血管圧迫(85%)
疼痛性チック・コンバルシフ症候群
1. 疼痛性チック・コンバルシフ症候群とは
Section titled “1. 疼痛性チック・コンバルシフ症候群とは”疼痛性チック・コンバルシフ症候群(Painful Tic Convulsif Syndrome; PTCS)は、三叉神経痛(TN)と同側の片側顔面痙攣(HS)が共存する稀な症候群である。患者のQOLを著しく低下させる消耗性疾患とされる。
歴史:「Painful tic convulsif」の用語は1920年にCushingが命名した。TNとHSの関連性は1947年にCampbell & Keedyが特定した。近年では2020年にLiuらが40例の後方視的研究を、2021年にYinらが192例を集積した初の個別患者データ・メタ解析を発表し、疫学的特徴や病因の相対頻度が明らかにされた。
疫学:40〜60歳の女性に好発し、左側に多い。三叉神経痛自体の頻度は10万人に4〜5人で高齢者の女性に多く、片側顔面痙攣は中高年に多く慢性進行性の経過をたどる。LiuらによればPTCSはHSとして初発することが多く、加齢は再発率と相関する。
2021年のYinらによるメタ解析でようやく192例が集積された程度であり、極めて稀な疾患である。症例報告や小規模ケースシリーズが主体であり、大規模な疫学データは限られている。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”PTCSでは三叉神経痛と片側顔面痙攣の症状が同一患者に共存する。
三叉神経痛(TN)の症状:
- 突発的な電撃痛が数秒程度持続する。
- 顔面への接触・歯磨き・食事・冷風で誘発される。
- 痛みは第2枝(頬・上歯槽)、第3枝(下顎)、第1枝(眼窩周囲)の順に頻度が高い。
- 発作は突然かつ強烈で、通常2分未満で終わる。
- 初期は下眼瞼から始まり、眼瞼部→口角部→表情筋全体へ広がる。
- 痙攣は不随意・不規則で進行性であり、情動の状態により増悪する。
- 患側の流涙を自覚することが多い。
PTCSの特徴:LiuらによればHSとして発症することがTNより多い。両症状が同側に出現することがPTCSの本質的な特徴である。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”眼部所見(PTCSに特異的ではないが出現しうる):
HS関連所見:
- 強閉瞼の反復・口角の横引きにより、眼瞼部と口角部に同期性痙攣を誘発できる。
- 痙攣と開瞼努力の拮抗により開瞼不能に陥ることもある。
眼症状はPTCSの診断に必須ではない。TNとHSが同側に共存することが診断の本質である。ただし角膜知覚低下や眼瞼の不随意収縮を眼科医が発見し、診断の契機となることがある。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”腫瘍(8%)
種類:髄膜腫・神経鞘腫・蜘蛛膜嚢胞・頭蓋骨の骨異常。
稀な原因であり、治療効果に関するデータは限定的である。
血管疾患(5〜6%)
種類:動脈瘤・静脈奇形。
血管疾患によるPTCSの治療データも限定的で、更なる調査が必要である。
HSのリスク要因:動脈硬化・家族歴・顔面神経損傷(ベル麻痺・圧迫・外傷)・顔面外傷。
TNのリスク要因:動脈硬化・高血圧・三叉神経損傷(圧迫・外傷・感染)・家族歴・加齢・ストレス。
三叉神経が脳幹から出た部位の髄鞘欠損部が血管や腫瘍に圧迫されると過敏性が生じ電撃痛を起こす。後頭蓋窩で顔面神経や橋が血管に圧迫されることでHSが生じる。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”PTCSの診断はTNとHSが同側に同時に存在することにより確定される。
TNの診断基準(3基準):
- 痛みは三叉神経の1つ以上の分枝領域に限定される。
- 発作性・突発・強烈・短時間(通常2分未満)の痛みである。
- 顔面または口腔内への無害な刺激、または無刺激で誘発される。
HSの診断基準:
- 痙攣は進行性・不随意・不規則である。
- 間代性または強直性の運動を示す。
- 顔面神経支配筋に限定される。
- 臨床診断(HS):強閉瞼の反復・口角の横引きにより同期性痙攣を誘発する。脳幹部画像で圧迫原因を確定する。
- 臨床診断(TN):臨床的特徴とCT/MRI画像診断で確定する。薬物(カルバマゼピン)への反応性も診断材料となる。
- 電気生理学:EMGで三叉神経・顔面神経支配筋の不規則・増強パターンを検出できる。
- 画像診断:造影CT・MRI・CTA・MRAで圧迫原因(腫瘍・嚢胞・血管)を評価する。
主要な鑑別疾患を下表に示す。
| 症状 | 主な誤診疾患 |
|---|---|
| 三叉神経痛 | 歯科疾患・副鼻腔炎・片頭痛・群発頭痛 |
| 片側顔面痙攣 | チック・心因性・眼瞼痙攣(本態性) |
ミオキミア・線維束攣縮など他の不随意運動との鑑別も必要である。HSは診断を受けないまま経過することがある。
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”三叉神経痛の治療:
- 第一選択:カルバマゼピン(テグレトール®)が有効であり、診断確定後まず薬物療法を試みる。
- 難治性の場合は神経ブロックや手術的治療法があり、適切な時期にペインクリニックや専門医への紹介を検討する。
片側顔面痙攣の治療:
- 第一選択:ボツリヌス毒素療法が現在の第一選択である。
- A型ボツリヌス毒素皮下注射は約90%に有効で、効果発現まで2〜3日、効果持続は3〜4か月であり定期的な再注射が必要である。
**微小血管減圧術(MVD)**が血管圧迫によるPTCSの標準的手術治療である。
- 責任血管を神経から遠ざけ、テフロンプレジェットやイバロンスポンジを挿入して再発を防ぐ。
- 血管圧迫が単一原因の場合、MVDにより三叉神経と顔面神経の両方の圧迫を解除できる。
- 治癒率80%以上。AICA・PICA関与例は他の血管関与例より成功率が高い。
- 高齢は再発率と関連する。
その他の治療:腫瘍・嚢胞の切除、高周波凝固術、熱凝固術、ガンマナイフ放射線手術。
血管圧迫が単一の原因である場合、MVDにより三叉神経と顔面神経の両方の圧迫を一度に解除できる。治癒率80%以上であり、AICA・PICAが責任血管の場合は特に良好な成績が得られる。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”PTCSには単一病変が両神経を同時に圧迫する「統一病理」と、別々の病変がそれぞれの神経を侵す「独立病理」がある。
三叉神経痛(TN)の発症機序
Section titled “三叉神経痛(TN)の発症機序”三叉神経が橋に進入する移行領域(末梢性→中枢性髄鞘への移行帯)は脱髄に脆弱である。
- 脱髄→過興奮:髄鞘欠損部でナトリウムイオン排出能力が失われ、軸索の過興奮が生じる。
- エファプス伝達:偽シナプス伝達と高頻度放電を伴う異所性インパルスが発生する。
- Aβ線維からの高頻度放電が脳幹ニューロンにより発作性の痛みとして知覚される。
- 脱髄リスクが最も高いのはAβ線維である。
片側顔面痙攣(HS)の発症機序
Section titled “片側顔面痙攣(HS)の発症機序”顔面神経の根出口部(root-exit zone)は蜘蛛膜のみに包まれ神経外膜を欠く。中枢性→末梢性髄鞘の移行領域であり、結合組織中隔も欠如しているため圧迫に脆弱である。
- 末梢仮説:根出口部での血管圧迫・占拠性病変による異所性・エファプス性興奮。
- 中枢仮説:顔面神経損傷→脳幹顔面神経核の過興奮。
- いずれの機序でも、不適切な興奮→不随意筋活性化→HSが生じる。
統一病理の例:PICAの拡張が三叉神経と顔面神経の両方を同時に圧迫する。
独立病理の例:AICAが三叉神経を圧迫し、かつ脳外科手術で顔面神経が損傷される場合。
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”Liuら(2020)は40例の後方視的研究で、PTCSはHSとして発症することがTNより多いことを示した。
Yinら(2021)は192例を集積した初の個別患者データ・メタ解析を発表し、PTCSの疫学的特徴・病因の相対頻度・リスク要因を系統的に解明した。
稀な原因(腫瘍・嚢胞・血管疾患・外傷)に対する治療効果データは現時点では限定的であり、更なる研究が必要とされている。PTCSの過小診断の可能性が指摘されており、TNとHSの正確な診断のための教育・啓発が求められている。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”-
Cushing H. The major trigeminal neuralgias and their surgical treatment. Am J Med Sci. 1920.
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Campbell FG, Keedy C. Hemifacial spasm: a review of the etiologic factors, with emphasis on those originating from the central nervous system. Can Med Assoc J. 1947.
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Liu C, et al. Hemifacial spasm combined with ipsilateral trigeminal neuralgia (painful tic convulsif): clinical and neuroimaging characteristics in 40 patients. Neurosurgery. 2020.
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Yin LX, et al. Hemifacial spasm combined with ipsilateral trigeminal neuralgia: systematic review and individual patient data meta-analysis of 192 cases. J Neurosurg. 2021.