前部PVR
硝子体基底部の収縮:前部網膜・毛様体が前方に牽引される。
漏斗状網膜剥離:高度例では前後に狭まる漏斗状の剥離形態をとる。
牽引力が強い:膜が硝子体基底部に付着するため剥離が難治化する。

増殖性硝子体網膜症(Proliferative Vitreoretinopathy; PVR)は、孔原性網膜剥離(RRD)に対する手術またはRD自体を契機として生じる異常な創傷治癒反応である。網膜色素上皮(RPE)細胞・グリア細胞・筋線維芽細胞が増殖し、網膜前面・後面・硝子体基底部に線維収縮性の膜を形成する。この膜の収縮が網膜を牽引して固定ひだを生じ、網膜を再剥離させる。
PVRはRD手術失敗の主要原因である。RD手術失敗例の75%がPVRによるとされ、3) RD全体における発生率は5〜10%と報告されている。3) RD術後30〜60日の時期に発症することが多い。1)
1983年にRetina SocietyがPVRの統一分類を提唱し、その後1991年にSilverstone分類など改訂版が発表されている。PVRは孔原性網膜剥離の最大の予後規定因子であり、早期発見と適切な介入が視力予後に直結する。
慢性裂孔原性網膜剥離・下方裂孔原性網膜剥離・眼内炎・ぶどう膜炎・ARN(急性網膜壊死)5)などが主なリスク因子である。詳細は「原因とリスク要因」の項を参照。
PVRの自覚症状は、基礎疾患である網膜剥離の症状と重複することが多い。
黄斑部PVR(mPVR)は、PPV後10〜28日という比較的早期に発症する。2) 報告例では術後にBCVA 20/38から20/166への視力低下が記録されている。2)
PVRの最も特徴的な所見は**固定ひだ(スターフォールド)**である。増殖膜の収縮により網膜が折りたたまれ、硝子体手術時にも広げられない、いわゆる「固定した」ひだを形成する。
前部PVR
硝子体基底部の収縮:前部網膜・毛様体が前方に牽引される。
漏斗状網膜剥離:高度例では前後に狭まる漏斗状の剥離形態をとる。
牽引力が強い:膜が硝子体基底部に付着するため剥離が難治化する。
後部PVR
固定ひだ:後極部〜中間周辺部に認められる収縮した放射状の網膜ひだ。
網膜前膜(ERM)様形態:黄斑部に限局するmPVRでは、OCTでfinger-like projections(指状突起様構造)を認める。2)
スターフォールド:後極部のひだが星状に集まった特徴的な形態。
黄斑部PVR(mPVR)はOCT検査で特徴的な所見を示す。中心窩網膜厚(CMT)は711μmから354μmへの著明な肥厚が報告されており、2) 通常の黄斑前膜(ERM)との鑑別が重要である。網膜前膜では表面が滑らかな膜を形成するのに対し、mPVRではfinger-like projectionsが確認される。2)
超音波検査ではV字型(後部PVR)またはT字型(重度のファネル型剥離)の特徴的な所見が得られる。
どちらも黄斑表面の膜形成だが、PVRではOCTでfinger-like projections(指状突起様構造)が認められ、発症が術後早期(10〜28日)であることが特徴である。2) ERMは表面が比較的平滑な膜を示し、発症が緩徐な点で異なる。膜剥離後の視力回復はmPVRでも期待できる。2)
PVRの根本的な原因は血液網膜関門(BRB)の破綻である。BRBが破綻すると血清中の増殖因子(TGF-β、PDGF、IL-6など)が硝子体腔・網膜下腔に流入し、RPE細胞や神経グリア細胞の増殖・遊走が誘導される。RPE細胞は上皮間葉転換(EMT)を経て筋線維芽細胞に分化し、3) 収縮性の細胞外マトリックス(ECM)を産生する。
以下のリスク因子が報告されている。
| リスク因子 | 分類 |
|---|---|
| 慢性・大型の裂孔原性網膜剥離 | 解剖学的因子 |
| 下方裂孔原性網膜剥離 | 解剖学的因子 |
| 裂孔が大きい・多発 | 解剖学的因子 |
| 眼内炎・ぶどう膜炎 | 炎症性因子 |
| 急性網膜壊死(ARN) | 炎症性因子 |
| 糖尿病網膜症 | 全身性因子 |
| 腎機能障害 | 全身性因子 |
| 喫煙 | 生活習慣因子 |
ARN(急性網膜壊死)はBRBの大規模破綻を引き起こし、重度のPVRを来す。ARN後の裂孔原性網膜剥離発生率は50%以上とされる。5) また、糖尿病患者における牽引性網膜剥離(TRD)術後では遷延性網膜下液(SRF)を来すことがあり、腎機能障害がその持続のリスク因子となる。4)
PVRの診断は主に細隙灯顕微鏡(前眼部レンズ併用)および倒像鏡による眼底検査で行う。固定ひだの確認が診断の要点である。硝子体手術中にも伸展できない固定した網膜ひだはPVRの確定的所見である。
PVRの重症度分類はRetina Society(1983年)による以下の分類が広く使用されている。
| Grade | 所見 |
|---|---|
| A | 硝子体混濁・RPE変性・内境界膜皺壁(ひとめのみ) |
| B | 網膜内面の皺壁・網膜裂孔縁の巻き込み・硬直 |
| C | 固定ひだ(1/4円を1CPと計算) |
| D | 漏斗状網膜剥離(広口型・狭口型・閉鎖型) |
Grade Cではひだの範囲を時計方向の占有範囲(CP: clockhour position)で定量化し、例えば「C3」は3CPの固定ひだを意味する。
RD術後30〜60日以内の定期診察で発見されることが多い。1) 術前から慢性・下方裂孔原性網膜剥離などのリスク因子を把握し、術後は固定ひだ形成の有無を注意深く経過観察する。mPVRではOCT上のfinger-like projections確認が早期診断に有用である。2)
PVRの標準治療は**硝子体手術(PPV: 経毛様体扁平部硝子体切除術)**による増殖膜剥離と網膜復位である。主な術式の要素は以下の通りである。
黄斑部PVR(mPVR)では膜剥離後に最高矯正視力 20/166から20/57への視力改善が報告されており、2) 積極的な手術介入が推奨される。
術後の遷延性網膜下液(SRF)については、糖尿病TRD術後の報告で1か月後100%から9か月後25%への自然吸収が示されている。平均吸収期間は7〜10か月とされる。4)
現時点では標準的な薬物療法は確立されていないが、いくつかのアプローチが報告されている。
| 薬剤 | 投与法 | エビデンス段階 |
|---|---|---|
| MTX(メトトレキサート) | 硝子体内注射200〜400μg | 臨床試験中(研究段階) |
| シリコーンオイル | 硝子体腔填充 | 標準的補助療法 |
| ステロイド | - | PVRの治療標的外 3) |
メトトレキサート(MTX)は最有望の薬剤候補であるが、詳細は「最新の研究と今後の展望」の項を参照。ステロイドはPVRの治療標的ではないとされている。3)
ステロイドはPVRの治療標的とは見なされていない。3) PVRの主要な発症機序はRPEのEMTと筋線維芽細胞化であり、ステロイドはこの過程を有効に抑制しない。MTXなどの抗増殖薬が研究対象となっている。
PVRの中心的な発症機序は**RPE細胞の上皮間葉転換(EMT: Epithelial-to-Mesenchymal Transition)**である。3) RDにより剥離したRPE細胞が硝子体腔に遊離し、増殖因子の刺激を受けて以下の変化を遂げる。
PVR膜の主な構成細胞は以下の通りである。2)3)
BRBの破綻により以下の因子が硝子体腔に流入し、増殖を誘導する。
前部PVRは硝子体基底部(毛様体扁平部〜周辺網膜)に発生する。この部位の膜は毛様体・前部網膜・硝子体基底部を一括して前方に牽引し、眼球の低眼圧・漏斗状剥離・完全失明につながる重篤な病態をとる。解剖学的に手術難易度が高く、SOタンポナーデが特に重要となる。
ARN(急性網膜壊死)後のPVRは特に重篤である。5) ARNウイルス(VZV/HSV)による大規模なBRB破綻により、血清蛋白・炎症性サイトカインが大量に硝子体腔に流入する。これが強力な増殖刺激となり、ARN後の裂孔原性網膜剥離発生率は50%以上に上り、発生したPVRは重度になりやすい。5)
MTXはジヒドロ葉酸還元酵素を阻害する抗葉酸薬であり、抗増殖・抗炎症作用を持つ。硝子体内への局所投与によりPVRを予防・治療する試みが世界的に進んでいる。
GUARD試験(Phase 3 RCT): MTXの術中術後投与が再剥離率を有意に低下させることが示されており、最も信頼性の高いエビデンスを提供している。1)
Ambatiら(2024)の報告では、先天性無虹彩症を背景とするPVR症例に対してMTX 200μgを2週毎×5回投与後に月1回維持投与する治療が行われ、GUARD試験(Phase 3 RCT)においてMTXの術中・術後投与が再剥離率を有意に低下させることが示された。1)
Babelら(2022)は、単回MTX 400μg/0.10mL+SOtamponade(1000cSt)という新たな投与法を報告した。3) MTXの半減期は硝子体内で3〜5日とされ、IL-6阻害を介したPVR抑制機序が提唱されている。
FIXER Trial(NCT06541574): MTXのPVR予防効果を検証する新規Phase 3 RCTが現在進行中である。1) 本試験の結果がMTXの標準治療への組み込みを左右する可能性がある。
黄斑部に限局したPVR(mPVR)はPPV後10〜28日という早期に発生する独立した病態として近年注目されている。2) OCTによるfinger-like projectionsの同定が診断の鍵であり、早期膜剥離により視力改善が得られることが示されている。2)
Khatebら(2021)の報告では、PPV後に最高矯正視力 20/38から20/166へ低下した症例に対し膜剥離を施行し、術後20/57への改善が得られた。2) CMTは711μmから354μmへ正常化し、mPVRが独立した臨床単位として認識されるべきとしている。
現時点では研究段階・臨床試験段階の治療法であり、日本の標準治療には含まれていない。GUARD試験やFIXER試験などの臨床試験で有効性が検証されており、1) 今後のガイドライン改訂に影響を与える可能性がある。治療を希望する場合は主治医に相談すること。