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網膜・硝子体

網膜人工視覚(網膜プロテーゼ)

1. 網膜人工視覚(網膜プロテーゼ)とは

Section titled “1. 網膜人工視覚(網膜プロテーゼ)とは”

網膜人工視覚(retinal prosthesis、網膜プロテーゼ)は、網膜色素変性RP)や加齢黄斑変性AMD)などにより視細胞が変性・喪失した患者に対し、残存する内層網膜細胞(双極細胞・網膜神経節細胞)を電気的または化学的に刺激して視覚を部分的に回復させる植込みデバイスの総称である。

視覚補助デバイスとしての概念は1755年のLe Royに遡り、1956年にTassickerが網膜刺激を提案した。その後、電極アレイ技術の進歩とともに現在の形に発展した。複数のデバイスが臨床段階に達している4)

対象患者では視細胞は失われているが、内層網膜RGCは相当数が生存している。4) このRGCの生存が人工視覚の生物学的基盤となっている。

Q 網膜人工視覚はどのような患者に適応されるか?
A

主に網膜色素変性による視細胞変性が進行し、光覚以下まで視力が低下した患者が対象となる。Argus IIでは25歳以上かつ光覚弁以下が承認適応である。内層網膜RGC)が生存していることが必要条件で、術前評価で確認する。

網膜人工視覚の主な適応疾患である網膜色素変性RP)では、以下の経過をたどる。

  • 夜盲:最も早期の症状。暗所での視覚機能低下から始まる。
  • 視野狭窄:輪状暗点が拡大し、典型的な求心性視野狭窄を呈する。
  • 視力低下錐体細胞の変性が進行すると中心視力が低下する。2)
  • 色覚異常・光覚消失:終末期には光覚のみとなり、最終的に全盲に至る。

RPの典型的な眼底所見は以下の通りである。3)

眼底所見

骨小体様色素沈着:赤道部を中心に分布する特徴的所見。

視神経萎縮・蝋様光沢:乳頭の蒼白変化。長期経過例で顕著。

血管狭小化網膜動脈の著明な狭細化。

電気生理・画像所見

網膜電図消失または著明低下:確定診断に必須の検査所見。

OCT楕円体帯(EZ)消失:光受容体内節外節境界部の消失が視細胞変性を示す。

FAF眼底自発蛍光)リング状過蛍光:活動性変性領域の境界を示す。

網膜人工視覚の植込み後、患者は物体の輪郭や動きの識別が可能になる場合がある。ただし、現在のデバイスで得られる視覚は限定的で、自然な視力の回復には至らない4)

Q RPの診断はどのように行うか?
A

網膜電図による機能評価が確定診断に必須である。3) OCTで楕円体帯(EZ)の状態を評価し、眼底自発蛍光でリング状過蛍光を確認する。遺伝子検査も推奨され、EYS遺伝子が日本人では20〜30%と最多を占める。3)

RPは100以上の遺伝子変異が原因となる遺伝性網膜変性疾患群の総称である。2) 有病率は4000〜8000人に1人で、日本における先天性盲の第1位の原因疾患である。3)

  • 常染色体優性型(AD):原因遺伝子は32種類以上。RHO、PRPF31などが代表的。2)
  • 常染色体劣性型(AR):原因遺伝子は90種類以上。EYS遺伝子が日本人では20〜30%を占める。2, 3)
  • 症候群型:Usher症候群(難聴合併)、Bardet-Biedl症候群(多指趾症・肥満合併)などを含む。2)

AMDの末期である地図状萎縮(GA)では、中心窩視細胞RPEが萎縮し、中心視が失われる。PRIMAなど一部の網膜プロテーゼは、GAによる中心視障害も研究対象としている4)

網膜人工視覚の適応評価には、RPの進行度評価が不可欠である。

  • 網膜電図ERG:確定診断に必須。桿体・錐体応答の消失または著明低下を確認する。3)
  • 視野検査:Goldmann動的視野計で求心性視野狭窄のパターンと残存視野を評価する。
  • OCT:楕円体帯(EZ)の残存状況で視細胞密度を推定する。3)
  • 眼底自発蛍光FAF:リング状過蛍光が変性活動域の指標となる。3)
  • 遺伝子検査:原因遺伝子の同定。遺伝子治療セクション7参照)の候補選定にも重要。

Argus IIの承認適応基準は以下の通りである。

  • 年齢:25歳以上
  • 視力:光覚弁以下
  • RP(または類縁疾患)による重度視覚障害
  • 内層網膜RGC)の電気刺激応答が確認できること

RPは指定難病(難病法)の対象疾患であり、診断確定後に医療費助成の申請が可能である。3)

現在臨床使用されている網膜人工視覚デバイスは電気刺激型が主体である。デバイスの配置位置により、epiretinal型網膜内側)とsubretinal型網膜下)に分類される。

主要な電気刺激型デバイスを以下に示す。

デバイス電極数配置
Argus II60電極Epiretinal
Alpha IMS/AMS1500ピクセルSubretinal
PRIMA378ピクセルSubretinal

2013年にFDAで承認された最初期の商業用網膜プロテーゼである。カメラ付き眼鏡と体外プロセッサを組み合わせ、60電極アレイで網膜を刺激する。規制承認済み網膜プロテーゼ全体では、世界で500人以上に植込まれた4)

網膜下に1500個のフォトダイオード・電極アレイを配置する。外部電源が不要で、入射光をそのまま電気信号に変換する自律型デバイスである。

378ピクセルの光電変換チップをsubretinalに配置。AMD地図状萎縮)を主な適応とする。近赤外線レーザーをゴーグルから照射して電力を供給する。

電気刺激の代替として、神経伝達物質であるグルタミン酸を局所的に放出して網膜内層を刺激するアプローチが研究されている。1) 電気刺激と比較して以下の特徴がある。

  • グルタミン酸濃度:0.4〜10 mMの範囲で網膜細胞を活性化する。1)
  • 注入量:1回あたり10 pL未満の微小注入で制御する。1)
  • 時間分解能:3〜5 Hzの時間分解能を実現する。1)
  • 素材:生体適合性の高いSU-8素材を使用する。1)
  • 駆動原理:電気浸透流(electroosmotic flow)によりグルタミン酸を送出する。1)
Q 網膜人工視覚で通常の視力は回復するか?
A

現在のデバイスは自然な視力を回復させるものではない。電極数・解像度の制限から、明暗・輪郭・動きの識別が主な機能である。日常生活の補助として位置づけられる段階の技術である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

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RPなどの変性網膜では、視細胞の死後に内層網膜が段階的に再構築(リモデリング)される。1) このリモデリングは人工視覚の有効性に直接影響する。

リモデリングは3段階で進行する。1)

段階主な変化
Phase 1桿体外節の短縮・収縮
Phase 2桿体の死・神経回路再編
Phase 3重篤な神経リモデリング・Müller細胞肥大

Phase 3では、Müller細胞が増殖して網膜全層にわたる線維性瘢痕を形成する。1) この変化が電極と標的細胞の接触を妨げ、刺激の効率を低下させる。

グルタミン酸経路とRGCへの刺激

Section titled “グルタミン酸経路とRGCへの刺激”

正常網膜では、光信号はグルタミン酸を介してOFF経路(ON型双極細胞を抑制)とON経路(OFF型双極細胞を刺激)に分かれて処理される。1) 変性網膜でもこのグルタミン酸応答は類似した機能を保つことが示されており、1) 化学的刺激型の生物学的根拠となっている。

グルタミン酸毒性(興奮毒性)は過剰暴露時に問題となる。残存するMüller細胞がグルタミン酸再取込みの機能を担うが、変性が進行するとこの機能も低下する。1)

内層網膜RGCは変性後も長期にわたって生存する。4) 動物モデル(S334ter ラット・rd1マウス)での研究では、1) 視細胞変性が完了した後もRGCが残存し、電気・化学的刺激に応答することが確認されている。このRGC生存が網膜人工視覚の生物学的基盤である。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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化学的網膜人工視覚の動物実験

Section titled “化学的網膜人工視覚の動物実験”

グルタミン酸を用いた化学的人工視覚デバイスの動物植込み実験が進行中である。1) SU-8素材の生体適合性確認、電気浸透流による精密な流量制御、S334terラットおよびrd1マウスでのin vivo実験が報告されている。1) 臨床応用への課題として、デバイスの小型化・長期安定性・グルタミン酸毒性の回避が挙げられる。

残存するRGCに光感受性タンパク(チャネルロドプシンなど)を導入し、光刺激のみで視覚を再建する手法である。2)

GenSight Biologics社のGS030試験では、RPによる失明患者にアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターでChrimsonR(赤シフト型チャネルロドプシン)を導入した。1例において、特定の視覚刺激の知覚が報告された。2)

電極植込みを必要とせず侵襲性が低い点が電気刺激型との最大の違いである。ただし、現段階では得られる視覚は限定的である。

RPE65遺伝子変異による網膜変性に対し、AAVベクターを用いた遺伝子補充療法が承認されている(Luxturna)。2) 他の遺伝子変異(100以上)への拡張が研究されており、2) 将来的には遺伝子治療と人工視覚の組み合わせが検討される可能性がある。

長期サポート体制と今後の課題

Section titled “長期サポート体制と今後の課題”

網膜プロテーゼは植込み後のリハビリテーション、機器更新、保守管理を長期に必要とする。次世代デバイスの開発では、視覚機能の改善だけでなく、患者支援体制と製品の持続可能性も重要な評価項目となる4)

Q 光遺伝学的治療はいつ実用化されるか?
A

現在は初期の臨床試験段階であり、2) 一般的な医療として提供される段階には至っていない。対象遺伝子変異の有無にかかわらず応用できる点は有望だが、得られる視覚の質・安全性・長期効果の検証が必要である。


  1. Wu J, Rountree CM, Kare SS, Ramkumar PK, Finan JD, Troy JB. Progress on designing a chemical retinal prosthesis. Front Cell Neurosci. 2022;16:898865. doi:10.3389/fncel.2022.898865.
  2. Botto C, Rucli M, Tekinsoy MD, Pulman J, Sahel JA, Dalkara D. Early and late stage gene therapy interventions for inherited retinal degenerations. Prog Retin Eye Res. 2022;86:100975. doi:10.1016/j.preteyeres.2021.100975.
  3. 日本眼科学会. 網膜色素変性診療ガイドライン. 2021.
  4. Ayton LN, Barnes N, Dagnelie G, et al. An update on retinal prostheses. Clin Neurophysiol. 2020;131(6):1383-1398. doi:10.1016/j.clinph.2019.11.029.

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