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神経眼科

摂食障害の眼科的徴候

摂食障害は神経性やせ症(AN)・神経性過食症(BN)・過食性障害(BED)の3疾患からなる。いずれも眼を含む多臓器に影響を及ぼすマルチシステム疾患である。

米国における生涯有病率はAN 0.80%・BN 0.28%・BED 0.85%であり、大多数が女性である。摂食障害患者は一般集団と比較してドライアイリスクが1.64倍高いことが、オランダの約80,000人規模のコホート研究で示されている1)

主な眼科的徴候は以下の通りである。

  • 兎眼(ラグオフタルモス):眼瞼閉鎖不全による角膜露出
  • ドライアイ:涙液量低下・涙液膜不安定性
  • 栄養欠乏性視神経:慢性的な視力障害
  • 眼振・眼筋麻痺:ウェルニッケ脳症(チアミン欠乏)による
  • 乳頭浮腫:特発性頭蓋内圧亢進症(IIH)による

眼科的徴候は疾患活動期のみならず、AN治療中のリフィーディング段階(リフィーディング症候群)でも出現しうる点が重要である。

Q 摂食障害の治療中にも眼の症状が出ることがあるのか?
A

ある。AN治療中の急激な体重増加・必須栄養素の急速な喪失によってリフィーディング症候群が生じ、IIHの発症を招くことがある。治療段階でも頭痛・一過性視覚暗転などの症状に注意が必要である。

摂食障害の種類によって、出現する眼症状が異なる。

  • AN(神経性やせ症):兎眼による乾燥感・異物感、亜急性・無痛性の視力低下。ウェルニッケ脳症では運動失調・意識混濁・眼振/眼筋麻痺の三徴が出現する。
  • BN(神経性過食症):無痛性の点状結膜下出血。自己誘発性嘔吐による急激な眼圧上昇が原因である。鏡や他者の指摘で気づくことが多い。
  • BED(過食性障害):頭痛、一過性視覚暗転(黒内障)、脳神経麻痺(第VI脳神経/外転神経麻痺が典型的)。IIHによる症状である。

臨床所見(医師が診察で確認する所見)

Section titled “臨床所見(医師が診察で確認する所見)”

疾患別の主な臨床所見を以下に示す。

AN(神経性やせ症)

眼球陥凹・眼瞼閉鎖不全眼窩脂肪の萎縮により眼球が陥凹し、兎眼(ラグオフタルモス)を呈する。Gaudianiら(2012)は重度AN 5例で眼瞼下垂・眼球陥凹・兎眼を報告した。2)

乾性角結膜炎(ドライアイ):Schirmerスコアが対照群と比較して有意に低値(約11 mm/5分低下)。4)

網膜神経線維層厚の減少OCTで確認される網膜神経線維層の菲薄化。

軟性白斑・網膜内出血:重症例で眼底検査上認められる。

眼瞼点状出血:排出型ANで報告されている。3)

BN・BED

結膜下出血(BN):自己誘発性嘔吐による静脈圧上昇で点状〜斑状の出血が生じる。

乳頭浮腫(BED・リフィーディング):IIHに伴う視神経乳頭の浮腫。放置すると視神経萎縮へ進行する。

外転神経麻痺(BED):IIH増悪時に第VI脳神経が障害される。複視を呈する。

Q 摂食障害の種類によって眼の症状は異なるのか?
A

はっきりと異なる。ANでは眼窩脂肪萎縮による兎眼・ドライアイ・栄養欠乏性視力障害、BNでは結膜下出血、BEDでは過食による肥満を介したIIH症状(頭痛・乳頭浮腫・外転神経麻痺)が主な眼科的問題となる。

摂食障害の種類ごとに、眼科的徴候の発症機序が異なる。

  • AN → 兎眼:極度の体重減少 → 眼窩脂肪萎縮 → 眼球陥凹 → 眼瞼閉鎖不全
  • AN → ドライアイ:ビタミンC欠乏による涙液産生低下。涙液中の免疫グロブリンA(IgA)・分泌型IgA濃度も低下する1)
  • AN → ウェルニッケ脳症:食事制限によるチアミン(ビタミンB1)欠乏 → 眼振・眼筋麻痺
  • AN → 栄養欠乏性視神経症:ビタミンB9/B12欠乏 → 中心視力障害 → 視神経萎縮
  • AN → 夜盲:ビタミンA欠乏による網膜機能障害
  • BN → 結膜下出血:自己誘発性嘔吐による静脈圧上昇
  • BED → 特発性頭蓋内圧亢進症:過食による急激な体重増加 → 頭蓋内圧亢進
  • リフィーディング症候群 → 特発性頭蓋内圧亢進症:AN治療中の急激な体重増加・電解質の急速な細胞内移動

特発性頭蓋内圧亢進症のリスク因子は若年女性(18〜44歳)、肥満(高BMI)、内分泌障害である6)。摂食障害自体がドライアイのリスクを1.64倍高める1)

摂食障害患者の眼科的評価には以下の検査が有用である。

検査法目的・主な所見
Schirmerテスト涙液量評価(AN群で有意に低値)4)
フルオレセインTBUT涙液膜安定性の評価
ローズベンガル染色結膜上皮障害の評価
光干渉断層計(OCT)網膜神経線維層厚の定量評価
眼底検査乳頭浮腫・視神経萎縮・軟性白斑・網膜内出血の確認

AN診断の目安はBMI 18.5 kg/m²未満である。

IIHが疑われる場合は以下の手順で評価する。

  • 脳MRI・MRV:占拠性病変・脳卒中・血腫の除外。硬膜静脈洞狭窄・強膜平坦化・空鞍の確認
  • 腰椎穿刺:初圧 >25 cm H₂O、他の病因なし、CSF成分正常でIIHの診断基準を満たす
  • ビタミンB1測定:血中直接測定またはトランスケトラーゼ活性測定。TPP添加後に25%以上の刺激でB1欠乏を示す
  • ビタミンレベル:A(夜盲)、C(ドライアイ)、B9/B12(中心視力障害)
  • 血清ホモシステイン・メチルマロン酸:長期的B9/B12欠乏の指標
  • 電解質・CBC:貧血、電解質異常、肝酵素、脂質プロファイル
  • リフィーディング症候群モニタリング:血清リン値。リン <0.8 mmol/Lは積極的管理の閾値
Q 摂食障害で眼科を受診すべきタイミングはいつか?
A

視力低下・頭痛・複視・眼痛・乾燥感などの眼症状が出現した場合は速やかに眼科を受診すべきである。また、AN治療中(リフィーディング期)に急激な体重変化が生じた場合も、乳頭浮腫の有無を確認するための眼科受診が推奨される。

根本にある摂食障害のコントロールが最優先事項である。ビタミン補充と正常な食事の回復が、神経眼科的徴候に対する治療の第一歩となる。

ウェルニッケ脳症(チアミン欠乏)

疑い次第、確定診断を待たずに直ちに経験的治療を開始する。

  • チアミン(ビタミンB1):500 mg 1日3回静脈内投与
  • マグネシウム:マグネシウム欠乏を合併している場合は補充が必要。マグネシウム不足があるとチアミン治療の効果が不十分となる
  • 予防:摂食障害患者への予防的チアミン投与も推奨される

チアミン投与により眼球運動障害は急速に改善するが、完全な回復には数週間を要することがある。慢性例では眼振が残存する場合もある。

ビタミン欠乏性視神経症

  • ビタミンB12・B9:サプリメントによる補充

IIH(特発性頭蓋内圧亢進症)

  • アセタゾラミド:第一選択薬。500 mg 1日2回から開始し、最大1000 mg 1日2回まで漸増する5)
  • その他、トピラマートやフロセミドが使用される場合がある6)
  • 摂食障害患者では体重減少の推奨が適切でない場合があるが、5〜15%の体重減少でも乳頭浮腫の寛解に有効との報告がある5)

兎眼・眼瞼閉鎖不全に対する手術

  • 眼瞼縫合術(Tarsorrhaphy):過剰な眼瞼開口部を狭め、角膜露出を防ぐ
  • 上眼瞼への金/プラチナ重り挿入:重力を利用して眼瞼閉鎖を補助する

難治性IIHに対する手術

  • 視神経鞘切開術(ONSF):最大量の内科的治療に失敗した場合、または薬剤への忍容性が低い場合に適応
  • CSF転送術(シャント術):視機能低下が進行する場合に考慮
Q ウェルニッケ脳症の眼症状は治療で回復するのか?
A

チアミンの静脈内投与により、眼球運動障害は急速に改善することが多い。ただし完全な回復には数週間を要する場合があり、慢性例では眼振が残存しうる。疑い次第の早期治療開始が予後を左右する。

6. 病態生理学・詳細な発症機序

Section titled “6. 病態生理学・詳細な発症機序”

重度ANによる極度の体重減少が眼窩内脂肪組織を萎縮させる。眼窩内の支持組織が失われると眼球陥凹が生じ、眼瞼が解剖学的に正常に閉鎖できなくなる(眼瞼閉鎖不全)。多臓器不全を伴う重症ANで顕著に報告されている2)

チアミン(ビタミンB1)はグルコース代謝の重要な補酵素である。欠乏により、高いグルコース代謝を必要とする脳部位が選択的に障害される。

障害を受けやすい部位は以下の通りである。

  • 眼球運動核・前庭神経核
  • 視床傍側脳室部・視床下部
  • 中脳水道周囲灰白質・小脳虫部

眼球運動異常としては、外転制限、側方注視眼振、第1眼位での垂直眼振、核間麻痺、1½症候群などが認められる。水平・垂直眼球運動の制限から完全眼球運動障害へ進行する例もある。外眼筋麻痺はほとんどが両眼性だが、左右差を呈する例も多い。Downbeat眼振はチアミン欠乏と特に強く関連し、栄養失調患者でウェルニッケ脳症を疑うべき重要な所見である。

IIHはCSF動態の調節不全と代謝的・ホルモン的因子が複合して生じる。肥満との関連が最も強く、BEDでは過食による急激な体重増加が誘因となる。遺伝的因子(家族性発症、染色体5・13・14に候補領域)も関与するが、メンデル遺伝パターンは確立されていない6)。IIHは肥満とは異なる固有の代謝的特徴を持つ全身代謝疾患として認識されつつある5)

栄養失調により涙液中のIgA・分泌型IgA濃度が低下し、涙腺組織中のIgA含有細胞数も減少する。感染性刺激に対する分泌型IgA抗体応答も鈍化する1)。これがドライアイのみならず、眼表面感染リスクの上昇につながると考えられる。

ビタミンB9(葉酸)・B12(コバラミン)欠乏により中心視力障害(中心暗点・中心周囲暗点)が生じ、放置すると両眼性視神経萎縮へ進行する。血清ホモシステインとメチルマロン酸は長期欠乏の指標として有用である。


7. 最新の研究と今後の展望(研究段階の報告)

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摂食障害と眼表面研究の現状と課題

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Markoulliら(2023)のシステマティックレビューは、摂食障害と眼表面に関する研究の大部分が質の低い横断研究であり、十分な検出力を持つ比較コホート研究が存在しないと総括した1)。AN誘発性栄養失調が眼にどのように発現するか、各疾患重症度でどの徴候が出現するか、各徴候に関連する視覚的予後、ANの眼合併症の最適な管理法について、今後の包括的研究が必要とされている。

特発性頭蓋内圧亢進症の新規標的治療

Section titled “特発性頭蓋内圧亢進症の新規標的治療”

Bonelliら(2024)は、特発性頭蓋内圧亢進症が肥満とは異なる固有の代謝的特徴を持つ全身性代謝疾患であることを示し、標的治療の可能性について論じた5)。IIH Weight Trialの結果から、24%の体重減少が乳頭浮腫寛解に必ずしも必要ではなく、5〜15%の体重減少でも有益な効果が得られることが示された。


  1. Markoulli M, et al. TFOS Lifestyle: Impact of nutrition on the ocular surface. Ocul Surf. 2023;29:226-271.
  2. Gaudiani JL, Braverman JM, Mascolo M, Mehler PS. Lagophthalmos in severe anorexia nervosa: a case series. Arch Ophthalmol. 2012;130:928-930.
  3. Agrawal M, Yadav P, Kumari R, Chander R. Eyelid petechiae as a window to relapse in a case of purging-type anorexia nervosa. Indian J Psychiatry. 2019;61:101-102.
  4. Gilbert JM, Weiss JS, Sattler AL, Koch JM. Ocular manifestations and impression cytology of anorexia nervosa. Ophthalmology. 1990;97:1001-1007.
  5. Bonelli L, et al. How to manage idiopathic intracranial hypertension in the ophthalmology clinic. Eye. 2024;38:2472-2481.
  6. Youssef N, et al. Idiopathic intracranial hypertension: a comprehensive review. Cureus. 2024;16:e56256.
  7. Abraham SF, Banks CN, Beaumont PJ. Eye signs in patients with anorexia nervosa. Aust J Ophthalmol. 1980;8:55-57.

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