コンテンツにスキップ
小児眼科・斜視

斜視手術における麻酔

斜視手術は外眼筋の位置を調整する手術である。外眼筋の牽引は強い不快感を伴い、手術時間も長いため、一般に全身麻酔下で施行される。

成人で全身麻酔のリスクが高い場合は局所麻酔が選択される。球後麻酔、テノン嚢下麻酔、点眼麻酔がその代替手段である。成人の片眼手術では球後・球周囲麻酔と鎮静、あるいは点眼麻酔のみでも施行可能である1)。ただし再手術、複雑症例、両側手術、長時間手術では全身麻酔が推奨される1)

麻酔法の選択にあたっては患者年齢、全身状態、術式の複雑さ、手術時間、片眼か両眼かなどを総合的に評価する。

本項では斜視手術に関連する麻酔の合併症として出現する症状・所見を記載する。

麻酔に関連して患者が自覚しうる主要な症状は以下の通りである。

  • 術後悪心・嘔吐(PONV):吸入麻酔薬使用後に高頻度で出現する。制吐薬を要することがある。
  • 咽頭痛:気管挿管による外傷に起因する。通常3〜7日で消退する。
  • 複視:局所ブロック麻酔後に外眼筋障害が生じた場合に持続する。球後・球周囲麻酔後に発症する可能性がある1)
  • 注射部位の痛み:球後・テノン嚢下注入時に伴う。

臨床所見(医師が確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が確認する所見)”
  • 結膜浮腫(chemosis):テノン嚢下麻酔後に高頻度で出現する。通常解消し手術を妨げない。
  • 結膜下出血:テノン嚢下麻酔後にみられることがある。
  • 眼心臓反射(OCR:外眼筋の牽引により徐脈が誘発される三叉神経迷走神経反射である。重度の場合は心停止に至る可能性がある。
  • 麻酔薬筋毒性:球後・球周囲麻酔後に外眼筋の分節性線維化や肥大を来す。初期は一過性の麻痺として発症し、のちに拘縮や筋肥大により斜視が固定する1)。上直筋と下直筋が最も障害されやすい1)

斜視手術における麻酔合併症のリスク要因は麻酔法ごとに異なる。

  • 慢性腎不全・心不全・肺不全:術前の状態最適化が不可欠である。
  • 高血圧・高血糖:相対的禁忌である。
  • 肥満(BMI>30):挿管困難のリスクを高める。
  • 喫煙・薬物乱用:麻酔リスク全般を上昇させる。
  • 妊娠・授乳:斜視手術は待機手術であり妊娠中は避ける。

局所ブロック麻酔後の二次性斜視のリスク要因

Section titled “局所ブロック麻酔後の二次性斜視のリスク要因”

球後・球周囲ブロック後の二次性斜視に関して、以下のリスク要因が報告されている1)

  • 眼科医以外による注入
  • 左眼への注入
  • 注入液にヒアルロニダーゼを含まないこと
Q 悪性高熱症の既往があると全身麻酔は受けられないのか?
A

悪性高熱症は以前は斜視手術の全身麻酔における禁忌とされていた。しかし現在では適切な事前計画のもとで全身麻酔は施行可能とされている。トリガーとなる薬剤(スキサメトニウム、吸入麻酔薬)の回避などの対策が必要である。

本項では麻酔法の選択に関連する術前評価について述べる。「診断」は麻酔合併症の同定を含む。

  • 全身状態の評価:ASA分類に基づく術前リスク評価を行う。心・肺・腎機能、BMI、気道評価を含む。
  • 麻酔歴の聴取:過去の麻酔合併症(悪性高熱症、アレルギー反応など)の有無を確認する。
  • 内服薬の確認:抗凝固薬については休薬の要否を処方医と協議する1)。多くの斜視外科医は抗凝固薬を常用のまま手術を行う1)
  • 麻酔薬筋毒性による斜視:球後・球周囲麻酔後の持続性複視として発見される。初期は一過性麻痺、のちに障害筋の作用方向への眼位偏位が進行する1)。上斜筋・下斜筋を含むすべての外眼筋が障害されうる1)
  • 眼心臓反射:術中の心電図モニタリングで徐脈を検出する。
Q 抗凝固薬は斜視手術の前に中止すべきか?
A

多くの斜視外科医は抗凝固薬を中止せずに手術を行っている1)。ただし症例によっては一時中止が出血軽減に寄与する。中止の判断は処方医と相談し、場合によっては橋渡し療法を検討する1)

本セクションでは各麻酔法の適応・手技・注意点を記述する。

小児と全身麻酔のリスクが許容される成人に対する標準的麻酔法である。

  • 吸入麻酔薬:セボフルラン、デスフルランなどが使用される。GABA受容体・カリウムチャネルを介した神経抑制が主な機序とされるが、完全には解明されていない。
  • 導入薬:プロポフォール、チオペンタール、エトミデートなどが使用される。眼圧低下作用を有する。
  • 笑気(亜酸化窒素)硝子体内ガス置換後4〜6週間は使用禁忌である。ガスバブル膨張による眼圧上昇のリスクがある。

吸入麻酔薬の禁忌・注意は以下の通りである。

薬剤禁忌・注意
ハロセン原因不明の肝障害既往
イソフルラン重度喘息・気管支痙攣
セボフルラン腎機能障害

斜視手術において球後ブロックの代替として有用な局所麻酔法である。

  • 手技:結膜切開部から19Gまたは21Gの鈍的カニューレを挿入し、テノン嚢下腔に少量(通常1 mL)の麻酔薬を注入する。
  • 使用薬剤:1〜2%リドカインまたは0.5%ブピバカインを使用する。エピネフリンを添加し持続時間延長と出血軽減を図ることがある。
  • 利点:鈍的カニューレ使用のため眼球穿孔・球後出血のリスクが低い。眼心臓反射の発生率低下にも寄与する。抗凝固療法中の患者や長眼軸眼にもより安全である。
  • 合併症:結膜浮腫・結膜下出血が多いが通常一過性である。まれに眼窩出血、網膜虚血、視神経損傷を生じうる。
  • 手技:0.5%プロパラカインまたはテトラカイン点眼で表面麻酔を得る。麻酔薬浸漬綿棒を筋付着部上の結膜嚢に留置することもある。
  • 利点:眼球運動やカバーテストを妨げないため、術中の眼位評価が可能である。球後出血や眼球穿孔のリスクがない。
  • 制限:外眼筋のアキネジア(不動化)が得られない。術中の患者協力が不可欠である。

成人の片眼手術で全身麻酔が困難な場合に選択肢となるが、斜視手術ではめったに使用されない。外眼筋への誤注入による麻酔薬筋毒性が最大の懸念である。分節性線維化や筋肥大を来し、術後の複視や斜視の原因となる1)2)

球後ブロック液は通常2%リドカインと0.75%ブピバカインの混合液である。ヒアルロニダーゼの添加はアキネジアの成功率を高め、追加注入の必要性を低減する。

合併症として球後出血、眼球穿孔、視神経損傷、外眼筋損傷、中枢神経系への麻酔波及がある2)。球周囲ブロックとの比較では、有効性に差はないが、結膜浮腫は球周囲ブロックで、眼瞼血腫は球後ブロックで多い2)

全身麻酔

適応:小児、協力困難な成人、再手術・複雑例・両側手術

利点:確実な不動化と疼痛制御

注意:術後悪心嘔吐、気管挿管合併症

テノン嚢下麻酔

適応:成人の協力可能な症例

利点:穿孔・出血リスクが低い、眼心臓反射を軽減

注意:結膜浮腫、まれに眼窩出血

点眼麻酔

適応:成人の単純症例、術中眼位評価が必要な場合

利点:侵襲が最小、球後出血リスクなし

注意:アキネジア不能、患者協力が必須

Q 子どもの斜視手術では必ず全身麻酔が必要か?
A

小児は術中の協力が困難であるため全身麻酔が標準である。局所麻酔および全身麻酔のいずれの薬剤も、体重換算投与量と注意深いモニタリングのもとで小児に安全に使用できる。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

球後・球周囲麻酔で使用される局所麻酔薬(特にブピバカイン)は、誤って外眼筋内に注入された場合に筋毒性を発揮する。

ブピバカインはNMDA受容体およびナトリウムチャネルを阻害し、リドカインはナトリウムチャネルを遮断して神経脱分極を阻止する。これらの薬剤が外眼筋に直接接触すると、進行性の分節性線維化と筋肥大が生じる1)

臨床経過は二相性を示す。初期には一過性の筋麻痺が出現し、その後障害された外眼筋の作用方向への眼位偏位が進行する1)。上直筋と下直筋が球後・球周囲ブロックで最も損傷されやすいが、上斜筋や下斜筋も障害されうる1)

外眼筋の牽引が三叉神経の眼神経枝(V1)を求心路として刺激し、迷走神経を遠心路とする反射弧を形成する。結果として徐脈、不整脈、まれに心停止が惹起される。テノン嚢下へのブピバカイン注入は、生理食塩水と比較して眼心臓反射の発生率を低下させることが報告されている。

吸入麻酔薬はGABA受容体やカリウムチャネルへのシグナルを増強することで神経抑制を誘導する。正確な機序は完全には解明されておらず、現在も研究が進められている。

導入薬(プロポフォール、チオペンタール、エトミデート)および揮発性麻酔薬(ハロセン、デスフルラン、セボフルラン)は眼圧を低下させる。慢性低眼圧の患者では麻酔法の選択が術中・術後の結果に影響しうる。


ブピバカインの外眼筋への注入は筋毒性を利用して斜視を治療する薬理学的アプローチとして研究されている。従来は合併症と認識されていた筋毒性を意図的に利用し、外眼筋の選択的弱化を図る試みである。

調整可能縫合と麻酔法の最適化

Section titled “調整可能縫合と麻酔法の最適化”

成人斜視手術では調整可能縫合(adjustable suture)の使用が広がっている1)。点眼麻酔やテノン嚢下麻酔下では術中・術後に眼位を評価しながら縫合位置を微調整できるため、麻酔法と術式の組み合わせの最適化に関する研究が進んでいる。


  1. American Academy of Ophthalmology. Adult Strabismus Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2020.
  2. American Academy of Ophthalmology. Cataract in the Adult Eye Preferred Practice Pattern. Ophthalmology. 2022;129(4):S1-S126.

記事の全文をコピーして、お好みのAIに貼り付けて質問できます