PPE
パキコロイド色素上皮症(Pachychoroid Pigment Epitheliopathy):pachyvessels上のRPE変化のみを呈し、網膜下液を伴わない最軽症型。多くは無症状。

パキコロイドスペクトラム(Pachychoroid Spectrum; PPS)は、脈絡膜の外層に存在する異常な拡張血管(pachyvessels)を共通病態基盤とする一連の疾患群の総称である。2013年にWarrowとFreundが初めてこの概念を提唱した1)。
pachyvesselsは主にHaller層に存在し、周囲の脈絡膜毛細血管板(choriocapillaris)を菲薄化させ、網膜色素上皮(RPE)への栄養供給を障害する1)。この脈絡膜静脈うっ滞がRPE機能障害と浸出液貯留を引き起こす。
PPSに含まれる主要な病型を以下に示す。
PPE
パキコロイド色素上皮症(Pachychoroid Pigment Epitheliopathy):pachyvessels上のRPE変化のみを呈し、網膜下液を伴わない最軽症型。多くは無症状。
中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)
中心性漿液性脈絡網膜症(Central Serous Chorioretinopathy):RPEの破綻を通じて漿液性網膜剥離が生じる。男性に多く(男女比6:1)、40〜50歳代に好発。
PNV
パキコロイド新生血管(Pachychoroid Neovasculopathy):pachyvessels上に1型脈絡膜新生血管(MNV)が生じた状態。日本のnAMD(滲出型加齢黄斑変性)の約半数を占める10)。
ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)
ポリープ状脈絡膜血管症(Polypoidal Choroidal Vasculopathy):1型黄斑新生血管の末端にポリープ状拡張病変を形成する。アジア人に多い。pachyvesselsは約90%に認められる1)。
上記に加え、PEHCR(pachychoroid-associated epiretinal membrane and hemorrhage choroidal rupture)など出血性病型も報告されている5)。また、PEVAC(perifoveal exudative vascular anomalous complex)を伴うPPEも記載されており9)、PPSはさらに多様な病型を包含する可能性がある。
疾患概念・命名法は現在も国際的に議論されており、従来の中心性漿液性脈絡網膜症やポリープ状脈絡膜血管症との包括的な整理が進んでいる1)。
典型的な加齢黄斑変性はドルーゼンや地図状萎縮を基盤とし、脈絡膜はむしろ菲薄化する傾向がある。一方PPSは脈絡膜の肥厚・pachyvesselsが特徴で、より若い患者にも生じる。ただし日本のnAMDの約半数はPPS関連と考えられており10)、両概念の境界は明確ではない。
病型によって症状の有無・性質が異なる。
OCT上の主要所見を病型別に示す。
| 所見 | 中心性漿液性脈絡網膜症 | PNV | ポリープ状脈絡膜血管症 |
|---|---|---|---|
| 漿液性網膜剥離 | ○ | △ | ○ |
| 1型黄斑新生血管 | − | ○ | ○ |
| ポリープ状拡張 | − | − | ○ |
| pachyvessels | ○ | ○ | 約90%1) |
脈絡膜厚(CT)については、正常平均CTが267.5 μmと報告されている2)。PPSでは黄斑下CTが著明に増加する。PPS症例では鼻側のCTが優位に大きい傾向があり、鼻側CTが550 μmに達した症例報告もある3)。
LSFG(レーザースペックルフローグラフィー)を用いた研究では、PPS眼での脈絡膜血流(N値)が健常眼の0.71に対し0.76と高値を示した4)。さらにPNV眼と黄斑血流比(MBR比)は1.45と正常眼を上回り、PPS脈絡膜の過灌流状態が示された4)。
PPEは多くの場合無症状であり、基本的に経過観察となる。ただし、中心性漿液性脈絡網膜症や他の病型へと進行する可能性があるため8)、定期的な眼科受診が重要である。
PPSの基本病態は脈絡膜静脈系のうっ滞と過灌流である1)。渦静脈(vortex vein)への吻合がPPS各病型で高率に認められ、中心性漿液性脈絡網膜症で90%、PNVで95%、ポリープ状脈絡膜血管症で98%とされる2)。
脈絡膜のHaller層拡張が進行すると、内層の毛細血管板が菲薄化・虚血に陥り、RPEへの酸素・栄養供給が障害される2)。この過程に強膜の硬化や圧迫が関与するとされており、強膜因子仮説も提唱されている1)。
また、CCFD(central choroidal flow defect)として知られる脈絡膜血流欠損所見がPPS診断に有用とされる2)。
ステロイド(全身・局所・吸入)の使用がPPS・特に中心性漿液性脈絡網膜症の発症リスクを高める1)4)。ステロイドによる脈絡膜血管透過性亢進が機序と考えられている。
遺伝的素因としてCFH(補体因子H)およびVIPR2(血管作動性腸管ペプチド受容体2)の関連が報告されている5)。
PPSの診断には複数のモダリティを組み合わせる。
| 検査 | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| EDI-OCT / SS-OCT | CT測定・pachyvessels確認 | 非侵襲・繰り返し可能 |
| ICGA | 渦静脈・ポリープ確認 | ポリープ状脈絡膜血管症確定診断に必須 |
| OCTA | 黄斑新生血管検出 | 感度97%1) |
| LSFG | 脈絡膜血流定量 | 研究的使用4) |
ポリープ状脈絡膜血管症診断のためのAPOIS(Asian Pacific Ocular Imaging Society)分類が提唱されており、ICGA上のポリープ様病変の形態的評価基準として用いられる2)。
CCFDはICGA後期における脈絡膜血流欠損領域を示す所見であり、中心性漿液性脈絡網膜症やPNVの診断・病態評価に有用とされる2)。
OCTAは黄斑新生血管(脈絡膜新生血管)の検出に感度97%を示し1)、従来のFAやICGAでは検出困難な1型黄斑新生血管も描出できる。PPEからPNVへの病型変化の監視にも有用である。
中心性漿液性脈絡網膜症は網膜色素上皮(RPE)の破綻部位から漿液が網膜下に浸出し、網膜下液(SRF)が主体となる。PNVでは1型黄斑新生血管が存在し、SIREと呼ばれる網膜下の不整反射物質が特徴的所見となる1)。OCTAで黄斑新生血管フローシグナルを確認することが鑑別に有用である。
病型によって治療選択が異なる。
PPE:基本的に経過観察。自然消退例の報告もある6)。
中心性漿液性脈絡網膜症:急性期(3か月以内)は自然軽快が期待できるため経過観察が原則。慢性化例(3か月以上持続)では光線力学的療法(half-dose PDT)が有効。
PNV:抗VEGF療法が第一選択。日本のガイドラインでは抗VEGF薬(アフリベルセプト・brolucizumab・faricimab等)が推奨される10)。
ポリープ状脈絡膜血管症:抗VEGF療法単独またはPDTとの併用。ARMS2/CFHの遺伝子多型がポリープ状脈絡膜血管症と関連し10)、治療反応性の個人差に影響する可能性がある。
抗VEGF薬の選択肢を以下に示す。
PPSの進行はmulti-hit theory(多段階発症仮説)として概念化されており、5段階の連続した病態変化として捉えられている1)。
遺伝的・環境的因子によりHaller層の脈絡膜血管が異常拡張し、pachyvesselsが形成される。
pachyvessels上の毛細血管板(choriocapillaris)が菲薄化し、血流が低下する。Sattler層の消失が観察される場合もある7)。
毛細血管板の虚血によりRPEへの酸素・栄養供給が障害され、RPE変性・剥離(PPE)が生じる。
RPEバリアの破綻が起こると、脈絡膜からの漿液が網膜下腔に浸出して中心性漿液性脈絡網膜症を発症する。
慢性的なRPE・毛細血管板障害に対する修復反応として1型黄斑新生血管が形成され(PNV)、さらにポリープ状拡張を伴うポリープ状脈絡膜血管症へと進行しうる。
PPEは比較的安定した病型であり、82.6%が安定を維持するが、17.4%は中心性漿液性脈絡網膜症へ進行する8)。PPEがポリープ状脈絡膜血管症へと転化する経過を示した7症例が報告されており、平均転化期間は49.6か月であった8)。これはmulti-hit theoryを支持する縦断的証拠として重要な初報告である。
LSFG研究では、PPS眼の脈絡膜血流は健常眼より高い値(MBR比1.45)を示した4)。一方でpachyvessels直上の毛細血管板は虚血に陥る。この「大血管の過灌流と微細血管の虚血」という矛盾した状態がPPSの病態の核心である4)。
7歳での発症例において、pachyvesselsに一致した部位の脈絡膜空洞(CC; choroidal cavitation)とSattler層の消失が観察された7)。地図状萎縮(GA)がPPS患者の12.5%に認められるとの報告もある7)。
Zhioua Brahamら(2023)は、PPSに網膜新生血管と硝子体出血を伴った42歳男性症例を報告した(初報告)3)。鼻側CTは550 μmと著明な肥厚を示し、OCTAにて黄斑新生血管を確認。ベバシズマブ4回投与で硝子体出血・黄斑新生血管は消退した。
PPSの疾患概念はいまだ国際的に統一されていない。Cheungら(2025)は現行の命名法の限界を指摘し、疾患スペクトラムをより正確に反映する新たな分類体系(PVMを含む)を提案した1)。今後の国際的なコンセンサス形成が期待される。
Saitoら(2024)は LSFGを用いてPPS眼の脈絡膜血流を定量評価し、病型間の血流特性の差異を報告した4)。OCTAと組み合わせた多モダリティ評価が、PPSの早期病型判定や治療効果判定に応用されつつある。
Tang ら(2022)による7例の転化症例報告は8)、PPEをハイリスク群として位置づける根拠となりうる。どのPPE症例が進行するかを予測するバイオマーカーの探索が今後の研究課題である。
brolucizumab(6 mgの単剤または8週投与)やfaricimab(二重阻害機序)のPNV・ポリープ状脈絡膜血管症に対する臨床試験が進行中である2)。投与間隔の延長と治療負担軽減が目標とされている。
Saito ら(2024)のCase 1ではLSFG追跡中にPNVへの進行が観察されており4)、定期的な多モダリティ評価がPPS管理の鍵となることが示唆された。