涙液クリアランス検査(Fluorescein Dye Dilution Test)
1. 涙液クリアランス検査とは
Section titled “1. 涙液クリアランス検査とは”涙液クリアランス検査(Fluorescein Dye Dilution Test)は、フルオレセインを結膜囊に点眼し、一定時間後の涙液中のフルオレセイン残留量(または濃度)を測定することで、涙液の排出速度(ターンオーバー)を評価する眼科検査群の総称である。
涙液は涙腺・副涙腺から分泌され、涙道(鼻涙管)を経由して排出される。産生と排出のバランスが「涙液クリアランス」であり、この機能が低下すると結膜囊内に点眼した薬液や防腐剤が長時間滞留し、眼表面に悪影響を及ぼす。涙液クリアランス低下はドライアイ(涙液減少型)のコア・メカニズムの上流にあるリスクファクターとして、ドライアイ診療ガイドライン1)においても明確に位置づけられている。
主な臨床的意義は以下のとおりである。
- ドライアイの病型診断(涙液減少型 vs 蒸発亢進型)
- 機能性流涙症(涙道閉塞なし)との鑑別
- Sjögren症候群・GVHD・眼類天疱瘡などの重症ドライアイにおける涙腺機能評価
- 点眼薬選択(BAK含有/無添加)の根拠となる涙液滞留時間の評価
フルオレセインはキサンテン系の水溶性蛍光色素で、励起波長494 nm、蛍光波長521 nmの特性をもつ。結膜囊内での蛍光強度は濃度に比例するため、細隙灯顕微鏡のコバルトブルーフィルター下で簡便に半定量評価が可能である。
涙液クリアランスの低下は、単なる涙液量の減少にとどまらず、眼表面への炎症性サイトカインや防腐剤(特にBAK:塩化ベンザルコニウム)の蓄積を招く。ドライアイ診療ガイドライン1)では、涙液クリアランスの低下がドライアイの「上流リスクファクター」として明確に定義されており、病型診断と治療方針の選択(BAK無添加点眼の採用や涙点プラグの適応判断)に直結する重要な情報を提供する。
2. 検査手技と手順
Section titled “2. 検査手技と手順”
色素残留試験(Fluorescein Dye Disappearance Test: FDDT)
Section titled “色素残留試験(Fluorescein Dye Disappearance Test: FDDT)”色素残留試験はもっとも広く実施されているクリアランス評価法である。専用機器が不要で外来にて即時実施可能であり、標準的な手順は以下のとおりである。
- フルオレセイン点眼:フルオレセイン試験紙(または1〜2 µLの1〜2%フルオレセイン溶液)で下穹窿部結膜囊を染色する
- 待機:自然な瞬目状態で5分間待機する(評価タイミングは5分後が標準、15分後を追加することもある)
- 観察:細隙灯顕微鏡のコバルトブルーフィルター下で残留色素量を観察する
- 採点:Grade 0〜3の半定量スコアで記録する
この試験は「涙液の排出が速いほど色素が早く消える」という原理に基づく。
涙液機能指数(Tear Function Index: TFI)の算出
Section titled “涙液機能指数(Tear Function Index: TFI)の算出”涙液機能指数(TFI)はSchirmer試験と色素残留試験を組み合わせた複合評価指標で、ドライアイ診療ガイドライン1)においても涙液機能の評価項目として言及されている。
計算式は以下のとおりである。
TFI = Schirmer値(5分・mm)÷ 色素残留スコア(Grade 1〜3)
- TFI が高値:涙液産生量が多く、かつクリアランスが良好
- TFI が低値:涙液産生量が低下、またはクリアランスが低下(あるいは両方)
色素残留スコアが「0(残留なし)」の場合は分母が0となるため、臨床的にはスコア最小値の0.5として補正するか、定性的に「正常クリアランス」と記録する。
流量測定法(fluorophotometry)
Section titled “流量測定法(fluorophotometry)”より精密な定量評価が必要な場合、蛍光光度計(fluorophotometer)を用いた流量測定法が使用される。
- 既知濃度のフルオレセイン溶液を点眼する
- 一定時間ごとに涙液のフルオレセイン濃度を測定する
- 濃度の減衰曲線から涙液流量(µL/分)を算出する
この方法は正確な定量評価が可能だが、専用機器を要するため主に研究施設で使用される3)。
涙液メニスカス観察との組み合わせ
Section titled “涙液メニスカス観察との組み合わせ”下涙液メニスカスの高さをフルオレセイン染色下に細隙灯顕微鏡で観察することで、涙液貯留量と排出速度を同時に評価できる。前眼部OCTによる涙液メニスカム高の定量測定(正常値 ≥ 0.2 mm)と組み合わせることで、より客観的なクリアランス評価が可能となる。
3. 正常値・異常値の解釈
Section titled “3. 正常値・異常値の解釈”色素残留試験のグレード分類
Section titled “色素残留試験のグレード分類”5分後の残留色素量に基づく半定量評価を以下に示す。
| グレード | 5分後の残留色素 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 0 | なし | 正常クリアランス |
| 1 | ごくわずか(淡い蛍光) | ボーダーライン(軽度低下の可能性) |
| 2 | 中等度残留(明確な蛍光残存) | 涙液クリアランス低下 |
| 3 | 著明残留(強い蛍光が広範囲に持続) | 重度低下(Sjögren症候群・GVHD等を疑う) |
Grade 2以上が涙液クリアランス低下の判定目安である。Grade 1はボーダーラインとして他の涙液検査所見と合わせて評価する。
涙液ターンオーバーレートの基準値
Section titled “涙液ターンオーバーレートの基準値”正常の涙液ターンオーバーレートは約16%/分(毎分、結膜囊涙液の約16%が新しい涙液に置き換わる)とされている2)。これが低下している場合、結膜囊内の物質(防腐剤・代謝産物・炎症性サイトカイン等)が滞留しやすくなる。
Sjögren症候群や高度の涙液分泌減少では、ターンオーバーレートが著明に低下(例: 5%/分以下)する場合がある。
5分後に結膜囊内にフルオレセインが残留しているということは、涙液の排出速度(クリアランス)が低下していることを示す。クリアランスが低下すると、点眼した薬剤や防腐剤(BAK等)が通常より長時間眼表面に滞留し、眼表面上皮細胞に対する毒性が高まる。また、炎症性サイトカイン(IL-1β・TNF-α等)が濃縮される環境が形成され、ドライアイの悪化ループに入りやすくなる。特にSjögren症候群・GVHDではGrade 3の著明な残留が認められることが多い。
4. 臨床的意義と適応
Section titled “4. 臨床的意義と適応”ドライアイの病型診断
Section titled “ドライアイの病型診断”涙液クリアランス検査は、ドライアイの病型鑑別において以下のように活用される。
涙液減少型(aqueous-deficient dry eye):
- 涙液産生量が低下するため、涙液ターンオーバーが著明に低下する
- 色素残留試験でGrade 2〜3の高スコアを示すことが多い
- Schirmer値も低値(5 mm以下)となり、TFIが低下する
蒸発亢進型(evaporative dry eye):
- 涙液産生量は比較的保たれているため、クリアランスは正常またはやや低下程度
- 色素残留試験はGrade 0〜1が多い
- BUTが短縮するが、Schirmer値は正常範囲内のことが多い
機能性流涙症(epiphora)との鑑別
Section titled “機能性流涙症(epiphora)との鑑別”流涙を主訴とする患者において、涙道閉塞による流涙か機能性流涙(涙道は開通しているが過分泌)かの鑑別に涙液クリアランス検査が役立つ。
- 涙道閉塞がある場合:色素残留試験で著明な残留(Grade 2〜3)を示す
- 過分泌型流涙の場合:色素残留は軽度または正常(Grade 0〜1)で、残留試験は速やかに消失する
重症ドライアイの評価
Section titled “重症ドライアイの評価”以下の疾患では涙液クリアランスが著明に低下することが知られている。
- Sjögren症候群(原発性・続発性):自己免疫性涙腺破壊により分泌量が激減
- 造血幹細胞移植後GVHD:涙腺への免疫攻撃
- 眼類天疱瘡:結膜瘢痕化による涙道・排泄機能の変容
- Stevens-Johnson症候群後遺症:副涙腺破壊による涙液産生低下
BAK無添加点眼選択の根拠
Section titled “BAK無添加点眼選択の根拠”涙液クリアランスが高度に低下している患者では、BAK(塩化ベンザルコニウム)を含む点眼液が通常よりも長時間眼表面に滞留する。ドライアイ診療ガイドライン1)は、高度な涙液分泌減少を伴うドライアイにおいてBAK無添加点眼液の使用を推奨しており、涙液クリアランス検査はこの治療判断の客観的根拠となる。
5. 関連する治療指針
Section titled “5. 関連する治療指針”涙液クリアランス評価の結果を踏まえた治療方針は以下のとおりである。
軽度〜中等度クリアランス低下(Grade 1〜2):
- 人工涙液の頻回点眼(防腐剤無添加製剤を優先)
- 3%ジクアホソルナトリウム点眼液(1日6回):ムチン層・水分層の安定化1)
- 2%レバミピド点眼液(1日4回):ムチン産生促進1)
高度クリアランス低下(Grade 3):
涙液減少型ドライアイ全般:
6. 測定原理と他検査との関係
Section titled “6. 測定原理と他検査との関係”フルオレセインの蛍光特性と測定原理
Section titled “フルオレセインの蛍光特性と測定原理”フルオレセインは励起波長494 nm(コバルトブルー光)で蛍光発光し、521 nm(緑色)を発する。結膜囊内のフルオレセイン量は蛍光強度に比例するため、細隙灯顕微鏡のコバルトブルーフィルターを通じた観察で半定量評価が可能である。
涙液の産生と排出に関する主な指標:
- 正常ターンオーバーレート:約16%/分(結膜囊容積の約16%/分が更新される)2)
- 正常涙液流量:約1〜2 µL/分(fluorophotometryによる実測値)3)
- 結膜囊涙液貯留量:約7〜9 µL(開眼安静時)
これらの数値から、通常は点眼した薬液が5〜10分以内に大部分が排出されることが理解できる。クリアランスが低下していると、この排出時間が延長する。
涙液検査の相補的関係
Section titled “涙液検査の相補的関係”涙液クリアランス検査は単独でなく、他の涙液検査と組み合わせることで病態把握が深まる。
BUTテスト(涙液層破壊時間):
- 涙液の「質(安定性)」を評価する
- ドライアイ診療ガイドライン1)の主基準(5秒以下を陽性とする)
- 蒸発亢進型では特に短縮する
Schirmer試験:
- 涙液の「分泌量」を評価する(5 mm以下を低下の目安とする)
- 参考指標として涙液クリアランス検査と組み合わせることでTFIを算出できる1)
前眼部OCT涙液メニスカム測定:
- 下涙液メニスカム高 ≥ 0.2 mmが正常目安
- 非侵襲的・定量的で再現性が高い
- 涙液貯留量の客観的評価に優れる
涙液浸透圧測定:
- 316 mOsm/L以上をドライアイ陽性の閾値とする
- 高浸透圧は眼表面の炎症促進因子となる
涙液ターンオーバーとは、結膜囊内の涙液が新しい涙液に入れ替わる速度のことである。正常では約16%/分のレートで更新され、眼表面に点眼した薬液・異物・代謝産物が継続的に洗い流される。ターンオーバーが低下すると「涙液のよどみ」が生じ、BAKなどの防腐剤や炎症性サイトカインが蓄積しやすくなる。涙液クリアランス検査はこのターンオーバーを評価する唯一の臨床検査であり、特に涙液分泌量の著明な低下が疑われる患者でその意義が高い。
7. 最新の研究と今後の展望
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望”非侵襲的クリアランス評価法の研究
Section titled “非侵襲的クリアランス評価法の研究”フルオレセインは水溶性蛍光色素であるため、接触的な点眼が必要である。近年、前眼部OCTを用いた涙液メニスカム動態の非侵襲的観察や、涙液干渉縞(interferometry)を用いた脂質層の安定性評価が涙液クリアランスの代替指標として研究されている。これらの方法はフルオレセイン染色なしに涙液動態を評価できるため、より自然な生理的状態での測定が可能となる。
フルオレセイン光度計(Fluorophotometry)による定量化
Section titled “フルオレセイン光度計(Fluorophotometry)による定量化”研究施設では蛍光光度計を用いた精密な涙液クリアランス測定が行われている。この方法では涙液流量(µL/分)をより正確に算出でき、薬物動態研究や点眼薬の生物学的利用能の評価にも応用されている3)。小型化・低コスト化が進めば、将来的には一般外来での使用が現実的となる可能性がある。
tear cytokine clearanceとしての応用
Section titled “tear cytokine clearanceとしての応用”涙液クリアランスの低下は炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、MMP-9等)の結膜囊内での濃度上昇をもたらす。この観点から、涙液バイオマーカー(MMP-9検査等)と組み合わせた「炎症性ドライアイ」の診断精度向上が期待されている。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- ドライアイ研究会診療ガイドライン作成委員会(島﨑潤, 横井則彦, 渡辺仁, 他). ドライアイ診療ガイドライン. 日本眼科学会雑誌. 2019;123(5):489-592.
- Mishima S, Gasset A, Klyce SD, Baum JL.. Determination of tear volume and tear flow. Invest Ophthalmol. 1966;5(3):264-276. PMID:5947945.
- Xu KP, Tsubota K. Correlation of tear clearance rate and fluorescein staining of the corneal and conjunctival epithelium. Br J Ophthalmol. 1995;79(12):1042-1047.