この疾患の要点
術後代償不全斜視は、眼科手術後に潜在的または間欠的な斜視 が顕性化し複視 をきたす病態である。
白内障 手術後の複視発生率は1%未満〜最大3%であり、原因の約34%が既存斜視の代償不全である。
術後の一時的な視覚的ぼけが融像を破壊し、以前コントロールされていた斜視が顕在化する。
診断には術前の徹底した病歴聴取と眼球運動検査が不可欠であり、古い写真の確認が有用な場合がある。
ほとんどの症例はプリズム眼鏡 で管理可能であり、プリズム矯正不能な場合は斜視手術を検討する。
手術は眼位が4〜6か月安定してから計画し、一般的に20〜30%で再手術が必要となる。
術後代償不全斜視(Postoperative Decompensated Strabismus)は、合併症のない眼科手術後に、以前は良好にコントロールされていた無症状または間欠性の斜視が顕性化する病態である。
斜視は米国人口の約4%に影響を与えるとされる。白内障手術後には最大3%の患者が複視を経験し、そのうち術後複視150例の原因の34%が既存斜視の代償不全で最も多く、屈折 性複視(8.5%)、中心融像の破壊(5%)が続く。白内障手術後の複視発生率は1%未満と報告されており1) 、代償不全斜視は白内障手術後の神経眼科的視覚障害として最も一般的な原因の一つである。LASIK 後の両眼性複視においても、既存斜視の代償不全が最も一般的な原因である。
術前の徹底的な評価により予防可能であり、インフォームド・コンセントに融像代償不全・術後複視の可能性を含めることが重要である。
Q 白内障手術の後に複視が出る頻度はどのくらいか?
A 白内障手術後の複視発生率は1%未満と報告されている1) 。ただし最大3%の患者が複視を経験するとの報告もある。原因の約34%が既存斜視の代償不全であり、術後複視の中では最多を占める。
postoperative decompensated strabismus before after
Cyclic Esotropia Managed With Botulinum A Toxin Injections: A Report of Four Cases and Literature Review. Cureus. 2023 Oct 26; 15(9):e46266. Figure 1. PMCID: PMC10615229. License: CC BY.
Case 1 (A) Pre-operative left esotropia; (B) Six months after botulinum toxin A injection showing the absence of any ocular deviation
複視 :術後に両眼で像が二重に見える。融像能力の喪失により以前コントロールされていた斜視が顕性化することで生じる。
頭痛 :複視や眼筋疲労に伴って出現する。
眼精疲労 :融像の破綻による眼筋への過負荷が原因となる。
読書困難 :近距離での両眼視が障害されるため生じる。
共同性斜視 :長期にわたる斜視を示唆する所見。大きな融像幅、顔面の非対称、共同性の広がり、全方向の単眼運動保持が特徴である。
非共同性斜視 :核上性(斜偏位 )、核間性(核間性眼筋麻痺 )、核下性(脳神経麻痺、重症筋無力症 、甲状腺眼症 )を示唆する可能性がある。
FA Tスキャン(Family Album Tomography) :古い写真を参照し、既存の異常頭位や顔の傾きを確認する手法である。
遮閉・除去テスト(cover-uncover testing) :代償不全斜視の診断に使用する。融像幅、立体視 、弱視 の有無、頭位傾斜も同時に評価する。
術後代償不全斜視の主要メカニズムは、術後の一時的な視覚的ぼけ(visual blur)が融像を破壊し、以前コントロールされていた斜視が顕性化することである。
白内障手術、LASIK、緑内障 濾過手術 、強膜バックリング術 、翼状片 手術、眼瞼形成術などが原因となりうる2) 。
白内障手術後の複視には術前・術中・術後の各段階でリスクが存在する。
時期 主なリスクファクター 術前 既存の眼筋疾患、以前の眼科手術歴、神経学的・全身性疾患 術中 球後・球周囲麻酔(局所麻酔より複視リスクが高い)、外眼筋 ・神経の不慮の損傷 術後 炎症、嚢胞様黄斑浮腫 、遅発性筋麻痺
また、ヒアルロニダーゼ非添加の球後・球周囲麻酔、非眼科医による注射、左眼への注射も複視のリスクを高める2) 。
モノビジョン選択 :近方・遠方視力 を左右で意図的に分担させるため融像が乱れやすい2) 。
固視切替複視 :左右眼の固視が交互に切り替わることで生じる2) 。
長期白内障による中心融像の喪失 :術前の長期的な視力低下により中心融像が失われている2) 。
感覚融像の阻害 :中間透光体の混濁、屈折異常の変化、視神経 病変などで像の大きさや鮮明さが非対称になると融像が困難になる。
運動融像の阻害 :パヌム融像圏外に像が逸脱することで複視が生じる。
予防・術前の確認事項
眼科手術を予定している方は、術前診察で斜視の個人歴・家族歴・プリズム使用歴を医師に伝えてください。
過去に「子どもの頃に眼が向きやすかった」「眼帯をしたことがある」などのエピソードがある方は特に申し出てください。
術後に複視が生じた場合は、片眼を閉じると消える複視かどうかを確認し、両眼性であれば眼科を受診しましょう。
Q どのような手術の後に代償不全斜視が起こりやすいか?
A 白内障手術、LASIK、緑内障濾過手術、強膜バックリング術、翼状片手術、眼瞼形成術などの眼科手術が原因となりうる2) 。白内障手術では術中の麻酔の種類(球後・球周囲麻酔)や術後の炎症・浮腫もリスク因子となる。
術前の徹底的な病歴聴取 :眼位のずれ、小児期の健眼遮蔽歴、過去の斜視手術歴、家族歴、プリズム使用歴を確認する。
古い写真の確認(FATスキャン) :既存の斜視や異常頭位の有無を特定するうえで有用である。
完全な眼球運動検査 :遮閉・除去テスト、立体視検査、融像幅の測定を行う。
共同性斜視 :長期間存在する既存斜視の可能性が高い。
非共同性斜視 :新規発症の神経障害や筋障害を考慮し、甲状腺眼症・重症筋無力症・糖尿病性微小血管障害・脳卒中・腫瘍を鑑別する。
甲状腺眼症・重症筋無力症の除外が重要である。体重変動、耐寒・耐熱性低下、嚥下困難、易疲労性などの全身症状を確認し、適切な状況下で血液検査を検討する。
代償不全を起こした小児期斜視(最多)、甲状腺眼症、重症筋無力症、糖尿病性微小血管障害、外傷、脳卒中、腫瘍が主な鑑別疾患である。
術後6か月経過しても複視が改善しない場合は、斜視専門医への紹介を検討する2) 。
保存的治療
経過観察 :症状が軽度・一過性の場合は経過観察を選択する。術後の一過性斜視は自然改善することがある2) 。
プリズム眼鏡(第一選択) :フレネルプリズムまたは組み込みプリズムで大部分の症例を管理可能。偏位角の変化に応じて増量が必要なことがある2) 。
遮蔽療法 :パッチ、バンゲルターフィルター、サテンテープによる片眼遮蔽。プリズムで対応困難な場合に用いる2) 。
外科的治療
斜視手術の適応 :プリズム矯正が不能な場合に検討する。偏位量に応じた術式(後転術、短縮術、縁切腱切開術など)を選択する2) 。
手術時期 :術前に少なくとも4〜6か月の眼位安定を確認してから手術を計画する2) 。
手術予後 :一般に良好であるが、20〜30%で再手術が必要となる。
治療における注意点
術後の斜視角が安定するまで(4〜6か月)手術を急がないことが重要である2) 。
斜視手術の合併症 として過矯正・低矯正・slipped muscle・stretched scar がある。
少数の患者では複視が持続し、長期的な遮蔽療法が必要となる場合がある。
Q プリズム眼鏡で治らない場合はどうなるか?
A プリズムで矯正不能な偏位には斜視手術を検討する。手術は眼位が4〜6か月安定してから計画し2) 、手術予後は一般に良好であるが、20〜30%で再手術が必要となる。手術に至るまでの間は遮蔽療法で複視を対処することもある。
正常な両眼単一視は感覚融像と運動融像の2つのプロセスによって維持される。
感覚融像
定義 :各眼の網膜 対応点に結像する、大きさ・形状・鮮明さが類似した像を視覚皮質で統合するプロセス。
阻害要因 :像の大きさや鮮明さの非対称(屈折異常の変化、中間透光体の混濁、視神経病変)により融像が困難となる。
不等像視の影響 :両眼の像の大きさが5〜7%以上差があると融像の維持が困難になる。
運動融像
定義 :感覚融像を維持できる眼位に眼球を調整する能力。パヌム融像圏(Panum’s fusional area)内に像を保持することで単一視が成立する。
パヌム融像圏 :固視点付近は前後幅が狭く、周辺で広くなる。この領域内では非対応点でも単一視が可能である。
阻害要因 :パヌム融像圏外に像が逸脱すると複視が生じる。
既存の斜視を有する患者が長年にわたり融像を維持し複視を抑制している。
眼科手術による一時的な単眼の視覚的ぼけ(屈折異常の変化、中間透光体の混濁変化など)が発生する。
非対称な視覚入力により融像プロセスが阻害される。
視覚障害が解消されても以前の融像が回復せず、代償不全状態に陥る。
内斜視 :同側性複視(片眼の鼻側に像がずれる)
外斜視 :交差性複視(像が反対側にずれる)
網膜対応異常がある場合 :背理性複視を生じることがある
融像維持には以下の3条件が必要である。
恒常性斜視がないこと
両眼の視力・屈折異常の差が小さく融像が可能なこと(不等像視5〜7%以上で維持困難)
視覚中枢に両眼視細胞 が存在すること
Q なぜ手術がうまくいったのに複視が起きるのか?
A 手術自体の合併症ではなく、術後に生じる一時的な視覚的ぼけ(屈折の変化など)が融像を破壊することが原因である。以前は融像によってコントロールされていた潜在的な斜視が顕性化し、視覚的ぼけが解消した後も融像が回復しないまま複視が持続する。詳細は「病態生理学・詳細な発症機序」の項 に示した。
Gawęcki M, Grzybowski A. Diplopia as the complication of cataract surgery. J Ophthalmol. 2016;2016:2728712.
American Academy of Ophthalmology Preferred Practice Pattern Strabismus Committee. Adult Strabismus PPP. San Francisco: AAO ; 2019.
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