篩状型
頻度:最多(39.8%)
特徴:ムチンの円形プールを伴う小葉構造。「スイスチーズ様」外観。中程度の予後。

腺様嚢胞癌(adenoid cystic carcinoma, ACC)は分泌腺に発生する稀な悪性腫瘍で、世界的発生率は人口100万人あたり3〜4例とされる1)。全頭頸部癌の約1%を占め、涙腺に発生したものを涙腺腺様嚢胞癌と呼ぶ1)。
涙腺腺様嚢胞癌は全眼窩腫瘍の約1.6%を占め3)5)、涙腺悪性上皮性腫瘍のうち最も頻度が高く、涙腺癌の約13〜40%を構成する5)。涙腺腫瘍は眼窩内占拠性病変の約10%を占め、固形涙腺腫瘍の約20%が上皮由来で、そのうち約45%が悪性であり、悪性上皮性涙腺腫瘍の約60%が腺様嚢胞癌である。
涙腺腺様嚢胞癌はThedor Billrothが最初に記載し、組織学的特徴から当初「cylindroma」と命名された5)。
疫学的特徴は以下の通りである。
全眼窩腫瘍の約1.6%を占め、腺様嚢胞癌の世界的発生率は人口100万人あたり3〜4例と極めて稀である1)5)。涙腺悪性上皮性腫瘍の中では最も頻度が高い組織型である。
806例の大規模レビューによると、初発症状の頻度は以下の通りである5)。
| 症状 | 頻度 |
|---|---|
| 眼球突出 | 27.4% |
| 疼痛 | 21.7% |
| 眼瞼腫脹 | 10.9% |
| 眼球偏位 | 10.2% |
| 眼球運動制限 | 10.1% |
| 視力低下 | 9.3% |
| 複視 | 6.7% |
| 眼瞼下垂 | 4.1% |
疼痛は腺様嚢胞癌に特有の症状で、神経周囲浸潤(PNI)によって生じる。良性腫瘍との重要な鑑別点である。眼球は涙腺が眼窩外側上方に位置するため、内下方に偏倚することが多い。前頭側頭部の知覚低下やS字状の眼瞼下垂を呈することもある。症状出現から診断まで平均11.1±18.3か月(範囲0.5〜120か月)を要する5)。
疼痛の有無が最重要の鑑別点である。腺様嚢胞癌は神経周囲浸潤により疼痛を伴うが、良性腫瘍(多形腺腫など)は無痛性で緩徐に進行する。CTで骨破壊が確認できれば悪性と判断できるが、骨破壊のない腺様嚢胞癌も存在するため、疼痛がある場合は積極的に生検を検討する。
Williams らの報告では、組織学的に82%の患者で涙腺窩浸潤が確認されている1)。CTで腫瘍が眼窩骨を破壊していれば悪性と判断できるが、骨破壊のない腺様嚢胞癌も存在するため注意を要する。
腺様嚢胞癌の原因は不明で、特定のリスク因子は確立されていない。腫瘍は涙腺の眼窩葉(orbital lobe)から発生することが最も多く、被膜を持たない(unencapsulated)腫瘍である。
以下の病理学的・臨床的特徴が予後不良因子として知られている。
確定診断は病理組織学的評価による。悪性が疑われる場合、腫瘍細胞の眼窩内播種を防ぐために切除生検が推奨される。細針吸引生検は切除不能腫瘍に適する場合があるが、経験豊富な細胞病理医のいる施設に限られる。
| Tステージ | 定義 |
|---|---|
| T1 | 最大径2cm以下 |
| T2 | 最大径2cm超〜4cm以下 |
| T3 | 最大径4cm超または眼窩軟部組織進展 |
| T4 | 副鼻腔・側頭窩・翼状窩・上眼窩裂・海綿静脈洞・脳への浸潤 |
515例の解析による組織亜型の頻度は以下の通りである5)。
篩状型
頻度:最多(39.8%)
特徴:ムチンの円形プールを伴う小葉構造。「スイスチーズ様」外観。中程度の予後。
基底細胞様型
頻度:31.8%
特徴:低分化。大きな好塩基性核と乏しい細胞質。最悪の予後を示す。
管状型
頻度:7.4%
特徴:2〜3層の細胞で裏打ちされた上皮管。最も分化度が高く、最良の予後。
その他に混合型(13.9%)、未分化(6.1%)、硬化型(0.9%)が存在する。固形パターンが30%を超える場合は予後不良とされる1)。組織学的に腫瘍細胞は小型で細胞質は少量で青みがかり、核はクロマチンに富む。
手術が治療の基本であり、術式は腫瘍ステージと画像所見により決定する3)5)。
Kaplan-Meier解析では、眼球温存手術+放射線療法が眼窩内容除去術±放射線療法より生存率が良好であった(P<0.05)5)。
画像所見で腫瘍が小さく完全摘出可能であれば完全摘出を目指す。完全切除不能と判断した場合は試験切除で病理を確定したのち、広範切除術や放射線照射を検討する。涙腺腺様嚢胞癌であり腫瘍が眼窩内にとどまっていれば眼窩内容除去を考えるが、整容的問題や患者の年齢・希望を考慮して保存的治療を選択する場合もある。リンパ節転移は稀(4〜9%)であり、リンパ節郭清は通常不要である6)。
手術不可能な腺様嚢胞癌に対しては、重粒子線治療が行われており、眼瞼・眼球・眼窩を温存しながら腫瘍を制圧できる有望な治療法として位置づけられる。
NIACは1998年にMeldrumらが初めて報告した治療法で、シスプラチン(100mg/m²)動注とドキソルビシン静注の組み合わせを用いる3)2)。
Tseら(2013)の19例研究では、涙腺動脈が温存されプロトコールを遵守した8例で10年無病生存率100%が報告されている2)3)。
NIAC+切除/眼窩内容除去+放射線療法の組み合わせは、他の治療法と比較して再発率10.8%、転移率14.9%、死亡率18.9%と良好な成績を示している5)。NIACの主なリスクとして、一過性顔面神経麻痺、視力喪失、前部虚血、好中球減少、血小板減少などがある3)。
Kaplan-Meier解析では眼球温存手術+放射線療法の生存率が眼窩内容除去術±放射線療法より良好であった(P<0.05)5)。T1〜T2腫瘍には眼球温存が推奨され、T3〜T4腫瘍または眼窩外進展例には眼窩内容除去術が考慮される。ただし整容的問題や患者の希望により保存的治療を選択する場合もある。
腫瘍細胞は小型で細胞質が少量かつ青みがかり、核はクロマチンに富む。組織学的に腫瘍胞巣と間質の境界は明瞭であり、多形腺腫とは明らかに異なる。
篩状型では真腔(導管細胞由来)と偽腔(筋上皮細胞の形成するムチン貯留腔)が混在し、「スイスチーズ様」外観を呈する。硬化型は緻密な硝子化間質を伴う上皮細胞索として観察される。固形(solid)パターンが30%を超えると予後不良とされる1)。
| 分子異常 | 内容 |
|---|---|
| MYB-NFIB融合 | t(6;9)(q23;p23)転座。腺様嚢胞癌全体の70%以上に存在1) |
| MYBの過剰発現 | 細胞増殖・分化・血管新生・成長因子上方制御を促進1) |
| NOTCH1活性化変異 | 転移腺様嚢胞癌の主要な増殖・浸潤ドライバー1)2) |
| KRAS/NRAS/MET変異 | それぞれ46%・8%・13%に報告。EGFR-RAS-RAFカスケードが治療標的の可能性1)5) |
涙腺腺様嚢胞癌では58%にMYB再構成が検出され(Mayo Clinic 12例/25年)、MYB-NFIB融合は腺様嚢胞癌に高度に特異的な診断マーカーである1)。MYB-NFIB融合はAKT依存性IGF1Rシグナルにより制御されており、IGF1R阻害が治療標的として有望とされる1)3)。
神経周囲浸潤は45.3%に認められ、血管浸潤やリンパ管浸潤がなくても腫瘍細胞が伝播する1)。涙腺神経を通じて脳幹部への浸潤が起こりうる。神経周囲浸潤はBcl-2アップレギュレーションによるアポトーシス抵抗性と関連するとされる。
現時点で涙腺腺様嚢胞癌に承認された分子標的治療薬はない。以下が研究段階の標的として検討されている1)3)。
第II相臨床試験の結果では、dovitinib(ORR 6%、mPFS 8.2か月)、lenvatinib(ORR 16%、mPFS 17.5か月)、axitinib(ORR 9%、mPFS 5.7か月)が報告されている3)。
Yu et al.(2022)は治療前後のゲノムシーケンシングとアポトーシスマーカー(cCas3、PARP)解析を組み合わせた評価を報告した2)。NIAC後のNOTCH1変異の変異アレル頻度(VAF)が治療前18.07%から治療後11.34%(37%減少)へ低下し、シスプラチン感受性の予測マーカーとなる可能性が示された。
現時点で涙腺腺様嚢胞癌に対して承認された分子標的治療薬はない。MYB-NFIB融合、Notchシグナル経路、EGFR-RAS-RAFカスケードなどが研究段階の治療標的として検討されており、複数の第II相臨床試験が進行中である1)3)。標準治療を希望する場合は手術と放射線療法の組み合わせが現在の選択肢である。