透明角膜切開
白内障手術における切開創の作製
1. 切開創の作製とは
Section titled “1. 切開創の作製とは”白内障手術(超音波水晶体乳化吸引術; PEA)において、切開創の作製は手術のすべてのステップの基礎となる工程である。適切に構築された切開創は前房の安定を保ち、術中操作を円滑にし、術後の感染予防と早期回復に寄与する。逆に不十分な創口は、創漏出・眼内炎・手術誘発乱視(surgically induced astigmatism; SIA)など術中・術後の合併症リスクを高める1)。
切開法は大きく透明角膜切開(clear corneal incision; CCI)と強膜切開(scleral incision)に分類される。2003年の米国白内障屈折手術学会(ASCRS)調査では、CCIの利用率は72%に達し、1992年の1.5%から大幅に増加した。現代の白内障手術ではCCIが主流であるが、強膜切開にも固有の利点がある。また、両者の中間的な経結膜強角膜一面切開も広く行われている。
切開創の幅は超音波チップ・スリーブが挿入可能な2.4mm前後が一般的である。折りたたみ式眼内レンズ(IOL)の登場により小切開化が進み、SIAの低減に貢献している。
2. 切開法の種類と特徴
Section titled “2. 切開法の種類と特徴”透明角膜切開(CCI)
Section titled “透明角膜切開(CCI)”角膜実質内にトンネルを作製し、前房に穿入する方法である。以下の特徴を有する。
- 自己閉鎖・無縫合:眼圧の上昇により弁状の創口が閉鎖する。
- 手術時間の短縮:結膜操作が不要で手技がシンプルである。
- 迅速な回復:術後早期から良好な視力が得られやすい。
- 結膜温存:将来の緑内障濾過手術の成績を損なわない点が最大のメリットである。
- 点眼麻酔下で施行可能:局所麻酔の侵襲が小さい。
一方、CCIには以下の限界がある。
- 術後眼内炎リスク:不適切な創口構築による創漏出が細菌侵入の原因となりうる1)。ESCRSの多施設研究では、CCIは強膜トンネル切開に比べ眼内炎リスクが5.88倍高いと報告された(95%CI 1.34–25.9)2)。ただし複数の大規模症例集積研究では両者に有意差を認めないとする報告もあり、評価は定まっていない1)。
- SIAの増加:角膜中央に近い位置で作製されるため、強膜切開よりSIAが大きい傾向がある。
- 角膜内皮障害:内皮細胞の減少やデスメ膜剥離のリスクがある。
- 創口熱傷:超音波チップとスリーブの摩擦熱により生じうる。硬い核の症例では特に注意を要する。
結膜を切開し、輪部後方約1.5mmの強膜に半層切開を加え、弁状のトンネルを作製する方法である。1959年にDobreeが水晶体囊内摘出術に行った四面切開を起源とする。
- 感染リスクが低い:創口が結膜で覆われるため、細菌の侵入が防がれる。
- 自己閉鎖性が高い:トンネル構造が強固で閉鎖が確実である。
- SIAが小さい:角膜中央から遠い位置で作製されるため、角膜形状への影響が少ない。
- 操作性の制限:結膜切開を伴い手順が増える。きつい創口ではオールロッキング(器具の可動制限)が生じうる。
- 出血リスク:強膜血管からの前房出血(前房内出血)が起こりうる。
強角膜三面切開では、1面目にダイヤモンドナイフで輪部に沿い強膜の約2/3の深さで切開し、2面目にクレセントナイフで2mm以上のトンネルを作製し、3面目にスリットナイフで前房に穿入する。
経結膜強角膜一面切開
Section titled “経結膜強角膜一面切開”強角膜切開と角膜切開の中間に位置する方法である。輪部から約0.5mmの位置で結膜上からスリットナイフを刺入し、強膜内を切開幅と同程度のトンネル長で角膜に沿って進め、最後に角膜上で前房に穿刺する。
利点:
- 結膜切開が不要でTenon囊への傷害が少ない
- 操作がシンプルで角膜切開に近い感覚で行える
- 創口が結膜で覆われ感染防御に優れる
- 創口の伸展性が角膜切開より良好でIOL挿入時の創口を小さくできる
欠点:
- 両脇の結膜を切開しないと灌流液が結膜下に入り結膜浮腫を生じる
- トンネルが短くなりやすく、特に瞼裂の狭い症例では注意を要する
理想的なトンネル長は1.75〜2.0mmである。スリットナイフの角度を3段階((1)やや立てて輪部近くの強膜に当てる、(2)倒して層間を進める、(3)やや起こして内皮側を穿刺する)に意識的に変えることが重要なコツである。
強角膜切開
感染防御:結膜被覆により優れる
自己閉鎖性:高い
SIA:小さい
操作性:手順が多く、出血リスクあり
経結膜強角膜一面切開
位置づけ:両者の中間的性質
結膜侵襲:最小限
感染防御:結膜被覆あり
コツ:刃の傾け方を3段階で変える
| 項目 | 角膜切開 | 強角膜切開 |
|---|---|---|
| 結膜温存 | 可能 | 不可能 |
| 自己閉鎖性 | 確実な操作が必要 | 高い |
| 角膜形状変化 | 多い | 少ない |
一長一短があり、症例や術者の経験により選択することが望ましい。結膜温存が重要な場合は角膜切開、感染リスクを最小限にしたい場合は強角膜切開、両者のバランスを求める場合は経結膜強角膜一面切開が選択肢となる。
3. 切開創の構成要素
Section titled “3. 切開創の構成要素”パラセンテシス(サイドポート)
Section titled “パラセンテシス(サイドポート)”パラセンテシスは前房への補助的進入路であり、以下の目的で作製する。
- 粘弾性物質や麻酔薬の注入経路の確保
- バイマニュアル手技のための器具挿入口
通常、メインの切開創から2〜3時間離れた位置(10時と2時方向)の角膜輪部に2か所作製する。結膜血管の最先端部を目安に刺入し、内皮を通過後は虹彩と平行に進める。切開幅は約0.8mm、トンネル長は約0.8mmが目安である。
鈍いメスの使用はデスメ膜剥離のリスクを高めるため、損傷のあるブレードは新品に交換する。
位置(Location)
Section titled “位置(Location)”切開位置は中央の視軸からの距離が異なり、SIAの程度に影響する。
- 耳側切開:SIAが最も小さく、現在最も多用される。上方輪部より耳側輪部の方が中央視軸から遠いためである。眉毛による妨げが少なく操作性も良好で、高齢者に多い倒乱視の軽減にも有利である。
- 上方切開:直乱視(>1.5D、強主経線90度)に推奨される。
- 鼻側切開:倒乱視(>0.75D、強主経線180度)に推奨される。実用的なメインポートとしては困難だが、対面CCIとして使用される。
- 対面CCI:耳側と鼻側に一対のCCIを作製し、単一CCIより大きな角膜乱視(>1.5D)の軽減が可能である。
切開位置は輪部から0.5〜1.5mm前方とする。周囲の輪部血管をわずかに傷つける「近透明(near-clear)」角膜切開が好まれる。血管を含まない真の透明角膜切開は線維芽細胞の反応が遅れ、治癒に時間がかかる。
- 切開幅:超音波チップ・灌流吸引チップ・IOLインジェクターに合わせる。1.8〜2.2mmでSIAは比較的小さく、視力や角膜乱視に有意差はない。3.2mmから2.2mmへの縮小でSIAは減少するが、2.2mmから1.8mmへの縮小によるメリットは限定的である1)。
- トンネル長:短いトンネル(<1.75mm)は長いトンネル(>1.75mm)よりSIAが小さい。ただし短すぎると創漏出のリスクが高まる。直線状切開では創口幅の60%以上のトンネル長が自己閉鎖の目安となる。
形状・形態・構造
Section titled “形状・形態・構造”- 形状:正方形または正方形に近い形状のCCIは長方形のものより安定性が高い。
- 構造(平面数):単一平面・二平面・多平面(三平面)の選択肢がある。多平面切開は単一・二平面切開より創閉鎖が良好で、細菌汚染液の流入リスクが低下する1)。
術前角膜乱視が0.50Dを超える場合、最も急峻な経線上での切開が術後乱視を軽減する1)。
4. 創閉鎖と眼内炎予防
Section titled “4. 創閉鎖と眼内炎予防”術終了時の創閉鎖
Section titled “術終了時の創閉鎖”水密性のある自己閉鎖創の確立が感染予防の要である1)。創閉鎖の方法には以下がある。
- 実質ハイドレーション:創口の角膜実質内にBSS(平衡塩類溶液)を注入し、角膜を膨潤させて自己閉鎖を促す。
- 眼圧の確認:Ernestの報告によれば、内方角膜弁の自己閉鎖機能は眼圧10mmHg以上で発揮される。サイドポートからBSSを注入し、眼圧が十分高くなっていることを確認してから終了する。低眼圧で終了しないことが眼内炎予防の最重要ポイントである。
- 縫合:ハイドレーションで閉鎖できない場合は10-0プロリーン糸で縫合する。
眼内炎のリスク因子
Section titled “眼内炎のリスク因子”米国における白内障術後の眼内炎発生率は2013〜2017年で約0.04%と推定されている1)。術後眼内炎のリスク因子には以下がある。
- 術後1日目の創漏出1)
- 術中後囊破損・硝子体脱出1)
- 手術時間の延長1)
- 予防的前房内抗菌薬(セフロキシム1mg/0.1mL)の非使用2)
ESCRSの前方視的多施設研究では、セフロキシムの前房内投与を行わない場合の眼内炎リスクが4.92倍(95%CI 1.87–12.9)であった2)。シリコン製IOLの使用もリスク上昇と関連していた(OR 3.13; 95%CI 1.47–6.67)2)。
ESCRSの研究ではCCIで5.88倍のリスク上昇が報告されたが2)、複数の大規模研究では両者に有意差を認めないとの結果もある1)。切開法の種類よりも、水密な創閉鎖と適切な感染予防策が重要である。
5. 合併症とその対策
Section titled “5. 合併症とその対策”強角膜切開で生じやすい合併症である。原因として角膜輪部から離れた位置からの切開、層間操作時にクレセントナイフの先端が前房方向を向いていることなどが挙げられる。ナイフの先を上に持ち上げるようにすると予防できる。
強膜と角膜の曲率半径の違いを意識しないと角膜トンネルが極端に短くなり、早期穿孔の原因となる。
早期穿孔に続いて生じることが多い。術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)や不完全な創口構築(トンネル長の不足・内方弁の短さ)も原因となる。
- 軽度であれば粘弾性物質で押し戻す
- 困難な場合は対側のサイドポートからフックを挿入し眼内から整復する
- 脱出部の創口はスパーテルで虹彩をよけながら縫合し、メイン創口を別の場所に作製する
超音波チップとスリーブの摩擦熱により生じる。高出力USの長時間発振、灌流不足、粘弾性物質で満たされた前房でのUS発振などが原因となる。ハイドレーションで自己閉鎖を促し、不十分であれば縫合する。
デスメ膜剥離、角膜びらん、軽微な外傷による創口離開、前房出血などがある。
まずハイドレーション(BSS注入による角膜実質の膨潤)を行い自己閉鎖を促す。それでも漏出する場合は10-0プロリーン糸で縫合する。術中に迷った場合は縫合を選択するのが安全である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”本セクションでは切開創の治癒過程と自己閉鎖の機序を解説する。
自己閉鎖の原理
Section titled “自己閉鎖の原理”角膜切開における自己閉鎖は、内方角膜弁(internal corneal valve)が眼内圧により外方弁に押し付けられることで成立する。トンネル構造が長いほど弁同士の接触面積が広く、閉鎖力が強い。眼圧が10mmHg以上であることが閉鎖機能の発揮に必要である。
多平面切開では段差構造が弁の嵌合を強化し、単一平面切開より創閉鎖が優れる。正方形に近い形状の切開は弁のずれが生じにくく、安定性が高い。
創漏出と眼内炎の関連
Section titled “創漏出と眼内炎の関連”不十分な創閉鎖は眼外液の前房内流入を許容する。死体眼を用いた実験では、無縫合CCIを通じてインディアインク(墨汁)が前房内に浸透することが示されており、汚染液流入による感染経路が裏付けられている。創漏出は術後1日目の眼内炎リスクと直接関連する1)。
血管を含む「近透明」角膜切開は、血管のない「真の透明」角膜切開より線維芽細胞の遊走が早く、治癒が促進される。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”フェムト秒レーザー支援切開
Section titled “フェムト秒レーザー支援切開”フェムト秒レーザー支援白内障手術(FLACS)では、メイン切開・弛緩切開・前囊切開・核分割にレーザーを使用できる1)。手動CCIに比べ形態と完全性に優れた創口が作製可能であり、リバース・サイドカットCCIによる創漏出の減少が期待される。
2020年のメタアナリシス(73研究、FLACS群12,769眼 vs 従来法12,274眼)では、術後1〜3ヶ月の裸眼視力・矯正視力の有意な改善、累積超音波エネルギーの減少、前囊切開の真円度の改善、中心角膜厚の減少が報告された1)。
ただし、費用対効果の面で決定的な優位性を示すエビデンスはまだない。また、フェムト秒レーザーで作製したメイン創口の開口が困難な場合があり、メインポートのみ金属製・ダイヤモンド製ケラトームを使用する術者も多い。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Miller KM, Oetting TA, Tweeten JP, Carter K, Lee BS, Lin S, et al. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(1):P1-P126. doi:10.1016/j.ophtha.2021.10.006. PMID:34780842.
- Endophthalmitis Study Group, European Society of Cataract & Refractive Surgeons. Prophylaxis of postoperative endophthalmitis following cataract surgery: results of the ESCRS multicenter study and identification of risk factors. J Cataract Refract Surg. 2007;33(6):978-988. doi:10.1016/j.jcrs.2007.02.032. PMID:17531690.