点状多色性デスメ膜前角膜ジストロフィ
1. 点状多色性デスメ膜前角膜ジストロフィとは
Section titled “1. 点状多色性デスメ膜前角膜ジストロフィとは”点状多色性デスメ膜前角膜ジストロフィ(punctiform and polychromatic pre-Descemet’s corneal dystrophy:PPPCD)は、デスメ膜前の角膜実質後層に点状(punctiform)かつ多色性(polychromatic)の微小混濁が出現する、非常に稀な遺伝性角膜ジストロフィである。1979年に Fernandez-Sasso らによりアルゼンチンの4世代家系で初めて記載された1。
IC3D分類における位置づけ
Section titled “IC3D分類における位置づけ”International Committee for Classification of Corneal Dystrophies(IC3D)の分類は2024年に第3版が刊行され、PPPCDは原因遺伝子(PRDX3)の同定を受けて従来のカテゴリー4からカテゴリー1(遺伝学的に裏付けられた、独立した疾患単位として確立された角膜ジストロフィ)に格上げされた5。なお、より広義の「デスメ膜前角膜ジストロフィ(PDCD)」自体は依然としてカテゴリー4に留まっており、PPPCDはその枠組みの中で独立した遺伝性疾患として位置づけられている5。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
PPPCDの患者は自覚症状を呈さない12。視力障害、眼疾患、全身疾患の症状を訴えた報告はなく、細隙灯顕微鏡検査時に偶然発見される。1979年の Fernandez-Sasso らの初回報告でも、罹患者全員が無症状で、視力に影響しないと記載されている1。Lagrou らによる2016年の家族例(9歳男児・父親・兄弟)でも、6か月の経過観察で症状の発現や混濁の進行は認められなかった2。
- 点状混濁:約10〜15 μm程度の大きさを持つ多数の点状混濁がデスメ膜前の角膜実質後層に均一に分布する3
- 多色性:混濁は高反射性で、黄色・緑色・赤色の色調を呈する1
- 分布:角膜実質後層全体に認めるが、最後層(pre-Descemet領域)で最も密度が高い3
- 角膜剛性の増加:Alió Del Barrio らは Corvis ST を用いた角膜バイオメカニクス評価で罹患眼の角膜剛性が有意に増加していることを報告した3
- 前嚢下水晶体混濁:Choo らは PRDX3 c.568G>C 変異を有するスペイン人発端者で両眼の前嚢下水晶体混濁を初めて記録しており、本疾患の沈着が必ずしも角膜実質後層に限定されない可能性が示唆されている4
他の角膜ジストロフィとは異なり、ケラトサイト(角膜実質細胞)の形態や角膜内皮は一般に正常である2。
デスメ膜前層の微小混濁が光を散乱・反射する際に、黄色・緑色・赤色の色調を呈する。この多色性はPPPCDの特徴的な所見であり、他の深層角膜混濁との鑑別に有用である。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”PPPCDは常染色体優性遺伝形式をとり、浸透率が高く、表現型の多様性は最小限である13。1979年の初回報告では、4世代にわたり調査された46名の家族のうち8名が罹患しており、典型的な常染色体優性パターンが示された1。
Alió Del Barrio らは2020年に未報告の3つのスペイン人家系21名を全エクソーム解析(WES)およびサンガーシーケンシングで調査し、罹患者と分離する候補変異を同定した3。
- PRDX3遺伝子:ヒト染色体10q26.11に位置する。新規ミスセンス変異 c.568G>C(p.Asp190His)が同定された3。PRDX3はペルオキシレドキシンファミリーに属するミトコンドリア特異的な抗酸化酵素であり、in silico 予測ツールでも本変異は蛋白質機能に対して有害(damaging)と予測されている3。Choo らによる2022年の追試では、別のスペイン人家系で PDZD8 変異を伴わずに PRDX3 c.568G>C のみが分離することが確認され、PRDX3 が PPPCD の原因遺伝子であると結論づけられた4。
- PDZD8遺伝子:染色体10q25.3-q26.11に位置する。当初 Alió Del Barrio らの3家系では稀なイントロン変異 c.872+10A>T が PRDX3 変異と並んで分離していたが3、Choo らの追加家系ではこの PDZD8 変異が認められなかったため、現在では PPPCD の必須因子ではなく修飾因子の可能性が高いと考えられている4。
- OR2M5遺伝子:ミスセンス変異 c.773T>C が候補として記載されているが、PRDX3 および PDZD8 と比べて疾患との関連を支持するエビデンスは限定的である3。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”PPPCDの診断は主に細隙灯顕微鏡検査による臨床診断である。表現型の多様性が最小限であるため、特徴的な外観から比較的容易に診断できる。
- 細隙灯顕微鏡検査:デスメ膜前層の点状多色性混濁を直接観察する。最も基本的かつ重要な検査である1
- 共焦点顕微鏡検査:Lagrou らの報告では pre-Descemet 領域に高反射性の点状混濁が確認され、内皮細胞の形態は正常であった2。深層の他の角膜ジストロフィとの鑑別にも有用である
- 前眼部光干渉断層計(OCT):角膜各層の構造評価に有用
- 角膜バイオメカニクス検査(Corvis ST など):Alió Del Barrio らは罹患眼で角膜剛性の有意な増加を報告しており、深層の類似ジストロフィとの鑑別に補助的に役立つ可能性がある3
- 鏡面顕微鏡検査:角膜内皮細胞の評価に使用する
サンガーシーケンシングや全エクソーム解析(WES)により、PRDX3 c.568G>C を中心にスクリーニングできる34。
PPPCDと鑑別すべき深層角膜混濁を呈する疾患を以下に示す。
| 鑑別疾患 | 特徴 |
|---|---|
| 角膜粉状変性 | 角膜実質深層の微細顆粒状混濁 |
| 深層糸状ジストロフィ | 糸状の深層混濁 |
| 斑状角膜ジストロフィ | びまん性の角膜混濁、CHST6遺伝子変異 |
Alió Del Barrio らの研究では、PPPCD 罹患眼で角膜の物理的剛性が有意に増加していたものの、屈折値・角膜形状(トポグラフィ)には異常を認めなかったとされる3。この特徴は、深層の類似ジストロフィとの鑑別に役立つ可能性がある。
PPPCDでは角膜剛性の増加が報告されている3。眼圧測定(特にゴールドマン圧平眼圧計)は角膜の物理的特性の影響を受けるため、角膜剛性が高いと実際の眼圧より高値を示す(偽高値)可能性がある。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”PPPCDは無症状の疾患であり、視力に影響を及ぼすという報告は1979年の初回記載以来一貫して存在しない12。したがって、基本的に治療は不要である。
- 経過観察:定期的な眼科検査が推奨される場合がある。Lagrou らの追跡でも6か月の経過観察期間中に進行は認められなかった2
- 角膜移植:広範な実質病変により重大な視力障害が生じた場合にのみ理論上適応となるが、これまでに角膜移植を要したという報告はみられない
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”PPPCDの病態生理は十分に解明されていないが、以下の知見が報告されている。
PRDX3の役割
Section titled “PRDX3の役割”PRDX3はミトコンドリアに局在するペルオキシダーゼであり、ミトコンドリア呼吸鎖における抗酸化防御に関与する。PPPCDに関連するミスセンス変異 c.568G>C(p.Asp190His)は in silico 予測ツールにより蛋白質機能を損傷させると予測されている3。Choo らの追試で本変異が PDZD8 変異を伴わない別家系でも分離したことから、現時点で PRDX3 が PPPCD の主たる原因遺伝子と考えられている4。PRDX3の機能異常がミトコンドリアの酸化還元バランスを撹乱し、デスメ膜前領域の混濁形成に至る可能性が推察されるが、詳細な機序は未解明である。
PDZD8の役割
Section titled “PDZD8の役割”PDZD8 のイントロン変異 c.872+10A>T は、イントロン内に潜在性ドナースプライス部位を新たに形成し、in vivo スプライスアッセイで異常な転写アイソフォームを生じることが報告されている3。PDZD8 は小胞体膜およびミトコンドリア関連小胞体膜(MAM)に局在することから、小胞体-ミトコンドリア間連絡の異常が下流のプロセスに影響を及ぼす可能性が考察されているが、Choo らの追加家系では PDZD8 変異が認められなかったため、修飾因子としての役割にとどまる可能性が高い4。
沈着物の性状とケラトサイトの保持
Section titled “沈着物の性状とケラトサイトの保持”Lagrou らの共焦点顕微鏡像では、pre-Descemet 領域に高反射性の点状混濁が観察される一方、角膜内皮細胞は正常な六角形配列を保っており2、Lanza らの症例報告でも沈着は実質マトリクスとケラトサイト細胞質の双方に認められたが、視機能や経過への影響は確認されなかった6。これは、混濁が主に細胞外物質の沈着によるものであり、実質細胞自体の重篤な変性は伴わないことを示唆する。
7. 参考文献
Section titled “7. 参考文献”Fernandez-Sasso D, Acosta JE, Malbran E. Punctiform and polychromatic pre-Descemet’s dominant corneal dystrophy. Br J Ophthalmol. 1979;63(5):336-338. PMID: 313810; PMCID: PMC1043483.
Lagrou L, Midgley J, Romanchuk KG. Punctiform and Polychromatophilic Dominant Pre-Descemet Corneal Dystrophy. Cornea. 2016;35(4):572-575. PMID: 26845315.
Alió Del Barrio JL, Chung DD, Al-Shymali O, et al. Punctiform and Polychromatic Pre-Descemet Corneal Dystrophy: Clinical Evaluation and Identification of the Genetic Basis. Am J Ophthalmol. 2020;212:88-97. PMID: 31782998; PMCID: PMC7113114.
Choo CH, Boto de Los Bueis A, Chung DD, Aldave AJ. Confirmation of PRDX3 c.568G>C as the Genetic Basis of Punctiform and Polychromatic Pre-Descemet Corneal Dystrophy. Cornea. 2022;41(6):779-781. PMID: 34369396; PMCID: PMC8818053.
Weiss JS, Rapuano CJ, Seitz B, et al. IC3D Classification of Corneal Dystrophies—Edition 3. Cornea. 2024;43(4):466-527. PMID: 38359414; PMCID: PMC10906208.
Lanza M, Borrelli M, Benusiglio E, Rosa N. In vivo confocal microscopy of an apparent deep stroma corneal dystrophy: a case report. Cases J. 2009;2:9317. PMID: 20062640; PMCID: PMC2803980.