この疾患の要点
糖尿病性白内障は糖尿病に伴って発症する水晶体 混濁であり、非糖尿病患者に比べ発症が早く進行が速い。
典型的な真性糖尿病白内障 は若年・血糖コントロール不良例に生じ、snow flaky(雪片状)混濁と saucer-shape(皿状)後嚢下混濁を特徴とする。
臨床的に多いのは加齢白内障 の修飾型であり、皮質混濁・後嚢下混濁が多く核混濁は少ない。
ポリオール経路によるソルビトール蓄積と浸透圧上昇が主要な発症機序である。
白内障 手術の適応は視機能障害または眼底観察困難であるが、術前に網膜 症・黄斑浮腫 の評価が必須である。
術前の急激な血糖是正は網膜 症・黄斑浮腫 を悪化させる危険性があり、長期的な血糖コントロールが重要である。
術後半年〜1年間は網膜 症・黄斑浮腫 の発症・進展に注意し、慎重な経過観察を要する。
糖尿病性白内障(diabetic cataract)は、糖尿病に伴って発症する水晶体 混濁の総称である。病型は大きく2つに分類される。
**真性糖尿病白内障 (典型的)**は、比較的若年者で血糖コントロール不良が持続して生じる。両眼性に snow flaky(雪片状)という細かい混濁が水晶体 前・後嚢下皮質に出現し、saucer-shape(皿状)という後嚢下皿状混濁を呈するのが特徴的である。
糖尿病に伴う加齢白内障 の修飾型 は、糖尿病白内障 の多くを占める病型である。特徴的な混濁所見はなく、特に2型糖尿病患者では加齢白内障 との鑑別が難しいことがある。
病型 発症年齢 特徴的所見 両眼性 真性糖尿病白内障 比較的若年者 snow flaky 混濁・saucer-shape 後嚢下混濁 両眼性 加齢白内障 の修飾型 中高年 特徴的所見なし(皮質・後嚢下混濁優位) 多くは両眼性
糖尿病患者では非糖尿病患者に比べ白内障 が多く、特に60歳代前半までの各世代において罹病率に差がみられる。小児糖尿病患者600例における真性糖尿病白内障 の頻度は約1%と非常にまれである。
糖尿病は皮質白内障 ・後嚢下白内障 の最大の危険因子とされる1) 。糖尿病・高血圧・肥満・メタボリックシンドロームは白内障 または白内障 手術のリスク増加と関連する1) 。
Q
糖尿病があると白内障になりやすいのか?
A
非糖尿病患者に比べ白内障 の発症が早く、特に60歳代前半までは罹病率に明確な差がある。糖尿病は皮質白内障 ・後嚢下白内障 の最大の危険因子とされており、血糖コントロール不良・長期罹病期間・網膜 症合併がリスクをさらに高める。定期的な眼科受診が重要である。
視力 低下(霧視 ) :混濁が視軸に及ぶと霧視 ・視力 低下をきたす。
羞明 :後嚢下混濁では光の散乱により羞明 が早期から生じやすい。屋外活動が特に障害されることがある。
単眼複視 :混濁の不均一な分布により生じることがある。
細隙灯顕微鏡にて水晶体 前嚢・後嚢下の混濁を観察する。水晶体 所見から糖尿病の合併を推測することは難しくない。網膜 症を合併する例では白内障 も進行例が多い傾向にある。
初期
所見 :赤道部からの water clefts(内部に顆粒を含む水隙)が多数みられる。
特徴 :皮質浅層の water clefts は糖尿病患者の初期変化として特徴的である。この段階では視機能障害は軽微なことが多い。
進行期
所見 :皮質浅層の車軸状混濁が水晶体 全周から生じる。後嚢下混濁・retrodots の合併により高度の視機能障害をきたす。
特徴 :後嚢下混濁は視軸上に位置するため、早期から視力 ・コントラスト感度 の低下をきたしやすい。
高度進行期
所見 :前嚢下混濁(血糖コントロール不良・長期罹患例)、成熟白内障 。
特徴 :核混濁は比較的少ない。糖尿病患者では硝子体 内酸素レベルが低いため、核白内障 の発生が抑制されると考えられている。
真性糖尿病白内障 に特徴的な snow flaky(雪片状)混濁は前・後嚢下皮質に散在する細かい白色混濁であり、急速に成熟白内障 へ進行することがある。
Q
糖尿病性白内障の見え方は通常の白内障と異なるか?
A
後嚢下混濁が早期から生じやすいため、視軸上の混濁が通常の核白内障 より早期に現れる。核白内障 に比べて羞明 ・グレア・コントラスト感度 低下が目立ちやすいのが特徴である。進行が速い場合があり、定期的な観察が必要である。
糖尿病性白内障の発症には複数の機序が関与する。
ポリオール経路(主要機序) :アルドース還元酵素によるソルビトール蓄積と浸透圧上昇(詳細はセクション6参照)。
終末糖化物質(AGEs)の蓄積 :水晶体 タンパク質の架橋・不溶化・光散乱を引き起こす。
酸化ストレス の増大 :活性酸素種(ROS)の産生増加と抗酸化防御能の低下。
グリケーション(非酵素的糖化)反応の増加 :高血糖環境下でのクリスタリン変性。
糖尿病の若年発症
長期の罹病期間
血糖コントロール不良(HbA1c 高値)
進行した網膜 症の合併
利尿薬の使用
赤血球中アルドース還元酵素値の高値(関連が示唆されている)
糖尿病は皮質混濁・後嚢下白内障 の最大の危険因子1)
細隙灯顕微鏡にて水晶体 前嚢・後嚢下の混濁を観察し、特徴的な混濁パターン(snow flaky・saucer-shape・water clefts)を確認する。血糖値・HbA1c の確認と糖尿病性網膜症 の合併評価が必須である。
糖尿病網膜症 を有する患者は白内障 手術後に黄斑浮腫 (オッズ比 5.91、95%信頼区間 2.72〜12.84)および網膜 症進行(オッズ比 5.28、95%信頼区間 3.05〜9.14)のリスクが有意に高い2) 。術前に糖尿病網膜症 を正確に同定することが術後視力 予測に不可欠である2) 。
評価項目 検査手段 目的 眼底状態・網膜 症病期 眼底検査 ・蛍光眼底造影 術後進展リスクの評価・術前介入の要否判断 黄斑浮腫 の有無OCT 術後視力 予後の予測 眼底透見困難例 超音波断層撮影(Bモード)・網膜電図 後極部疾患の除外 血糖・HbA1c 血液検査 長期血糖コントロール状態の把握 全身合併症 内科的評価 心・腎・血管系合併症の評価
加齢白内障 :特に2型糖尿病の修飾型では鑑別が困難なことがある。
ステロイド 白内障 :後嚢下混濁パターンが類似する。ステロイド 投与歴の確認が重要。
ぶどう膜炎 に伴う併発白内障 :炎症所見の有無で鑑別する。
Q
糖尿病性白内障の手術前にどのような検査が必要か?
A
通常の白内障 術前検査(眼軸長 測定・角膜 曲率測定・前房 深度測定など)に加え、眼底検査 ・OCT による網膜 症病期・黄斑浮腫 の評価が必須である。眼底が透見困難な場合は超音波断層撮影や網膜電図 で後極部疾患を除外する。HbA1c・血糖値の確認と心・腎・血管系合併症の全身評価も行う。
糖尿病患者で白内障 による視機能障害がある場合、または眼底が観察困難で網膜 症の管理に支障をきたす場合に白内障 手術が考慮される。適応決定には眼合併症の評価と全身状態の評価が必要である。
長期間の安定した血糖コントロールが最も重要である。手術直前の血糖値だけを下げても無意味であり、逆に手術前の短期間に急激に血糖値を是正すると、かえって網膜 症および黄斑浮腫 を悪化させる危険性がある。長期にわたり血糖コントロール不良が続いている患者ほど術後の網膜 症が悪化しやすい。
超音波水晶体乳化吸引術 (PEA )と眼内レンズ (IOL )挿入が標準術式である。小切開自己閉鎖創による術式が推奨される理由は以下のとおりである。
術後炎症 :糖尿病患者では血液房水 柵(BAB)の機能低下により術後炎症が強い傾向があるが、小切開術式では臨床上問題とならない。
創傷治癒遅延 :糖尿病患者では一般に遅延がみられるが、小切開術式では問題にならない。
術後眼内炎 :糖尿病患者の白内障 手術において、術後眼内炎 の頻度が特段に高いとはいえない。
患者分類 推奨管理 糖尿病網膜症 のない糖尿病患者ステロイド 点眼と NSAID 点眼の併用(CME 予防)2) 糖尿病網膜症 を有する患者ステロイド 点眼と NSAID 点眼を基本とし、トリアムシノロン デポの追加を検討する。使用時は術後眼圧 をモニタリングする2) 抗 VEGF 薬(ベバシズマブ 1.25mg 硝子体内注射 など)の予防的投与 エビデンスが一定せずルーチン使用は推奨されない2)
ステロイド depot 使用時は術後眼圧 のモニタリングが必須である2) 。
PREMED Study Report 2(Wieldersら)の糖尿病患者213例の無作為化試験では、ブロムフェナク0.09%点眼とデキサメタゾン0.1%点眼に加えて、術終了時にトリアムシノロン アセトニド40 mgを結膜 下注射した群は、非投与群より術後6週・12週の中心窩 領域平均網膜 厚がそれぞれ12.3 μm、9.7 μm低く、投与群ではCME を認めなかった3) 。
術後半年〜1年は網膜 症・黄斑浮腫 の発症・進展が促進される。長期間血糖コントロール不良が続いている患者ほど術後悪化しやすい。糖尿病網膜症 を有する患者での術後網膜 症進行リスクはオッズ比 5.28(95%信頼区間 3.05〜9.14)と有意に高い2) 。術後の慎重な眼底観察(OCT ・蛍光眼底造影 )が必須である。
疎水性アクリル IOL が後嚢混濁(PCO)発生率の観点から推奨される1) 。
糖尿病網膜症 合併例では単焦点 IOL が原則 :多焦点 IOL はコントラスト感度 低下・硝子体手術 時の視認性低下のリスクがあるため基本的に非適応。
網膜 症のない安定した糖尿病患者への多焦点 IOL 使用については個別に検討する。
虚血性心疾患や脳梗塞を合併している糖尿病患者の白内障 手術では、抗凝固薬や血小板凝集抑制薬を中止する必要は必ずしもなく、継続投与で構わない。
Q
糖尿病があっても白内障手術は受けられるか?
A
適切な術前評価と長期間の安定した血糖管理のもとで安全に施行可能である。ただし術前の急激な血糖是正は網膜 症・黄斑浮腫 を悪化させる危険があり禁忌である。術後は網膜 症・黄斑浮腫 の発症・進展のリスクが高まるため、半年〜1年間の慎重な眼底経過観察が必要である。
糖尿病白内障 の原因としてポリオール代謝による浸透圧上昇の報告が多い。機序は以下のとおりである。
高血糖 → 高グルコース濃度の房水 から水晶体 内へグルコースが流入
アルドース還元酵素 がグルコースをソルビトールに変換
ソルビトール脱水素酵素 がソルビトールをフルクトースに変換
ソルビトール・フルクトースは水晶体 膜を透過しにくく代謝もされない
高血糖状態では高濃度に蓄積 → 浸透圧差により房水 から水晶体 内に水が流入
水晶体 細胞が浮腫・膨化 → 水晶体 線維の構造破壊 → 白濁
高血糖環境下でグルコースが水晶体 タンパク質(クリスタリン)にメイラード反応を介して共有結合し、終末糖化物質(AGEs)が蓄積する。AGEs の蓄積により以下の変化が生じる。
タンパク質の架橋・不溶化 → 光散乱の増大
活性酸素種(ROS)の産生促進 → 酸化ストレス の増悪
クリスタリン分子の凝集促進
高血糖環境でのスーパーオキシドアニオン・過酸化水素の産生増加
還元型グルタチオン(GSH)の減少 → 水晶体 の抗酸化防御能が低下
スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)活性の低下
脂質過酸化による細胞膜障害
糖尿病患者では硝子体 内の酸素レベルが低いため、核白内障 の発生が抑制されると考えられている。これが、糖尿病白内障 において皮質・後嚢下混濁が優位で核混濁が比較的少ない機序とされている。
アルドース還元酵素阻害薬(ARI) :ポリオール経路の律速酵素であるアルドース還元酵素を阻害し、糖尿病白内障 の発症予防を目指す薬剤。動物実験では有効性が示されているが、ヒトでの大規模臨床試験では明確な有効性は確立されていない。
抗酸化物質による予防 :ビタミンC・ビタミンE・βカロテンの高用量投与は白内障 の予防・進行抑制に有効であるとのエビデンスは示されていない1) 。
術後 CME 予防の至適戦略 :糖尿病患者でのステロイド 点眼 + NSAID 点眼併用、トリアムシノロン depot、抗 VEGF 薬の最適な組み合わせ・用量は未確立であり、引き続き研究が進行中である2) 。
多焦点 IOL の糖尿病患者への適応拡大 :網膜 症のない安定した糖尿病患者への多焦点 IOL 使用の安全性に関する長期データの蓄積が進行中である。
AAO Cataract and Anterior Segment Panel. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. American Academy of Ophthalmology. 2021.
Wanten JC, Till V, Findl O, Cochener-Lamard B, Kohnen T, Nuijts RMMA; ESCRS Cataract Surgery Recommendations Working Group. European Society of Cataract and Refractive Surgeons Recommendations for Cataract Surgery 2024: Executive Summary. European Society of Cataract and Refractive Surgeons; 2024. Section 4.4.6, Question 7.6. https://www.escrs.org/escrs-recommendations-for-cataract-surgery
Wielders LHP, Schouten JSAG, Winkens B, van den Biggelaar FJHM, Veldhuizen CA, Murta JCN, et al.; ESCRS PREMED Study Group. Randomized controlled European multicenter trial on the prevention of cystoid macular edema after cataract surgery in diabetics: ESCRS PREMED Study Report 2. J Cataract Refract Surg. 2018;44(7):836-847. doi:10.1016/j.jcrs.2018.05.015. PMID:30055692.
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