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神経眼科

失書を伴わない失読

失書を伴わない失読(alexia without agraphia)は、後天的に発症する読字障害であり、書字能力は保持される。「語盲(word blindness)」「逐次読み(letter-by-letter reading)」「純粋失読(pure alexia)」とも呼ばれる。

1892年にDéjerineが初めて報告し、1965年にGeschwindが詳述した疾患概念である。「Alexia」はギリシャ語の「lexis(語法)」に否定接頭辞「a-」を付加した用語である。

読字システムには正書法(orthographic)・意味(semantic)・音韻(phonological)の3つの独立したサブシステムがある。純粋失読では正書法処理のみが選択的に障害される。視覚的テキスト入力を受け取った後、言語優位半球の正書法ネットワークへのアクセスが遮断されることで発症する、典型的な離断症候群(disconnection syndrome)である。

重症例では全失読(global alexia)となり、単一文字さえ認識できなくなる。一方、脳卒中患者の1%未満に発生するとされ、孤立性の純粋失読は極めてまれである。2)

Q 失書を伴わない失読は、どの程度まれな疾患ですか?
A

脳卒中患者全体の1%未満で発生し、視野欠損・失語・失書を一切伴わない孤立性の純粋失読はさらにまれである。2) 症状が孤立性で微細なため、脳卒中の症状と認識されずに見過ごされるリスクがある。

読み書きのできていた人物における突然の読字能力喪失が主訴となる。

  • 読字の突然の喪失:個々の文字は認識できるが、単語・文章として読めない。「文字は見えるが、文が読めない」という特徴的な訴えが多い。2)
  • 書いた文章が読み返せない:自分が書いた文章を、書いた数秒後に読み返すことができない。
  • 発話・聴覚理解の保持:話す・聞いて理解する能力は損なわれない。
  • 書字能力の保持:口述された文章を書き取ることはできる。2)
  • 逐次読み(letter-by-letter reading):文字を1つずつ呼称してから単語を音読しようとする特徴的な読字パターン。読字速度が著しく低下し、理解を伴わないことが多い。2)
  • 右同名半盲(right homonymous hemianopia):左後頭葉皮質の病変に伴い高頻度に出現する。
  • 右上同名四半盲(“pie in the sky”):側頭葉のMeyer’s loopが障害された場合に認められる。1)
  • 色彩呼称障害・半側色全盲:完全な同名半盲を示さない症例で認められることがある。
  • 視力の保持:矯正視力は保たれる(典型例では20/20)。1)
  • 瞳孔対光反射・眼球運動の正常:眼科的な客観所見に乏しいため、見落とされやすい。1)
  • 顔・物体・場所の認識は保持:認識障害は文字・単語に限局する。
Q 文字は読めるのに、文章が読めないのはなぜですか?
A

純粋失読では個々の文字の視覚認識は可能だが、文字列を単語として瞬時に視覚認識する経路(左紡錘状回の視覚語形態領域 VWFA 経由)が遮断される。そのため、1文字ずつ順番に呼称することで部分的に読もうとするが、単語全体を把握することはできない。

  • 左後大脳動脈(PCA)閉塞:血栓性または血栓塞栓性閉塞が最多の原因。左後頭葉皮質および脳梁膨大部(splenium of the corpus callosum)の梗塞を引き起こす。
  • 心房細動による心原性脳塞栓:左PCA梗塞を引き起こす心原性塞栓源として重要。新規診断の心房細動が背景にある症例が報告されている。2)
  • 左後頭葉腫瘍:前方へ進展し脳梁膨大部を障害すると失読をきたす。
  • その他多発性硬化症片頭痛、急性脳症、左後頭葉血管奇形の術後、てんかん焦点、後頭葉腫瘍(膠芽腫など)が原因となることがある。

心血管系リスク因子が主要な背景にある。

  • 高血圧(特に管理不良な例)2)
  • 2型糖尿病2)
  • 心房細動(心原性塞栓源)2)
  • 一過性脳虚血発作(TIA)の既往2)
Q なぜ読めなくなるのに、書くことはできるのですか?
A

離断症候群の機序による。書字に必要な角回・言語中枢への経路は保存されているため、書くことはできる。一方、視覚情報を言語領域に転送する経路(VWFA→左半球言語野)が遮断されるため、書いた文字を自分で読み返せなくなる。

  • 近見視力検査:遠見視力は正常だが、近見視力検査(読字を要するもの)で読字障害が発覚する。これが診断の端緒となることが多い。1)
  • 非視覚的言語機能の評価:口頭言語・聴覚理解・書字能力が保たれていることの確認が必須。純粋失読ではいずれも正常である。1)
  • 視野検査:標準30-2コンピュータ自動視野計で右同名半盲または右上同名四半盲を検出する。1)
  • 頭部CT(非造影・造影):左後頭側頭部の低吸収域を確認。脳卒中と腫瘍・膿瘍の鑑別に有用。急性期には脳梗塞の診断を支持する所見として用いる。1)2)
  • CT血管撮影(CTA):左PCA遠位の部分血栓閉塞を確認できる。2)
  • 頭部MRI(拡散強調画像):超急性期脳梗塞の診断に最も有用であり、発症1〜3時間以内でも左後頭葉の高信号を検出できる。PCA血管支配領域に一致する病変が脳梁膨大部まで伸展する所見が典型的である。急性期における感度はDWI→FLAIR→T2→T1の順に高い。
  • 心電図(ECG):心房細動などの不整脈を検出し、心原性塞栓源を評価する。2)

3つの病態を区別することが臨床上重要である。

病態同名半盲読字障害の性質
純粋失読(本疾患)右同名半盲を伴うことが多い単語全体の視覚認識が不能
半盲性失読右同名半盲あり右側視野欠損により単語の右側が読めない
左半側失読同名半盲なし脳梁膨大部単独病変で単語の左側が読めない

急性脳卒中管理が最優先である。

  • 抗血小板療法:PCA梗塞に対する二剤抗血小板療法(dual antiplatelet therapy)が退院時に処方される。1)
  • 二次予防:心房細動が同定された場合は、心原性塞栓再発予防のための抗凝固療法を開始する。2)
  • 血栓溶解療法:最終健常確認時刻からの推奨治療窓を超えた場合は適応外となる。1)
  • リスク因子の管理:PCA梗塞患者には、高血圧・糖尿病・心房細動などの治療可能なリスク因子の評価と管理が推奨される。

根治的な治療法はなく、代償戦略の習得と読字機能の部分的回復を目標とする。

逐次読み訓練

逐次読み(letter-by-letter)の改善訓練:1文字ずつの呼称を通じて単語を認識するスキルを向上させる。

音読復唱法(oral re-reading):正確さと読字速度の向上に寄与する可能性がある。

正書法語彙へのアクセス訓練:コンピューター上で単語・無意味語を提示し、語彙判断課題を行う。

感覚・運動訓練

触覚治療:患者の皮膚に検者が文字をなぞり、患者が呼称する。

運動感覚治療:患者が指で文字を書いてから呼称する。

組み合わせ訓練:自身の皮膚に文字をなぞることで視覚以外の感覚経路を使って文字認識を補う。

  • 聴覚的コミュニケーションの活用:聴覚的コミュニケーションやオーディオブックの活用が日常生活の維持と回復に重要な役割を果たす。1)
  • 手術:病因に依存する(後頭葉腫瘍・出血・動静脈奇形など)。
Q 失読は治りますか?
A

根治法は現時点では存在しない。リハビリテーション(逐次読み訓練・音読復唱法・触覚運動感覚技法)で一定の改善が見込まれ、letter-by-letter decodingによる代償戦略で徐々に改善した症例も報告されている。2) しかし多くの患者では軽度の失読が残存する。1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

純粋失読は、視覚入力から言語系への経路が2か所で遮断される「離断症候群」として理解される。

遮断の2つのメカニズム:

  1. 左後頭葉の損傷:右視野からの視覚入力(左後頭葉が処理)が失われる。
  2. 脳梁膨大部の損傷:右後頭葉が正常に処理した視覚情報が、左半球の言語領域に転送できなくなる。

この結果、両視野からの文字情報が言語系に届かなくなり、読字が不能となる。

視覚語形態領域(VWFA)の役割: 左紡錘状回に位置するVWFAは、文字列の視覚認識に特化した領域である。この領域またはその周辺の損傷が純粋失読の鍵となる。2) 左PCA閉塞では角回を巻き込まない梗塞でも失読をきたし、角回への入力が遮断される一方、角回自体は保存されるため書字能力が維持される。

書字が保たれる理由: 脳梁膨大部より前方の構造が損傷すると失書(agraphia)も合併する。逆に言えば、本疾患では前方の書字経路が温存されるため書くことができる。左角回が損傷するとゲルストマン症候群(手指失認・失算・左右失認)を合併する。

離断型失読

病変部位:脳梁膨大部・脳室周囲白質(後方)

機序:右視覚皮質→左角回への線維束の遮断。右視覚皮質自体は損傷しない。

特徴:書字・言語機能は完全保持。

皮質型失読

病変部位:後頭側頭皮質・VWFA(前方)

機序:VWFAの直接損傷により文字列の視覚認識が不能となる。

特徴:より重篤な認識障害を伴うことがある。

視覚路の解剖学的背景: 左後大脳動脈は後頭葉内側面の鳥距溝(V1:第1次視覚野)および腹側側頭葉を灌流する。外側膝状体は前脈絡膜叢動脈(AchoA:内頸動脈枝)と外側後脈絡膜叢動脈(LPchoA:後大脳動脈枝)の二重血管支配を受ける。視索線維の90%は外側膝状体に入り、残る10%は中脳の視蓋前域・上丘に入り対光反射に関与する。このため、純粋失読では通常、瞳孔反射は正常に保たれる。

言語優位半球と利き手の関係: 右利き者の96%が左半球優位であり、失読は左半球病変で発症する。強い左利きでも73%が左半球優位とされる(Knechtら)。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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Romano ら(2024)は40歳男性の純粋失読を報告した。左PCA閉塞による右上同名四半盲(“pie in the sky”)を伴い、近見視力検査で読字障害が発見された。MeyerループのPCA灌流域梗塞が四半盲の機序とされた。退院時に二剤抗血小板療法を開始したが軽度失読が残存した。眼科医が脳血管緊急疾患を発見する役割を強調している。1)

Gnieberら(2025)は66歳女性の孤立性純粋失読を報告した。左PCA梗塞によるもので、新規診断の心房細動が心原性塞栓源として同定された。運動・感覚障害は一切なく、孤立した読字障害のみが症状であった。letter-by-letter decodingによる代償戦略で徐々に改善し、地域リハビリテーションへ紹介された。2)

Lopezらは純粋失読を解剖学的病変部位に基づき「離断型失読(disconnection alexia)」(脳梁膨大部・脳室周囲白質病変)と「皮質型失読(cortical alexia)」(後頭側頭皮質・VWFA損傷)に分類する新分類を提案している。この分類はリハビリテーション戦略の個別化に応用される可能性がある。


  1. Romano J, Silva S, Oliveira N, et al. Beyond words: a case of pure alexia following posterior cerebral artery occlusion. Cureus. 2024;16(1):e52734. DOI: 10.7759/cureus.52734

  2. Gnieber KO, Barakat AA, Khan A, et al. ‘I can see letters but cannot read sentences’: a case of pure alexia without agraphia due to left posterior cerebral artery infarction. Cureus. 2025;17(8):e89974. DOI: 10.7759/cureus.89974

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