MRNF
網膜有髄神経線維:通常は視神経乳頭を越えない髄鞘化が網膜へ侵入した状態。
白色の線状・羽毛状斑として眼底に観察される。

ストラーツマ症候群(Straatsma syndrome)は、網膜有髄神経線維(myelinated retinal nerve fiber; MRNF)・軸性近視・弱視の3徴を特徴とする稀な先天性眼疾患である。1979年にStraatsmaらが初めて報告した1)。
MRNFは、通常は篩状板で遮断されるはずの髄鞘化(ミエリン形成)が網膜神経線維層にまで及んだ状態である。一般人口の約1%に認められ1)2)、多くは孤立性の無症候性所見にとどまる。しかし、範囲が広い場合には軸性近視・弱視を伴い、ストラーツマ症候群を形成する。
歴史的には1856年にVirchowが有髄神経線維の存在を初めて記載しており2)、その後の研究でMRNFの分布・範囲と臨床転帰の関連が明らかにされてきた。
MRNF
網膜有髄神経線維:通常は視神経乳頭を越えない髄鞘化が網膜へ侵入した状態。
白色の線状・羽毛状斑として眼底に観察される。
軸性近視
軸性近視:眼軸長の延長による屈折異常。
MRNFの範囲が広いほど近視の程度が強い傾向がある。
弱視
弱視:視覚発達の感受性期における視力発達障害。
治療抵抗性を示しやすく、予後は慎重に評価する必要がある。
MRNFは一般人口の約1%に存在するが、大多数は孤立性の無症候性所見である1)2)。範囲が広い場合や乳頭近傍・黄斑部に及ぶ場合に軸性近視や弱視を伴い、ストラーツマ症候群と診断される。
眼底検査にて、視神経乳頭周囲あるいは網膜周辺部に特徴的な白色線状・羽毛状の混濁斑を認める1)。
MRNFの範囲・形態は症例によって異なり、以下の3型に分類される1)。
MRNFの分類(Karakosta 2022による)を示す。
| 分類 | 特徴 | 近視・弱視 |
|---|---|---|
| Type 1 | 孤立性・限局性 | 軽度または なし |
| Type 2 | 乳頭周囲に伸展 | 中等度 |
| Type 3 | 広範・黄斑部に及ぶ | 高度・治療抵抗 |
OCT(光干渉断層計)では、MRNF部位において網膜神経線維層(RNFL)の著明な肥厚を認める。健眼との間でRNFL厚に有意差が生じる2)。
MRNFは多くの場合片眼性であり、ストラーツマ症候群も片眼に著明な所見を呈することが多い1)。両眼性も報告されているが、片眼弱視の評価に際しては必ず対側眼との比較を行う。
ストラーツマ症候群の病因は、篩状板における髄鞘化バリアの未発達にある。
通常、網膜神経線維は篩状板を通過する際に髄鞘を持たない状態に保たれる。このバリアが機能しない場合、オリゴデンドロサイト(ミエリン産生細胞)が網膜内へ侵入し、神経線維の髄鞘化が生じると考えられている2)。
遺伝的背景として、全ゲノムシーケンス(WGS)解析により転写因子RUNX2遺伝子との関連が示唆されている2)。RUNX2は骨・軟骨分化だけでなく、神経系の発生にも関与することが知られている。
ストラーツマ症候群の診断は、特徴的な3徴の組み合わせによる臨床診断が基本である。
散瞳下の眼底検査で視神経乳頭周囲〜網膜に広がる**白色羽毛状病変(MRNF)**を直接観察する1)。病変の範囲・分布をType 1〜3で評価する。
MRNF部位でのRNFL肥厚を定量的に評価する2)。健眼との左右差の確認や経時変化の追跡に有用である。乳頭周囲RNFL厚マップにより病変の広がりを客観的に把握できる。
調節麻痺下屈折検査(サイプレジン点眼等)により軸性近視の程度を評価する。矯正視力と裸眼視力の差から弱視の程度を判定する。低年齢では選択的注視法(Teller acuity card等)を用いる。
弱視は矯正視力が年齢基準を下回る状態、または両眼間の視力差が2段階以上ある状態として診断される。ストラーツマ症候群では屈折異常性・不同視性弱視の両者が関与しうる。
軸性近視に対する眼鏡・コンタクトレンズによる完全矯正が治療の第一歩である1)3)。弱視の視覚発達への影響を最小化するため、早期からの適切な屈折矯正が推奨される。
弱視眼への視覚刺激を増やすため、健眼(良い方の目)を遮閉する治療法である1)3)。弱視治療の標準的手法であり、AAO Amblyopia PPP(2024)においても推奨されている3)。
遮閉時間・方法の選択(全日遮閉 vs 部分遮閉)は弱視の重症度と年齢に応じて決定する。アトロピン点眼による光学的遮閉も選択肢となる4)。
ストラーツマ症候群における弱視は、通常の弱視に比べて治療抵抗性を示しやすい1)。MRNFが黄斑部に広範に及ぶ場合(Type 3)は特に視力予後が不良である。
患者ごとの転帰の違いを以下に示す。
| 特徴 | 予後良好例 | 予後不良例 |
|---|---|---|
| MRNFの範囲 | 限局性(Type 1-2) | 広範(Type 3) |
| 治療開始 | 感受性期内に早期 | 遅延 |
屈折矯正
完全矯正眼鏡:軸性近視を補正し、網膜への鮮明な像形成を促す。
弱視治療の基盤。感受性期内の早期開始が重要。
遮閉療法
健眼遮閉:弱視眼の使用を強制することで視力発達を促す。
全日遮閉またはアトロピン点眼が選択される。アドヒアランスが予後を左右する。
経過観察
定期的な視力評価:治療効果を継続的にモニタリングする。
視覚発達の感受性期(8〜10歳頃まで)は特に重要。
弱視治療の感受性期は一般に8〜10歳頃までとされる4)。この期間内に視力改善が得られるよう早期治療を継続する。ストラーツマ症候群では治療抵抗性が多く、長期にわたる追跡と評価が必要である1)。
正常眼では、網膜神経節細胞の軸索は篩状板を通過する際に無髄鞘のまま保たれる。篩状板はグリア細胞とコラーゲン線維からなる構造体であり、髄鞘形成を担うオリゴデンドロサイトが網膜内へ侵入するのを物理的・生化学的に阻止するバリア機能を持つ。
このバリアが先天的に機能しない場合、オリゴデンドロサイトが網膜へ侵入し、神経線維の髄鞘化を引き起こす2)。その結果として白色羽毛状のMRNFが生じる。
広範なMRNFでは、黄斑部の錐体細胞と桿体細胞の間に位置する楕円体帯(ellipsoid zone; EZ)の途絶が確認される1)。EZは光受容体ミトコンドリア密集部位に相当し、その途絶は光受容体機能の障害を示唆する。これが黄斑部病変を伴うType 3症例における重度弱視の器質的基盤と考えられる。
WGS解析により転写因子RUNX2の変異がMRNF発症に関与する可能性が示された2)。RUNX2はもともと骨格発生に関わる転写因子として知られるが、グリア細胞・神経細胞の分化制御にも関与する。RUNX2の機能異常が篩状板のバリア形成を障害し、オリゴデンドロサイトの網膜侵入を促進するという仮説が提唱されている2)。
Sillsら(2024)はMRNF症例に対して世界で初めてWGSを適用し、転写因子RUNX2との関連を報告した2)。従来の候補遺伝子アプローチでは同定できなかった変異をWGSが検出し、MRNFの遺伝的背景の解明に新たな道を開いた。
WGSにより同定されたRUNX2変異は、篩状板形成障害を通じてオリゴデンドロサイトの網膜侵入を促進するという機序が想定されている2)。本知見は将来的な遺伝カウンセリングや標的治療開発への応用が期待される。
現時点では研究段階であり、一般臨床での実施は限定的である2)。ストラーツマ症候群の診断・治療は依然として臨床的評価(眼底検査・OCT・視力検査)に基づく。今後の遺伝学的研究の進展により、発症メカニズムのさらなる解明が期待される。