この疾患の要点
眼オルトナー症候群(OOS)は、嗄声(Ortner症候群)に眼虚血による視力 障害を伴う極めて稀な病態である。
主な原因は巨細胞性動脈炎 (GCA)や高安動脈炎などの大血管血管炎である。
2005年にAliとFigueiredoが初めて報告した新しい疾患概念である。
巨細胞動脈炎が疑われる場合、生検結果を待たずに高用量ステロイド を即時開始することが失明予防の鍵となる。
側頭動脈生検は巨細胞動脈炎診断のゴールドスタンダードである。
報告症例数が極めて少なく、大規模な疫学データやガイドラインは存在しない。
眼オルトナー症候群(Ocular Ortner Syndrome; OOS)は、心血管疾患による反回神経圧迫で嗄声をきたすOrtner症候群に、眼虚血による視力 障害を合併した稀な病態である。
Ortner症候群の概念は1897年に始まる。オーストリアの内科医Ortnerが、僧帽弁狭窄症による左心房拡大が左反回神経を圧迫し、喉頭麻痺と嗄声をきたす病態を初報告した。その後、大動脈解離・胸部大動脈瘤・肺高血圧症など、あらゆる心血管疾患による反回神経圧迫を含む概念へと拡大した。
OOSはこの概念をさらに発展させたものである。
2005年(初報告) :AliとFigueiredoが巨細胞動脈炎によるOOSを初報告した。症例は嗄声と右視神経乳頭 浮腫(前部虚血性視神経症 パターン)を呈し、ESR・CRP 上昇、側頭動脈生検で巨細胞動脈炎を確定。高用量ステロイド で嗄声が消失した。
2012年(第2例) :Edreesが別の巨細胞動脈炎によるOOSを報告した。嚥下困難・嗄声に続いて頭痛と左眼霧視 が出現。胸部CTで大動脈弓のびまん性壁肥厚・拡張を認め、右側頭動脈生検で巨細胞動脈炎を確認。ステロイド で嗄声が消失した。
報告例は極めて少なく、疫学的データはほとんど確立されていない。通常、大血管血管炎(GCAまたは高安動脈炎)を基礎疾患として有する。巨細胞動脈炎は50歳以上の白人に多く、約20%は全身症状なく視力 低下で発症する(occult GCA)。
Q
眼オルトナー症候群と通常のオルトナー症候群は何が違うのか?
A
通常のOrtner症候群は心血管疾患による反回神経圧迫で嗄声のみをきたす病態である。OOSはこれに加えて、大血管の炎症が総頸動脈・内頸動脈の狭窄を引き起こし、眼虚血による視力 障害を伴う点が異なる。2005年に初めて報告された新しい疾患概念である。
嗄声・発声困難 :反回神経障害による声帯麻痺が原因。持続する嗄声は心血管疾患の可能性を示唆する。
咳嗽・喉の痛み :喉頭麻痺に伴い出現することがある。
霧視 ・視力 低下 :眼虚血による視覚変化。急性に出現することもある。
頭痛 :巨細胞動脈炎に伴う側頭部頭痛が典型的。
倦怠感・発熱 :血管炎に伴う全身症状。
OOSが大血管血管炎の初発所見となる可能性がある点に注意が必要である。
視力 ・視野測定 :虚血の程度を評価する。
RAPD (相対的輸入瞳孔 欠損) :視神経 障害の客観的指標。
眼球運動評価 :複視 や眼球運動障害 の有無を確認する。
眼底所見 :視神経乳頭 浮腫(AIONパターン)が認められることがある。AliとFigueiredoの初報告例では右視神経乳頭 浮腫を確認している。
側頭部圧痛 :巨細胞動脈炎の特徴的所見。
顎跛行 :咀嚼時の顎の疲労感。巨細胞動脈炎高感度の症状。
肢跛行・狭心症 :大血管への広範な炎症波及を示す。
脈拍の左右不同 :鎖骨下動脈病変の存在を示唆する。
筋肉痛・関節痛 :リウマチ性多発筋痛症の合併を示す。
OOSの主な原因は大血管血管炎(large vessel vasculitis)である。
巨細胞性動脈炎
特徴 :50歳以上の高齢者に多い大血管血管炎。
眼合併症 :眼動脈・後毛様体 動脈の閉塞により前部虚血性視神経症 (AION)を来す。
注意点 :約20%は全身症状なく視力 低下のみで発症する(occult GCA)。
高安動脈炎
特徴 :若年成人(主に女性)に多い大血管血管炎。
眼合併症 :総頸動脈・内頸動脈の狭窄による眼虚血症候群 (OIS)を来す。
注意点 :脈拍の左右不同や上肢の血圧差が診断の手がかりとなる。
OOSに至らない通常のOrtner症候群では、以下の心血管疾患が反回神経を圧迫する。
僧帽弁狭窄症 :左心房拡大による左反回神経圧迫(Ortnerの原報告)
大動脈解離 :大動脈峡部動脈瘤を伴う解離例が報告されている1)
胸部大動脈瘤 :Ortner症候群の文献では76例の報告例中、胸部大動脈瘤によるものは24例のみである2)
肺高血圧症 :右心系の拡大による右反回神経圧迫
Q
オルトナー症候群を引き起こす心血管疾患にはどのようなものがあるか?
A
大血管血管炎(GCA、高安動脈炎)のほか、僧帽弁狭窄症、大動脈解離、胸部大動脈瘤、肺高血圧症など多岐にわたる。OOSでは、これらのうち大血管血管炎が総頸動脈・内頸動脈の狭窄を引き起こし、眼虚血を合併する点が特徴的である。
OOSの診断は、嗄声・眼症状・炎症所見の組み合わせと、基礎疾患の同定に基づく。
ESR(赤血球沈降速度)・CRP :巨細胞動脈炎ではほぼ常に上昇する。ただし、正常値であっても巨細胞動脈炎を完全に除外することはできない。
血球算定・肝機能 :全身状態の評価と鑑別のため施行する。
胸部X線・CT :大動脈拡張・解離・縦隔病変の評価に用いる。Edreesの症例では胸部X線で大動脈弓蛇行、胸部CTで大動脈壁のびまん性肥厚を認めている。
デュプレックス超音波 :巨細胞動脈炎疑いでは側頭動脈・頸動脈・頭蓋外動脈の血管壁肥厚(halo sign)を評価する。
MRA(MRアンギオグラフィ)・CTA :血管壁肥厚・内腔狭窄を可視化する。
巨細胞動脈炎診断のゴールドスタンダードである。結果を待たずにステロイド 投与を開始すること(「標準的な治療法」の項 参照)。
声帯麻痺の確認に用いる。Lo et al.の症例では、直接喉頭鏡で左声帯麻痺を確認している1) 。
巨細胞動脈炎による脈絡膜 虚血・脈絡膜 充盈欠損の特定に有用である。
大血管血管炎(特にGCA)が原因のOOSでは、高用量副腎皮質ステロイド による即時治療が基本となる。
投与法 :グルコルチコイド(プレドニゾン 40〜60 mg)を1日1回、静脈内または高用量経口投与で開始する。
漸減 :2〜4週間かけて維持量まで徐々に減量する。
効果 :ステロイド は嗄声などの症状を迅速に消失させ、恒久的な眼合併症リスクを軽減する可能性がある。
巨細胞動脈炎疑い症例では、ステロイド の即時開始が対側眼の視力 低下や他部位血管閉塞の予防に不可欠である。糖尿病を合併している場合は血糖コントロールに特に注意を要する。
胸部大動脈瘤を原因とするOrtner症候群では外科的治療が選択される。
Leoce et al.(2021)は、嚢状胸部大動脈瘤(4.3×5.2×5.0 cm、zone 1–3)による88歳男性のOrtner症候群に対し、段階的ハイブリッド修復術(右→左頸動脈-頸動脈バイパス+ステントグラフト留置)を施行した2) 。術後1か月で嗄声は軽度改善を認めた。
治療における注意点・副作用
巨細胞動脈炎が疑われる場合は、側頭動脈生検の結果を待たずにステロイド を開始する。治療の遅れは対側眼の失明リスクを高める。
ステロイド の長期使用では、糖尿病悪化・骨粗鬆症・感染症リスク増大に注意が必要である。
糖尿病患者では血糖値の定期的なモニタリングが必須である。
Q
なぜ巨細胞動脈炎が疑われたらすぐにステロイドを開始するのか?
A
巨細胞動脈炎による眼虚血は急速に視神経 ・網膜 の不可逆的障害をもたらす。生検結果(通常数日〜1週間を要する)を待っていると、その間に対側眼の失明や他部位の血管閉塞が起こりうる。したがって、臨床的に巨細胞動脈炎が疑われた時点でステロイド を即時開始し、生検は開始後なるべく早期に施行することが推奨される。
OOSにおける嗄声は2つの経路で生じる。
虚血性喉頭麻痺 :外頸動脈分枝への虚血性損傷が喉頭筋の虚血を引き起こす。
反回神経の圧迫 :大動脈炎による血管壁の慢性的肥厚・線維化が反回神経を直接圧迫する。反回神経は環状甲状筋を除く喉頭内筋を支配しており、その障害により発声困難をきたす。
左反回神経
走行 :大動脈弓に近接して走行する。
脆弱性 :大動脈炎・大動脈拡張・大動脈解離の影響を受けやすい。
臨床的意義 :OOSの多くが左側の嗄声を呈する理由でもある。
右反回神経
走行 :右鎖骨下動脈に近接して走行する。
脆弱性 :右鎖骨下動脈の血管炎・動脈瘤の影響を受けやすい。
臨床的意義 :右側の嗄声の場合、右鎖骨下動脈病変を疑う手がかりとなる。
炎症の進行が総頸動脈・内頸動脈に及ぶと、内腔狭窄が生じる。これにより下流の網膜 ・視神経 への血流が低下し、以下の病態を引き起こす。
眼動脈閉塞 :眼全体の虚血
網膜 中央動脈閉塞(CRAO ) :急性の無痛性視力 喪失
前部虚血性視神経症 (AION) :視神経乳頭 浮腫と視野欠損 (AliとFigueiredoの初報告例)
眼虚血症候群 (OIS) :慢性的な眼灌流低下による広範な虚血所見
中膜・外膜における免疫細胞(主にリンパ球・マクロファージ)の増殖が血管壁の肥厚・拡張をもたらす。巨細胞動脈炎では大血管の肉芽腫性炎症が特徴的である。
Lo et al.(2021)は、56歳男性の大動脈峡部動脈瘤+解離(左鎖骨下動脈起始部遠位から左総腸骨動脈遠位まで延展)による左反回神経圧迫で1年間の嗄声を報告した1) 。本症例では大動脈解離に気胸が合併しており、緊張性気胸による胸腔内圧上昇が解離を誘発した可能性が示唆されている1) 。
OOSは極めて稀な疾患であり、大規模な臨床研究やランダム化比較試験(RCT)は存在しない。現時点の知見はいずれも症例報告または小規模シリーズに基づく。
Ortner症候群全般の文献では76症例の報告があり、胸部大動脈瘤によるものは24例のみとされている2) 。高齢化社会の進行に伴い、胸部大動脈瘤によるOrtner症候群の有病率は増加する可能性がある2) 。
胸部大動脈弓動脈瘤(zone 1–2)に対しては、脳血管合併症リスクを低減するため、段階的低侵襲アプローチ(頸動脈バイパス後にステントグラフト留置)が推奨されつつある2) 。
Lo SM, Ramarmuty HY, Kannan K. Pneumothorax with Ortner syndrome: an unusual presentation of aortic dissection. Respirology case reports. 2021;9(3):e00718. doi:10.1002/rcr2.718. PMID:33614038; PMCI D:PMC7883475.
Leoce BM, Bernik JT, Voigt B, Dardik H, Bernik TR. Ortner syndrome secondary to saccular thoracic aneurysm. Journal of vascular surgery cases and innovative techniques. 2021;7(3):371-373. doi:10.1016/j.jvscit.2021.05.005. PMID:34278060; PMCI D:PMC8261533.
Pereira S, Vieira B, Maio T, Moreira J, Sampaio F. Susac’s Syndrome: An Updated Review. Neuroophthalmology. 2020;44(6):355-360. PMID: 33408428.
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