マイクロパルス
照射方式:断続的なパルス照射(オン100〜300μs/オフ1700〜1900μs)
波長:810nm(半導体レーザー)が標準。577nmなども使用
特徴:オフ時間(休止期)に組織が冷却され、熱の蓄積を防ぐ。光凝固瘢痕を残さずRPEに熱刺激を与える

閾値下レーザー(subthreshold laser; STL)とは、網膜色素上皮(RPE)細胞に選択的に作用し、不可逆的な光凝固壊死を生じさせない範囲でレーザーエネルギーを照射する治療技術の総称である。
従来の網膜レーザー光凝固は可視的な凝固斑(白斑)を形成することを指標とするが、この凝固瘢痕が長期的な視野欠損や瘢痕拡大などの合併症を招いてきた。閾値下レーザーはこの問題を克服するために開発されており、1990年代にFriberg(フリーバーグ)らが初めて概念を提唱した。
主な適応疾患は以下の通りである。
マイクロパルスレーザーの一部機器は国内で薬事承認を取得しているが、適応や保険診療の詳細は施設・適応疾患によって異なる。主治医への確認が必要である。
従来の連続波(continuous wave; CW)レーザー光凝固は、網膜色素上皮のメラニン顆粒がレーザー光を吸収し、熱に変換することで組織を凝固させる。組織温度が65℃程度を超えると凝固壊死(タンパク変性)が生じ、白色の凝固斑が形成される。
照射エネルギーは強さによって以下の段階に分類される1)。
| レーザー強度 | 組織変化 | 臨床的可視性 |
|---|---|---|
| 不可視レベル | 生化学的変化のみ | 肉眼で確認不可 |
| 軽微凝固 | RPEの軽微な変性 | 造影でのみ確認 |
| 標準凝固 | タンパク変性・壊死 | 白色凝固斑を形成 |
| 強凝固(白色) | 全層壊死・瘢痕形成 | 明瞭な白色斑 |
連続波レーザー光凝固には以下の問題点が指摘されてきた。
光線力学的療法(PDT)は光化学反応を利用する点で熱凝固とは異なるが、こちらも網膜外層・脈絡膜への影響が残り、CSRなどへの適応では高用量では萎縮リスクが問題となる1)。
これらの限界を克服すべく、RPEのみに選択的に作用する閾値下レーザーの概念が発展した。
従来の光凝固は熱によるタンパク変性(熱作用)を利用し、光線力学的療法はベルテポルフィンを介した光化学反応(光化学作用)を利用する1)。閾値下レーザーはいずれとも異なり、組織壊死を生じない範囲の熱ストレスをRPEに与えることを目的とする。
閾値下レーザーは照射方式によって複数の技術に分類される。
マイクロパルス
照射方式:断続的なパルス照射(オン100〜300μs/オフ1700〜1900μs)
波長:810nm(半導体レーザー)が標準。577nmなども使用
特徴:オフ時間(休止期)に組織が冷却され、熱の蓄積を防ぐ。光凝固瘢痕を残さずRPEに熱刺激を与える
SRT
照射方式:超短パルス(527nm Nd:YLFレーザー、パルス幅1.7μs)
波長:527nm(緑色)
特徴:RPE細胞内に微小気泡(マイクロバブル)を形成し、選択的にRPEを傷害。神経感覚網膜への影響が最小限
EpM / TTT
Endpoint Management(EpM):アレニウス積分(Ω)に基づきレーザー出力を精密制御。組織への熱的影響を定量的に管理する
TTT(経瞳孔温熱療法):810nm、低強度長時間照射。現在は適応が限定的
各波長の主な吸収体と特性を以下に示す。
| 波長 | 主な吸収体 | 組織選択性 |
|---|---|---|
| 532nm(緑) | メラニン・ヘモグロビン | RPE・血管 |
| 577nm(黄) | ヘモグロビン優位 | 血管選択性高 |
| 810nm(近赤外) | メラニン優位 | RPE・脈絡膜 |
糖尿病黄斑浮腫に対する閾値下レーザーの効果はメタアナリシスでも検討されている。
Tai F らのメタアナリシス(Ophthalmol Retina 2024;8:223-33)では、閾値下レーザー(マイクロパルスを含む)と標準閾値レーザーを比較し、視力改善・黄斑浮腫軽減いずれにおいても閾値下レーザーが有意な改善を示した2)。特に中心窩に近い部位を有する症例では安全性の優位性が示された。
抗VEGF薬(ラニビズマブ・アフリベルセプトなど)との併用療法も検討されており、注射回数の減少や視力維持に有望な結果が報告されている。
漿液性網膜剥離の原因となる漏出点・RPE萎縮部位への直接照射が可能である。中心窩直下に漏出点が存在する症例でも安全に照射できる点が最大のメリットである。特発性(急性)より遷延例・慢性例に対して適応が多い。
網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫に対して、従来の格子状光凝固に代わる低侵襲治療として使用される。抗VEGF薬と組み合わせた維持療法としても有用である。
主な適応疾患の比較を以下に示す。
| 疾患 | 主な方式 | 利点 |
|---|---|---|
| 糖尿病黄斑浮腫 | マイクロパルス・EpM | 中心窩近傍照射可能 |
| CSR | マイクロパルス・SRT | 漏出点直接照射 |
| 網膜静脈分枝閉塞症 | マイクロパルス | 格子状光凝固代替 |
抗VEGF薬は注射の繰り返しが必要であり、患者負担・医療費・来院頻度が課題となる。閾値下レーザーは1〜2回の照射で長期効果が期待でき、維持療法として注射回数を減少させる可能性がある。中心窩近傍への安全な照射も可能である。
閾値下レーザーの治療効果は、RPEへの熱ストレスが引き起こす生理的反応による。RPEは神経感覚網膜と脈絡膜の間に位置し、光の吸収・代謝サポート・バリア機能を担う。閾値下照射により、RPE細胞内で熱ショックタンパク(HSP:Heat Shock Protein)が産生され、細胞の機能回復・修復・炎症抑制が促進される。
閾値下レーザーの利点
光凝固瘢痕なし:不可逆的なダメージを網膜に残さない
中心窩近傍照射:従来法では困難だった部位への照射が可能
繰り返し照射:同部位への再照射も安全に実施できる
課題と限界
治療効果の客観的確認が困難:白斑が生じないため照射完了の確認が難しい
出力管理の難しさ:過少出力では効果なし。適切な出力設定に習熟が必要
長期エビデンスの蓄積:SRT・EpMは比較的新しく、長期成績の蓄積が進行中
RPEのメラニン顆粒は光エネルギーの主な吸収体である。照射されたレーザー光はメラニンに吸収され、熱エネルギーに変換される。温度上昇が10〜15℃程度に収まると、組織壊死は生じず、タンパク変性を伴わない生物学的応答が誘発される。
SRTでは超短パルス照射によりRPE細胞内のメラニン顆粒が局所的に急加熱される。この急加熱により細胞内に微小な水蒸気泡(マイクロバブル)が形成され、RPE細胞膜が破壊される。これが「選択的」RPE傷害の機序であり、隣接する神経感覚網膜・Bruch膜には影響を与えない。傷害されたRPE細胞の部位には周囲から正常RPEが遊走・増殖して置換される。
Endpoint Management(EpM)は、組織への熱的傷害をアレニウス積分(Ω値)によって定量化する。温度と時間の積分により、組織変性の程度をリアルタイムで計算し、凝固壊死域直前の範囲に照射量を精密制御する。従来の術者の経験則に依存した出力調整を客観的指標で補完する技術である。
光線力学的療法はベルテポルフィンが脈絡膜新生血管や異常な脈絡膜血管に集積し、レーザー照射による活性酸素(光化学反応)で血管を閉塞させる機序をとる1)。熱作用ではなく光化学作用であり、作用部位も脈絡膜血管が主体である。閾値下レーザーとはエネルギー変換様式・作用部位の両面で異なる。
SRTは従来の糖尿病黄斑浮腫・CSR以外にも適応拡大の可能性が研究されている。緑内障(線維柱帯へのSRT適用による房水排出促進)や増殖糖尿病網膜症(PDR)の前増殖段階への応用が基礎的・臨床的に検討されている。
Tai F らのメタアナリシス(2024)は、糖尿病黄斑浮腫に対して閾値下レーザーと抗VEGF薬の組み合わせが、単独治療と比較して注射回数を減少させながら視力維持を達成できる可能性を示した2)。最適な併用プロトコルの確立が今後の課題である。
SMD(subthreshold macular dosimetry)やアレニウスモデルを用いた照射量の個別最適化は、RPEメラニン量の個人差に対応する試みである。OCT・ICGA・マルチカラーイメージングを組み合わせたリアルタイム治療評価も研究が進んでいる。
線維柱帯への選択的レーザー照射による房水排出促進を狙った研究が進行中であるが、現時点では研究段階の報告であり、標準治療として確立されていない。今後の臨床試験の結果が待たれる。
即時的な視力改善は通常見込めない。RPEの機能回復・HSP産生・浮腫軽減には数週間〜数か月を要することが多い。効果の発現が緩徐である点が従来の光凝固との違いであり、定期的な経過観察が重要である。
マイクロパルスは汎用性が高く多くの施設で利用可能である。SRTはRPEへの選択的傷害が最も明確な方式だが、専用機器が必要である。EpMは既存のレーザー装置にソフトウェアを追加する形で利用でき、普及しやすい。適応疾患や施設の設備に応じた選択が行われる。