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網膜・硝子体

内境界膜翻転法

内境界膜翻転法は、黄斑円孔手術において、内境界膜(網膜最内層の基底膜)を黄斑円孔縁で残存させたまま反転・被覆する術式である。従来の「内境界膜完全除去+ガスタンポナーデ」に対する発展形として開発された。

黄斑円孔の外科的治療は1991年にKelly&Wendelが初めて報告した。その後1995年にBrooksが内境界膜剥離の追加により閉鎖率が向上することを示し、現在の標準術式の基盤となった。

現在の標準術式(硝子体切除術+内境界膜剥離+ガスタンポナーデ)では、初回閉鎖率は90%以上に達する。9) ただし内境界膜剥離を行わない場合の閉鎖率は45.8%にとどまり、ICG染色下で内境界膜剥離を行うと96.9%まで向上する。10)

一方、黄斑円孔最小径(MLD)が500μmを超えると閉鎖率が90%未満に低下することが知られている。9) 大型黄斑円孔や難治性黄斑円孔に対してより高い閉鎖率が求められる中、2010年にMichalewskaらが内境界膜を反転させて黄斑円孔を覆う「反転フラップ法」を発表し、巨大黄斑円孔で98%という高い閉鎖率を報告した。9)

特発性黄斑円孔の有病率は0.2〜0.7%、発生率は3.14〜7.8人/10万人/年と報告されている。8)9) 女性に多く(女性72%、女性:男性=2〜3.3:1)、発症ピークは60〜70歳代である。8)9) 未治療の全層黄斑円孔(FTMH)では、矯正視力20/50以上を維持できる例はわずか5%にすぎない。8)

Q 黄斑円孔を放置するとどうなるか?
A

未治療の全層黄斑円孔では、矯正視力20/50以上を維持できる例がわずか5%にとどまる。8) 中心暗点変視症・高度視力低下が進行することが多く、早期の手術が推奨される。治療成績の詳細は「4. 手術成績と合併症」の項を参照。

内境界膜翻転法の主な適応を以下に示す。

特発性巨大黄斑円孔

対象:MLD>400μmの大型黄斑円孔。

理由:標準内境界膜剥離による閉鎖率は55〜80%にとどまる。7) 基底径>900μmや高度近視ではさらに閉鎖率が低下する。7)

近視性黄斑円孔

対象強度近視後部ぶどう腫合併例。

理由:後部ぶどう腫が接線方向牽引を増大させる。メタ解析で内境界膜翻転法が内境界膜剥離単独より閉鎖率が有意に高いことが示されている。9)

網膜剥離合併黄斑円孔

対象:黄斑円孔起因の網膜剥離。

理由:反転フラップ法は標準術式より高い成功率が報告されている。9)

標準適応以外にも以下の疾患合併例への応用が報告されている。

  • 網膜色素変性RP)合併黄斑円孔:24眼の文献レビューで閉鎖率83.3%、視力改善62.5%が報告された。5)
  • 特発性黄斑毛細血管拡張症(MacTel)type 2:通常手術では初回閉鎖率が50%と低いが、反転フラップ法では3例全例閉鎖を達成した症例シリーズがある。6)
  • 再手術例:黄斑円孔操作で92.9%、組織移植で89.3%の閉鎖率が報告されている。10)
  • 緑内障合併例マイクロペリメトリーガイド法により術後網膜感度を温存しながら閉鎖が得られた報告がある。3)
  • OCT(光干渉断層計):MLD測定が予後予測の最重要指標であり必須である。9) 黄斑円孔の形状・深さ・基底径も評価する。
  • マイクロペリメトリー:緑内障合併例などで残存網膜感度のマッピングに有用である。絶対暗点領域と相対暗点領域を識別し、フラップ採取部位の選択に活用する。3)
  • 白内障の評価:50歳以上では硝子体手術と白内障同時手術を考慮する。
Q 内境界膜翻転法はすべての黄斑円孔に必要か?
A

必要ではない。MLD<400μmの小型〜中型黄斑円孔では、標準内境界膜剥離+ガスタンポナーデで90%以上の閉鎖率が得られる。9) 内境界膜翻転法は、巨大黄斑円孔・近視性黄斑円孔・網膜剥離合併黄斑円孔など、標準術式で閉鎖困難が予想される症例に対して選択する手技である。

  1. 中心部硝子体切除:23〜27ゲージの小切開硝子体手術を施行する。
  2. 内境界膜染色:ブリリアントブルーG(BBG)0.25 mg/mL、トリパンブルー、またはICGで内境界膜を染色する。1)3)
  3. 内境界膜剥離とフラップ形成:黄斑円孔周囲約2乳頭径(DD)のILMを剥離する。黄斑円孔縁への付着を残したまま完全には切除しない。
  4. 内境界膜トリミング:黄斑円孔縁に0.5〜1 mmのフリル状内境界膜を残すようにトリミングする。9)
  5. 内境界膜の反転と被覆:剥離した内境界膜を反転させて黄斑円孔を覆う。粘弾性物質(OVD)でフラップを安定化させることもある。3)
  6. ガスタンポナーデ:SF6 20%、C2F6 16〜18%、またはC3F8 15%のいずれかを注入する。
  7. 術後姿勢:術後うつ伏せを3〜7日間維持する。

耳側内境界膜フラップ法

方法:耳側からのみ約2DD範囲で内境界膜を剥離する。

利点:鼻側の乳頭黄斑線維束を温存できる。270°C字型の耳側フラップを形成する方法もある。7) 術後の網膜神経線維層(DONFL)障害が少ない。9)

自家血サンドイッチ型

方法:自家血0.1 mLを黄斑円孔内に注入後に内境界膜フラップで被覆し、さらに自家血でフラップを固定する。7)

利点:自家血が成長因子・コラーゲンを供給し、フラップの移動を防止する。MLD 742μmの症例で閉鎖を達成し、最高矯正視力 1.30→0.70 LogMAR(改善)が報告されている。7)

粘弾性物質併用法

方法:cohesive OVD(粘弾性物質)を網膜下注入して黄斑円孔辺縁のRPE接着を解放し、内境界膜フラップで被覆する(viscostretch法)。4)

利点:MLD 1,089μmおよび853μmの大型慢性黄斑円孔で閉鎖を達成した。4) RPE剥離のリスクを伴う点に注意する。

  • florette technique:内境界膜フラップを花びら状に複数分割して黄斑円孔を被覆する方法。2)
  • マイクロペリメトリーガイド法:緑内障合併例で、マイクロペリメトリーで同定した絶対暗点領域の内境界膜のみを採取してフラップとする。術後最高矯正視力が20/25に達した報告がある。3)
  • 水晶体嚢フラップ移植:内境界膜利用が不可能な場合(RP合併等)に水晶体前嚢フラップを代替使用する方法。ICG 0.125%染色下で採取する。5)
Q 術後のうつ伏せ姿勢はなぜ必要で、どのくらい続けるか?
A

ガスタンポナーデで注入されたガスを黄斑部に当てるために術後うつ伏せ姿勢が必要である。ガスが黄斑を直接圧迫することで内境界膜フラップが安定し、閉鎖が促進される。期間は術式・ガスの種類・黄斑円孔の大きさにより異なるが、一般的に3〜7日間が目安とされている。

代表的な成績を術式・適応別に示す。

適応・術式閉鎖率備考
巨大黄斑円孔(反転法)98%2010年Michalewska9)
巨大黄斑円孔(RCT比較)反転90% vs 従来70%視力改善1.4→2.1ライン9)
RP合併黄斑円孔83.3%24眼レビュー5)

MLD>600μmを対象としたRCTでは、従来の内境界膜剥離(閉鎖率70%、視力改善1.4ライン)に対し、反転フラップ法では閉鎖率90%・視力改善2.1ラインと有意に優れた成績が報告されている。9) 各種研究における成功率は85〜100%の範囲に集まる。9)

粘弾性物質併用法では、MLD 1,089μmの症例で最高矯正視力 20/50→20/40の改善が報告されている。4) MacTel type 2の症例では3例全例閉鎖を達成し、2年間の維持が確認された(最高矯正視力 20/20および20/25)。6)

内境界膜翻転法に特有の主要合併症は黄斑パッカー(macular pucker)である。

内境界膜フラップ上の過剰なグリア組織増殖によって生じ、その頻度は報告により異なる。

報告発生頻度転帰
Kanda et al.1)26例中2例(7.7%)再手術で最高矯正視力改善
Buckle et al.2)1例(MLD 629μm)再手術で最高矯正視力改善

組織病理検査では内境界膜の硝子体面にRPE細胞が増殖している像が確認されている。1)

黄斑パッカーのリスク因子として、フラップ形態(bridging型よりinsertion型で有意にリスクが高い、P=0.02)、多層フラップ形成、高度近視、シリコンオイル使用が報告されている。2) 治療としては内境界膜フラップを除去する再手術を行うと、パッカーが消退し黄斑円孔閉鎖が維持された症例が報告されている。1)2)

その他の合併症として、粘弾性物質網膜下注入(viscostretch法)に特有のRPE剥離がある。4) また、内境界膜剥離全般に関連する合併症として、DONFL(散在性表層網膜神経線維欠損)および術後網膜感度低下が知られている。3)

Q 術後に黄斑パッカーが起きたらどうなるか?
A

黄斑パッカーは内境界膜フラップ上に生じる増殖組織であり、視力低下や変視症の原因となる。再手術によって内境界膜フラップを除去することでパッカーが消退し、黄斑円孔閉鎖を維持しながら視力が改善した症例が報告されている。1)2) 術後に視力低下や変視症の悪化を感じた場合は早めに担当医を受診することが重要である。

硝子体手術による中心部硝子体切除で黄斑円孔への前後方向牽引を解放する。内境界膜剥離により接線方向の牽引も除去する。網膜前膜が存在する場合はその除去も牽引解放に寄与する。

内境界膜翻転法が標準内境界膜剥離より高い閉鎖率を示す主要機序として、足場(scaffold)理論が提唱されている。9)

  • 内境界膜フラップがグリア細胞(特にMüller細胞)増殖の物理的足場を提供する。9)
  • 内境界膜硝子体面に付着したMüller細胞の断片がグリア増殖を刺激し、黄斑円孔内部をグリア組織で充填する。9)
  • 反転した内境界膜フラップが黄斑円孔の辺縁に物理的なシールを形成し、液体の流入を防ぐ。

フラップ形態がその後の組織反応に影響することが示されている。bridging型(フラップが黄斑円孔上を橋渡し)はinsertion型(フラップが黄斑円孔内に挿入)と比較して黄斑パッカー発生率が低い(P=0.02)。2) 過剰な組織増殖がパッカー形成につながるため、適切なフラップ配置が重要である。

フラップが硝子体腔と黄斑円孔を隔離することにより、黄斑円孔周囲のRPE微小環境が安定化し、光受容体の再生に適した条件が整うと考えられている。7)

マイクロペリメトリーガイド法の検討では、術後に中心窩周囲の網膜感度が有意に上昇したことが確認されており、視機能の回復に寄与していることが示唆されている。3)

参考として、特発性黄斑円孔の形成機序を示す。後部硝子体剥離(PVD)に際した中心窩への異常硝子体皮質接着が接線方向牽引を生み出し、段階的に中心窩嚢胞→偽円孔→全層黄斑円孔へと進行する。9)


6. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “6. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

マイクロペリメトリーガイド術式

Section titled “マイクロペリメトリーガイド術式”

緑内障合併黄斑円孔では、内境界膜剥離に伴う網膜感度低下が問題となる。マイクロペリメトリーで術前に絶対暗点領域を同定し、その領域からのみ内境界膜を採取する方法により、機能的に重要な網膜領域の温存を図る試みが報告されている。3) 術後に中心窩周囲の網膜感度が有意に上昇した1症例が報告された。3)

粘弾性物質網膜下注入(viscostretch法)

Section titled “粘弾性物質網膜下注入(viscostretch法)”

超大型・超慢性黄斑円孔では内境界膜フラップのみでは被覆が不十分な場合がある。cohesive OVDを網膜下に注入して黄斑円孔辺縁のRPE接着を解放し黄斑円孔を拡大した後にフラップで被覆する方法で、MLD 1,089μmおよび853μmという超大型黄斑円孔の閉鎖が報告されている。4) ただしRPE剥離のリスクを伴い、広範な採用には慎重な評価が必要である。

自家血を成長因子の供給源・フラップ固定材として活用する改良法は、大型慢性黄斑円孔において有望な成績を示している。7) 自家血由来のPlatelet-derived growth factor(PDGF)・transforming growth factor-beta(TGF-β)が黄斑円孔閉鎖を促進すると推測されているが、至適血液量・注入手技の標準化が今後の課題である。

RP合併黄斑円孔およびMacTel type 2への応用が報告されているが、いずれも少数の症例報告・シリーズレベルであり、さらなる症例集積が必要である。5)6)

Lee CYら(2021)は網膜色素変性合併黄斑円孔 24眼の文献レビューを報告し、内境界膜フラップ法(反転法・切除移植法)の合計閉鎖率は83.3%であり、うち62.5%で視力改善を認めたとした。水晶体前嚢フラップ移植は内境界膜利用が困難な症例の代替として機能するが、有効性の確立には前向き研究が求められる。5)

Nishiyamaら(2021)はMacTel type 2に合併した全層黄斑円孔 3例に対し内境界膜反転フラップ法を施行し、全例で黄斑円孔閉鎖を達成した。フォローアップ可能な2例では2年間閉鎖が維持され、最高矯正視力はそれぞれ20/20・20/25であった。6)

リアルタイム術中OCTにより、内境界膜フラップの位置・黄斑円孔被覆状態・網膜下液の残存を術中に確認する試みが行われている。4) フラップの適切な配置をリアルタイムに検証できる可能性があり、今後の術式精度向上に寄与することが期待される。

Q 標準的な内境界膜剥離と比べて視力はどれくらい改善するか?
A

MLD>600μmを対象としたRCTでは、標準内境界膜剥離群の視力改善が平均1.4ライン(ETDRS)であったのに対し、反転フラップ法群では平均2.1ラインの改善が得られた。9) 閉鎖率も反転フラップ法が90%と標準法の70%を上回った。ただし小型黄斑円孔では両者の差は小さく、内境界膜翻転法の恩恵は大型・難治性黄斑円孔で特に大きい。


  1. Kanda K, Nakashima H, Emi K. Macular pucker formation after inverted internal limiting membrane flap technique: two case reports. Am J Ophthalmol Case Rep. 2022;25:101282.

  2. Buckle M, Jawaheer L, Keller J. Visual improvement despite macular pucker after inverted internal limiting membrane flap technique for idiopathic macular hole. J Vitreoretinal Dis. 2024;8(3):334-338.

  3. Matoba R, Kanzaki Y, Morita T, et al. Microperimetry-guided inverted internal limiting membrane flap site selection to preserve retinal sensitivity in macular hole with glaucoma. Am J Ophthalmol Case Rep. 2024;33:102007.

  4. Lu X, Yokoi T, Kataoka K, Inoue M. Inverted internal limiting membrane flap combined with subretinal viscoelastic injection for large or chronic macular holes. Am J Ophthalmol Case Rep. 2024;36:102100.

  5. Lee CY, Yang CM, Yang CH, Hu FR, Chen TC. Flap technique-assisted surgeries for advanced retinitis pigmentosa complicated with macular hole: a case report and literature review. BMC Ophthalmol. 2021;21:322.

  6. Nishiyama S, Iwase T. Two years outcomes of treating full-thickness macula hole associated with idiopathic macular telangiectasia type 2 by internal limiting membrane inverted flap technique: case reports. Medicine. 2021;100(36):e27078.

  7. Li K, Zhou Y, Yang W, Jiang Q, Xu X. Modified internal limiting membrane flap technique for large chronic macular hole: two case reports. Medicine. 2022;101(1):e28412.

  8. American Academy of Ophthalmology Retina/Vitreous Panel. Idiopathic Macular Hole Preferred Practice Pattern. AAO. 2024.

  9. Royal College of Ophthalmologists. Draft Clinical Guideline on Idiopathic Full-Thickness Macular Holes. RCOphth.

  10. Grieco G, et al. Surgical approaches to macular hole repair. Surv Ophthalmol. 2025.

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