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腫瘍・病理

圧痕細胞診

圧痕細胞診(impression cytology)は、酢酸セルロースフィルターペーパーを眼表面に適用して表層上皮細胞を採取し、組織学的・免疫組織化学的・分子生物学的解析を行う低侵襲の検査法である。

1977年にEgbert et al.が結膜杯細胞の研究目的で技法を確立し、その後Tsengが改良して眼表面疾患への臨床応用が広まった。

病理診断は組織診と細胞診に大別される。細胞診は組織構造の情報が得られないため組織診の補助的検査に位置づけられるが、眼では組織診の侵襲が大きいため細胞診の有用性が高い。

Q 圧痕細胞診と通常の結膜スメア(擦過細胞診)はどう違うのか?
A

圧痕細胞診はフィルターペーパーで上皮を引きはがし、細胞を二次元的なシートとして採取する。結膜スメアは綿棒や細胞診スパーテルで擦過して採取する。圧痕細胞診は杯細胞の分布・密度の評価に優れている。

圧痕細胞診は「症状」を診る疾患ではなく検査法であるため、本セクションでは採取標本で観察される所見と、その臨床的意義を記述する。

  • 正常結膜上皮細胞:平坦で核が目立ち、核/細胞質比が低い。
  • 輪部上皮細胞:より小さく密に詰まり、核/細胞質比が高い。
  • 正常結膜杯細胞:結膜全体に分布し、上皮基底層から表面へ向けて肥大する。鼻下側四半部に集中して存在する。
  • 杯細胞減少:眼類天疱瘡、スティーブンス・ジョンソン症候群、重度化学外傷、ドライアイで上皮化生が生じ、杯細胞数が減少する。
  • 角化上皮細胞の出現上輪部角結膜炎、眼類天疱瘡、スティーブンス・ジョンソン症候群で角化が進行する。
  • 角膜上への杯細胞出現:角膜輪部幹細胞疲弊症で結膜化(conjunctivalization)が生じ、本来は存在しない杯細胞が角膜表面に出現する。
  • 多形性色素含有上皮細胞:眼表面扁平上皮腫瘍を示唆する所見である1)
  • 炎症細胞:活動性炎症の指標となる。

圧痕細胞診は以下の幅広い疾患・病態に適用される。

眼表面疾患

  • 乾性角結膜炎・ドライアイ症候群
  • アトピー性角結膜炎・アレルギー性鼻結膜炎
  • ビタミンA欠乏症
  • 角膜輪部幹細胞疲弊症
  • 眼類天疱瘡・スティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson症候群
  • 上輪部角結膜炎
  • ムコ多糖症
  • 治療的角膜切除術(phototherapeutic keratectomy, PTK)後の評価
  • アカントアメーバ角膜炎
  • ウイルス・クラミジア感染
  • 嚢胞性線維症
  • 濾過胞評価・コンタクトレンズ装用評価

腫瘍

  • 眼表面扁平上皮腫瘍
  • 結膜扁平上皮化生
  • 結膜メラノーシス

眼表面扁平上皮腫瘍に関連するリスク要因

Section titled “眼表面扁平上皮腫瘍に関連するリスク要因”

眼表面扁平上皮腫瘍は角結膜上皮内腫瘍(conjunctival intraepithelial neoplasia, CIN)と浸潤性扁平上皮癌に分類される。主要なリスク要因は以下の通りである。

  • UV-B光:最大のリスク因子。輪部に好発し、角膜表面・球結膜に拡大する。
  • ヒトパピローマウイルス16型・18型:ヒトパピローマウイルスの関与が示されている。
  • 免疫不全:HIV/AIDS患者で眼表面扁平上皮腫瘍の頻度が高い。
  • 遺伝的素因色素性乾皮症では扁平上皮癌の発症率が高い。
  • 0.5%プロパラカインなどの点眼麻酔を行う(麻酔なしでも施行可能)。
  • 開瞼器を装着し、採取部位を乾燥させる。
  • 過剰な涙液・薬剤を拭き取り、フィルターの接着効率を高める。

フィルターペーパーの種類と形状

Section titled “フィルターペーパーの種類と形状”

フィルターペーパーの種類を比較する。

酢酸セルロース膜

孔径0.22μmのミリポアフィルター:最良とされる標準的な選択。

形状:5mmの細片にカット(一端四角形、一端テーパー状)。オリエンテーション用に表面に印をつける。

PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)用途:直径10mmの円形フィルターを使用する。

ニトロセルロース膜

台形短冊状(3×6mm程度):日本の教科書で示される形状。

表裏の区別が必要:滑らかな面が表側。裏側(粗面)を結膜上皮に接着させる。

免疫組織化学:ニトロセルロース膜が適している。

Biopore膜

角膜輪部幹細胞疲弊症診断への応用:酢酸セルロース、ニトロセルロースとともに選択肢となる。

共通の特性:1〜3層の表面上皮を採取できる。

  • ガラス棒またはゴールドマン圧平計チップを用いて、フィルターを5〜10秒間軽く眼表面に押し当てる。
  • 眼瞼がフィルターペーパーに触れないよう保持する。
  • 涙液で濡れると採取効率が低下するため注意する。
  • 通常、1〜3層の眼表面上皮が採取される。
  • しっかり接着させることで、数層の重層化した細胞シートとして採取可能となる。
  • 過ヨウ素酸シッフ(PAS)反応:10%ホルマリン固定後に施行。杯細胞が赤紫色に染色される。角結膜上皮基底膜・杯細胞・デスメ膜水晶体嚢なども染色される。
  • ヘマトキシリン・エオジン染色:95%エチルアルコール固定後、ヘマトキシリン+エオジン30秒処理 → ブチルアルコール脱水 → ブチルアルコール+キシレン透徹 → キシレン一晩。
  • Papanicolaou染色:細胞診の一般的染色法として広く用いられる。
  • Giemsa染色:感染症の評価に用いられる。グラム染色は細菌・真菌疑い時に選択される。
  • 電子顕微鏡用:1%グルタルアルデヒド+ルテニウムレッド+4%リン酸緩衝ホルムアルデヒドで固定 → オスミウム後固定 → 脱水 → 樹脂包埋。
  • 免疫組織化学用:ニトロセルロース膜で採取 → スプレー固定 → ポリ-L-リジンコートスライドに転写 → アセトン1時間で膜溶解 → 37°Cで2時間セルロース消化 → 免疫細胞化学染色を施行する。なお、キシレンは細胞表面抗原を破壊するため使用しない。

採取部位は上皮欠損となり、帰宅後に眼痛を生じる場合がある。事前に患者へ説明し、角膜保護剤の点眼を処方する。

Q 検査後に痛みが出ることはあるか?
A

採取部位に上皮欠損が生じるため、帰宅後に眼痛を感じる場合がある。検査前に説明のうえ、角膜保護剤点眼を処方して対応する。多くの場合、欠損は数日以内に自然修復される。

各疾患の圧痕細胞診所見を以下に示す。

  • ドライアイ:分化異常(上皮化生)により杯細胞が減少する。
  • 眼類天疱瘡・スティーブンス・ジョンソン症候群・重度化学外傷:杯細胞の著明な減少と角化上皮細胞の出現。
  • 上輪部角結膜炎:角化の進行が認められる。

角膜輪部幹細胞疲弊症の診断において、圧痕細胞診はゴールドスタンダードと考える意見がある(ただし臨床では広く使用されているわけではない)。

角膜上に杯細胞が出現することが結膜化(conjunctivalization)の直接的証拠となり、診断の根拠となる。フィルターを角膜中央部に適用し、杯細胞の有無を確認する。

各腫瘍診断における圧痕細胞診の予測精度を以下に示す。

疾患診断予測精度
眼表面扁平上皮腫瘍(組織学的診断)80%
中等度異形成77%
アカントアメーバ角膜炎94.6%

眼表面扁平上皮腫瘍の確定診断のゴールドスタンダードは切除生検である。圧痕細胞診・剥離細胞診は表層と浸潤性病変の区別が困難であり、確定診断には用いられない。

慢性春季カタルを背景とする眼表面扁平上皮腫瘍では、偽上皮腫性過形成との鑑別が難しい。圧痕細胞診で多形性のある色素含有上皮細胞が検出された場合、眼表面扁平上皮腫瘍を疑う端緒となる1)

Q 圧痕細胞診で眼表面扁平上皮腫瘍を確定診断できるか?
A

組織学的診断予測精度は80%であり、確定診断には切除生検が必要である。圧痕細胞診では浸潤性病変と上皮内病変の区別が困難なため、補助的な診断ツールとして位置づけられる。

酢酸セルロースフィルターは眼表面上皮の最表層(1〜3層)を粘液分泌物とともに引きはがして採取する仕組みである。

フィルターをしっかり接着させた場合、数層の重層化した細胞シートとして採取が可能となる。これにより細胞の形態・分布・密度を二次元的に評価できる。

正常結膜上では杯細胞が結膜全体に分布している。慢性炎症や重度ドライアイは杯細胞を破壊し、上皮化生(扁平上皮化)を引き起こす。角膜輪部幹細胞疲弊症では輪部の幹細胞が枯渇することで、本来は角膜上皮を補充する機能が失われ、結膜上皮が角膜表面を覆う「結膜化」が生じる。圧痕細胞診で角膜上の杯細胞が同定されることが、この結膜化の証拠となる。

7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

非侵襲的診断モダリティとの比較

Section titled “非侵襲的診断モダリティとの比較”

圧痕細胞診は低侵襲であるものの、採取部位に上皮欠損を生じるため完全な非侵襲的検査とはいえない。近年、以下の新しいモダリティが発展している。

各診断モダリティの特性を以下に示す。

モダリティ特性備考
圧痕細胞診杯細胞・免疫組織化学評価が可能1〜3層のみ評価、上皮欠損あり
生体共焦点顕微鏡1〜10μmの解像度で細胞定量化5〜15分の患者協力が必要
高解像度光干渉断層計浸潤性と上皮内病変の区別上皮肥厚 >120μmで浸潤性を示唆

生体共焦点顕微鏡は、角膜・結膜細胞を生体内で1〜10μmの解像度で観察可能である。細胞の定量化が可能であるが、5〜15分の患者協力が必要となる。

高解像度光干渉断層計(高分解能前眼部光干渉断層計)は上皮肥厚(120μmを超える場合)の同定により、浸潤性と上皮内病変の区別に有用とされる。

眼表面扁平上皮腫瘍の薬物療法に関する研究

Section titled “眼表面扁平上皮腫瘍の薬物療法に関する研究”

眼表面扁平上皮腫瘍に対してはマイトマイシンC 0.04%、5-フルオロウラシル、インターフェロンα-2b、抗VEGF薬、シドフォビルなど複数の薬物療法が検討されているが、公式ガイドラインは未確立の状況にある。

慢性春季カタルを背景とする24歳男性の眼表面扁平上皮腫瘍において、圧痕細胞診で多形性色素含有上皮細胞が検出され、マイトマイシンC 0.04%の2サイクル治療後に腫瘍縮小が確認された。その後の切除生検(4mmマージン、ノータッチ法、凍結療法、羊膜移植を含む)の病理所見は軽度〜中等度異形成であり、6か月の経過で再発は認められなかった1)。圧痕細胞診はマイトマイシンC治療後のモニタリングにも応用可能とされる。

Q 圧痕細胞診に代わる新しい検査法はあるか?
A

生体共焦点顕微鏡および高解像度光干渉断層計が発展している非侵襲的モダリティである。高解像度光干渉断層計は上皮肥厚(>120μm)を指標に浸潤性病変の区別に有用とされるが、いずれも研究段階の要素を含む。圧痕細胞診は杯細胞の同定や免疫組織化学染色が可能な点で今も独自の価値を持つ。


  1. Ghosh Dastidar A, Khedia D, Goel S. Ocular surface squamous neoplasia masquerading as pseudoepitheliomatous hyperplasia in chronic vernal keratoconjunctivitis. GMS Ophthalmol Cases. 2024;14:Doc03.
  2. Tsatsos M, Delimitrou C, Tsinopoulos I, Ziakas N. Update in the Diagnosis and Management of Ocular Surface Squamous Neoplasia (OSSN). J Clin Med. 2025;14:1699.
  3. Siu GDY, Young AL, Cheng LL. Limbal stem cell deficiency: diagnosis and non-surgical management. Ann Eye Sci. 2023;8:13.

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