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神経眼科

奇異性空気塞栓症

血管空気塞栓症(Vascular Air Embolism; VAE)は、空気が循環系に流入した際に発生する生命を脅かす事象である。

奇異性空気塞栓症(Paradoxical Air Embolism; PAE)はその一形態であり、静脈循環に侵入した空気が卵円孔開存(Patent Foramen Ovale; PFO)などの右左シャントを通じて肺循環をバイパスし、動脈循環へ移行したものをいう。

後大脳動脈が閉塞した場合には急性視力障害を引き起こす可能性がある。

PFOは一般人口の25〜30%に存在するとされ1)、15〜35%との報告もある2)。PAEの発生頻度は原因となる処置によって異なり、CT下経胸壁針生検(TNB)における空気塞栓は約0.23%、3)気管支鏡下処置による脳動脈空気塞栓は0.02%未満と報告されている。4)

Q 卵円孔開存(PFO)があると必ず奇異性塞栓症を発症するのか?
A

PFOは一般人口の25〜30%に存在するが、多くは無症候性である。奇異性塞栓が生じるには、右房圧が左房圧を上回ってPFOを介した右左シャントが開通する条件が必要であり、侵襲的処置や肺高血圧などが誘因となる。

塞栓の到達部位によって症状は異なる。

  • 脳塞栓症状:突然の意識消失、片麻痺、失語、痙攣。
  • 視覚障害:後大脳動脈閉塞による急性視力低下、視野欠損(同名半盲皮質盲)。
  • 肺塞栓症状:呼吸困難、低酸素血症、低血圧、不整脈。
  • 冠動脈塞栓症状:突然の胸痛、心室細動。
  • 末梢動脈塞栓症状:四肢の疼痛・蒼白・冷感・脈拍消失(急性四肢虚血)。2)
  • 腎梗塞症状:腹痛・側腹部痛、腎機能障害。1)

臨床所見(医師が確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が確認する所見)”
  • 呼気終末CO2(EtCO2)低下:VAEの最も早期の指標。死腔換気の増加を反映する。
  • 動脈血液ガス分析:低酸素血症。動脈塞栓では即座のEtCO2低下を示さない場合もある。
  • 脳CT所見:くも膜下腔や脳実質の気泡。感度は時間依存性があり、発症1.5時間以内が最も検出しやすい。6)
  • 脳MRI所見:拡散強調像(DWI)での拡散制限、FLAIR高信号、細胞毒性浮腫と血管原性浮腫の混合パターン。6)

空気侵入の原因

中心静脈カテーテル操作:上大静脈先端の陰圧勾配により空気が流入する。

硝子体切除術:注入ラインの不適切配置により加圧空気が脈絡膜上腔→渦静脈→全身静脈へ侵入する。

経胸壁針生検(TNB):肺静脈への針先誤挿入や気管支−肺静脈瘻の形成による。3)

気管支鏡下焼灼術:気管支血管瘻の形成と陽圧換気が誘因となる。4)

血液透析カテーテル抜去:逆行性静脈空気塞栓が生じうる。6)

右左シャントの原因

卵円孔開存(PFO):最も一般的。一般人口の25〜30%に存在する。1)

心房中隔欠損(ASD:PFOと並ぶ主要なシャント原因。

肺動静脈奇形:肺循環をバイパスする経路となる。8)

遺残左上大静脈(PLSVC):一般人口の0.2〜3%に存在し、非被蓋冠静脈洞を介して右左シャントを形成する。5)

リスク因子:

  • 座位・立位での中心静脈ライン操作:胸腔内陰圧が増大し空気流入勾配が強まる。
  • 吸気時の胸腔内圧低下:静脈系への空気流入が増大する。
  • 肺高血圧・大量肺塞栓:右房圧上昇によりPFO経由の右左シャントが誘発される。8)
  • Valsalva手技・三尖弁逆流・右室不全:右房圧を一過性に上昇させる。8)
Q 眼科手術(硝子体切除術)でも空気塞栓のリスクはあるのか?
A

硝子体切除術では注入ラインが不適切に配置された場合、加圧空気が脈絡膜上腔から渦静脈を経由して全身静脈循環に侵入する経路がある。液空気置換前に注入カニューレの位置を確認する術中タイムアウトが予防策として推奨される。

侵襲的処置中または直後の突然の容態悪化が最も重要な診断の手がかりとなる。右左シャントの有無と処置歴の病歴聴取が不可欠である。

各検査の特徴を以下に示す。

検査特徴主な目的
脳CT1.5時間以内に最適6)気泡・低吸収域の検出
脳MRI(DWI)気泡吸収後も梗塞を検出6)虚血巣の確認
経食道心エコー(TEE)PFO検出のゴールドスタンダード5)右左シャントの確認

画像診断の注意点:

  • 脳CTは空気検出感度が時間依存性であり、16時間後には気泡が消失しうる。6)
  • CTで空気が検出されない症例が25%存在し、MRIが補完的に有用である。6)
  • 気泡径1.3 cm未満ではCTでの検出が困難な場合がある。4)

心エコー検査:

  • 経食道心エコー(TEE):攪拌生理食塩水(バブルスタディ)とValsalva手技を併用することでPFO検出感度が最大となる。5)
  • 経胸壁心エコー(TTE):PFO感度はTEEより低い。8)

補助指標:

  • EtCO2低下:VAEの最も早期の指標(死腔換気増加による)。
  • 動脈血液ガス:低酸素血症を確認するが感度は低い。
  • デュラント手技(Durant’s maneuver):処置前に患者を左側臥位またはトレンデレンブルグ位にする。気泡が右心房内に留まり、脳・冠動脈への移行を防ぐ。
  • 座位・立位での中心静脈ライン操作を避ける:胸腔内陰圧による空気流入を防止する。
  • 術中タイムアウト:硝子体切除術での液空気置換前に注入カニューレの適切配置を確認する。
  • 神経外科半座位手術前のPFOスクリーニング:TEE+バブルスタディ+Valsalva手技による事前評価が推奨される。5)
  • 血液透析カテーテル抜去時の体位管理:仰臥位、呼気終末時に抜去、循環血液量の補正が重要である。6)
  • 高気圧酸素療法(HBO2):第一選択。100%酸素投与により血中PO2が上昇し、窒素の拡散が促進されて気泡が縮小する(ボイルの法則)。3) HBO2なしの死亡率93%に対し、HBO2施行では7%と大幅に改善する。4) 発症5〜7時間以内の開始が理想的だが、30〜60時間後の遅延開始でも有効な場合がある。6)
  • 体位管理
    • 動脈塞栓が疑われる場合は直ちに仰臥位とする(トレンデレンブルグ位は脳浮腫を悪化させる可能性がある)。
    • 静脈塞栓にはデュラント手技(左側臥位・トレンデレンブルグ位)を用いる。
  • 血行動態サポート:低血圧・心血管虚脱時には輸液と昇圧剤を投与する。
  • HBO2が利用不可の場合:高流量マスクによるFiO2 100%の常圧酸素(NBO2)を投与する。4)
  • 経カテーテルPFO閉鎖:症候性PFOに対して検討される。内科的治療と比較した再発脳卒中リスクの絶対リスク減少は3.3%(RD −0.033、95%CI −0.062〜−0.004)と報告されている。1)
  • 手術による血栓摘出+PFO閉鎖:切迫奇異性塞栓症(IPDE)では30日死亡率10.8%であり、血栓溶解(26.3%)および抗凝固療法(25.6%)と比較して有意に低い。9)
  • 偶発的PFOで単回の塞栓イベントの場合、閉鎖が不要なこともある。8)
Q 高気圧酸素療法が受けられない場合はどうすればよいか?
A

HBO2が利用できない場合は、高流量マスクによるFiO2 100%の常圧酸素投与(NBO2)が次善策となる。体位管理(仰臥位または左側臥位)と血行動態サポート(輸液・昇圧剤)を並行して行う。HBO2は遅延開始(30〜60時間後)でも有効な場合があるため、搬送が可能であれば高気圧酸素治療施設への移送を検討する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

静脈空気塞栓の経路: 空気→内頸静脈→腕頭静脈→上大静脈→右心房→肺血管系に停滞→肺動脈圧・右心室圧上昇→左心室拡張期充満障害。

奇異性塞栓への転換: PFO/ASDを介して右心房の気泡が肺循環をバイパス→左心房→左心室→大動脈→腕頭動脈→椎骨動脈→脳底動脈→ウィリス動脈輪へ移行する。

圧力勾配の役割: 静脈系は動脈系より低圧であり、患者の40%で中心静脈圧が大気圧以下となる。座位・吸気で胸腔内圧がさらに低下し空気流入が増大する。

気泡の影響: 小気泡は毛細血管床で吸収されるが、大気泡は末梢臓器の虚血を引き起こす。脳循環2 mL、冠動脈(LAD)0.5 mLで致死的になりうる。6)

炎症反応: 好中球活性化、β2インテグリンによる内皮接着、血流低下、血液脳関門破綻が生じる。6)

逆行性静脈空気塞栓: 空気が静脈流に逆行して上昇する機序であり、低心拍出量・低循環血液量が寄与する。6)

気管支血管瘻形成: 気管支鏡下焼灼術において炎症・熱凝固・機械的破壊により瘻孔が形成され、内圧上昇時に空気が循環に侵入する。4)

Q 少量の空気でも危険なのか?
A

脳循環に到達するわずか2 mLの空気は致命的になりうる。冠動脈(左前下行枝)では0.5 mLで心室細動を誘発しうる。気泡のサイズと到達部位によって重篤度が決まり、毛細血管床を超える大気泡は臓器虚血に至る。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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HBO2治療を受けた静脈/動脈ガス塞栓症119例では、生存者の43%が退院時に神経学的後遺症を残した。最も多い合併症は視野欠損、運動障害、認知機能障害、てんかん発作である。死亡または持続的神経学的後遺症のリスク因子として、空気塞栓発生時の心停止、SAPS II スコア33以上、高齢、5日以上の人工呼吸器管理、急性腎不全が挙げられる。

Henmiら(2021)は切迫奇異性塞栓症(IPDE)174例のシステマティックレビューにおいて、30日死亡率18.4%を報告した。治療法別では手術10.8%、血栓溶解26.3%、抗凝固療法25.6%であり、手術が有意に良好であった。9) IPDE 88例の解析では、治療前に40.9%(36/88例)が全身塞栓を発症し、最多は脳塞栓(26例)であった。

Aggarwalら(2023)のメタ解析では、PFO閉鎖は内科的治療と比較して再発脳卒中リスクを絶対値で3.3%低下させた(RD −0.033、95%CI −0.062〜−0.004)。1)

Teifurovaら(2025)は逆行性静脈空気塞栓のMRI所見を系統的に記載した。DWI拡散制限、FLAIR高信号、細胞毒性浮腫と血管原性浮腫の混合パターン、軟髄膜増強が特徴的所見として示された。6) CTによる空気検出は発症1.5時間以内が最適であり、16時間後には消失しうる。CTで空気が検出されない症例が25%存在し、MRIが補完的に有用である。

Nikolicら(2024)は半座位神経外科手術前のTEE+バブルスタディ+Valsalva手技によるPFOスクリーニングの重要性を論じた。5) 色ドプラーのみでは不十分であり、造影バブルスタディの追加が推奨される。


  1. Aggarwal N, Rector D, Lazar N, et al. Venous thromboembolism with renal infarct due to paradoxical embolism. BMJ Case Rep. 2023;16:e252322.

  2. Elzawy G, Petrasek P, Fatehi Hassanabad A. The Unique Case of Acute Limb Ischemia in a Patient With a Patent Foramen Ovale. Vasc Endovascular Surg. 2024;58(8):894-899.

  3. Santos A, Almeida C, Porto LM, et al. Cerebral Air Embolism: A Case of a Rare Transthoracic Needle Biopsy Complication. Cureus. 2023;15(2):e35203.

  4. He YP, Liu YL, Gao XL, Wang LH. Cerebral arterial air embolism after endobronchial electrocautery: a case report and review of the literature. BMC Pulm Med. 2021;21:222.

  5. Nikolic M, Eisner C, Neumann JO, et al. Right-to-left-shunts in patients scheduled for neurosurgical intervention in semi-sitting position – a literature review based on two case scenarios. BMC Anesthesiol. 2024;24:375.

  6. Teifurova S, Rēcēnis K, Freijs Ģ, et al. Radiological Findings of Retrograde Venous Cerebral Air Embolism Infarcts: A Case Report and Literature Review. Vasc Health Risk Manag. 2025;21:617-631.

  7. Cárdenas-Marín PA, Zambrano-Franco JA, Reyes-Cardona MJ, et al. Postpartum ischemic stroke due to persistent left superior vena cava to left atrium after DORV repair: a case report and literature review. BMC Cardiovasc Disord. 2025;25:463.

  8. Cunha R, Silva M, Henrique A, et al. Paradoxical embolism: a rare cause of acute upper limb ischemia. J Surg Case Rep. 2023;7:rjad435.

  9. Henmi S, Nakai H, Yamanaka K, et al. Impending paradoxical embolism. J Cardiol Cases. 2021;24:20-22.

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