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眼形成

まぶたのヒアルロン酸・脂肪注入に伴う合併症

1. フィラー・脂肪注入の合併症とは

Section titled “1. フィラー・脂肪注入の合併症とは”

眼窩周囲へのヒアルロン酸フィラー(フィラー注入)または自家脂肪注入後に生じる一群の合併症を指す。美容医療の普及に伴い、まぶた・眉下・涙袋・鼻根部へのフィラー注入が広く行われるようになり、眼科的合併症の報告が世界的に増加している。

最も重篤な合併症は眼動脈・網膜動脈系への逆行性塞栓による視力喪失であり、発症すると多くは不可逆的な経過をたどる1)。フィラー関連の視力喪失は世界文献のレビューで数百例以上の報告があり、眉間・鼻根部への注入が最多の原因部位として挙げられている1)

眼科医は眼科手術後の合併症管理だけでなく、美容医療施術者からのコンサルテーションや救急受診に対応できるよう、本合併症の病態・診断・緊急対応を習熟しておく必要がある。

Q まぶたのフィラー注入で失明することがあるのですか?
A

極めてまれではあるが、ヒアルロン酸や脂肪がフィラー注入時の圧力で網膜動脈に逆行性に塞栓すると、不可逆的な視力喪失を生じることがある。眉間・鼻根部の注入が特にリスクが高い。世界文献のレビューでは、眼窩周囲フィラー注入による視力喪失の報告例が複数存在しており、発症すると多くが永続的な失明に至る。ヒアルロン酸であれば早期のヒアルロニダーゼ投与で回復した症例報告もあるが、対応の遅れは予後を著しく悪化させる。

フィラー・脂肪注入後の合併症は、その機序・重篤度によって3つのカテゴリに分類される2)

カテゴリ主な合併症重篤度
血管塞栓性中心網膜動脈閉塞(CRAO)・眼窩動脈塞栓・脳梗塞最重篤(多くが不可逆)
局所合併症血腫・感染・蜂巣炎・皮膚壊死・グラニュローマ・Tyndall効果中等度(早期対応で回復可能)
眼瞼特有眼瞼浮腫・眼瞼下垂結膜浮腫・前房内フィラー迷入軽〜中等度

フィラー注入圧力が動脈圧を超えた際に逆行性塞栓が生じる。注入直後の症状が特徴的である。

中心網膜動脈閉塞(CRAO

フィラーが眼動脈・中心網膜動脈に逆行性に流入して閉塞する。突然の一眼性視力喪失(光覚なし〜高度視力低下)が主徴である。眼底所見としてcherry-red spot・網膜蒼白・動脈の途絶を認める。網膜虚血は不可逆性であり、特にヒアルロン酸以外の塞栓(脂肪・永久フィラー)では視力回復が極めて困難である。

眼窩動脈塞栓

眼球・視神経への血流障害を来す。眼痛眼球突出視力低下を主症状とし、視神経虚血(前部虚血性視神経症様の所見)を生じうる。

脳梗塞

内頸動脈系への逆行塞栓により、脳虚血を生じる最も重篤な合併症である3)。眼症状に加えて、意識障害・片麻痺・失語が生じた場合には直ちに脳神経科へのコンサルトが必要となる。

血腫・皮下出血

針による血管損傷で眼瞼・眼窩周囲に血腫が形成される。軽度のものは自然吸収されるが、大きな血腫は圧迫を要する場合がある。

感染・蜂巣炎

フィラー注入部位の感染により蜂巣炎を来す。発赤・熱感・疼痛・膿瘍形成が徴候であり、抗菌薬による早期治療が重要である。

皮膚壊死

血管塞栓による局所虚血が遷延すると、皮膚・皮下組織に壊死が生じる。眉間・鼻根部に多く、フィラー注入後数時間以内に皮膚の蒼白・疼痛・網状皮斑として顕在化する。

グラニュローマ(フィラー塊・硬結)

フィラー物質への異物反応として、注入部位に硬結・肉芽腫が形成される。遅発性に出現することもある。

Tyndall効果

ヒアルロン酸を皮膚表在に注入した場合に生じる。注入部位が青みがかった変色(青緑色)を呈する光学的現象であり、ヒアルロン酸が可視光を散乱することによる。眼窩周囲の薄い皮膚で特に目立つ。

眼瞼浮腫・眼瞼下垂

フィラーの機械的圧迫や炎症反応により眼瞼に浮腫・下垂が生じる。多くは一時的であるが、持続する場合はヒアルロニダーゼ注入または外科的処置を要する。

結膜浮腫

眼窩内圧上昇やリンパ流障害により結膜浮腫(結膜むくみ)が生じることがある。

前房内フィラー迷入

極めてまれではあるが、フィラーが前房内に迷入した症例の報告がある。眼内炎角膜内皮障害のリスクがあり、眼科緊急対応が必要となる。

眼窩周囲へのフィラー注入は美容医療の中でも急速に普及しているが、血管塞栓による失明の発生率に関する正確な疫学データは限られている。多施術者・多施設での集積調査では、フィラー注入全体における視力喪失の発生は約0.001%未満とされるが、発症した場合の不可逆性から注目されている5)

解剖学的危険部位として最も頻度が高いのは眉間・鼻根部であり、次いで鼻背・眉毛部・前額部が挙げられる1)。これらの部位では滑車上動脈・鼻背動脈などが眼動脈の終末枝として分布しており、フィラーの逆行塞栓が眼動脈系に直接及びやすい解剖学的基盤がある。

涙袋(下眼瞼)・眉下(上眼瞼)への注入も増加しており、これらの部位でも眼瞼動脈・鼻背動脈を介した塞栓リスクが存在する。施術頻度の増加に伴い、眼窩周囲以外の部位(鼻・前額部)の注入による眼合併症報告も増加している2)

フィラー・脂肪注入後の合併症診断において、血管塞栓を迅速に認識することが視力予後を左右する。

検査目的主な所見
眼底検査網膜動脈閉塞の確認cherry-red spot・網膜蒼白・動脈の途絶
蛍光眼底造影網膜灌流障害の評価充填遅延・無灌流領域・動静脈通過時間の延長
眼窩CT/MRIフィラー分布の確認・血腫評価フィラー物質の同定・軟部組織の浮腫・血腫

血管塞栓の早期認識ポイント

注入直後(数秒〜数分以内)に以下の症状が出現した場合は血管塞栓を強く疑い、直ちに緊急対応に移行する。

  • 突然の視力低下・視力喪失(一眼性)
  • 眼痛眼球突出
  • 皮膚の急激な蒼白・網状皮斑
  • 意識障害・神経症状(脳梗塞合併時)

眼底検査

中心網膜動脈閉塞ではcherry-red spot(黄斑部の赤い斑点)と周囲網膜の乳白色混濁・蒼白化が特徴的である。動脈の途絶・血流途絶(「cattle truck sign」)も確認される。視神経乳頭の浮腫・蒼白の有無から視神経虚血との鑑別も行う。

画像検査

眼窩CT/MRIはフィラーの分布確認・血腫や感染の評価に有用である。ヒアルロン酸は一般的にCTでは等〜低吸収を示す。脂肪注入後は脂肪組織と判別が困難な場合もある。脳梗塞が疑われる場合は頭部MRI(DWI)を追加する。

鑑別診断

  • 網膜静脈閉塞: 発症の時間的関係と眼底所見で鑑別
  • 前部虚血性視神経症: 視神経乳頭の所見・血流パターンで鑑別
  • 眼窩蜂巣炎: 感染徴候・発熱・白血球増多で鑑別
Q フィラー注入後に視力低下を感じたらどうすべきですか?
A

注入直後の突然の視力低下は血管塞栓の可能性がある。直ちに施術者に訴え、ヒアルロン酸フィラーであればヒアルロニダーゼの緊急注入を受ける必要がある。同時に、眼科への緊急受診が必須である。分単位の遅延が視力予後を大きく左右するため、自己判断での経過観察は絶対に避ける。脳症状(意識障害・片麻痺)が伴う場合は救急車を要請する。

5. 治療(緊急対応と標準的処置)

Section titled “5. 治療(緊急対応と標準的処置)”

ヒアルロン酸フィラー塞栓の対応

ヒアルロニダーゼ緊急注入:塞栓が疑われたら直ちに施行する

投与部位:塞栓周囲の皮下・眼窩内(必要に応じ球後注入)

追加処置眼圧降下(眼マッサージ・アセタゾラミド静注)・前房穿刺

視力回復の可能性:早期投与で回復例の報告あり4)

自家脂肪注入塞栓の対応

特異的解毒薬なし:ヒアルロニダーゼは無効

対症療法のみ眼圧降下・血管拡張薬・酸素療法

視力予後:不可逆性が高く、回復は極めて困難

脳合併症の注意:神経症状が出現したら脳神経科へ緊急コンサルト

ヒアルロン酸フィラーによる血管塞栓の緊急対応

Section titled “ヒアルロン酸フィラーによる血管塞栓の緊急対応”

ヒアルロニダーゼはヒアルロン酸を酵素的に分解する唯一の特異的治療薬である4)。塞栓が疑われた場合、投与を遅らせることなく速やかに施行する。

投与の原則

  • 注入部位の皮下・周囲組織に高用量で投与する
  • 眼窩内(球後)注入で眼動脈周囲へのアクセスを図る手法も報告されている4)
  • 投与量はDeLorenzi(2017)らの高用量プロトコルが参照される4)

網膜動脈閉塞の緊急処置

ヒアルロニダーゼ投与と並行して、以下の処置を速やかに実施する。

  • 眼マッサージ: 断続的な眼球圧迫で塞栓の末梢移動を図る
  • 眼圧降下: アセタゾラミドダイアモックス)静注500mgまたは0.5%チモロール点眼による眼圧降下
  • 前房穿刺: 眼圧を急激に降下させ、動脈灌流圧の相対的上昇を図る緊急処置
  • 血管拡張薬: 亜硝酸アミル吸入・ニフェジピン舌下
  • 酸素療法: 高濃度酸素吸入(カーバイゲン療法を含む)

自家脂肪にはヒアルロニダーゼは無効であり、特異的解毒薬は存在しない。上記の眼圧降下・血管拡張・酸素療法を含む対症療法のみとなる。予後は不良であることが多い。脳合併症が疑われる場合は神経科への緊急コンサルテーションが必要である。

感染・蜂巣炎

広域スペクトラムの抗菌薬(経口または静注)を速やかに開始する。重症例では入院管理・外科的ドレナージを検討する。ヒアルロン酸フィラーが感染源となっている場合はヒアルロニダーゼで分解・排出を促す。

血腫

圧迫・冷却で経過観察が基本である。大きな血腫・視神経圧迫が疑われる場合は穿刺・排出を行う。

グラニュローマ(フィラー塊)

ステロイド局所注射(トリアムシノロンアセトニド注入)で縮小を図る。改善しない場合は外科的切除を検討する。ヒアルロン酸グラニュローマにはヒアルロニダーゼ注入が有効な場合がある。

Tyndall効果

ヒアルロニダーゼ注入でヒアルロン酸を分解・除去することで改善する。施術者への相談と速やかな対応が変色の改善に有効である。

眼瞼浮腫・眼瞼下垂

一時的なものは経過観察で改善することが多い。持続する場合はヒアルロン酸であればヒアルロニダーゼ注入、脂肪・その他の物質であれば外科的処置を検討する。

Q ヒアルロン酸と脂肪注入、どちらがリスクが高いですか?
A

いずれも血管塞栓のリスクがある。ただし、ヒアルロン酸にはヒアルロニダーゼという分解酵素があり、塞栓発生時に緊急投与することで視力回復の可能性がある。自家脂肪には特異的な分解法がなく、塞栓が生じた場合の視力回復は極めて困難とされる。緊急時の対処可能性という観点では、ヒアルロン酸フィラーの方が自家脂肪よりも安全性で優位な側面がある。

フィラー注入関連合併症を防ぐために、施術者は以下の解剖学的知識と安全手技を習得しておく必要がある2,5)

眉間・鼻根部は最もリスクが高い部位である。この領域では滑車上動脈(眼動脈の終末枝)が表在に走行し、眼動脈系との直接的な吻合が密に存在する。フィラー注入圧力が動脈圧(収縮期血圧60〜90mmHg程度)を超えると、逆行性塞栓が生じやすい。

危険部位の優先順位:

  1. 眉間・鼻根部(滑車上動脈・眼動脈吻合)
  2. 鼻背・鼻翼周囲(鼻背動脈・眼動脈吻合)
  3. 眉毛・前額部(眼窩上動脈・眼動脈)
  4. 涙袋・下眼瞼(眼瞼動脈・鼻背動脈)

鈍針(カニューラ)の使用

鋭利な注射針に比べてカニューラは血管内誤注入のリスクが低い。弾力があるため血管壁を穿通しにくく、血管内腔を押しのけながら進む。眉間・眼周囲など危険部位では特にカニューラの使用が推奨される5)

低圧・少量注入

高圧での急速注入が逆行塞栓リスクを増大させる。ゆっくりとした低圧注入と少量ずつの分割投与が基本である。

吸引テスト

注入前に陰圧をかけて逆血(逆流血液)の有無を確認する。ただし陽性率は低く、陰性であっても安全性を完全に保証するものではない。

フィラー選択

ヒアルロン酸フィラーはヒアルロニダーゼで分解可能であり、緊急時の対処という観点で自家脂肪・永久フィラーより優位である。

ヒアルロニダーゼの常備

施術施設ではヒアルロニダーゼを常備し、緊急投与できる体制を整えておく。

患者に対して以下のリスクを説明する。

  • 血管塞栓による視力喪失の可能性(極めてまれだが不可逆的リスクがある)
  • 局所合併症(血腫・感染・グラニュローマ・Tyndall効果)
  • 施術後の急性症状出現時の緊急連絡先と対応手順
Q フィラー注入の安全対策にはどのようなものがありますか?
A

低圧での注入、吸引テスト(逆血確認)、鈍針(カニューラ)の使用が推奨される。解剖学的危険部位(眉間・鼻根部・鼻背)では特に慎重な手技が求められる。ヒアルロニダーゼの常備も重要な安全対策であり、塞栓発生時に速やかに投与できる体制を整えておく必要がある。フィラー選択では、緊急時の対処可能性からヒアルロン酸が自家脂肪・永久フィラーより優位とされる。

7. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “7. 病態生理学・詳細な発症機序”

フィラー注入時の圧力が局所の動脈圧を超えると、フィラー物質が血管内腔に逆行性に流入する。注入圧力の解除後、血流の再開により塞栓物質が末梢(眼動脈・脳動脈方向)に流される。この逆行→順行の二段階で塞栓が完成する3)

眉間・鼻根部に分布する滑車上動脈は、眼動脈の終末枝である。注入されたフィラーが逆行して滑車上動脈を遡ると、眼動脈本幹に到達し、さらに中心網膜動脈・眼窩動脈へ流入する。眉間・鼻背部では複数の終末動脈が密な吻合網を形成しており、フィラーが眼動脈系に広がりやすい解剖学的条件を有する。

眼動脈は内頸動脈の第一枝であり、眼窩内で中心網膜動脈・毛様動脈・視神経鞘動脈等に分岐する。これらすべてが逆行塞栓の標的となりうる。

項目ヒアルロン酸フィラー自家脂肪
塞栓機序逆行性(滑車上動脈→眼動脈→中心網膜動脈)同左
物質の分解ヒアルロニダーゼにより酵素的分解が可能酵素的分解は不可能
緊急治療ヒアルロニダーゼ緊急注入が有効対症療法のみ
視力回復の可能性早期対応で報告あり4)極めて困難
局所溶解可能(グラニュローマ含む)不可能

ヒアルロン酸は生体内ムコ多糖の一種であり、ヒアルロニダーゼによって加水分解される。フィラーとして用いられるヒアルロン酸はさらに架橋(クロスリンク)処理されており、生体内での分解が緩徐となるよう設計されているが、高用量のヒアルロニダーゼ投与により分解が促進される。塞栓が生じた場合、ヒアルロニダーゼを注入部位・球後・周囲組織に投与することで、フィラーの分解と血流の再開を試みる4)

自家脂肪はリポアスピレート(吸引脂肪)を移植するものであり、組織学的には脂肪細胞・基質血管細胞(SVF)・細胞外基質を含む。酵素的分解に対応する特異的な薬剤がなく、注入後の塞栓は物理的にしか除去できない。脂肪栓子は血管腔内で安定した塊を形成しやすく、塞栓解除が困難なことが多い。

中心網膜動脈閉塞では網膜虚血が不可逆的となる時間が限られる。動物実験データでは240分以内の血流再開で一定の機能回復が見込まれるが、臨床的には早期ほど予後が良い。ヒアルロニダーゼ投与の早期施行(発症後できるだけ早く、少なくとも90〜120分以内)が視力回復の可能性を高める4)

  1. Beleznay K, Carruthers JD, Humphrey S, et al. Avoiding and treating blindness from fillers: a review of the world literature. Dermatol Surg. 2015;41:1097-1117.

  2. Cho KH, Dalla Pozza E, Toth G, et al. Vascular complications after filler injection: a systematic review. Aesthet Surg J. 2021;41:NP1204-NP1218.

  3. Carruthers JD, Fagien S, Rohrich RJ, et al. Blindness caused by cosmetic filler injection: a review of cause and therapy. Plast Reconstr Surg. 2014;134:1197-1201.

  4. DeLorenzi C. New high dose pulsed hyaluronidase protocol for hyaluronic acid filler vascular adverse events. Aesthet Surg J. 2017;37:814-825.

  5. Goodman GJ, Roberts S, Callan P. Experience and management of intravascular injection with facial fillers: results of a multinational survey of experienced injectors. Aesthet Plast Surg. 2016;40:549-555.

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