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ぶどう膜炎

全身化学療法と眼毒性

分子標的抗がん剤は種々の癌の生存率を向上させた。一方で腫瘍細胞に加え正常組織のシグナル経路も阻害するため、さまざまな眼の副作用を生じうる。毒性の範囲は軽度のドライアイから視力に即座の脅威を与える重篤な合併症まで多岐にわたる。

近年、抗がん剤を使用する患者が一般眼科を受診する機会が増加している。患者自身が全身投与薬の眼科的副作用を認識していないことも多く、原因不明の角膜上皮障害や視力低下の鑑別では抗がん剤の使用歴を必ず確認する必要がある。

化学療法薬は血液網膜関門(BRB)の破綻を介して黄斑浮腫や漿液性網膜剥離を惹起しうる1)。さらに悪性腫瘍自体もぶどう膜炎の原因となりうるため、薬剤性か腫瘍関連かの鑑別がしばしば困難となる1)

Q 抗がん剤の眼科副作用はどのくらいの頻度で起こるか?
A

薬剤クラスにより大きく異なる。ALK阻害薬クリゾチニブでは65%に視覚障害が出現する一方、多くの薬剤ではCTCAEグレード1〜2の軽度な副作用にとどまる。眼科的な定期検査の推奨頻度も薬剤ごとに異なる。

全身化学療法に伴う眼の自覚症状は薬剤クラスにより多様である。

  • 霧視(ぼやけ):最も頻度の高い症状の一つ。漿液性網膜症・黄斑浮腫・角膜障害など多くの病態で生じる。
  • ドライアイ:EGFR阻害薬・HER2阻害薬・FGFR阻害薬・アロマターゼ阻害薬などで好発する。
  • 視力低下:黄斑浮腫・漿液性網膜剥離・視神経症に伴い急性〜亜急性に出現する。
  • 眼痛・充血:ぶどう膜炎、角膜上皮障害時にみられる。
  • 羞明(まぶしさ):前部ぶどう膜炎やALK阻害薬による視覚障害で生じる。
  • 閃光・光の尾:ALK阻害薬クリゾチニブに特徴的。通常1分未満で消失する良性の症状である。
  • 流涙:BCR-ABL阻害薬・EGFR阻害薬で報告される。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

眼毒性の臨床所見は前眼部から後眼部まで広範にわたる。

前眼部所見

角膜上皮障害:EGFR阻害薬による「チロシンキナーゼ角膜炎」が代表的。

結膜炎:EGFR阻害薬・HER2阻害薬で高頻度に認められる。

前部ぶどう膜炎:BRAF阻害薬単独療法で最も多い眼TRAE。免疫チェックポイント阻害薬でもみられる。

霰粒腫眼瞼炎:プロテアソーム阻害薬ボルテゾミブで有病率6.8%。

後眼部所見

漿液性網膜剥離:MEK阻害薬で用量依存的に出現。多局所性。

黄斑浮腫:パクリタキセル・BRAF阻害薬・MEK阻害薬で報告。

網膜静脈閉塞症:MEK阻害薬・BCR-ABL阻害薬(ポナチニブ)で報告。

汎ぶどう膜炎:免疫チェックポイント阻害薬による原田病様の病態がある1)

眼毒性の発生は薬剤が標的とするシグナル経路が正常眼組織にも発現していることに起因する。主な薬剤クラスと眼毒性の関連を以下に示す。

薬剤クラス主な眼毒性関連疾患
MEK阻害薬漿液性網膜症転移性メラノーマ
BRAF阻害薬ぶどう膜炎メラノーマ
EGFR阻害薬角膜上皮障害非小細胞肺がん
免疫CPIぶどう膜炎各種固形腫瘍
FGFR阻害薬漿液性網膜症胆管がん

BRAF V600E変異はメラノーマのほか、ホジキンリンパ腫・ヘアリー細胞白血病・肺腺癌・大腸癌に関連する。MEK阻害はIGF-1誘発性VEGF産生を抑制し、血管透過性に影響を与える。

眼毒性のリスク因子として高齢・肝腎機能障害(症状の遷延化・重症化)が知られる。また、投与開始後数日で発症する例から数ヶ月後に出現する例まで時期は多様である。

Q 抗がん剤の眼科副作用は予防できるか?
A

多くの眼毒性は予防が困難であるが、FGFR阻害薬では人工涙液による予防的使用が推奨される。早期発見が最も重要であり、FGFR阻害薬では治療開始後4〜6ヶ月間の定期的な眼科検査が求められる。

薬剤性眼毒性の診断は、使用薬剤の把握と眼科所見の時間的関連が基本となる。

  • 使用中の抗がん剤(分子標的薬を含む)の種類と投与開始時期
  • 眼症状の出現時期と経過
  • 原疾患自体による眼病変(癌関連網膜症など)の除外
  • 免疫抑制状態に伴う眼感染症の除外
  • 細隙灯顕微鏡検査:前部ぶどう膜炎、角膜上皮障害、霰粒腫・眼瞼炎の評価に必須。
  • 眼底検査:漿液性網膜剥離、黄斑浮腫、網膜出血の検出。散瞳下の詳細な眼底観察が重要である。
  • 光干渉断層計(OCT)網膜下液・網膜内液・網膜色素上皮剥離の定量的評価に有用。MEK阻害薬関連の漿液性網膜症の経過観察に不可欠である。
  • 蛍光眼底造影(FA):網膜血管閉塞・血管透過性亢進の評価。パクリタキセルによる嚢胞様黄斑浮腫ではFAで蛍光漏出がないかごくわずかである点が鑑別に重要となる。
  • 網膜電図(ERG):癌関連網膜症(CAR)との鑑別に有用。

薬剤性眼毒性の治療は原因薬剤の中止・減量を基本とするが、原疾患(癌)の治療との兼ね合いから主治医との連携が不可欠である。

MAPK経路阻害薬(MEK阻害薬・BRAF阻害薬)

Section titled “MAPK経路阻害薬(MEK阻害薬・BRAF阻害薬)”
  • MEK阻害薬関連漿液性網膜症:自己限定的と報告されている。MEK阻害薬の中止の有無にかかわらず、数週間〜数ヶ月で治癒しうる。経過観察で管理可能な場合が多い。
  • BRAF阻害薬関連ぶどう膜炎:局所ステロイド点眼で治療可能である。他の原因の除外診断が必要である。
  • 併用療法時:MEK・BRAF併用では上記合併症が相加的に生じうる。局所または眼周囲へのステロイド投与を行う。
  • ERK阻害薬関連網膜症:嚢胞様黄斑浮腫や網膜内液を惹起しうるが可逆的である。
  • 角膜上皮障害:人工涙液で症状が改善することもあるが、根治的治療は薬剤の中止である。持続的な角膜潰瘍(エルロチニブ)や難治性角膜潰瘍(セツキシマブ)に注意する。
  • 結膜炎:軽度の減量が必要な場合があるが、恒久的な中止を要した例はない。
  • 睫毛肥大:睫毛のトリミングと眼衛生の保持で保存的に管理する。睫毛乱生が生じた場合は眼科医への紹介が必要である。
  • ぶどう膜炎:アファチニブ・エルロチニブで稀に報告。薬剤の中止で治療される。

免疫チェックポイント阻害薬によるぶどう膜炎は軽症のことが多く、投与を継続できる場合がある。程度に応じ主治医との相談が必要である。チェックポイント阻害はT細胞を活性化し自己免疫応答を誘導するため、原田病(VKH)様の汎ぶどう膜炎を生じることがある1)

  • エルダフィチニブ:眼TRAEにより17%で休薬、6%で中止が必要。治療開始後最初の4ヶ月間は毎月の眼科検査を推奨する。
  • ペミガチニブ:6%に網膜色素上皮剥離。開始前と最初の6ヶ月間は2ヶ月ごと、その後は3ヶ月ごとの眼科検査が推奨される。
  • BCR-ABL阻害薬(イマチニブ等)眼窩周囲浮腫・流涙が最多。加療が必要なことは少なく、原因薬の中止は通常不要である。
  • プロテアソーム阻害薬:ボルテゾミブによる霰粒腫は温罨法・局所抗菌薬・切開排膿で治療する。
  • アロマターゼ阻害薬:ドライアイが主体。人工涙液で対応する。
  • ALK阻害薬:視覚障害は良性で治療不要。時間とともに軽快する。
Q 抗がん剤をやめれば眼の副作用は治るか?
A

多くの眼毒性は原因薬剤の中止により改善する。MEK阻害薬関連の漿液性網膜症は自己限定的であり、薬剤中止の有無にかかわらず消退しうる。ただし、セツキシマブによる角膜潰瘍や一部の網膜症など、不可逆的な変化を残す場合もある。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

全身化学療法による眼毒性の機序は薬剤クラスごとに異なる。

BRAF阻害薬はBRAFキナーゼを阻害し、腫瘍へのT細胞浸潤と活性を高める。MEK阻害は抗腫瘍免疫応答を活性化するとともに、IGF-1誘発性VEGF産生の抑制を介して網膜血管透過性に影響する。

MEK阻害薬の漿液性網膜症はMEKシグナル伝達経路の阻害による網膜色素上皮のポンプ機能障害が関与すると考えられている。FGFR経路はMEK経路と下流で共通するため、FGFR阻害薬でも同様の漿液性網膜症が生じる。

EGFRは角膜・角膜輪部結膜の上皮に発現し、細胞の増殖・再生・分化を調節する。これらの経路の遮断により角膜上皮の再生能が低下し、角膜症・結膜炎・ドライアイを惹起する。睫毛の成長にもEGFRが関与するため、睫毛肥大が高頻度に出現する。

免疫チェックポイント阻害薬はモノクローナル抗体として免疫系の抑制性受容体をブロックし、腫瘍監視機構を増強する1)。チェックポイント阻害の結果、自己免疫疾患の発生率が上昇する。メラノーマ治療中の患者では、腫瘍細胞と正常メラノサイトの抗原共有により原田病様の反応が報告されている1)。T細胞の活性化とそれに続く免疫応答が網膜血管のタイトジャンクションを障害し、血液網膜関門の破綻を引き起こす1)

タキサン系抗がん剤は微小管再合成を抑制し、細胞毒性を生じる。黄斑浮腫の機序として、フルオレセインよりも低い分子量レベルでの血液網膜関門の破壊、および体液貯留傾向との関連が推測されている。FA上で蛍光漏出を認めない点が特徴的である。

エストロゲンレベルの低下が眼表面に影響し、マイボーム腺機能不全(MGD)を惹起するとされる。一部の症例ではアナストロゾールやレトロゾールで「デノボ」シェーグレン症候群の発症が示唆されている。

Q なぜMEK阻害薬とFGFR阻害薬で同じような網膜症が起こるのか?
A

FGFR経路はMEK経路と下流のシグナル伝達を共有している。そのためFGFR阻害薬もMEK阻害薬と類似の漿液性網膜症を引き起こしうる。いずれも網膜色素上皮機能への影響が主因と考えられている。


ERK阻害薬はMAPK経路の下流標的であり、MEK阻害薬と同様の網膜症に加えて嚢胞様黄斑浮腫や網膜内液をより多く引き起こす可能性がある。

20人の患者を対象としたケースシリーズでは、ERK阻害薬関連の網膜症は可逆的であり、深刻な眼の損傷は引き起こさなかったことが示された。

Tomkins-Netzerら(2024)は、化学療法薬(シタラビン・免疫チェックポイント阻害薬・BRAF阻害薬・EGFR阻害薬など)による血液網膜関門(BRB)破綻の病態生理を検討した1)。悪性腫瘍自体もぶどう膜炎を引き起こしうるため、BRB破綻の原因を特定することが臨床的に困難であることが指摘されている。BRB障害のメカニズムの理解が今後の治療戦略の開発に寄与すると結論づけている。

現在臨床試験段階にあるエパカドスタットでは、ぶどう膜炎の発症が症例報告として報告されている。今後の安全性データの蓄積が待たれる。


  1. Tomkins-Netzer O, Lightman S, et al. Blood-retinal barrier disruption in uveitis, lymphoma and other conditions. Prog Retin Eye Res. 2024;99:101245.

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