前方牽引
硝子体黄斑牽引:不完全な後部硝子体剥離により硝子体が黄斑を前方へ牽引する。
残存皮質硝子体:見かけ上の後部硝子体剥離があっても網膜面に薄い残存硝子体皮質が強く癒着していることが多い。
網膜前膜:接線方向の牽引を付加し予後不良因子となる。
網膜血管牽引:血管の硬化と直線化によるひきつれが生じる。

近視性牽引黄斑症(myopic traction maculopathy; MTM)は、高度近視眼で網膜前膜、硝子体黄斑牽引、分層円孔、網膜の肥厚、黄斑円孔、網膜分離、牽引性網膜剥離といった牽引性網膜変化のいずれかを伴った黄斑症である。近視性中心窩層間剥離(myopic foveoschisis)とも呼ばれる。
1958年にPhillipsが強度近視および後部強膜ぶどう腫を持つ患者における局所的な後極部網膜剥離を初めて記述した。OCT登場以前は浅い網膜剥離や黄斑円孔との区別が困難であった。1999年に高野・岸がOCTを用いたMTMの検出を初めて報告し、その後Panozzoらが「MTM」の呼称を提唱した。
MTMは後部強膜ぶどう腫を伴う強度近視眼の9〜34%に認められると推定される。女性に多い可能性が指摘されている。近視の程度と近視性黄斑症の有病率には指数関数的な関係があり、近視が1D増すごとに有病率は約58%上昇するとされる7)。
病的近視は日本の視覚障害原因の第2位(緑内障に次いで矯正視力0.1以下の視覚障害の13%)であり、近視性牽引黄斑症はその重要な合併症の一つである。
高度近視眼における黄斑円孔は特発性黄斑円孔と異なり網膜剥離に進展しやすいため、注意が必要である。
後部強膜ぶどう腫を伴う強度近視眼の9〜34%に認められる。強度近視の有病率が高い集団ではより頻度が高くなる。
MTMの自覚症状は多様であり、無症状のこともある。
高度近視眼では梨地状眼底を呈するため、検眼鏡的に黄斑部の状態を正確に把握することは難しい。OCTが診断に必須であり、以下の特徴的所見が確認される。
眼底検査では脈絡網膜萎縮、視神経乳頭周囲萎縮、後部強膜ぶどう腫、ラッカークラックなど変性近視に典型的な所見を伴う。
MTMの発症は多因子性であり、複数の牽引機序と構造的要因が関与する。
前方牽引
硝子体黄斑牽引:不完全な後部硝子体剥離により硝子体が黄斑を前方へ牽引する。
残存皮質硝子体:見かけ上の後部硝子体剥離があっても網膜面に薄い残存硝子体皮質が強く癒着していることが多い。
網膜前膜:接線方向の牽引を付加し予後不良因子となる。
網膜血管牽引:血管の硬化と直線化によるひきつれが生じる。
後方牽引
後部強膜ぶどう腫:加齢に伴う形態の伸展が網膜を後方に引き離す力を生じる。
内境界膜の剛性:内境界膜が硬いため、ぶどう腫の形状変化に網膜が追従できない。
網脈絡膜萎縮:萎縮に伴い網膜の接着力が低下し、分離や剥離を起こしやすくなる。
MTMの自然経過は症例により大きく異なる。何年も安定する眼がある一方、全層黄斑円孔や中心窩剥離など重篤な合併症へ進行する眼もある。黄斑全体に及ぶ分離(S4)や黄斑前組織の存在は進行のリスク因子である5)。自然消退は約3.9%の症例で報告されている4)。
強度近視眼では眼軸長の延長に伴いBruch膜の断裂が生じ、近視性脈絡膜新生血管(CNV)を合併することがある。近視性CNVの発生率は強度近視の5〜11%と報告されており5)、MTMとの併存も認められる。
MTMの発症には後部ぶどう腫が主要因として関与するが、内境界膜の剛性、網膜前膜、硝子体牽引など複数の因子が複合的に作用する。ぶどう腫の形態や大きさにより牽引の程度は異なる。
MTMの診断にはOCTが不可欠である。高度近視眼では眼底所見だけでは黄斑部の詳細な評価が困難であり、浅い網膜剥離や黄斑円孔との鑑別にもOCTが必要となる。
スペクトラルドメインOCT(SD-OCT)およびスウェプトソースOCT(SS-OCT)が高い検出感度を示す。評価項目は以下の通りである。
網膜分離のステージ分類を以下に示す5)。
| ステージ | 分離範囲 | 特徴 |
|---|---|---|
| S0 | なし | 分離なし |
| S1 | 中心窩外 | 周辺のみ |
| S2〜S3 | 中心窩含む | 部分的 |
| S4 | 黄斑全体 | 進行しやすい |
MTMの治療方針には議論がある。自然経過が不明確であり、外科的介入に伴う合併症リスクも無視できないためである。
安定した症例や視力が保たれている症例では、定期的なOCTによる経過観察が基本となる。網膜分離のみの段階で視力低下がある場合は、硝子体手術を行えば術後半年から1年程度で視力改善が期待できる。
以下の場合に手術が検討される。
硝子体手術
硝子体茎切除術(PPV)+内境界膜剥離:黄斑への前方牽引を解除し、細胞増殖の足場を除去する。ガスタンポナーデなしでも解剖学的消失と視力改善が得られるとされる。
中心窩温存内境界膜剥離:中心窩の内境界膜を残すことで医原性黄斑円孔のリスクを低減する方法。限られた研究では良好な成績が示されている5)。
内境界膜フラップ法:内境界膜を完全に剥離せず弁状に残し、黄斑円孔に被せる技法。内境界膜剥離単独に比べ、網膜復位率(97.8% vs 82%)および黄斑円孔閉鎖率(93.5% vs 38.5%)が高い2)。
黄斑バックル
黄斑バックル手術:強膜バックル素材を後極部に留置し、外側からぶどう腫を押し上げる術式。RPEを網膜に近づける機械的効果がある。
利点:白内障の発生回避、内境界膜剥離に伴う医原性黄斑円孔の回避が可能。ぶどう腫という構造的原因に直接対処できる1)。
成績:黄斑バックル単独または硝子体手術併用は、硝子体手術単独よりも高い解剖学的成功率と良好な機能的転帰が報告されている2)。
難治例では黄斑バックリングや強膜短縮を行うこともある。黄斑円孔網膜剥離に対しては硝子体手術やガス注入の適応となる。
術後の視力・解剖学的転帰に影響する因子として以下が報告されている。
視力障害がある場合、黄斑円孔や牽引性網膜剥離への進展が危惧される場合が手術適応となる。中心窩剥離が進行する場合は早期手術が推奨される5)。一方、安定した網膜分離のみの段階では経過観察も選択肢となる。
内境界膜剥離の重大な合併症として医原性黄斑円孔の形成が知られている。強度近視眼では内境界膜が薄く裂けやすいためリスクが高い。中心窩温存内境界膜剥離はこのリスクを低減する選択肢である5)。
MTMの病態生理は多因子性であり、主に3つの牽引機序が関与する5)。
内境界膜剥離を伴う硝子体手術後に分離が解消されることは前方牽引の重要性を裏付け、強膜バックル手術の成功は後方牽引と内境界膜剛性の関与を支持する。
組織病理学的には、外境界網膜、内境界網膜、神経線維層を含む黄斑部の神経感覚網膜の様々な層に分離腔が形成される。Henle線維層と光受容体層の間に好発し、Müller細胞が伸展しつつ両層間の連結を維持する。
脈絡膜灌流障害がMTMに関与する可能性が考察されている3)。脈絡膜が十分な酸素・栄養を外層網膜に供給できない場合、網膜とRPEの接着力が低下し、わずかな牽引でも剥離を生じうる。ただし脈絡膜厚や造影検査で明確な灌流不全が示されない症例もあり、メカニズムは完全には解明されていない。
Müller細胞の機能障害もMTMの一因として考えられている。Müller細胞は細胞内液および代謝水の調節に関与しており、その構造的異常は液体の流入増加と分離腔形成につながりうる4)。
Clarkら(2024)は、専用の黄斑バックルデバイスが入手できない施設向けに、汎用の強膜バックル素材(41バンド、240バンド、509Gスポンジ)を用いてカスタマイズ可能な後極部バックルを作成する「黄斑スリング」技法を報告した1)。再発性の複雑な牽引性網膜剥離に対しこの技法を用い、術後1週間で網膜下液が消退し、視力が術前のベースライン(20/70)に回復した。
Paroliniら(2025)は、初回手術(硝子体手術+ILMフラップ+ガスタンポナーデ)に抵抗した難治性黄斑円孔に対し、黄斑バックル留置後にバランス塩類溶液(BSS)を網膜下に注入して制御された黄斑部剥離を誘導する手技を2例に施行した2)。いずれも黄斑円孔が閉鎖し、症例1では視力が1.0 logMARから0.4 logMARに改善した。
Murilloら(2022)は、強度近視眼の黄斑円孔(958μm)+黄斑部剥離に対し、水晶体前嚢を二等分して円孔内に挿入し、さらに内境界膜を横断的に配置する新手技を報告した6)。前嚢の生物学的・力学的特性(細胞増殖の足場、弾性、選択的透過性)を利用し、術後1年で視力が20/600から20/80に改善し、黄斑部剥離も消退した。
Kokameら(2025)は、近視性黄斑分離症に全層黄斑円孔を合併した1例に対し、1%プレドニゾロン点眼(1日4回)と0.07%ブロムフェナク点眼(1日1回)の局所治療のみで黄斑円孔が閉鎖し、分離症も著明に改善したことを報告した4)。視力は20/50から20/20に回復した。MTMの自然消退率は約3.9%と低く、局所治療による消退は初の報告とされる。