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腫瘍・病理

涙嚢腫瘍

涙嚢腫瘍(lacrimal sac tumor)は、涙液排出路の一部である涙嚢に原発する良性・悪性新生物の総称である。涙嚢は涙骨と上顎骨前頭突起の接合部に位置し、繊毛と杯細胞を伴う多列円柱上皮で覆われている。

全世界で1000例未満の報告にとどまる極めて稀な腫瘍であり3)、涙嚢腫瘍全体の約55%が悪性である。組織学的には上皮性腫瘍(全体の60〜94%)と非上皮性腫瘍(約25%)に大別される。歴史的には上皮性腫瘍が最多とされてきたが、最近のシリーズではリンパ腫が最も多いとする報告もある3)

良性腫瘍は若年者に多く、悪性腫瘍は50代に好発する。慢性涙嚢炎や鼻涙管閉塞と臨床的に酷似するため誤診されやすく、診断遅延の中央値は8〜10か月に達する3)。悪性涙嚢腫瘍の全体死亡率は約38%であり、早期の認識と管理が不可欠である。

Q 涙嚢腫瘍はどのくらい稀な疾患か?
A

全世界で1000例未満の報告にとどまり、眼部腫瘍の中でも特に稀な疾患である。診断の遅れが多く、中央値で8〜10か月の遅延が生じる。

涙嚢腫瘍の初発症状は慢性涙嚢炎と類似する。

  • 片側性流涙(epiphora):最も多い初発症状。二次性後天鼻涙管閉塞による。
  • 涙嚢部腫瘤:内眥部に触知可能な腫瘤を伴うことがある。
  • 血涙(hemolacria):涙に血液が混じる所見。涙嚢腫瘍症例の0〜40%に認められる3)
  • 鼻閉・鼻出血:腫瘍が鼻涙管を経て鼻腔に進展した場合に出現する。
  • 抗菌薬抵抗性:慢性涙嚢炎として治療されるも改善しない経過は腫瘍を疑う契機となる2)

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”
  • 内眥部腫瘤:涙嚢部の腫脹として現れ、硬い質感で下層構造に癒着している。涙嚢圧迫時に腫瘤が涙点と交通がない場合は腫瘍を考える。
  • 進行期の所見眼球突出(proptosis)、非軸性眼球偏位、リンパ節腫脹、被覆皮膚の潰瘍形成が出現する。遠隔転移を呈することもある。
  • 涙嚢炎との鑑別:涙嚢圧迫で膿の逆流がある場合は涙嚢炎を示唆するが、腫瘤が内眥靭帯下方から固く触知され涙点との交通がなければ腫瘍性病変を疑う。
Q 血涙(涙に血が混じる)があれば涙嚢腫瘍を疑うべきか?
A

血涙は涙嚢腫瘍症例の0〜40%に報告されるが、悪性と直結する指標となるのは8%にとどまる3)。血涙を認めた場合は画像検査を含む精査が望ましい。

涙嚢腫瘍の発生には以下の因子が関与する。

  • ヒトパピローマウイルス(HPV):涙嚢扁平上皮癌の67〜89%でHPV陽性が報告される3)。低リスク型(HPV-6/11)は乳頭腫、高リスク型(HPV-16/18)は癌と関連する。HPV陽性例は若年・非角化型組織学・p16陽性・Rb発現低下と相関する1)
  • Epstein-Barrウイルス(EBV):リンパ上皮癌との関連が示唆される3)
  • 慢性炎症:既存の慢性涙嚢炎や乳頭腫が前癌病変となりうる。
  • 放射線曝露:外部放射線の既往がリスク因子となる。
  • 喫煙:潜在的なリスク因子として報告される3)

涙嚢腫瘍の診断・進展度評価には画像検査が不可欠である。

検査法長所主な所見
CT(造影)骨変化・浸潤の評価骨浸食・骨破壊像
CT涙嚢造影涙道閉塞部位の同定充満欠損
MRI軟部組織の詳細評価腫瘤の範囲・性状

CT涙嚢造影は涙嚢の充満欠損を示すが、軟部組織の描写は不十分である。MRIは軟部組織の評価に優れ、メラノーマの場合はT1高信号・T2低信号というメラニンの常磁性に基づく特徴的な信号パターンを示す2)。副鼻腔疾患や腫瘍が疑われる場合は造影MRIを追加する。

涙道内視鏡検査により涙道内腔の直接観察が可能であり、鼻内視鏡検査では鼻涙管下部開口部と鼻腔腫瘍の有無を確認する。

細針吸引生検は結果の解釈が困難であり、出血・感染・不十分な採取のリスクがあるため推奨されない。直接切開生検による十分な組織採取が推奨される。内視鏡経鼻生検は73.9%の症例で実施可能と報告されており3)、低侵襲な選択肢となる。

  • 涙嚢炎(急性・慢性)
  • 涙嚢瘤(dacryocystocele)
  • 粘液嚢胞(mucocele)
  • 鼻涙管閉塞
  • 眼窩腫瘍
Q 涙嚢腫瘍の生検はどのように行うのが望ましいか?
A

細針吸引生検は非推奨であり、直接切開生検が標準である。近年は内視鏡経鼻生検も73.9%の症例で実施可能と報告され、低侵襲な代替手段となっている3)

良性の上皮性・間葉系腫瘍は完全な外科的切除が基本であり、再発や悪性転化のリスクに対して長期的なフォローアップを行う。乳頭腫は内視鏡的切除またはレーザー熱凝固術で治療され、5年無再発生存率は67%と報告される。翻転性乳頭腫は局所侵襲性が強く再発率が高いため、起始部を含む完全切除と頻回のフォローアップ(初年は3か月ごと)が必要である。

手術

完全切除:局所骨膜除去を含む腫瘍の完全切除が基本。涙道系を超える進展がある場合は眼窩壁・鼻腔壁の切除も要する。

アプローチ:58.9%が開放切除(modified Weber-Ferguson法)、7.9%が開放+内視鏡併用、1.9%が内視鏡単独3)

内視鏡補助下切除:84.6%の無病生存率(平均追跡58.6か月)3)

補助療法

術後放射線療法:切除縁陽性例や進行例で推奨される。放射線単独で5年全生存率84.7%、無増悪生存率73.5%と報告1)

化学放射線療法:シスプラチン週1回40mg/m²+放射線60Gyの併用が報告される1)

頸部郭清:リンパ節転移陽性例では頸部郭清+同側耳下腺摘出が推奨される3)

涙嚢悪性腫瘍の病期分類(提案段階)は以下の通りである3)

病期範囲
I期涙嚢窩に限局
II期眼球・鼻涙管・涙小管・涙丘・眼瞼結膜へ浸潤
III期鼻腔・副鼻腔・骨・皮膚へ浸潤
IV期眼窩尖端・髄膜・脳・リンパ節・遠隔転移

扁平上皮癌の再発率は11〜66%、5年生存率は61〜88%と報告される3)。悪性涙嚢腫瘍全体の死亡率は約38%であり、移行上皮癌とメラノーマが最も予後不良である。

リンパ増殖性腫瘍は涙嚢腫瘍の中で比較的多く、DLBCLが43%、MALTリンパ腫が24%を占める3)

  • MALTリンパ腫:局所放射線療法または播種性疾患に対する全身療法。治療への反応は良好。
  • DLBCL:R-CHOP療法(リツキシマブ、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾン)による全身化学療法が標準。
  • 外科的介入は通常適応とならない。局所症状の緩和目的で放射線療法を追加する場合がある。

涙嚢メラノーマは全報告100例未満の極めて稀な腫瘍である3)。涙道全摘を含む広範切除が基本であり、免疫組織化学染色でS100・HMB-45・Melan-A陽性を示す2)。リンパ節転移例では頸部郭清を行う。血行性・リンパ行性転移のリスクが高く、予後は不良である2)

Q 涙嚢の悪性腫瘍の予後はどの程度か?
A

悪性涙嚢腫瘍全体の死亡率は約38%である。扁平上皮癌の5年生存率は61〜88%3)。組織型により予後は大きく異なり、移行上皮癌とメラノーマが最も予後不良である。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

涙嚢は上気道と同様の多列円柱上皮で覆われており、上皮性腫瘍はこの上皮からの化生を経て発生する。既存の慢性炎症による扁平上皮化生が乳頭腫の発生基盤となり、一部は悪性転化(主に扁平上皮癌)を起こす。

上皮性腫瘍

乳頭腫:最多の良性腫瘍。外向性・内向性の増殖パターン。翻転性乳頭腫は悪性転化リスクあり。

扁平上皮癌:角化真珠を伴う高分化型が典型。上皮性悪性腫瘍の70〜81%3)

移行上皮癌:乳頭状増殖パターン。非角化型扁平上皮癌。

腺様嚢胞癌:篩状パターン。再発率70〜100%。

非上皮性腫瘍

リンパ増殖性:DLBCLとMALTリンパ腫が主体。全体の2〜8%。

メラノサイト性:全体の4〜5%。涙嚢上皮のメラノサイト由来、または結膜メラノーマの播種。

間葉系:全体の12〜14%。線維性組織球腫が最多。

分子生物学的特性として、涙嚢癌ではTP53・CIC変異やERBB2増幅が報告されている3)。扁平上皮癌ではFGFR p.G388R変異(再発・予後不良と関連)やHER2増幅、PD-L1過剰発現が同定されている1)。粘表皮癌ではMAML2遺伝子融合とEGFR増幅が認められ、他部位の粘表皮癌とは異なる分子プロファイルを持つ可能性が指摘される3)


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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cemiplimab(抗PD-1抗体)とシスプラチン-ドセタキセルの併用が局所進行涙嚢扁平上皮癌1例で良好な治療効果を示した3)。PD-L1陽性の頭頸部扁平上皮癌に対するPD-1/PD-L1阻害薬の有効性が複数の試験で報告されているが、過進行(hyperprogression)のリスクも指摘される1)

HER2陽性涙嚢扁平上皮癌が初めて報告され1)、HER2陽性固形腫瘍に対するトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)の有効性(DESTINY-PanTumor02試験)が注目される。腺様嚢胞癌に対してはアパチニブ(TKI)+ネダプラチン併用化学放射線療法で完全奏効・22か月無病生存が報告された3)

強度変調陽子線治療(IMPT)が涙嚢扁平上皮癌1例で周囲正常組織への線量を低減しつつ良好な治療結果を示した3)。また、I-125シードによる小線源治療は涙嚢悪性腫瘍4例に施行され、中央値28か月で全例生存した3)

2024年にロボット支援による眼球温存涙嚢腫瘍切除がpT1扁平上皮癌で初めて実施された3)。またMD Andersonからは、白金系+タキサン+セツキシマブorペムブロリズマブによるネオアジュバント化学療法7例の報告があり、眼球温存が達成されている3)


  1. Grachev N, Rabaev G, Avdalyan A, et al. HER2-Positive Lacrimal Sac Squamous Cell Carcinoma in a 57-Year-Old Man. Case Rep Oncol. 2024;17:142-149.
  2. Orgi A, El Ouadih S, Moussaoui S, et al. Melanoma of the lacrimal sac: An extremely rare location From a radiologist perspective. Radiol Case Rep. 2024;19:3982-3987.
  3. Locatello LG, Redolfi De Zan E, Marzolino R, et al. Lacrimal Sac Tumors: A Histotype-Driven Literature Review. Cancers. 2025;17:3718.

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