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小児眼科・斜視

マルファン症候群と眼合併症

マルファン症候群(Marfan syndrome; MFS)は、フィブリリン-1(FBN1)遺伝子変異による常染色体優性遺伝性の全身性結合組織疾患である。FBN1遺伝子は15番染色体長腕(15q21.1)に位置し、細胞外マトリックスの主要構成成分であるマイクロフィブリルをコードする。

有病率は3,000〜5,000人に1人と推定され、世界的には10万人あたり約20人と報告されている2)常染色体優性遺伝であるが、約25%は新生突然変異(de novo)で発症し、家族歴がない場合でも見逃してはならない1)

細胞外マトリックスの脆弱性により、心血管系(大動脈瘤・大動脈解離)、骨格系(高身長・クモ状指・側弯症)、眼科系(水晶体偏位近視網膜剝離・緑内障)に多臓器障害が生じる。生命予後を左右する最重要合併症は大動脈解離であり、循環器科との緊密な連携が不可欠である。

Q マルファン症候群とはどのような疾患か?
A

FBN1遺伝子変異による常染色体優性遺伝性の結合組織疾患で、3,000〜5,000人に1人の頻度で発症する1)。大動脈瘤・解離、高身長、クモ状指などの全身症状に加え、約60%に水晶体偏位を生じ、強度近視網膜剝離、緑内障白内障のリスクも高い。約25%はde novo変異で発症する1)

水晶体偏位(ectopia lentis)

頻度: 約60%。MFSの眼科的特徴として最重要。

偏位方向: 上方・上耳側が多い。ホモシスチン尿症(下方偏位)との鑑別に有用。

縮瞳下では発見しにくい。散瞳下の細隙灯顕微鏡検査が必須。

水晶体形状異常(球状水晶体)を伴うことがある。亜脱臼から完全脱臼(前房内移動)まで程度はさまざまで、前房内脱臼では角膜混濁・眼圧上昇を伴う。

近視

軸性近視: 強度近視を呈する例が多い。

フィブリリン-1異常による強膜菲薄化・拡張が眼軸長延長を招く8)

92%が眼鏡による屈折矯正で管理される4)

網膜疾患

格子状変性: 網膜周辺部に高頻度に合併する。

裂孔原性網膜剝離(RRD): 水晶体偏位のある患者で8〜38%に発症1)

両眼性の網膜剝離報告も少なくない1)。長期経過観察が必要。

その他の眼合併症

緑内障: 生涯で30〜35%が発症1)。開放隅角・色素性・水晶体原性の各型がある。

白内障: 一般人口より10〜20年早く発症する傾向。40歳前に発症する例もある1)

斜視: 約19%に認め、一般人口(3〜5%)より高率7)

コロボーマ巨大角膜もまれに合併1)

臓器系主な所見
骨格系高身長、クモ状指趾(arachnodactyly)、側弯症、高口蓋
心血管系大動脈瘤・大動脈解離(最重要合併症)、僧帽弁逸脱
呼吸器系自然気胸
皮膚皮膚線条

性差として、男性は大動脈根拡張(92.1%)が顕著で、女性は僧帽弁逸脱(65.0%)・クモ状指(54.2%)・側弯症(60.4%)がより目立つ1)

Q マルファン症候群で水晶体はどの方向に偏位するか?
A

上方または上耳側への偏位が多い。ホモシスチン尿症(下方偏位)やワイル・マルケサニ症候群(下方偏位)との重要な鑑別点である。縮瞳下では発見しにくいため、散瞳下の細隙灯顕微鏡検査が必須である。

原因遺伝子はFBN1(15q21.1)で、マイクロフィブリルの主要構成タンパク質フィブリリン-1をコードする。フィブリリン-1はZinn小帯(毛様体小帯)の構造維持に必須であり、FBN1変異によりZinn小帯が脆弱化して水晶体偏位が生じる。

変異フィブリリンは正常フィブリリンの多量体形成を阻害する(優性阻害効果 = dominant negative effect)。さらにFBN1変異はTGF-βシグナルの亢進にも関与し3)、結合組織全般のリモデリング異常をもたらす。

常染色体優性遺伝であり、罹患者の子への遺伝確率は50%。約25%はde novo変異のため家族歴がなくとも発症しうる1)。同一家系内でも重症度に差がある(variable expressivity)。新生児型マルファン症候群(neonatal MFS)は最重症型で、多臓器に急速進行する。

マルファン症候群の臨床診断には改訂Ghent基準(2010年)が国際的に用いられる3)

  • 大動脈根拡張(Zスコア≥2)と水晶体偏位の組み合わせ → 確定診断
  • FBN1変異確認例は大動脈根拡張のみで診断可能
  • Systemic score ≥7点で全身関与ありとする(クモ状指・側弯・高口蓋・気胸・硬膜拡張などを点数化)
  • 散瞳細隙灯顕微鏡検査: 水晶体位置・Zinn小帯の状態・虹彩振盪(iridodonesis)確認。最重要検査
  • 眼底検査: 網膜格子状変性・裂孔・網膜剝離の有無
  • 眼圧測定: 緑内障合併の確認
  • 眼軸長測定: 軸性近視の評価8)
  • 屈折検査: 強度近視・不正乱視の評価
疾患体型水晶体偏位方向遺伝形式特記事項
マルファン症候群高身長・クモ状指上方・上耳側AD(FBN1)大動脈瘤
ホモシスチン尿症高身長下方・下鼻側AR知的障害・血栓症・尿中ホモシスチン上昇
ワイル・マルケサニ症候群低身長・短指下方AD/AR球状水晶体閉塞隅角緑内障
Ehlers-Danlos症候群関節過可動性不定AD/AR皮膚過伸展・血管脆弱性
Q マルファン症候群はどのように診断されるか?
A

改訂Ghent基準(2010年)に基づき臨床診断する3)。大動脈根拡張(Zスコア≥2)と水晶体偏位が共存すれば確定診断となる。眼科的には散瞳下の細隙灯顕微鏡検査水晶体位置とZinn小帯を評価する。FBN1遺伝子検査も有用であり、家族の検索にも役立てられる。

定期的な散瞳下眼科検査を小児期から生涯にわたって行う。

屈折矯正: 強度近視・不正乱視に対して眼鏡またはコンタクトレンズを処方する。92%が眼鏡で管理可能とされる4)。小児では弱視予防の観点から早期矯正が重要である。

  • 軽度偏位: 保存的管理(屈折矯正)が基本。機能的弱視が永続するリスクを念頭に置く4)
  • 高度偏位(視軸にかかる場合): 水晶体摘出術が必要
  • 手術方法: 経毛様体扁平部水晶体切除術(pars plana lensectomy)+前部硝子体切除術が標準的1)IOL挿入は強膜内固定IOLCTR(capsular tension ring)による嚢安定化も有用
  • 手術成績: PPV+lensectomy後にBCVA 20/30〜20/40を達成した複数の報告がある1)
  • 薬物治療: β遮断薬(チモロール・ベタキソロール)、炭酸脱水酵素阻害薬、ブリモニジンなどの点眼薬
  • 注意: ピロカルピン(縮瞳薬)はZinn小帯弛緩を来す可能性があるため慎重投与1)
  • 新生児期: 重篤な眼圧上昇例はβ遮断薬点眼で管理する1)
  • 手術: 点眼コントロール不良例では線維柱帯切除術チューブシャント手術
  • 硝子体手術PPV: シリコーンオイルタンポナーデ、エンドレーザー光凝固を併用1)
  • 強膜バックリング: 水晶体健在で前方裂孔の場合に選択
  • 手術成功率: 86%の症例で成功が報告されている1)
  • 手術困難因子: 薄い強膜、縮瞳傾向、多発裂孔1)
  • 予防的レーザー光凝固: 格子状変性に対する予防的凝固の適応を検討する
Q 水晶体偏位はいつ手術するのか?
A

水晶体偏位が視軸にかかり視力障害が著明な場合、または前房内脱臼により角膜混濁・眼圧上昇を来した場合に手術適応となる。若年者では手術リスク(瞳孔捕獲など)が高いため慎重に判断する。手術は経毛様体扁平部水晶体切除術が標準的で、術後にBCVA 20/30〜20/40が期待できる1)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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FBN1変異によりフィブリリン-1タンパクが異常をきたし、マイクロフィブリルの構造が破綻する。

Zinn小帯 → 水晶体偏位

フィブリリン-1はZinn小帯(毛様体小帯)の主要構成成分である。FBN1変異によりマイクロフィブリルが脆弱化し、Zinn小帯が断裂する。水晶体は上方・上耳側に偏位し、亜脱臼から完全脱臼へと進行しうる。

変異フィブリリンは正常フィブリリンの多量体形成を阻害する(優性阻害効果)。

強膜・眼軸 → 近視・網膜剝離

フィブリリン-1は強膜にも分布しており、FBN1変異により強膜が菲薄化・拡張する8)眼軸長が延長して軸性近視が生じ、網膜が引き伸ばされる。周辺部の格子状変性が形成され、裂孔原性網膜剝離(RRD)の起点となる。

TGF-βシグナル亢進: FBN1変異はTGF-βの隔離能を低下させ、TGF-βシグナルが亢進する3)。これが結合組織リモデリング異常を促進し、大動脈壁の脆弱化や骨格異常に寄与する。

緑内障の機序: 隅角構造の異常や房水動態の変化が緑内障リスクを高める。色素性緑内障では虹彩振盪(iridodonesis)に伴う色素散布が線維柱帯を閉塞する機序が想定される。

Sandvikら(2019)によるマルファン症候群患者の10年間追跡研究では、水晶体偏位網膜剝離の長期的進行パターンが報告されており5)、小児期から開始した定期眼科管理の重要性が示されている。

Fanら(2014)は、lensectomy-vitrectomy後の合併症リスク因子(年齢・IOL挿入の有無)を報告した6)フェムトセカンドレーザー支援白内障手術のZinn小帯脆弱例への適用も報告されており、術後BCVA 20/20〜20/25を達成した例もある1)

TGF-βシグナル亢進が病態の中心であることから、ロサルタン(ARB)による大動脈拡張抑制の臨床試験が進行中である3)。眼科領域への応用として、TGF-β関連経路を標的とした治療の基礎研究も行われている。

  1. Adji AS, Billah A, Fadila F, et al. A systematic review of case series of Marfan syndrome: ocular findings and complications. 2025.
  2. Groth KA, Hove H, Kyhl K, et al. Prevalence, incidence, and age at diagnosis in Marfan syndrome. Orphanet J Rare Dis. 2015;10:36.
  3. Milewicz DM, Braverman AC, De Backer J, et al. Marfan syndrome. Nat Rev Dis Primers. 2021;7:24.
  4. Esfandiari H, Ansari S, Mohammad-Rabei H, Mets M. Management strategies of ocular abnormalities in patients with Marfan syndrome: current perspective. J Ophthalmic Vis Res. 2019;14(1):36-42.
  5. Sandvik GF, Vanem TT, Rand-Hendriksen S, et al. Ten-year reinvestigation of ocular manifestations in Marfan syndrome. Clin Exp Ophthalmol. 2019;47(2):212-218.
  6. Fan F, Luo Y, Liu X, et al. Risk factors for postoperative complications in lensectomy-vitrectomy with or without intraocular lens placement in ectopia lentis associated with Marfan syndrome. Br J Ophthalmol. 2014;98(10):1338-1342.
  7. Akram H, Aragon-Martin JA, Chandra A. Marfan syndrome and the eye clinic: from diagnosis to management. Ther Adv Rare Dis. 2021;2:26330040211055738.
  8. Gehle P, Goergen B, Pilger D, et al. Biometric and structural ocular manifestations of Marfan syndrome. PLoS One. 2017;12(9):e0183370.

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