副鼻腔期(初期)
眼窩ムーコル症
ひとめでわかるポイント
Section titled “ひとめでわかるポイント”1. 眼窩ムーコル症とは
Section titled “1. 眼窩ムーコル症とは”眼窩ムーコル症(Orbital Mucormycosis)は、ケカビ目(Mucorales)に属する真菌が鼻腔・副鼻腔から眼窩組織へ浸潤することで生じる侵襲性真菌感染症である。鼻眼窩脳型ムーコル症(rhino-orbital-cerebral mucormycosis; ROCM)の眼窩病変が最も重要で、Rhizopus属(特にリゾプス・オリゼ、Rhizopus oryzae)が鼻脳型症例の約85〜90%を占める。以前は眼窩接合菌症(orbital zygomycosis)とも呼ばれていた。
Mucorales真菌の組織浸潤性は強く、小さな病巣でも眼窩先端部組織を侵すと不可逆的な眼球運動障害や視機能喪失をきたす。推定年間発症率は1.7/100万人であり8)、インドでは先進国の80倍の発症率が報告されている9)。欧州では0.2〜3/100万人と報告されている4)。全体死亡率は50%を超え、治療なしでは79%、治療ありで約40.5%に達する。血糖コントロールが不良な糖尿病患者での中枢神経系関与は33〜49%にのぼる8)。
推定年間発症率は1.7/100万人である8)。インドでは先進国の80倍の発症率が報告されており、地域差が大きい。糖尿病・血液悪性腫瘍・免疫不全を有する患者集団では発症リスクが著しく高まる。COVID-19パンデミック以降、特にインドを中心に症例が急増している6)。
浸潤範囲による分類
Section titled “浸潤範囲による分類”眼窩ムーコル症は浸潤範囲によって以下の3型に分類される。
- 眼窩限局型: 副鼻腔→眼窩への浸潤(最も早期)
- 鼻眼窩型: 鼻腔・副鼻腔・眼窩への浸潤
- 鼻眼窩脳型(ROCM): 鼻腔・副鼻腔・眼窩・頭蓋内への浸潤(最重症)
Chandler分類(眼窩病変の重症度分類)
Section titled “Chandler分類(眼窩病変の重症度分類)”眼窩への炎症進展の重症度はChandler分類で評価する。
| Chandler分類 | 病態 |
|---|---|
| Group 1 | 隔膜前(眼窩周囲)炎症 |
| Group 2 | 眼窩内浸潤性炎症 |
| Group 3 | 骨膜周囲膿瘍 |
| Group 4 | 眼窩内膿瘍 |
| Group 5 | 海綿静脈洞血栓症 |
Group 3以上では外科的介入の適応を積極的に検討し、Group 5は最重症の頭蓋内進展を示す。
2. 主な症状と臨床所見
Section titled “2. 主な症状と臨床所見”
1〜2日で急速に悪化することがある。
臨床所見(医師が診察で確認する所見)
Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”病期の進展に応じて特徴的な眼科的・全身的所見が現れる。
眼窩進展期
脳進展期
COVID-19関連ROCMでは全例でCRAOと眼球突出・完全眼筋麻痺が認められ、予後は極めて不良であった(全例死亡)3)。
3. 原因とリスク要因
Section titled “3. 原因とリスク要因”ケカビ目(Mucorales)の真菌、特にリゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)が主な原因菌である。増殖速度が速い無隔壁(aseptate)の糸状菌で、熱帯・亜熱帯地域に多く分布する。胞子の吸入により体内に侵入する。
- 糖尿病(特に糖尿病性ケトアシドーシス):最大のリスク因子(58.9〜86.7%)
- 血液悪性腫瘍(急性骨髄性白血病など)・好中球減少症
- 腎移植の既往・免疫抑制療法
- HIV感染・慢性腎臓病・栄養不良
- ヘモクロマトーシス・デフェロキサミン療法
- COVID-19感染:特にステロイド使用・糖尿病合併例でリスクが増加6)7)
- ICU長期入院・静脈内薬物使用
- ボリコナゾール予防投与(Mucorales過剰増殖を誘導する可能性)4)
COVID-19感染後のROCM症例が世界的に急増しており、特にインドでは2021年に2,826例が報告された6)。COVID-19によるサイトカインストーム・免疫異常・ステロイド使用・高血糖が相乗的に真菌増殖を促進すると考えられている。
4. 診断と検査方法
Section titled “4. 診断と検査方法”
- CT:副鼻腔壁の骨侵食・腔内混濁の評価に有用。最も関与しやすい部位は上顎洞・篩骨洞。造影CTが望ましい。初期では異常を認めない例も多く、繰り返し画像検査を行うことが重要。特に病巣近傍の副鼻腔炎の所見(粘膜肥厚・腔内混濁)に注意する。
- MRI:
- T1強調画像:等信号の病変
- T2強調画像:低信号(壊死を反映)
- 「Black Turbinate sign」:造影T1で鼻甲介が非造影となる所見。壊死を反映し特徴的5)
- 海綿静脈洞関与:造影効果の欠如
- 前頭葉・基底核に好発する脳梗塞巣の検出5)
組織診断(ゴールドスタンダード)
Section titled “組織診断(ゴールドスタンダード)”生検と培養が確定診断のゴールドスタンダードである。組織病理学ではH&E染色・PAS染色・GMS染色が用いられ、直角(90度)に分岐する無隔壁の幅広いリボン状菌糸・血管侵襲・血栓症・壊死が特徴的所見である2)。培養による菌種同定は治療薬選択のためにも重要であるが、培養陽性率は低い。確定診断は病理組織検査または培養による菌体の証明による。
mNGS(メタゲノム次世代シーケンシング)5)
Section titled “mNGS(メタゲノム次世代シーケンシング)5)”髄液からRhizopus属のDNA配列を検出できる。7例全例で陽性(培養は全例陰性)が報告されており、従来法が陰性の場合に特に有用である。
診断法の特性を以下に示す。
| 検査法 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|
| 生検+培養 | 確定診断のゴールドスタンダード | 培養陽性率は低い |
| mNGS(髄液) | 培養陰性例でも検出可能 | 専門施設が必要 |
| β-Dグルカン・GM | 日常的な真菌マーカー | Mucoralesへの感度が低く診断に不向き |
- アスペルギルス症(最重要):45度の角度で分岐する隔壁のある菌糸が鑑別点。
- 眼窩蜂巣炎(細菌性)
- 多発血管炎性肉芽腫症(GPA)
5. 標準的な治療法
Section titled “5. 標準的な治療法”抗真菌薬と外科的デブリードマンの併用が基本であり、全身管理のできる内科での治療が望ましい。壊死組織への抗真菌薬浸透は不良なため外科的治療との併用が不可欠である。
抗真菌薬治療
Section titled “抗真菌薬治療”| 薬剤 | 位置付け | 投与量・用法 |
|---|---|---|
| リポソーマル・アムホテリシンB(L-AMB) | 第一選択 | 通常5〜7.5 mg/kg/日;CNS侵襲例10 mg/kg/日 |
| ポサコナゾール | ステップダウン・サルベージ療法 | 奏効率60〜70%2) |
| イサブコナゾール | 代替療法(忍容性良好)7) | 200 mg負荷投与後、200 mg/日(経口可) |
| ボリコナゾール | ムーコル症には無効 | 使用不可(アスペルギルス症との決定的相違点) |
-
第一選択:リポソーマル・アムホテリシンB(L-AMB)2)
- 通常量:5〜7.5 mg/kg/日
- CNS侵襲例:10 mg/kg/日1)
- 投与期間:3〜36か月(臨床的・画像的改善に基づく)
- アムホテリシンBデオキシコール酸は腎毒性が著しく高く、リポソーム製剤を優先する
-
ポサコナゾール:ステップダウン療法またはサルベージ療法。奏効率60〜70%2)。
-
イサブコナゾール:代替療法として有効、忍容性良好7)。200 mg負荷投与後、200 mg/日(経口可)。
-
併用療法:アムホテリシン+カスポファンギン併用が単剤より良好な転帰との報告があるが、エキノカンジン系のMucoralesに対するin vitro活性は低く、強いエビデンスはない2)。
壊死組織の外科的デブリードマンは不可欠である。正常な出血が得られるまで切除し、切除マージンの病理確認が強く推奨される。機能的内視鏡下副鼻腔手術(FESS)が標準的術式であり、複数回手術が必要なことがある4)。副鼻腔に対する耳鼻科的処置は成人では必要となる場合が多く、特に視力低下がみられる場合には眼窩内圧を減少させることが重要である。広範な眼窩関与例では骨除去を伴う眼窩内容除去術を要することもある。
抗真菌薬+手術併用の死亡率は18.5%であるのに対し、抗真菌薬単独では60%と大幅に高い2)。
- 球後・硝子体内アムホテリシンB注射(硝子体内投与:10 mcg/0.1 mL)1)
- 高気圧酸素療法:抗真菌作用と虚血部位の血管新生促進1)
基礎疾患の是正
Section titled “基礎疾患の是正”- 糖尿病の血糖コントロールと糖尿病性ケトアシドーシスの補正7)
- 免疫抑制状態の是正(可能な範囲での免疫抑制薬の減量)
リポソーマル・アムホテリシンBの投与期間は3〜36か月と幅広く、臨床的・画像的改善に応じて個別に調整する2)。重症例や脳進展例ではより長期の投与が必要となることが多い。外科的デブリードマンも複数回が必要となる場合がある。
ボリコナゾールはアスペルギルス症には有効な抗真菌薬であるが、ムーコル症(Mucorales)には無効である。両者は類似した症状・所見を示すことがあるため、原因菌の同定が治療選択上極めて重要となる。ボリコナゾール投与中にムーコル症のブレークスルー感染が起こるケースも報告されており4)、真菌同定を確実に行うことが必要である。
6. 病態生理学・詳細な発症機序
Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”感染経路と拡散メカニズム
Section titled “感染経路と拡散メカニズム”胞子の吸入により副鼻腔内で増殖し、直接浸潤または鼻涙管を経由して眼窩に到達する。眼窩から脳へは眼窩尖端・海綿静脈洞・篩板・血管を介して侵入する。
主な拡散メカニズムは血管侵襲(angioinvasion)であり、血管壁の内皮細胞と細胞外マトリックス・タンパク質を貫通する。GRP78(グルコース調節タンパク質)がこの貫通プロセスに関与している。血管侵襲→血栓症→虚血→乏血性壊死という経路で進行し、充血を欠く壊死が形成される。
ケトアシドーシスと鉄代謝の関与
Section titled “ケトアシドーシスと鉄代謝の関与”酸性条件下ではトランスフェリンから鉄が遊離し、Mucorales菌が遊離鉄を利用して急速に増殖する。鉄過剰状態(ヘモクロマトーシス・頻回輸血・デスフェリオキサミン療法)でも同様のメカニズムが働く。
COVID-19との関連メカニズム6)
Section titled “COVID-19との関連メカニズム6)”サイトカインストーム(IL-1・IL-2・IL-6・TNF-αなどの上昇)、CD4+ T細胞のIFN-γ発現低下、ステロイド・免疫調節薬使用、低酸素環境+高血糖+酸性環境+高鉄レベルの重複が真菌の芽胞発芽に理想的な環境を提供する7)。
眼科合併症のメカニズム
Section titled “眼科合併症のメカニズム”- 網膜中央動脈閉塞:真菌の血管侵襲による直接的血管閉塞・塞栓3)
- 視神経梗塞:眼窩尖端部の血管閉塞
- 海綿静脈洞血栓症:静脈還流障害
7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)
Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”mNGSによる早期診断の可能性
Section titled “mNGSによる早期診断の可能性”Yang et al.(2026)は、脳梗塞を初発症状としたROCM 7例を報告した5)。全例で髄液mNGSによりRhizopus属を検出したが、培養は全例陰性であった。診断までの中央値は5日、唯一の生存者は2日で診断された(死亡率85.7%)。mNGSはROCMの早期診断ツールとして有望であり、従来の培養・血清マーカーが陰性の場合に特に価値が高い。
mNGS(メタゲノム次世代シーケンシング)は、β-Dグルカン・ガラクトマンナンが感度不良で、培養でも原因菌が同定できない場合に有用である。特に脳梗塞を初発症状とするような非典型的ROCMでは、髄液mNGSが唯一の診断手段となりうる5)。
COVID-19関連ROCMの急増と対策
Section titled “COVID-19関連ROCMの急増と対策”COVID-19に合併するROCMの世界的な急増を受け、Ostovan et al.(2021)は機械的人工呼吸管理歴のある患者が全例死亡したと報告した6)。インドではSenら(2021)が2,826例のCOVID-19関連ROCMを報告し、パンデミックにおける新たな重大合併症として注目されている。
小児ROCMの治療戦略
Section titled “小児ROCMの治療戦略”Al Reesi et al.(2023)は、小児の急性慢性腎臓病・栄養不良例に対し、リポソーマルアムホテリシンB(5→9 mg/kg/日)+ポサコナゾール+複数回手術の積極的治療で治癒を達成した症例を報告した2)。24時間以内の早期診断と積極的治療が良好な転帰の鍵とされる。
8. 参考文献
Section titled “8. 参考文献”- Benlamkaddem S, Zdaik G, Doughmi D, et al. Rhino-Orbital Cerebral Mucormycosis: A Fatal Evolution. Cureus. 2023.
- Al Reesi M, Al Muqbali T, Al Ajmi A, et al. Successful Management of Rhino-Orbital-Cerebral Mucormycosis in a Child with Acute-on-Chronic Kidney Disease and Malnutrition. Sultan Qaboos Univ Med J. 2023.
- Kamath GM, Jeganathan S, Salim S, et al. Case series of central retinal artery occlusion in COVID-19-associated rhino-orbital-cerebral mucormycosis. Indian J Ophthalmol. 2023.
- Siriwardena P, Wariyapperuma U, Nanayakkara P, et al. Rhino-orbital-cerebral mucormycosis in acute myeloid leukemia patients: a case series from Sri Lanka. BMC Infect Dis. 2024.
- Yang F, Yang C, Li H, et al. Metagenomic next-generation sequencing in diagnosing rhino-orbital-cerebral mucormycosis presenting as cerebral infarction: a case series and diagnostic analysis of seven patients. Front Fungal Biol. 2026.
- Ostovan VR, Rezapanah S, Behzadi Z, et al. Coronavirus disease (COVID-19) complicated by rhino-orbital-cerebral mucormycosis presenting with neurovascular thrombosis: a case report and review of literature. J Neurovirol. 2021.
- Ponce-Rosas L, Gonzales-Zamora J, Diaz-Reyes N, et al. Rhino-Orbital-Cerebral Mucormycosis in a Post-COVID-19 Patient from Peru. Case Rep Infect Dis. 2022.
- Alanazi RF, Almalki A, Alkhaibary A, et al. Rhino-Orbital-Cerebral Mucormycosis: A Rare Complication of Uncontrolled Diabetes. Case Rep Surg. 2022.
- Mokhtar EA, Fatima Q, Akbar S, et al. Rhino-Orbital Cerebral Mucormycosis Causing Temporomandibular Joint Ankylosis: A Case Series of Two Patients. Cureus. 2023.