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網膜・硝子体

網膜前増殖

網膜前増殖(Epiretinal Proliferation; ERP)は、網膜内表面に認められる線維細胞組織である。旧称として「thick membrane」「dense ERM」「lamellar hole-associated epiretinal proliferation(LHEP)」などが混在していたが、2020年にHubschmanらが「epiretinal proliferation」として統一呼称を提案した4)

ERPの概念は2006年にWitkinらが超高解像度OCTで「厚い膜」として初めて報告し、2014年にPangらがLMHとの関連から「LHEP」と命名した4)。その後の研究でFTMHや黄斑前膜(ERM)にも合併することが判明し、より包括的な名称であるERPが用いられるようになった。

ERPの合併頻度については複数の報告がある。FTMHにおけるEP出現率はPangら99眼中8眼(8.0%)、Leeら113眼中30眼(26.5%)と報告によって差がある4)6)。LMHにおけるEP出現率はPangら197眼中60眼(30.5%)とされる4)。近年ではLMHをGovetto分類により、黄斑前膜合併の牽引性LMHと、EP合併かつ楕円体帯(EZ)欠損を伴う変性性LMHに区分することが提唱されている4)。また、Hubschmanら(2020)の新定義では、組織欠損を伴う真のLMHと黄斑前膜 foveoschisis(牽引性偽裂孔)を区別する概念整理がなされた4)

まれに網膜周血管性異常複合体(ePVAC)との合併例も報告されている3)

Q ERPとERMはどう違うのか?
A

ERMは高反射不規則層として描出され、網膜牽引を伴う収縮性の膜である。一方ERPは均質な中反射物質として描出され、牽引を伴わない非収縮性グリア組織である。術中所見としても、ERMが白色硬質なのに対し、ERPは粘着性の黄色軟質物質であり、トリパンブルーで染まりにくい点が異なる4)。詳細は「診断と検査方法」の項も参照。

ERP単独では通常無症状である。患者が訴える症状は、合併する基礎疾患(LMH、FTMHなど)に由来するものが主体となる。

  • 視力低下:基礎疾患による中心窩の形態変化に伴う。
  • 変視症黄斑部の構造変化を反映するが、ERP単独による寄与は少ない。

症例報告では64歳女性で最高矯正視力(BCVA)20/631)、72歳男性で最高矯正視力 20/40〜20/504)といった視力低下が記録されているが、いずれも基礎疾患としてのFTMHまたはLMHの影響によるものである。

OCTがERPの診断に中心的な役割を果たす。ERPと黄斑前膜の主な臨床的特徴を以下に示す。

ERPと黄斑前膜の臨床比較を以下に整理する。

特徴ERP黄斑前膜
OCT反射性均質・中反射高反射・不規則
網膜牽引なしあり
術中性状黄色・軟質白色・硬質

OCT所見の詳細は以下の通りである。

  • 等反射性物質:space-filling(空間充填性)の均質な物質として描出。薄い高反射ラインで内境界膜側との境界が示される1)
  • 内網膜との連続性:中層網膜の欠損部位と連続性を持つ4)
  • 牽引所見の欠如:ERMに特徴的な網膜牽引・折れ曲がりを伴わない4)
  • 不規則な低反射嚢胞腔:LHEP内に含まれることがある3)
  • OCTAでの無血流:EP内に血流信号を認めない3)
Q ERPがあると視力は低下するか?
A

ERP単独では視力への直接的な影響は軽微である。視力低下は合併するLMHやFTMHの重症度に依存する。ただしERP合併LMHはFTMHへ進行する傾向があり、基礎疾患の経過観察が重要である(詳細は「病態生理学」の項参照)。

ERPの発生機序については複数の仮説が提唱されているが、ミュラー細胞由来説が現在最も支持されている。

  • ミュラー細胞由来説(主流):中層網膜からミュラー細胞が増殖・遊走し、網膜内表面に出現するという説。組織学的研究やOCT所見と一致する1)4)6)
  • 硝子体起源説:EP内に硝子体コラーゲン線維が確認されることがあり、硝子体由来成分が混在している可能性がある。
  • RPE遊走説:IS/OS junction(内節外節接合部)欠損部からRPE(網膜色素上皮)が増殖・遊走するという説。
  • ePVAC合併例での特殊機序:ミュラー細胞壊死が血管不安定化を招くことが示唆されている3)。また、EP内にルテイン・ゼアキサンチンが含まれる可能性も報告されている3)

ERPのリスク因子は明確には確立されていないが、以下が関連する。

  • LMH(分層黄斑円孔)
  • FTMH(全層黄斑円孔):特に大型・慢性例
  • 黄斑前膜
  • 黄斑円孔の慢性化・大型化2)

ERPの診断はSD-OCT(スペクトラル域OCT)が中心となる。

  • 等反射性空間充填物質:均質な中反射の組織が内網膜表面に描出される1)
  • 高反射境界ライン:ERPの硝子体側境界に薄い高反射ラインが存在する1)
  • 牽引所見の欠如:ERMと異なり、網膜の牽引・変形を伴わない4)

ERMとの鑑別は治療方針の決定に直結するため重要である4)

  1. OCT反射性:ERPは均質中反射、ERMは不規則高反射
  2. 牽引所見:ERPは無牽引、ERMは牽引・網膜折れ曲がりあり
  3. 術中性状:ERPは粘着性黄色物質でトリパンブルー染色されにくく、ERMは白色硬質

OCTAでEP内に血流信号が認められないことが報告されており、血管性病変との区別に補助的に活用できる3)

ERP単独に対する内科的治療は存在せず、手術適応もない。手術は合併するFTMHやLMHの治療として行われる。

EP embeddingは、ERPをFTMHの治療に積極利用する術式である。EPを求心方向に剥離しながら黄斑円孔辺縁のhinge(蝶番部)を温存し、EPをFTMH内に押し込んで充填する1)6)

Notomiら(2024)は、EP embeddingを用いた初回硝子体手術で黄斑円孔の閉鎖に成功した後、術後に黄斑前膜が形成されEPが再出現し、最終的にFTMHが再開した症例を報告した1)。初回手術で最高矯正視力 20/63から20/20への改善が得られたが、黄斑前膜による牽引がFTMH再開の要因と考察されている。内境界膜剥離を行わなかった場合の再開リスクに注意が必要である1)

EP+内境界膜フラップ法(推奨術式)

Section titled “EP+内境界膜フラップ法(推奨術式)”

EPを組織充填剤として使用しつつ、内境界膜をinverted flap(反転フラップ)として覆せる術式である。EPが所定位置を維持し、内境界膜が治癒促進と追加組織量の提供をもたらすという相乗効果が期待される6)

Dervenisら(2024)は、EP+内境界膜 inverted flap法を16眼の大型FTMHに施行し、全16眼(100%)での閉鎖を達成した2)。対象の平均最大直径(MLD)は707.63μmの大型円孔であった。最高矯正視力は術前1.11 logMARから術後0.45 logMARへ有意に改善した。

Fukushimaら(2023)は、硝子体手術後に生じた二次性黄斑円孔2例に対し、EP embedding+内境界膜 inversion法を施行し、良好な閉鎖が得られたことを報告した6)

EP関連手術成績の比較を以下に示す。

術式閉鎖率視力改善
EP embedding症例報告(良好)最高矯正視力 20/63→20/201)
EP+内境界膜フラップ16/16例(100%)2)1.11→0.45 logMAR2)
EP除去(硝子体手術+ILM剥離)症例報告20/50→20/254)

従来は硝子体手術(PPV)+EP剥離+内境界膜剥離による方法が行われていた4)。しかし、EP除去がFTMH術後発生リスクを高める可能性が指摘されており6)、現在はERPを積極利用する術式への移行が進んでいる。

ePVACを合併したERP症例では、抗VEGF薬(aflibercept)で一定の効果が得られるものの、長期的には効果が不十分な場合がある。デキサメタゾン硝子体内インプラントがより有効であることが報告されている3)

Q ERPは手術で除去すべきか、残すべきか?
A

近年の知見では、ERPはFTMHの閉鎖を促進する有用な組織として積極利用する傾向にある。EP embeddingやEP+内境界膜フラップ法が100%閉鎖率を達成するなど良好な成績が報告されており2)、むしろ除去よりも活用が推奨される方向にある。EP除去はFTMH再発リスクを高める可能性もある6)

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

ERPの病態はミュラー細胞の挙動を中心に理解される。

現在最も支持されているのは、中層網膜(内核層・外網状層)からミュラー細胞が増殖・遊走して内網膜表面に出現するという説である1)4)6)。ERPは中層網膜の欠損がある条件下でのみ出現するという所見が、この仮説を支持する4)

ERPは黄斑前膜と病態上の性格が根本的に異なる。

  • ERP(グリア性):ミュラー細胞を主体とする非収縮性組織。網膜牽引を生じない。
  • 黄斑前膜(線維性):myofibroblast(筋線維芽細胞)を主体とする収縮性組織。網膜牽引・変形を引き起こす。

ERPがFTMHの自然閉鎖を促進する可能性が示唆されている5)。一方、黄斑前膜の収縮がFTMHの再開に関与するという報告もある5)

Watanabeら(2021)は、ステージ2黄斑円孔とLHEPが合併した症例でFTMHが自然閉鎖した後、ステージ4 FTMHへ進展した例を報告した5)。ERP合併LMHはFTMHへの進行傾向を有する可能性がある。

ERP合併LMH(変性性LMH)はERM合併LMH(牽引性LMH)と比較して、FTMHへの進行傾向が高いことが指摘されている4)。中層網膜の欠損がERPの出現を許し、さらにその欠損が拡大することでFTMHへ進展するという機序が推察される。

ePVAC(perivascular anomalous complex)合併例では、ミュラー細胞壊死が周囲の血管不安定化を招くことが示唆される3)。EP内にルテイン・ゼアキサンチンが含まれる可能性も報告されており、黄斑色素との関連が検討されている3)

Q LMHからFTMHに進行するリスクはあるか?
A

ERP(LHEP)を合併したLMHはFTMHへの進行傾向が示唆されており、経過観察が重要である4)。Govetto分類でERP合併の「変性性LMH」は、ERM合併の「牽引性LMH」とは異なる病態を持ち、進行リスクが異なる。定期的なOCT検査による形態変化の監視が推奨される。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

Section titled “7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)”

EP+内境界膜複合フラップ法の発展

Section titled “EP+内境界膜複合フラップ法の発展”

Dervenisら(2024)によるEP+内境界膜 inverted flap法は、大型FTMH(平均MLD 707.63μm)16眼全例(100%)での閉鎖という卓越した成績を報告した2)。EP単独embedding法が再開リスクを持つのに対し1)、内境界膜を組み合わせることで安定した閉鎖が得られる可能性が示唆されている。今後の大規模前向き研究による検証が期待される。

硝子体手術後に生じた二次性MH(黄斑円孔)に対するEP embedding+内境界膜 inversion法の有効性が報告されており6)、難治性黄斑円孔への応用が期待される。

ePVACへのデキサメタゾン硝子体内インプラント

Section titled “ePVACへのデキサメタゾン硝子体内インプラント”

ePVACを合併したERP症例において、dexamethasone(デキサメタゾン)硝子体内インプラントがafliberceptより有効であることが報告されている3)。ePVACの血管炎症成分への作用が考えられるが、今後のエビデンス蓄積が必要である。

Dósaら(2025)は、ePVACを合併したLHEP症例にdexamethasone硝子体内インプラントを使用し、afliberceptより良好な長期経過が得られたことを報告した3)


  1. Notomi S, Kubo Y, Ishikawa K, Shiose S, Sonoda KH. A Recurrent Case of Full-Thickness Macular Hole After Successful Closure With Primary Vitrectomy and Epiretinal Proliferation Embedding. Cureus. 2024;16(8):e66232.
  2. Dervenis N, Vagiakis I, Papadopoulou EP, Dervenis P, Sandinha T. Combined Epiretinal Proliferation and Internal Limiting Membrane Inverted Flap for the Treatment of Large Macular Holes. Vision. 2024;8(4):63.
  3. Dósa Gy, Fuller JM, Zetterberg M, Breimer M, Kalaboukhova L. Long-term follow-up and treatment of lamellar hole-associated epiretinal proliferation presenting with exudative perivascular anomalous complex. Am J Ophthalmol Case Rep. 2025;40:102446.
  4. Asaad SZ. Full-Thickness Macular Hole Progressing from Lamellar Macular Hole with Epiretinal Proliferation. Case Rep Ophthalmol. 2021;12(1):134-141.
  5. Watanabe M, Yokota H, Aso H, et al. Development of Stage 4 Macular Hole after Spontaneous Closure in a Patient with Stage 2 Macular Hole and a Lamellar Macular Hole-Associated Epiretinal Proliferation. Case Rep Ophthalmol. 2021;12(2):481-484.
  6. Fukushima M, Kato T, Hayashi A. Epiretinal proliferation embedding combined with internal limiting membrane flap inversion for secondary macular hole: Two case reports. Am J Ophthalmol Case Rep. 2023;29:101774.

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