section titled “角膜疾患に対する治療”- アカントアメーバ角膜炎:長期にわたるポリヘキサメチレンビグアナイド(PHMB)やクロルヘキシジンの局所療法を要する。時に外科的介入が必要となる
- 円錐角膜:コンタクトレンズ・角膜クロスリンキング・角膜移植など、進行度に応じた治療を行う3)
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”角膜神経の正常構造
Section titled “角膜神経の正常構造”角膜の感覚神経は三叉神経第1枝(眼神経V1)に由来する。角膜輪部から実質に入った神経は、実質内前方2/3を走行した後にボウマン層を貫通し、上皮基底細胞層の直下に基底下神経叢(sub-basal nerve plexus)を形成する2)。
角膜感覚神経の約60%にカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が、約20%にサブスタンスPが含まれる2)。電気生理学的には3種類に分類される。
- 機械受容器・機械的侵害受容器(約20%):機械的刺激に反応する
- ポリモーダル侵害受容器(約70%):機械的・化学的・温度的刺激に反応し、反射性涙液分泌の主要な駆動力となる2)
- 冷覚受容器(約10〜15%):温度変化に反応する
角膜神経肥厚の機序
Section titled “角膜神経肥厚の機序”肥厚した角膜神経の形態学的基盤は原因疾患により異なる。
- MEN2B:RET原癌遺伝子の変異により、神経堤細胞由来の組織で軸索とSchwann細胞が増殖する。角膜神経の軸索数とSchwann細胞が増加し、神経束の径が増大する
- MNS:SOS1遺伝子のフレームシフト変異が関与する1)。RET変異は認められないが、表現型としてはMEN2Bと類似した角膜神経肥厚を呈する
- アカントアメーバ角膜炎:原虫が角膜神経に沿って広がり、神経周囲に炎症性浸潤を生じる。これが放射状角膜神経炎として観察される
- ハンセン病:らい菌が角膜神経に感染し、神経の膨化・数珠状変化を引き起こす
- 髄鞘形成の異常:通常角膜内では無髄である神経線維が異常に髄鞘化すると、光の反射が増加して肥厚した外観を呈する
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”SOS1変異と粘膜神経腫症候群(MNS)
Section titled “SOS1変異と粘膜神経腫症候群(MNS)”Yinらは、肥厚した角膜神経と結膜神経腫を呈するがRET変異を認めない41歳男性のケースを報告した1)。
遺伝子検査ではSOS1遺伝子のヘテロ接合性フレームシフト変異(c.3263dup)が同定された。内分泌スクリーニングではカルシトニン軽度上昇を認めたものの、甲状腺画像検査や頭部CT/MRIで明らかな腫瘍性病変は検出されなかった1)。
この報告は、角膜神経肥厚と粘膜神経腫を認めた場合にMEN2Bだけでなく、MNSの可能性も考慮する必要があることを示している1)。MNSでは予防的甲状腺全摘術が必須ではないため、正確な鑑別は過剰な侵襲的介入を回避するうえで重要である。
IVCMによる角膜神経の定量評価
Section titled “IVCMによる角膜神経の定量評価”生体共焦点顕微鏡(IVCM)は角膜神経の形態を非侵襲的かつ高解像度で評価する技術として確立されつつある1)。今後、角膜神経密度・径・分岐パターンの定量的指標が全身疾患のスクリーニングや経過観察に活用される可能性がある。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Yin L, Wang Y, Zhu J, Tan CY, Sun C, Yao Y. Prominent corneal nerves in pure mucosal neuroma syndrome, a clinical phenotype distinct from multiple endocrine neoplasia type 2B. BMC ophthalmology. 2023;23(1):260. doi:10.1186/s12886-023-03005-0. PMID:37303040; PMCID:PMC10258932.
- Dartt DA. Neural regulation of lacrimal gland secretory processes: relevance in dry eye diseases. Progress in retinal and eye research. 2009;28(3):155-77. doi:10.1016/j.preteyeres.2009.04.003. PMID:19376264; PMCID:PMC3652637.
- Jhanji V, Ahmad S, Amescua G, et al. Corneal Ectasia Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2024 Apr;131(4):P205-P246. doi:10.1016/j.ophtha.2023.12.038. PMID:38349299.