この疾患の要点
Cryptococcus neoformansによる感染性脈絡膜 炎。AIDS指標疾患の一つ
2008年の調査で年間957,900件のクリプトコッカス髄膜脳炎、60万人以上が死亡
CD4陽性細胞数 < 100 cells/µLが主要リスク因子
脈絡膜 に乳白色〜黄色の病変と、中心白点を伴う網膜 内出血が特徴的
CrAgラテラルフロー法の感度・特異度は98%以上
導入:リポソーマルアムホテリシンB + フルシトシン × 2週間
クリプトコッカス脈絡膜炎(Cryptococcal choroiditis)は、莢膜を有する酵母様真菌 Cryptococcus neoformans による感染性脈絡膜 炎である¹˒²。
AIDS指標疾患(AIDS-defining illness)の一つであり、免疫不全患者における感染性脈絡膜 炎の重要な原因疾患である³。
脈絡膜 病変は、播種性クリプトコッカス症または髄膜炎の初期眼症状として出現することがある。
治療なしでは数週間以内に致命的な経過をたどる可能性があり、早期発見・早期治療が極めて重要である。
病原体と感染経路
病原体 :Cryptococcus neoformans (莢膜保有酵母様真菌)
感染源 :乾燥した鳩の糞に最も多く存在
感染経路 :エアロゾル化した胞子の吸入による肺感染→血行性播種
疫学 :年間957,900件のクリプトコッカス髄膜脳炎、60万人超が死亡(2008年調査)
主要リスク因子
HIV/AIDS :CD4 < 100 cells/µLが最大のリスク
その他の免疫不全 :臓器移植・悪性腫瘍・免疫抑制薬使用・コルチコステロイド 長期使用
環境曝露 :鳩の糞・腐敗した木材・樹洞・汚染土壌
予防 :CD4 < 100 cells/µLが判明次第、速やかに予防的抗真菌薬を投与
クリプトコッカス脈絡膜炎は初期に非特異的な症状を呈する。
軽度の頭痛・倦怠感・発熱(全身症状)
断続的な霧視 ・視力 低下
症状は増悪と寛解を繰り返すことがある
高度な免疫抑制状態では炎症反応自体が乏しく、症状が軽微なまま進行するリスクがある。
眼底所見:
クリプトコッカス脈絡膜炎は通常以下の所見を呈する。
乳白色〜黄色の脈絡膜 病変(creamy yellow lesions) :脈絡膜 における真菌コロニー³
中心白点を伴う網膜 内出血(white-centered hemorrhages) :Roth斑様の出血³˒⁶
高度免疫不全では硝子体 炎(vitritis)などの炎症反応が乏しいことが多い。
これは眼内免疫応答を起こすのに必要な免疫機能が著しく低下しているためである。
画像診断所見:
検査 所見 フルオレセイン蛍光眼底造影 (FA )初期:脈絡膜 充盈の遮蔽(低蛍光)。後期:充盈低下を伴う病変 インドシアニングリーン造影(ICG) 脈絡膜 病変の評価に使用OCT 脈絡膜 の肥厚、高反射性脈絡膜 病巣。網膜色素上皮 (RPE )の破壊は典型的でない
なお、これらの画像所見は非特異的である。
Q
クリプトコッカス脈絡膜炎で硝子体炎が少ないのはなぜですか?
A
高度な免疫不全状態では、硝子体 に炎症細胞を動員するための免疫機能自体が著しく障害されています。
CD4陽性T細胞が100 cells/µL以下まで低下しているため、感染に対する炎症応答が起きにくい状態です。
そのため、通常の感染性眼内炎 に見られる硝子体 炎や前房 炎症が軽微なことが多いのです。
C. neoformans は環境中に広く存在する莢膜保有酵母様真菌である。
特に乾燥した鳩の糞の中に多く存在し、エアロゾル化した胞子の吸入が主要な感染経路である。
リスク因子(主要):
HIV感染/AIDS(CD4陽性細胞数 < 100 cells/µL)
固形臓器移植後の免疫抑制療法
血液悪性腫瘍(リンパ腫等)
長期コルチコステロイド 使用
その他の免疫抑制状態(自己免疫疾患治療等)
環境リスク:
鳩の糞への曝露
腐敗した木材・樹洞
汚染土壌
洗浄されていない生の果物
クリプトコッカス脈絡膜炎は全身性疾患の眼症状であるため、全身評価が必須である。
初期評価の流れ:
詳細な病歴聴取(免疫抑制状態・曝露歴の確認)
神経学的検査(頭蓋内圧上昇・脳神経症状の評価)
血清クリプトコッカス抗原(CrAg)検査
CrAg陽性または症状がある場合は腰椎穿刺(LP)を施行
脳脊髄液(CSF)培養・CrAg検査・インドインク染色
診断検査の精度:
検査 特徴 LFA 法(CrAgラテラルフロー法) 感度・特異度ともに98%以上。推奨される診断法 CSF真菌培養 確定診断に使用。早期や先行する抗真菌療法で感度低下 ムチカルミン染色 C. neoformans の厚い莢膜を特定インドインク染色(India Ink Stain) 厚い莢膜を特定。迅速診断に有用
鑑別診断:
進行AIDS患者でのクリプトコッカス脈絡膜炎の鑑別疾患:
トキソプラズマ症(眼底後極部の坏死性病変)
Pneumocystis jiroveci 感染(誘発喀痰・BALで確認)
結核菌(胸部X線で評価)
Histoplasma capsulatum (組織病理学的検査で確認)
Candida albicans (カテーテル関連感染に多い)
Q
眼底所見だけでクリプトコッカス脈絡膜炎と診断できますか?
A
眼底所見(乳白色〜黄色の脈絡膜 病変+中心白点を伴う出血)は特徴的ですが、確定診断には血清・髄液のCrAg検査や培養が必要です。
FA ・ICG・OCT 所見はいずれも非特異的であり、眼所見のみでは他の感染性脈絡膜 炎との鑑別が困難なことがあります。
全身状態(免疫不全の程度・他の感染症リスク)を総合的に評価することが重要です。
欧州医真菌学会(ECMM)および国際人間・動物真菌学会(ISHAM)のグローバルガイドライン(Chang ら, 2024)¹、ならびに米国感染症学会(IDSA)の臨床診療ガイドライン(Perfect ら, 2010)²では、眼病変を含む中枢神経系以外・肺以外のすべての播種性クリプトコッカス症は、中枢神経系疾患と同様に治療することを推奨している。
3段階の治療レジメン:
段階 レジメン 期間 導入療法(Induction) リポソーマルアムホテリシンB 3〜4mg/kg/日 + フルシトシン 25mg/kg 1日4回 2週間 地固め療法(Consolidation) フルコナゾール 400〜800mg 1日1回 8週間 維持療法(Maintenance) フルコナゾール 200mg 1日1回 12〜18ヵ月
資源が限られた地域での代替療法(導入期):
リポソーマルアムホテリシンB単回高用量投与(10mg/kg) + フルシトシン 100mg/kg/日 + フルコナゾール 1200mg/日を2週間投与する。
臨床的反応が見られるまでは初期段階で密接なフォローアップが必要
免疫抑制療法 は抗真菌療法開始後少なくとも2週間は中断する
再発は珍しくないため、内科的治療はゆっくりと減量すること
一部の症例では急速に眼内炎 へと進行し、以下の外科的治療が必要となる場合がある:
硝子体 注入療法(intravitreal therapy)
硝子体手術 (pars plana vitrectomy; PPV )
注意点
予後に関する重要事項:
治療なしでは、クリプトコッカス感染はさらに播種し、呼吸不全・全身性合併症・中枢神経波及により数週間以内に死亡する可能性がある。
術後合併症:
外科的介入後の合併症には、クリプトコッカス脈絡膜炎の再発・緑内障 ・白内障 ・創口漏出・乱視 が含まれる。
免疫再構築症候群(IRIS)に注意:
HIV患者に抗レトロウイルス療法(ART)を開始する際、免疫再構築によりクリプトコッカス症が一時的に増悪することがある。HIV関連クリプトコッカス症患者でARTを開始した場合、IRIS の発症率は 30〜35% と報告されている⁴。ARTは抗真菌療法開始後少なくとも2週間は開始を遅らせることが推奨される¹˒²。
Q
治療が成功すればクリプトコッカス脈絡膜炎は治癒しますか?
A
適切な治療で急性期の感染はコントロールできますが、長期維持療法(フルコナゾール12〜18ヵ月)が必要です。
再発リスクが高いため、維持療法は慎重に減量する必要があります。
基礎にある免疫不全(特にHIV)の管理も不可欠で、CD4数の回復が長期予後に大きく影響します。
視力 予後は発見時の病変の程度と治療開始の速さに依存します。
C. neoformans は莢膜(polysaccharide capsule)を有する酵母様真菌である。
莢膜は補体 の活性化を抑制し、マクロファージによる貪食を回避する免疫逃避機構として機能する。
感染の進展:
胞子の吸入→肺への初期感染
免疫不全ホストでは肺感染が進行・持続
脈絡膜 血管系を含む全身への血行性播種 (hematogenous dissemination)
脈絡膜 への定着→局所的な真菌増殖→脈絡膜 炎の形成
正常な免疫状態では、感染に対しTh1型細胞性免疫が活性化され炎症が引き起こされる。
しかしCD4陽性T細胞が著しく枯渇した状態では、この炎症応答が発動されない。
そのためクリプトコッカス脈絡膜炎では硝子体 炎などの炎症サインが乏しく、症状が軽微なまま進行する。
脈絡膜 の豊富な血流と血管構造(有孔性毛細血管)が、血行性播種したC. neoformans の定着を容易にする。
真菌コロニーの増殖により乳白色〜黄色の脈絡膜 病変が形成される。
隣接する網膜 毛細血管への波及により、中心白点を伴う網膜 内出血(Roth斑様)が生じることがある。
クリプトコッカス症は特に低・中所得国において依然として重篤な疾患負荷をもたらしている¹。
クリプトコッカス髄膜炎では視機能障害が高頻度に出現し、視神経症 や頭蓋内圧上昇に起因する不可逆性の視力 低下も報告されている⁴˒⁵。
近年の主な研究動向として以下が挙げられる:
ラテラルフロー法(LFA )の普及 :感度・特異度98%以上の簡易診断キットにより、資源が限られた医療環境でも早期診断が可能になった
単回高用量アムホテリシンBの検討 :従来の2週間投与の代替として、単回投与プロトコールが資源限定地域でのアクセス改善に向けて研究されている
HIV治療の進歩 :ARTの普及によりCD4数の回復が期待されるが、IRIS(免疫再構築症候群)の管理が重要な課題として残る
眼内への薬剤移行 :フルコナゾールの血液眼関門透過性が比較的高く、眼病変へのアクセスが良好である点が注目されている
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