この疾患の要点
視界が冠状面で180度回転して知覚される稀な神経眼科的現象であり、1974〜2022年の48年間で報告例はわずか52例である。
最多原因は後方循環脳卒中(急性梗塞34.6%)と末梢前庭系障害(21.2%)であり、脳底動脈閉塞など致死的疾患のサインとなりうる。
症状は一過性で平均約12分で自然消失する傾向があるが、4時間以上持続する場合は虚血性原因の可能性が高い。
診断には詳細な病歴聴取と神経学的診察が不可欠であり、MRI・MRAによる後頭蓋窩の精密評価が推奨される。
治療は基礎疾患に応じた個別化が基本であり、RVM自体に対する薬物療法の有効性は示されていない。
病態は多焦点・多核的視空間システムの障害により生じ、前庭系・脳幹・小脳・大脳皮質が広範に関与する。
視覚逆転変視症(Reversal of Vision Metamorphopsia: RVM)は、視界が冠状面で180度回転して知覚される極めて稀な神経眼科的現象である。患者は周囲の環境が上下逆さまに見えるが、自身の体は正立と感じる点が特徴的である。
1868年に「一過性ヒステリー」として初めて認識された。1998年にRiver Yらが “reversal of vision metamorphopsia” の用語を導入し、現在はこの呼称が最も特異的なものとして用いられている2) 。歴史的には “room tilt illusion”・“upside-down vision”・“inverted vision” など複数の呼称が使われてきた1) 。なお、90度回転などの不完全型(incomplete RVM / room tilt illusion)も存在するが、RVMは冠状面での180度完全回転のみを指す1) 。
疫学 : 1974〜2022年の48年間に報告された症例は28論文52例にとどまる1) 。男性優位(66.0% vs 34.0%、n=47)であり、平均発症年齢は52.2±20.2歳(範囲12〜85歳)である1) 。エピソードの平均持続時間は外れ値を除外した解析で約12分(n=40)であった1) 。
Q
視覚逆転変視症はどのくらい珍しい疾患なのか?
A
1974〜2022年の48年間で報告例はわずか52例であり1) 、年間約1例のペースで報告されてきたことになる。正確な有病率は不明であるが、神経眼科領域でも極めて稀な現象のひとつである。
視界の180度回転 :全52例で確認された主症状。周囲環境が冠状面で完全に上下逆転して見える1) 。
めまい・回転性めまい :最多の随伴症状。めまい全体で48.1%(n=25)、うち回転性めまい(vertigo)が40.4%(n=21)1) 。
悪心 :23.1%(n=12)1) 。
嘔吐 :25.0%(n=13)。虚血群では有意に多い(45.5% vs 前庭群0%、p=0.02)1) 。
頭痛 :15.4%(n=8)1) 。
随伴症状なし :11.5%(n=6)は視覚逆転のみを呈した1) 。
眼振 (nystagmus) :最多所見。32.7%(n=17)1) 。
運動失調(ataxia) :23.1%(n=12)。歩行失調7.7%(n=4)、体幹失調7.7%(n=4)1) 。
感覚異常 :13.5%(n=7)1) 。
その他の眼所見 :複視 5.8%(n=3)、同名半盲 1.9%、核間性眼筋麻痺 1.9%、注視麻痺1.9%、斜偏倚1.9%1) 。
筋力低下 :7.7%(n=4)1) 。
正常所見 :44.2%(n=23)は臨床診察で異常所見を認めなかった1) 。
虚血群と前庭群のエピソード持続時間を比較すると、虚血群(267.59分)は前庭群(32.12分)より有意に長かった(p=0.03)1) 。年齢には両群間で有意差がなかった(虚血群55.8±12.9歳 vs 前庭群56±17.31歳、p=0.61)1) 。
Q
視覚逆転に随伴症状がない場合もあるのか?
A
11.5%(6例)は視覚逆転のみを呈し、随伴症状を伴わなかった1) 。また44.2%(23例)は臨床診察で異常所見を認めず、随伴症状や診察所見がない場合でも重篤な基礎疾患を否定できないため、精査が必要である。
RVMの原因は多岐にわたる。主な原因の頻度を以下に示す。
後方循環脳卒中
急性梗塞 :最多原因。34.6%(n=18)を占める。
部位内訳 :小脳10例、脳幹9例(延髄4例、橋3例)。後方循環(椎骨脳底動脈系)が中心1) 。
前庭系障害
末梢前庭系障害 :21.2%(n=11)。
内訳 :メニエール病54.5%(6例)、クプラ結石症・内リンパ嚢腫瘍・帯状疱疹前庭神経炎・外リンパ瘻・聴神経腫摘出術後が各1例1) 。
その他の原因
TIA :7.7%(n=4)
多発性硬化症 :5.8%(n=3)
片頭痛 ・てんかん発作 :各3.9%(n=2)
原因不明 :7.7%(n=4)1)
その他の原因として、膿瘍・脳震盪・皮質異形成・出血・特発性頭蓋内圧亢進症 ・オピオイド中毒・後方皮質萎縮・第三脳室瘻造設術後が各1例報告されている1) 。
損傷部位の分布は、単焦点46.2%(n=24)、多焦点23.1%(n=12)、びまん性1.9%(n=1)、不明28.9%(n=15)であった1) 。
詳細な病歴聴取と神経学的診察が診断の基本である。44.2%が正常所見であるため、症状の詳細な記録が特に重要となる1) 。
MRI・MRA :最優先の画像検査。後頭蓋窩の評価に最も精密なモダリティであり、脳および頭頸部のMRI・MRAを速やかに実施する1) 。
CT :急性期の初期評価に用いる(梗塞・出血の除外)1) 。
血管造影(アンギオグラフィー) :椎骨動脈解離やPIC A閉塞の評価に用いる1) 。
EEG :てんかん発作の除外に使用する(52例中2例で実施)1) 。
鑑別のポイント :
4時間以上持続するRVMは虚血性原因の可能性が高い1) 。
嘔吐を伴う場合は虚血性原因の可能性が有意に高い(p=0.02)1) 。
斜偏倚(skew deviation)は前庭系・脳幹・小脳の障害で生じる垂直斜視 であり、視覚的傾きの知覚を伴う眼球傾斜反応(ocular tilt reaction)を呈する点でRVMと臨床的重複がある。
Q
視界が逆転したら、すぐに病院を受診すべきか?
A
直ちに受診することが強く推奨される。脳底動脈閉塞など致死的疾患のサインとなりうるためである3) 。症状が自然に消失した場合でも、基礎疾患の精査が不可欠である。
RVM自体は一過性で自然消失する傾向があり、治療は基礎疾患に応じた個別化が原則である1) 。
脳卒中ワークアップ :全例で実施し、二次予防策を導入する1) 。
抗凝固療法 :ヘパリン静注からワルファリン等への移行が用いられた1) 。
抗血小板薬 :アスピリン500 mg/日、チクロピジン250 mg/日、クロピドグレル75 mg/日の使用例がある1) 。
再発性RVM :ガバペンチン300 mg 1日2回で症状消失が得られた報告が2例ある1) 。
片頭痛 関連 :フルナリジン10 mg/日で6か月フォローアップ時に再発なしが報告された1) 。
てんかん関連 :カルバマゼピン400 mg/日、ジアゼパム静注が用いられた1) 。
多発性硬化症 関連 :メチルプレドニゾロン1 gパルス静注5日間が使用された1) 。
オピオイド中毒 :モルヒネ中止により改善が得られた1) 。
なお、52例中55.8%(29例)では管理方法が不明であった1) 。抗凝固・抗血小板薬の使用の有無によって、RVMエピソードの持続時間に有意差は認められなかった(p=0.75)1) 。
Q
視覚逆転そのものに効く薬はあるのか?
A
RVM自体に対する薬物療法の有効性は示されていない。抗凝固・抗血小板薬の使用の有無によってエピソード持続時間に有意差はなく1) 、自然消失が基本である。再発性例ではガバペンチン300 mg 1日2回での症状消失が2例報告されているが、症例数が少なく確立した治療法とはいえない。
網膜 上には凸レンズの屈折 により上下反転した像が投影される。脳は視覚系・前庭系・固有感覚系・重力感覚系・触覚からの情報を統合し、正立の垂直性認知を構築している1) 。
RVMでは自己中心座標系(egocentric)は正常に保たれ(自身の体は正立と認知)、視覚的他者中心座標系(allocentric)のみが180度回転する1) 。
Yapが提唱した仮説によると、外的視覚垂直性は感覚受容器ネットワークと多焦点・多核的視空間システム(multifocal, multinucleated visuospatial system)によってコード化される1) 。前庭系・脳幹・小脳・大脳皮質の複数感覚受容核が同時に複数の空間参照フレームを構築し、ネットワークの一部が障害されると残存する系の不均衡が視覚の能動的回転をもたらす1) 。残存する機能的構成要素が空間参照フレームを再確立することで、RVMが一過性に消失すると説明される1) 。
脳幹 :前庭核(吻側延髄・尾側橋)、内側縦束、動眼神経核、Cajal間質核が関与する1) 。
小脳 :直接的な視覚処理の証拠は少ないが、小脳核・脚・片葉・虫部に病変分布が多い。voxel-based morphometryにより複数の視野マップと背側注意・視覚ネットワークへの関与が示唆される1) 。小脳は前庭系から下小脳脚を介して直接求心線維を受ける1) 。
前庭系 :卵形嚢・球形嚢が直線加速度を、半規管が回転面の角加速度を感知する。前庭動眼反射(VOR)が外的視覚安定性を提供し、前庭耳石信号が3次元外的空間知覚に関与すると考えられる1) 。
視空間皮質 :視空間システムの神経路は視床核で収束し頭頂側頭皮質へ分岐する。側頭頭頂接合部(temporoparietal junction)が視覚前庭統合の主要部位と推定される1) 。後頭葉2例・側頭後頭1例・頭頂後頭1例・頭頂葉2例・前頭葉1例と多様な皮質部位が報告されており、頭頂側頭領域を超えた広範なネットワークの関与が示唆される1) 。
Yap(2022)は1974〜2022年に報告された52例を対象としたシステマティックレビューを行い、現時点で最も包括的なRVMの解析を提供した1) 。RVMに対する臨床試験は存在せず、症例集積による知見の蓄積が研究の主体となっている。
本疾患は極めて稀であるため、無作為化比較試験(RCT)は行われていない。今後は機能的画像研究(functional imaging)により、視空間系の神経路の正確な局在化と多感覚ネットワークの理解が深まることが期待される1) 。脳マッピング技術の発展により、RVMに関与する神経路の解明と視空間皮質の機能理解が進む可能性がある1) 。
Yap JA. Upside-down vision: a systematic review of the literature. BMJ Neurol Open. 2022;4(2):e000337. doi:10.1136/bmjno-2022-000337.
River Y, Ben Hur T, Steiner I. Reversal of vision metamorphopsia: clinical and anatomical characteristics. Archives of neurology. 1998;55(10):1362-8. doi:10.1001/archneur.55.10.1362. PMID:9779666.
Lindsberg P, Soinne L, Tatlisumak T, et al. Long-term outcome after intravenous thrombolysis of basilar artery occlusion. JAMA. 2004;292(15):1862-1866. doi:10.1001/jama.292.15.1862.
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