AR瞳孔
病巣:中脳視蓋前域
瞳孔径:縮瞳・両側性
対光反射:消失
近見反応:保存
低濃度ピロカルピン:無反応
合併症:梅毒・糖尿病・脱髄
アーガイル・ロバートソン(AR)瞳孔は、縮瞳と対光反射の欠如、および近見反応による縮瞳は保たれる light-near dissociation(対光-近見反応解離)がみられるのが基本的な疾患概念である1,5)。しばしば瞳孔の形態異常(不整円)を伴う。通常両眼性であり、視路障害は伴わない1)。
疾患名はスコットランドの眼科医 Douglas Moray Cooper Lamb Argyll Robertson に由来し、1869年に神経梅毒患者において初めて記載された2)。当時は脊髄癆の重要な眼所見として認識されていた。
pseudo AR瞳孔との概念的区別として、縮瞳を伴わずに対光-近見解離のみを示す場合は「pseudo Argyll Robertson瞳孔」と呼ばれ、神経学的異常を示す疾患概念の1つとして用いられる。真のAR瞳孔と pseudo AR瞳孔では原因疾患や病態が異なるため、診断上の鑑別が重要である3,5)。
通常は両眼性であるが、原因疾患によっては初期に非対称性を呈することもある。古典的な神経梅毒では両側性が典型的であり、両側性であることがこの疾患の重要な診断根拠の一つとなる。
AR瞳孔の診断は、以下の三主徴の確認が中心となる。
1. 縮瞳 暗所においても両眼性に小瞳孔を呈する。高度な縮瞳が特徴的であり、明暗に関わらず瞳孔が持続的に縮小している。対光-近見反応解離と縮瞳の組み合わせが、AR瞳孔を他の対光-近見解離疾患から区別する根拠となる。
2. 対光反射消失 直接対光反射および間接(輻輳)対光反射のいずれも消失または著明に減弱する。ペンライトを用いた通常の対光検査で瞳孔の反応がみられない。
3. 近見反応の保存 輻輳・調節の際の縮瞳は保たれる。患者に近くの対象物を注視させると瞳孔が縮小することが確認でき、これが対光反射消失との対比(対光-近見解離)として診断の根拠となる。
| 所見 | 真のAR瞳孔 | Pseudo AR瞳孔 |
|---|---|---|
| 瞳孔径 | 縮瞳(小瞳孔) | 正常〜軽度散瞳 |
| 対光反射 | 消失 | 消失 |
| 近見反応 | 保存 | 保存 |
| 代表的原因 | 神経梅毒・糖尿病 | 視蓋瞳孔・Parinaud症候群 |
AR瞳孔自体は視路(視神経・視放線・視覚野)を障害しないため、視力は通常保たれる。ただし、原因疾患(神経梅毒・糖尿病・多発性硬化症等)の全身病変が視神経等を障害する場合には視力障害が生じることがある。
AR瞳孔の責任病巣は中脳背側、特に視蓋前域(pretectal area)と考えられている。この部位の病変が対光反射路を選択的に障害する。
**神経梅毒(脊髄癆・進行麻痺)**は歴史的に最も有名な原因であり、AR瞳孔の代名詞ともいえる1,2)。脊髄癆では後索・後根の脱髄が生じ、脊髄癆に伴う中枢神経病変の一部として中脳視蓋前域が障害される2)。抗菌薬が存在しなかった時代には神経梅毒は重篤な結末をたどることが多く、AR瞳孔はその重要な身体徴候であった。
近年は神経梅毒以外の原因が多くなっている。
進行麻痺等でAR瞳孔の責任病巣よりも腹側に病変が広がると、近見反応路も障害される。その結果、対光反射と近見反応の両方が消失し、「けいれん性縮瞳(spastic miosis)」を呈することがある。この所見は病変の腹側への拡大を意味し、予後の点で重要な意義を持つ。
現代では糖尿病・脳血管障害・脱髄疾患(多発性硬化症等)が主な原因となっている。梅毒が病因として疑われるのはもちろんだが、梅毒血清検査が陰性でも他の原因疾患の検索が必要である。
AR瞳孔の診断では、縮瞳と対光-近見反応解離の確認、および原因疾患の検索が重要である。
瞳孔検査
梅毒血清検査(TPHA・RPR):AR瞳孔が疑われる全症例で必須の検査
血糖・HbA1c:糖尿病の除外・評価
MRI(脳・中脳):中脳水道周囲・視蓋前域の腫瘍・脱髄・血管病変の評価
低濃度ピロカルピン試験は、AR瞳孔とAdie瞳孔(瞳孔緊張症)の鑑別に有用である3)。
対光-近見反応解離を呈する代表的疾患を以下に比較する。
AR瞳孔
病巣:中脳視蓋前域
瞳孔径:縮瞳・両側性
対光反射:消失
近見反応:保存
低濃度ピロカルピン:無反応
合併症:梅毒・糖尿病・脱髄
Adie瞳孔(瞳孔緊張症)
病巣:毛様体神経節(末梢)
瞳孔径:散瞳・片側性が多い
対光反射:消失または減弱
近見反応:保存(緊張性・遅延性)
低濃度ピロカルピン:縮瞳(過敏)
合併症:腱反射消失
視蓋瞳孔
病巣:中脳視蓋前域〜後交連
瞳孔径:中等度散瞳・両側性
対光反射:消失
近見反応:保存
低濃度ピロカルピン:無反応
合併症:Parinaud症候群が多い
視蓋瞳孔は松果体腫瘍などの中脳背側病変や多発性硬化症等で生じる。AR瞳孔と異なり縮瞳ではなく中等度散瞳を呈し、眼球運動障害(上方注視麻痺等のParinaud症候群)を合併することが多い。
Adie瞳孔は毛様体神経節(末梢)の障害であり、一般に片眼性・散瞳を呈し、低濃度ピロカルピン過敏(脱神経過敏)が鑑別の根拠となる。
瞳孔径(縮瞳 vs 散瞳)、側性(両側性 vs 片側性が多い)、低濃度ピロカルピン反応(無反応 vs 縮瞳)の3点が主な鑑別点である。病巣も異なり、AR瞳孔は中枢(中脳視蓋前域)、Adie瞳孔は末梢(毛様体神経節)である。
AR瞳孔自体に対する直接治療法はなく、原因疾患に対する治療が基本方針となる。
神経梅毒の場合 ペニシリンG大量静注が標準治療である。脳神経内科・感染科との連携のもとで入院治療を行う。治療により梅毒の進行は停止させられるが、瞳孔所見自体の回復は期待しにくい。
糖尿病の場合 厳格な血糖コントロールにより糖尿病性自律神経障害の進行を抑制する。HbA1cの管理目標値に従った治療を継続することが重要である。
脱髄疾患(多発性硬化症等)の場合 急性増悪にはステロイド大量療法、長期管理には疾患修飾薬(DMT:インターフェロンβ、フィンゴリモド等)を用いる。神経内科との連携が必須である。
原因疾患の治療により病変の進行は防止できるが、AR瞳孔として生じた縮瞳・対光反射消失は通常回復しない。神経梅毒の治療(ペニシリンG)後も瞳孔所見が残存することが多く、瞳孔所見の正常化を治療目標とすることは現実的でない。
AR瞳孔の発症機序を理解するには、対光反射路と近見反応路の解剖学的背景を把握することが重要である。
対光反射の神経回路は以下の経路をたどる。
網膜 → 視神経 → 視交叉 → 視索 → 中脳視蓋前域核(pretectal nucleus)→ Edinger-Westphal(EW)核 → 毛様体神経節 → 短後毛様体神経 → 瞳孔括約筋
この経路において、中脳視蓋前域核からEW核への信号伝達が対光反射の中枢中継点となる。
近見反応(輻輳・調節に伴う縮瞳)の回路は、大脳皮質(視覚野・前頭葉)から中脳へ向かうが、その下行路は視蓋前域核よりやや腹側を走行してEW核に至る。
AR瞳孔の責任病巣は中脳背側・視蓋前域に位置する。この病変により以下の変化が生じる。
対光反射消失の機序 視蓋前域核→EW核への信号が遮断されるため、対光刺激に対してEW核が活性化されず、瞳孔括約筋が収縮しない2,3)。
縮瞳の機序 同時にEW核に対する上位(核上性)抑制線維も障害される。通常、大脳皮質等からの核上性抑制がEW核の活動を調節しているが、この抑制が解除されることでEW核が持続的に興奮状態となり、瞳孔括約筋が持続的に収縮する→縮瞳を呈する2)。
近見反応保存の理由 近見反応路は視蓋前域よりやや腹側を走行するため、視蓋前域の病変から免れる。したがって輻輳・調節に伴うEW核への信号は保たれ、近見刺激で縮瞳が可能となる2,5)。
進行麻痺等で病変が腹側へ拡大すると、近見反応路も障害される。対光反射と近見反応の両方が消失し、EW核への核上性抑制の障害のみが残存→持続的縮瞳(けいれん性縮瞳)を呈する。
糖尿病性自律神経障害に伴うAR-like pupilでは、末梢自律神経の広範な障害に加え、中枢自律神経系の機能異常が関与するとされる。縮瞳の程度はより軽度であることが多い。
近年、梅毒の再増加が世界的に報告されており、それに伴い神経梅毒を原因とするAR瞳孔の症例が再び注目されている1,4)。梅毒が衰退しつつあるとみられていた時代と比較して、現代の眼科・神経科医にとってAR瞳孔の診断的意義が再評価されている。Lemarieら(2019)は、5年来の歩行障害をヒステリーと診断されていた57歳男性が対麻痺・神経障害性疼痛・褥瘡を呈し、左眼AR瞳孔を契機に神経梅毒と確定診断された症例を報告しており、現代でも見逃されやすい疾患であることを示している4)。
糖尿病性自律神経障害に関連したAR-like pupilの概念が整理されつつある。古典的なAR瞳孔とは病態が異なる可能性があり、糖尿病における瞳孔自律神経障害の系統的な評価基準の確立が課題とされている。
中脳病変・視蓋瞳孔・Parinaud症候群など pseudo AR瞳孔を呈する疾患の系統的な鑑別アルゴリズムの整備が求められている2,3)。特に松果体腫瘍・生殖細胞腫等の早期発見に向けた画像診断との組み合わせが重要であり、今後の診断ガイドラインの整備が期待される。
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Lemarie B, Matt M, Deconinck L, Perronne C, Dinh A, Davido B. All eyes on him: Argyll Robertson pupil in late syphilis. Int J Infect Dis. 2019;83:1-2. PMID: 30904677. doi:10.1016/j.ijid.2019.03.023
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