この疾患の要点
放射線白内障は電離放射線(X線・γ線)曝露により生じる白内障 であり、後嚢下白内障 が特徴的である。
ICRP は2012年にしきい線量を0.5 Gy に引き下げた(旧基準:視力 低下を生じる白内障 で単回急性5 Sv)。
職業被曝の上限も年間150 mSv から5年平均20 mSv/年(単年50 mSv上限)へ改訂された(ICRP 2011年勧告)。
リスク集団は医療従事者(インターベンション・カテーテル治療等)、放射線療法患者、原子力施設労働者、宇宙飛行士である。
混濁は後嚢下中央の多色性点状混濁・vacuoles から始まり、ドーナツ状→皿状混濁へと進行する。
含鉛ガラス・含鉛アクリル製保護眼鏡(アイシールド)が最も確実な予防策であるが、臨床現場での使用率は低い。
手術適応は後嚢下混濁径が2 mmを超えて視機能障害が生じた場合であり、超音波水晶体乳化吸引術 (PEA )+IOL 挿入術で予後は良好である。
放射線白内障は X線やγ線などの電離放射線曝露により生じる白内障 である。後嚢下白内障 が特徴的であるが、皮質白内障 を生じるとの報告もある。眼部放射線被曝では白内障 を生じることが知られており、低線量被曝でも長期的な白内障 リスクが上昇することが明らかになってきた。電離放射線は低線量・高線量いずれも皮質白内障 、後嚢下白内障 、混合型白内障 の確立されたリスク因子(proven cause)である1) 。
原子力発電事故の緊急作業者の被曝、医療従事者における職業被曝、CT などによる医療被曝などの低線量被曝も、長期的には白内障 のリスクとなる。
放射線白内障リスクが高い集団を以下に示す。
放射線療法を受けた患者 :頭頸部癌・眼腫瘍・頭蓋内腫瘍など眼部近傍への照射を受けた者
医療従事者 :カテーテル治療・血管内治療(IVR)・CT操作者など職業的に放射線を扱う者
原子力施設労働者 :原子力発電事故の緊急作業者も含む
宇宙飛行士 :国際宇宙ステーション(ISS)滞在等による宇宙線(高エネルギー粒子線)被曝
インターベンション心臓専門医およびカテーテル検査室スタッフの白内障 リスクは、系統的レビューとメタ解析で有意な上昇が示されている3) 。米国放射線技師の大規模コホート研究でも、比較的低線量の職業被曝で白内障 罹患リスクの上昇が示されている5,6) 。
放射線白内障のしきい線量は、近年の疫学研究の蓄積により大幅に引き下げられた。以下に新旧基準を示す。
基準 被曝条件 視力 低下を生じる白内障 軽度の白内障 旧基準(2007年以前) 単回・急性 5 Sv 0.5〜2 Sv 旧基準(2007年以前) 複数回・慢性 8 Sv 5 Sv ICRP 2012年改訂 急性・分割・遷延・慢性を問わず統一 0.5 Gy —
ICRP (国際放射線防護委員会)は2012年に、被曝後20年以降に被曝集団の1%に視覚障害性白内障 が生じる線量をしきい線量として定義し、0.5 Gy とした。被曝形式(急性・分割・遷延・慢性)を問わず0.5 Gy に統一されており、しきい線量と重篤度には関係がないとされている。
職業被曝の眼部被曝量上限も改訂された。従来の年間150 mSv から、ICRP 2011年勧告により5年間での平均20 mSv/年(単年で50 mSv を超えてはならない)に引き下げられた。
Q
低線量の放射線でも白内障になるのか?
A
低線量被曝でも長期的に白内障 リスクが上昇する。ICRP は2012年にしきい線量を0.5 Gy に引き下げており、旧基準(視力 低下を生じる白内障 で単回急性5 Sv)から大幅に厳格化された。米国放射線技師コホート研究でも、比較的低線量の職業被曝で白内障 罹患リスクの上昇が示されている6) 。低線量放射線被曝は水晶体 の加齢変化を加速する作用があると考えるべきである。
放射線白内障で生じる主な自覚症状を以下に示す。
視力 低下 :後嚢下混濁が視軸上に生じるため、比較的早期から視機能に影響する
羞明 (まぶしさ ) :後嚢下混濁による光散乱が原因
コントラスト感度 低下 :視力 が比較的良好な段階でもコントラスト感度 が著明に低下することがある
緩徐な視機能低下 :低線量・長期経過の場合は自覚しにくい形で進行する
放射線による水晶体 混濁は後嚢下中央に多色性の微細な点状混濁および vacuoles(空胞)を生じ、徐々に拡大して以下のように進行する。
初期(微小混濁)
点状混濁・vacuoles :後嚢下中央に多色性の微細な点状混濁と vacuoles が出現する。
water clefts :Y字縫合の解離による水亀裂。この時期から出現することがある。
進行期
斑状混濁・顆粒状混濁 :点状混濁が拡大・融合し、後嚢下に斑状・顆粒状の混濁が広がる。
さらに進行
ドーナツ状後嚢下混濁 :中央が比較的透明なドーナツ状の後嚢下混濁を呈する。
高度進行期
皿状混濁 :前後2層の膜様混濁からなる皿状混濁が形成される。著明な視機能低下を生じる。
高度被曝眼での典型的放射線白内障は、加齢白内障 やステロイド 白内障 とは大きく異なる混濁形態を呈するため、鑑別は比較的容易である。
一方、低線量被曝による放射線白内障は変化がきわめて緩やかに進行する。低線量ほど発症までに長期間(数十年)を要し、さらに加齢に伴う変化が加わるため判定が困難となる。加齢白内障 でも vacuoles・後嚢下混濁・water clefts・皮質浅層混濁を生じるため、加齢水晶体 眼にみられる混濁が放射線被曝により生じたものかの判定は容易ではない。
Q
放射線白内障と加齢白内障はどのように見分けるのか?
A
高線量被曝後の典型的症例では、多色性微細点状混濁→ドーナツ状→皿状後嚢下混濁という特徴的な進行パターンから鑑別は比較的容易である。低線量被曝では変化が緩やかで加齢変化と重複するため、被曝歴の詳細な問診(被曝線量・被曝期間・被曝原因)が鑑別に不可欠である。
X線・γ線 :医療用放射線(X線透視・CT・放射線治療)や原子力施設からの電離放射線
職業被曝(医療従事者) :カテーテル治療・IVR・CT操作における慢性的な低線量被曝
医療被曝(患者) :CT検査・放射線治療(頭頸部癌・眼腫瘍・頭蓋内腫瘍への照射)
宇宙線 :宇宙飛行士が ISS 等で曝露される高エネルギー粒子線
電離放射線は以下の白内障 病型すべての確立されたリスク因子である1) 。
白内障 病型放射線との関連 皮質白内障 電離放射線(低線量・高線量) 後嚢下白内障 電離放射線(低線量・高線量) 混合型白内障 電離放射線(低線量・高線量)
造血幹細胞移植後 :全身照射(TBI)後の放射線白内障発症についてメタ回帰分析が行われ、用量反応関係が確認されている2)
全身照射後 :単回照射後の白内障 発症にステロイド 使用と移植片対宿主病(GVHD)の関与が報告されている7)
インターベンション心臓専門医・カテーテル検査室スタッフ :系統的レビューとメタ解析で白内障 リスクの有意な上昇が示されている3)
米国放射線技師コホート :職業被曝により比較的低線量でも白内障 罹患リスクが上昇する5,6)
放射線白内障の診断は、特徴的な混濁形態と被曝歴の組み合わせで行う。
被曝歴の詳細な問診 :被曝線量・被曝期間・被曝原因(職種・治療歴)を確認することが最も重要
細隙灯顕微鏡検査 :後嚢下混濁の形態(ドーナツ状・皿状)・範囲・進行度を評価する
徹照法(direct illumination) :後嚢下混濁・vacuoles・water clefts の検出に有用
視機能評価 :視力 のみならずコントラスト感度 の低下も早期から評価する
ICRP (2012年)は放射線による水晶体 混濁を以下の2分類で定義し、しきい線量の設定に用いている。
微小混濁 :vacuoles 等の視機能に影響しない変化
視覚障害性白内障 :視機能に影響する白内障 (しきい線量0.5 Gy の定義に使用)
加齢白内障 (後嚢下型) :放射線白内障と形態が類似するが、多色性微細点状混濁→ドーナツ状→皿状の進行パターンは放射線白内障に特徴的。低線量・長期経過では鑑別困難
ステロイド 白内障 :後嚢下白内障 を呈するが、放射線白内障とは混濁形態が異なる。ステロイド 使用歴と被曝歴の両方を確認する
Q
放射線白内障の診断に特別な検査は必要か?
A
特殊な検査法は不要であり、通常の細隙灯顕微鏡検査 (特に徹照法)で診断する。被曝歴の詳細な問診が最も重要な情報であり、被曝線量・被曝期間・被曝原因を必ず確認する。加齢変化との鑑別が困難な症例では、被曝歴そのものが診断の決め手となる。
放射線白内障に対しては、予防が最も重要な対策である。
予防・日常のケア
含鉛ガラスまたは含鉛アクリルで作られた保護眼鏡(アイシールド)は、放射線白内障の予防にきわめて有用です。
医療従事者は、カテーテル治療・IVR・CT操作時に保護眼鏡を必ず着用してください。
ICRP 2011年勧告(5年平均20 mSv/年、単年50 mSv上限)を遵守し、被曝線量を管理しましょう。
眼部被曝量の大きい検査を受ける患者に対しても、保護具の使用が推奨されます。
含鉛ガラス・含鉛アクリル製保護眼鏡(アイシールド)の使用が最も確実な予防策である。しかし、臨床現場における使用率は低く、医療従事者での使用の徹底と眼部被曝量の大きい検査における患者での使用が推奨される。放射線防護シールドおよび含鉛眼鏡の使用が有効とされている8) 。被曝線量管理として ICRP 2011年勧告に基づく職業被曝の上限遵守も重要な予防策である。
視機能障害を生じた放射線白内障に対しては、通常の白内障 手術を行う。
手術適応 :後嚢下混濁径が2 mmを超えると視機能が低下し、手術が必要となる
術式 :超音波水晶体乳化吸引術 (phacoemulsification and aspiration; PEA )+眼内レンズ (IOL )挿入術
術後予後 :加齢白内障 術後と同様に良好な視力 回復が期待できる
Q
放射線白内障は手術で治るのか?
A
視機能障害が生じた放射線白内障に対しては、通常の超音波水晶体乳化吸引術 (PEA )+IOL 挿入が有効であり、術後予後は加齢白内障 術後と同様に良好である。手術適応は後嚢下混濁径が2 mmを超えて視機能低下が生じた場合である。低線量被曝例では発症から手術まで長期間を要することが多いが、手術成績は他の後嚢下白内障 と変わらない。
水晶体 は放射線感受性が非常に高い組織である。その発症機序は以下のように理解されている。
分裂能が高い赤道部(germinal zone)の水晶体 上皮細胞が放射線被曝を受ける
細胞内にフリーラジカルが産生され、DNA に損傷を生じる
水晶体 蛋白質(クリスタリン)の構造変化をきたす
障害された上皮細胞および有核の水晶体 線維が変性して後方へ移動する
後嚢中央部まで迷入することにより混濁を生じる
照射被曝により germinative zone の細胞や線維細胞内にフリーラジカルが産生され細胞障害が生じる。それに伴い、障害された水晶体 赤道部細胞が後嚢側へ移動し、後嚢下の水晶体 線維細胞の透明性低下とクリスタリンの凝集を生じ後嚢下白内障 となる。
germinal zone の放射線曝露による遺伝子障害が白内障 発症に必須の条件である。germinal zone のみを遮蔽物で保護した状態で水晶体 に放射線を曝露しても、放射線白内障は生じない。このことが、含鉛保護眼鏡による眼部の遮蔽が予防として有効な理論的根拠となっている。
造血幹細胞移植レジメンのメタ回帰分析で、放射線白内障発症の用量反応関係が確認されている2) 。電離放射線の眼への影響に関するアップデートレビューでも、低線量被曝の影響が報告されており、線量との関係の解明が進んでいる4) 。
放射線白内障は被曝後すぐには発症しない。低線量ほど発症までの潜伏期間が長く、数十年後に発症することもある。一旦発症すると加齢変化とともに徐々に進行する。低線量放射線被曝は水晶体 の加齢変化を加速する作用があると解釈すべきである。
放射線白内障にしきい線量が存在するのか、あるいは線量と反応の関係は直線的(しきい値なし・LNT モデル)なのかについて議論が続いている。ICRP の0.5 Gy という値の妥当性も含め、継続的な研究が進められている4) 。電離放射線の眼への影響に関する継続的なレビューにより、しきい線量の再評価が行われている。
米国放射線技師コホート(US Radiologic Technologists study)は、職業被曝と白内障 リスクの関係を長期的に追跡している。比較的低線量の職業被曝でも白内障 罹患リスクが上昇することが示され、現行の職業被曝上限設定の妥当性評価に活用されている5,6) 。
含鉛保護眼鏡の有効性は確立されているにもかかわらず、臨床現場での使用率は依然として低い。使用率向上のための教育・啓発プログラムや、より装着しやすい保護具の開発が課題となっている。
低線量被曝後の放射線白内障と加齢白内障 を鑑別するためのバイオマーカー ・画像診断法の探索が研究段階にある。特定のバイオマーカー が同定されれば、被曝歴が不明な症例での鑑別への応用が期待される。
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