手持ち式
代表例:Micron(スマートハンドピース)
特徴:振戦を最大90%減少させるアクティブキャンセレーション機能を内蔵。外観は通常の手術器具に近い。
用途:既存の手術環境に統合しやすく、追加設備が少ない。

ロボット支援硝子体網膜手術(Robotic-Assisted Vitreoretinal Surgery; RAVS)は、手術ロボットを介して眼内操作を行う先端手術技術である。人間の手に不可避な生理的振戦(平均振幅156μm)を軽減し、ミクロン単位の精密操作を実現する1)。
硝子体網膜手術の歴史は1970年代のMachemerらの硝子体切除術にさかのぼる。ロボット支援の試みは2007年のda Vinciシステム応用まで続き、眼科専用の手術ロボット「Preceyes」は2019年にCEマーク(欧州)を取得した。現在、臨床使用の実績があるシステムはPreceyesとKU Leuven共同操作ロボットの2種類のみである1)。
眼科用手術ロボットは操作方式により3つに大別される。
手持ち式
代表例:Micron(スマートハンドピース)
特徴:振戦を最大90%減少させるアクティブキャンセレーション機能を内蔵。外観は通常の手術器具に近い。
用途:既存の手術環境に統合しやすく、追加設備が少ない。
共同操作式
代表例:KU Leuven co-manipulator、Steady-Hand Robot
特徴:術者とロボットが器具を共に保持し、術者の動きを精密にガイドする。
用途:網膜静脈カニュレーションなど、高精度が求められる手技に応用されている。
遠隔操作式
代表例:Preceyes(CEマーク取得済み)、IRISS
特徴:術者がジョイスティックで遠隔制御。振戦フィルタリング・モーションスケーリング・仮想安全境界を備える。
用途:網膜下注入・内境界膜剥離など。最も広く臨床研究に使用されている。
RCTでロボット群と手動群の安全性は同等であることが確認されており、ロボット群では振戦に起因する微小外傷の減少が示唆されている。ただしセットアップ時間が長く(手動比+20分以上)、触覚フィードバックが欠如するという異なるリスクプロファイルも存在する。
RAVSが特に有用と考えられる手技は以下の通りである。
内境界膜(ILM)や黄斑上膜(ERM)は極薄の半透明膜であり、剥離操作には繊細な力加減が要求される。ロボットによる振戦軽減と力制御は、この操作における網膜損傷リスクを低下させる可能性がある。内境界膜除去により網膜下注入時の注入圧を約6 PSI低下させる効果も報告されている1)。
遺伝子治療薬(voretigene neparvovecなど)の網膜下腔への精密送達に応用される1)。手動での直接注入には急峻な学習曲線があり、Bruch膜穿孔や網膜下出血のリスクを伴う1)。ロボットによる安定した注入は、これらのリスクを軽減する可能性がある。
KU Leuvenシステムを用いた初のヒト網膜静脈カニュレーション(RVC)が行われ、直径80〜120μmの細小血管への薬剤投与が可能となった。手動での同操作はきわめて困難であり、RAVSの優位性が最も明確な適応の一つである。
網膜下血腫に対するt-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)の網膜下投与において、ロボット支援により必要なretinotomy(網膜切開)数の減少が報告されている。
内境界膜・ERM剥離
対象:黄斑上膜・黄斑円孔
効果:注入圧低下、微小外傷リスク軽減1)
網膜下注入
対象:遺伝子治療(RPE65変異など)
効果:Bruch膜穿孔リスク軽減1)
網膜静脈カニュレーション
対象:網膜静脈閉塞症
効果:80〜120μm血管への薬剤直接投与が可能
黄斑下出血管理
対象:加齢黄斑変性合併出血
効果:retinotomy数の減少
網膜静脈カニュレーション(RVC)は手動では極めて困難な手技であり、RAVSの有用性が最も明確である。網膜下注入も、遺伝子治療の普及に伴い重要性が高まっており、ロボット支援による安定した送達が期待されている。
Preceyesは4軸操作が可能で、先端精度は約10μmとされる。主な制御機能は以下の通りである。
術中光干渉断層計(iOCT)を用いてブレブ(網膜下液貯留)の体積をリアルタイムで推定する(球面キャップ公式を適用)1)。これにより過剰注入や注入不足を防ぎ、適切なブレブ形成が可能となる。
内境界膜剥離後に形成された「puddle(液溜まり)」を網膜下注入の送達経路として活用する手技である1)。剥離と注入を連続して行うことで手技の効率化が図られる。
BSS(平衡塩溶液)で予備ブレブ(pre-bleb)を形成した後、薬剤を追加注入する方法である。注入時の圧力上昇を抑制する効果があるが、retinotomy拡大のリスクを伴う1)。
Preceyesを用いた初のヒトロボット支援網膜下薬物送達は2022年に局所麻酔下で実施された2)。
以下にPreceyesとKU Leuven共同操作ロボットの特性を比較する。
| 項目 | Preceyes | KU Leuven |
|---|---|---|
| 操作方式 | 遠隔操作 | 共同操作 |
| 先端精度 | 約10μm | ミクロン単位 |
| 主な適応 | 網膜下注入・内境界膜剥離 | 網膜静脈カニュレーション |
Preceyesの先端精度は約10μmとされる。人間の生理的振戦(平均振幅156μm)と比較すると、約15分の1以下に動きのブレを抑制できることになる1)。
RAVSに関する無作為化比較試験(RCT)では、ロボット群と手動群の間で安全性に有意差はなく、ロボット群において微小外傷が少ない傾向が示された。
手術時間についてはロボット群で延長が認められた(12例RCTでの内境界膜剥離時間:ロボット群4分5秒 vs 手動群1分20秒)。この差はセットアップ手順の習熟とシステムの改良により短縮可能と考えられている。
以下に主要な比較指標を示す。
| 指標 | ロボット群 | 手動群 |
|---|---|---|
| 生理的振戦 | 補正後10μm程度 | 156μm(平均) |
| 内境界膜剥離時間 | 4分5秒 | 1分20秒 |
| 安全性 | 手動と同等 | (基準) |
2022年に報告された初のロボット支援網膜下薬物送達では、局所麻酔下でPreceyesを用いた送達が成功裏に実施された2)。
Cehajic-Kapetanoviら(2022)は局所麻酔下で実施したロボット支援網膜下薬物送達の初ヒト報告を発表した2)。外科的合併症なく標的部位への送達が確認された。
RAVSには有望な可能性がある一方で、現時点では複数の克服すべき課題が存在する。
網膜下注入用の新デバイスとして、NANO SubRet Gateway Deviceが開発中である。これは後部硝子体剥離(PVD)を必要とせず網膜下腔にアクセスできる設計であり、術式の簡略化が期待される1)。また、脈絡膜上腔アクセスを可能にするOrbit SDSも開発が進んでいる1)。
術中OCTによるリアルタイム組織認識とAIによる自動判断支援を組み合わせることで、ロボット操作の安全性と精度をさらに高める方向性が研究されている。力覚フィードバックシステムの統合も主要な開発目標の一つである。
遠隔操作型ロボットシステムは、専門医への物理的アクセスが困難な地域での手術を可能にするテレサージェリーへの応用が検討されている。通信遅延と安全性担保が解決すべき課題である。
現時点では、RAVSは一般臨床での使用段階にはなく、研究・臨床試験の段階にある。Preceyesは欧州でCEマークを取得しているが、日本を含む多くの国では標準的な診療として実施されていない。将来的な普及には承認・診療報酬整備・習熟トレーニング体制の整備が必要である。