抗コリン薬
ベンズトロピン:急性期に投与。通常4〜7日間継続する。
ビペリデン:徐放性4mgでEPSのコントロールに使用される1)。小児例でも使用報告あり3)。
トリヘキシフェニジル(THP):経口2mgで2〜3時間で症状改善が開始し、翌日には完全消失した報告がある4)。4mg/日での使用例も報告されている2)。
プロシクリジン:5mg/日でロラゼパム1mg/日と併用された報告がある3)。

眼球上転発作(oculogyric crisis; OGC)は、外眼筋を巻き込む稀な急性ジストニア反応である。外眼筋の痙攣と緊張亢進により、両眼が不随意に共同性上方偏位する。エピソードは通常数分間持続し、他のジストニア症状(頸部後屈、開口など)を伴うことがある。
OGCは1910〜1930年代にヨーロッパで流行した嗜眠性脳炎(encephalitis lethargica)後の脳炎後パーキンソニズムと関連して初めて報告された。現代では薬剤性が最も多く、症例の68%は神経遮断薬に起因する。
疫学的に重要な点を以下に示す。
第二世代抗精神病薬を用いた前向き研究では、3ヶ月〜2年の治療期間中のOGC発生率は1.8%と報告されている1)。全OGC症例の68%は神経遮断薬に起因する。薬剤の種類・用量・投与経路・患者背景によって発生率は大きく異なる。
眼球偏位
両眼の共同性上方偏位が最も一般的である。稀に側方偏位や下方偏位の変異型もみられる。下方偏位はきわめて稀であり、持続的下方注視固定として出現し、30分〜1時間持続して1日2〜3回繰り返す例が報告されている2)。
持続時間と頻度
エピソードは数秒から数時間の範囲で持続する。文献レビューでは5分〜2時間の範囲が報告されており3)、繰り返す傾向がある。
随伴するジストニア症状
自律神経症状
発汗、瞳孔散大、心拍数・血圧の上昇を伴うことがある。
精神症状の随伴・増悪
幻覚、身体スキーマの歪み、強迫思考の増悪、緊張病症状を伴うことがある3)。
発症の時間経過
薬剤性OGCは原因薬剤の開始(または用量変更)から通常4日以内に初発する。ただし変更から最大2ヶ月後に初発した報告もある。文献レビューでは11例中ほとんどが治療開始または増量後1ヶ月以内に発症し、Down症候群の患者では9ヶ月後の発症例が1例含まれていた3)。
OGCの原因は薬剤性が最多であるが、神経代謝疾患・神経変性疾患・局所脳病変によっても生じる。
原因薬剤のカテゴリ別一覧を以下に示す。
| 薬剤カテゴリ | 代表的薬剤 | 備考 |
|---|---|---|
| 定型抗精神病薬 | ハロペリドール、フルフェナジン、ペルフェナジン | 最も報告が多い |
| 非定型抗精神病薬 | アリピプラゾール、クエチアピン、リスペリドン、オランザピン | EPS率は低いが無視できない1) |
| 第三世代抗精神病薬 | カリプラジン | 増量後1週間での発症例あり2) |
| 制吐薬 | メトクロプラミド | EPS発生率1〜10%4) |
| 抗てんかん薬 | カルバマゼピン、ラモトリギン | |
| その他 | リチウム、セフィキシム、オンダンセトロン、L-ドパ |
各薬剤の特徴的な点を以下に述べる。
ドパミン合成・代謝に関わる疾患でOGCが生じる。
脳幹、背側中脳、黒質、第三脳室後部、大脳基底核の病変によってもOGCが生じる。
定型抗精神病薬(ハロペリドールなど)が最も多く報告されているが、非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、カリプラジンなど)でも生じる1)2)3)。制吐薬であるメトクロプラミドは投与後36時間以内に発症しうるため注意が必要である4)。カルバマゼピン、ラモトリギン、リチウムなども原因となりうる。
OGCに対して以下の診断基準が提案されている。
必須項目
支持的項目
薬剤性OGCの診断にはNaranjo有害薬物反応確率スケールが有用である。10項目の評価からなり、スコアが5〜8点は「ほぼ確実」、9点以上は「確実」とされる。Basera 2024の3症例ではスコア6・6・5(いずれも「ほぼ確実」)2)、Sivagurunathan 2025の症例ではスコア7(「ほぼ確実」)と評価された4)。
薬剤性OGCの治療は以下の3段階で進める。
最も根本的な対処である。基礎疾患のために中止が不可能な場合は減量を検討する。
急性期には抗コリン薬または抗ヒスタミン薬を投与する。
抗コリン薬
ベンズトロピン:急性期に投与。通常4〜7日間継続する。
ビペリデン:徐放性4mgでEPSのコントロールに使用される1)。小児例でも使用報告あり3)。
トリヘキシフェニジル(THP):経口2mgで2〜3時間で症状改善が開始し、翌日には完全消失した報告がある4)。4mg/日での使用例も報告されている2)。
プロシクリジン:5mg/日でロラゼパム1mg/日と併用された報告がある3)。
抗ヒスタミン薬
ジフェンヒドラミン:急性期に静脈内投与。IV投与後30分で改善した報告がある4)。妊娠カテゴリーBであり、妊娠中の患者で安全性が比較的高い。
通常4〜7日間継続して投与する。
代替薬:アマンタジン
抗コリン薬の副作用(口渇・便秘・閉塞隅角緑内障・尿閉など)が問題となる場合や抗コリン薬が禁忌の場合の代替選択肢である2)。弱いNMDA受容体拮抗薬として黒質線条体路でのドパミン放出を増加させる。通常用量は200〜300mg/日(分割投与)2)。アマンタジン100mgから200mg(分2)への3日間での増量で1ヶ月後にEPSが消失した報告がある2)。
原因となった抗精神病薬の中止が必要な場合は、EPS発生率の低い薬剤へ切り替える。
抗コリン薬・抗ヒスタミン薬に反応しない難治例では、クロザピン長期療法が報告されている。ただしクロザピン自体もOGCを引き起こす可能性があるため、慎重な検討が必要である。
疾患に応じた補充療法を選択する。
妊娠中の第一選択薬は確立されていない。薬剤の利用可能性とリスク・ベネフィット評価に基づいて選択する4)。
まず原因となりうる薬剤を中止または減量する。急性期には抗コリン薬(ベンズトロピン、ビペリデン、トリヘキシフェニジルなど)または抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン)を4〜7日間投与する4)。抗コリン薬が禁忌の場合はアマンタジン200〜300mg/日が代替選択肢となる2)。
脳の低ドパミン状態(hypodopaminergic state)がOGC発生の前提条件として示唆されている。黒質線条体路(中脳と前脳を結ぶ主要なドパミン作動性経路)におけるドパミン神経伝達の阻害がOGCの基盤となる。
各原因ごとの機序を以下に示す。
ドパミン入力に対するコリン作動性入力の相対的増加がOGCの誘発因子とされる。抗コリン薬によるOGC治療の奏功がこの仮説を裏付けている。メトクロプラミドによるD2受容体遮断は未拮抗のコリン作動性活性をもたらすと考えられている4)。
CYP2D6 poor metabolizer(低代謝型)ではメトクロプラミドの血中濃度が上昇し、ジストニア反応のリスクが高まる4)。妊娠中のエストロゲン上昇がドパミン受容体感受性を変調し、ジストニア反応のリスクをさらに高める可能性がある4)。
小児はドパミン受容体密度が年齢とともに減少するため、成人より薬物動態・薬力学的に感受性が高い可能性がある3)。OGCはジストニア反応の枠組みで理解すべき疾患であり、以前は正常だったシステムにおけるドパミン調節の急激な変化が前提となる。前シナプスのドパミン変性を伴わない点でパーキンソン病とは本質的に異なる3)。
抗精神病薬や制吐薬によるD2受容体遮断が黒質線条体路のドパミン神経伝達を阻害し、相対的にコリン作動性入力が優位となる。このドパミン-コリン作動性バランスの不均衡が外眼筋を含む筋肉の不随意収縮(ジストニア)を引き起こすと考えられている。抗コリン薬の投与によってOGCが改善することがこの仮説を支持する。
カリプラジンのEPSリスクは従来考えられていたより高い可能性が示唆されている。
Basera ら(2024)は、カリプラジン誘発のEPSおよびOGCの3症例シリーズを報告した2)。そのうち1例(Case 3)では典型的な上方偏位ではなく持続的下方注視固定というきわめて稀なOGC変異型が観察された。DDCAR代謝物の半減期が最長3週間であることから、薬剤中止後も数週間にわたりEPSが持続する機序の解明と、若年患者における市販後調査の強化が求められると指摘している。
下方偏位はきわめて稀なOGCの変異型であるが、その存在を精神科医・眼科医が認識することで診断の遅れを防ぐことができる2)。典型的な上方偏位を期待して鑑別から外すことなく、意識が保たれた強直性眼球偏位の形で現れた場合にはOGCを念頭に置くべきとされている。
Sivagurunathan ら(2025)は妊娠12週の患者に生じたメトクロプラミド誘発OGCを報告した4)。CYP2D6 poor metabolizer(低代謝型)の同定がリスク予測に役立つ可能性を指摘し、妊娠中のホルモン変動(エストロゲン上昇)との相互作用の解明が今後の課題であるとしている。
Bernardo ら(2022)は小児アリピプラゾール誘発OGCの3症例と11例の文献レビューを報告した3)。抗精神病薬の中止や別薬への切り替え後もOGCが数ヶ月持続する例が含まれており、個体感受性の基盤としてのドパミン受容体密度仮説の神経生物学的解明が必要であるとしている。