眼底所見
貨幣状色素沈着:患者の約85%に認められる典型所見1)。
黄斑分離症:網膜内層の層間分離。光干渉断層計(OCT)で確認できる主要所見1)2)4)。
蛇行した網膜血管:血管の異常な走行パターン2)。
後嚢下白内障:進行例に合併する3)。

S錐体増強症候群(Enhanced S-Cone Syndrome; ESCS)は、杆体(暗所視を担う光受容体細胞)が欠損し、S錐体(短波長:青色光を感知する錐体)が異常増殖する常染色体劣性の進行性網膜変性疾患である。1990年にMarmorとJacobsonによって初めて報告された1)。
主な責任遺伝子はNR2E3(15q22.32;核内受容体スーパーファミリー)であり、75以上の変異が同定されている2)。NR2E3以外にNRL(Neural Retina Leucine zipper)の変異でも同一表現型が生じる1)3)。
Goldmann-Favre症候群(GFS)はESCSと同一疾患スペクトラム上の表現型とみなされており3)、両者の診断が数十年にわたり混乱した事例も報告されている。García Carideら(2021)は、回旋状萎縮と誤診されたまま30年間追跡された1例が、遺伝子解析によりNRL: c.238C>T(p.Gln80*)ホモ接合変異を持つESCSと確定されたと報告した3)。
正常網膜ではS錐体は錐体全体の約8〜10%を占める。ESCSの死後網膜組織では光受容体の約92%がS錐体であったことが報告されており2)、その異常な増殖の程度が際立っている。
現在は同一疾患スペクトラム上の表現型と考えられている。共通のNR2E3/NRL遺伝子変異を持ち、網膜電図の特徴的所見も共通する。臨床的に重複する部分が多く、過去には診断が混乱した事例も報告されている3)。
眼底所見
貨幣状色素沈着:患者の約85%に認められる典型所見1)。
黄斑分離症:網膜内層の層間分離。光干渉断層計(OCT)で確認できる主要所見1)2)4)。
蛇行した網膜血管:血管の異常な走行パターン2)。
後嚢下白内障:進行例に合併する3)。
画像・検査所見
da Palmaら(2023)は、FAFで二重過蛍光リングを呈した33歳女性ESCSを報告した2)。このリングパターンはNR2E3変異(p.Arg309Gly)を持つ患者で記録され、322遺伝子パネル検査により確定診断に至った。
疾患の進行とともに視力は低下するが、個人差が大きい。約30%の患者で視力20/100(0.1)以下となる。黄斑分離症や嚢胞様黄斑浮腫(CME)が視力低下の主要因となることが多い。詳細は「診断と検査方法」の項も参照。
ESCSの原因遺伝子と発症機序の概要を示す。
| 遺伝子 | 染色体座位 | 主な役割 |
|---|---|---|
| NR2E3 | 15q22.32 | 杆体前駆細胞での錐体遺伝子抑制 |
| NRL | — | 光受容体分化の転写制御 |
NR2E3は発生段階の杆体前駆細胞において、錐体への分化を抑制する転写因子として機能する1)。同遺伝子に変異が生じると、杆体への分化が障害され、光受容体が「デフォルト経路」であるS錐体へと過剰に分化する1)。NR2E3には75以上の病的変異が報告されており2)、アミノ酸置換p.Arg309Glyはタンパク質の安定性低下をもたらすことが示されている2)。
NRLの変異(例:c.238C>T; p.Gln80*ホモ接合)でも同一の表現型が生じる3)。NRLはNR2E3の上流に位置する転写因子であり、杆体への分化誘導に不可欠である。
常染色体劣性遺伝形式をとるため、近親婚のある家系での発症例が報告されている4)。
網膜電図はESCSの診断において最も重要かつ特徴的な検査である。
以下の所見がESCSに病的特異的(pathognomonic)とされている1):
非典型例では、杆体網膜電図が正常を示す例も報告されており、ESCSとして正常な杆体網膜電図を示した初の報告がある2)。このような非典型例の存在は、幅広い遺伝子検査の重要性を示している。
| 検査 | 主要所見 |
|---|---|
| SD-OCT | 黄斑分離症、網膜肥厚、二層構造 |
| FAF | 二重過蛍光リング |
| AOSLO | 錐体密度が正常の2〜3倍 |
**AOSLO(適応光学走査型レーザー検眼鏡)**により、ESCSの錐体モザイクが生体内で可視化され、錐体密度が正常対照の2〜3倍であることが示された1)。一方で全光受容体密度は正常より低く、光受容体の一部のみが錐体型に変換されていると考えられる1)。
最重要の鑑別疾患は回旋状萎縮(gyrate atrophy)である。両疾患は類似した眼底所見(貨幣状色素沈着・夜盲)を呈するが、回旋状萎縮では血中オルニチン値が上昇する。ESCSでは血中オルニチン値は正常であることが鑑別の鍵となる3)。García Carideらの症例は、正常オルニチン値が見落とされたために30年間誤診が継続した3)。
網膜電図の特徴的所見(暗順応・明順応波形の類似、杆体応答検出不能)がESCSに病的特異的とされる1)。血中オルニチン値の確認により回旋状萎縮を除外し、遺伝子パネル検査でNR2E3/NRL変異を確定する2)3)。非典型例では杆体網膜電図が保たれることがあり、遺伝子検査がより重要となる。
ESCSに対する根本的治療は現時点で確立されていない。治療は主に合併症への対症療法が中心となる。
薬物療法
炭酸脱水酵素阻害薬(CAI):黄斑分離症・嚢胞様黄斑浮腫の第一選択。アセタゾラミド500 mg/日の全身投与2)またはドルゾラミド点眼4)が用いられる。
抗VEGF療法:Type 3新生血管(NV3)を合併した例にbevacizumab投与が有効との報告がある4)。
手術療法
白内障手術:後嚢下白内障を合併した進行例に施行する3)。
治療法の限界:ステロイドは黄斑分離症に対して無効であることが確認されている1)。視細胞の根本的な置換・修復を行う治療は現在研究段階にある。
Maldonadoら(2021)は、進行性の視力低下(20/200)を呈するESCS患者に対し、Type 3新生血管の診断後にbevacizumabを8回投与した結果、視力が20/50まで改善・安定化したと報告した4)。この症例ではドルゾラミド点眼による嚢胞様黄斑浮腫管理も並行して行われていた4)。
炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)が第一選択である。アセタゾラミド全身投与2)またはドルゾラミド点眼4)により分離の軽減が期待できる。ステロイドは無効と報告されており1)、使用は勧められない。Type 3新生血管を伴う場合は抗VEGF療法が追加される。
ESCSの発症機序の中心は、NR2E3/NRLの機能喪失による杆体への分化障害である。
正常発生では、網膜前駆細胞は錐体(S錐体を含む)へ分化する「デフォルト経路」を持つ。NRLがこの経路を杆体方向へ転換し、NR2E3がさらに杆体特異的遺伝子の発現を安定化させることで、正常な光受容体比率(杆体95%・錐体5%)が達成される。NR2E3またはNRL変異が生じると1):
一方、AOSLOでの観察では錐体密度は正常の2〜3倍に増加しているものの、全光受容体密度は正常より低い1)。これは光受容体の「一部のみ」が錐体型へ変換されていることを示す。残存する光受容体には、杆体と錐体の特徴を併せ持つハイブリッド光受容体が含まれる可能性が示唆されており、rd7マウス(NR2E3欠損モデル)との類似性が指摘されている1)。
Maldonadoら(2021)は、ESCSにおけるType 3新生血管(網膜内新生血管)の多モーダルな証拠を報告した4)。
SD-OCTで外顆粒層(ONL)内に検出される高反射foci(点状高輝度病変)の78%が、その後Type 3新生血管の前駆病変であることが確認された4)。この所見はOCT-Aによる血流評価と組み合わせることで、新生血管の早期発見に寄与する。
網膜前駆細胞は本来、S錐体へ分化する「デフォルト経路」を持つ。正常ではNRLとNR2E3がこの経路を杆体方向へ転換する。これらの遺伝子に変異が生じると転換が起こらず、前駆細胞がデフォルトのS錐体として過剰分化する1)。その結果、杆体はほぼ完全に欠損し、S錐体が網膜の大部分を占める状態となる。
Ammarら(2021)は、AOSLOを用いてESCS患者の生体内錐体モザイクを初めて詳細に可視化した1)。
AOSLOで計測された錐体密度は正常対照の2〜3倍であり、全光受容体密度は正常より低かった1)。若年患者では中心網膜の層構造が組織学的に保持されていることも確認された。この所見は、将来的な遺伝子治療において標的となりうる機能的な組織が残存している可能性を示唆する。
da Palmaら(2023)は、322遺伝子パネル検査を用いてESCSの非典型例を診断した2)。この症例は網膜電図で杆体応答が保たれており(正常な杆体網膜電図を示すESCSとして初報告)、臨床所見のみでの診断が困難であった。網羅的な遺伝子パネル検査が非典型例の診断精度向上に貢献することが示された。
García Carideら(2021)は、NRL c.238C>T(p.Gln80*)ホモ接合変異を持つESCSの1例でNRL新規変異を同定した3)。本症例はGFSとして長期間管理されていたが、遺伝子解析によりESCSとGFSが同一スペクトラムであることが改めて確認された。これは、GFS疑い症例に対して遺伝子検査を行う意義を支持する知見である。
若年患者で中心網膜の層構造が保持されている例が確認されており1)、遺伝子治療の将来的な候補として期待されている。NR2E3遺伝子補充療法のコンセプトはrd7マウスモデルで検討されており、ヒトへの応用に向けた基礎研究が進行中である。